(関連文献→) 妊産婦死亡 目次 妊娠経過中の脳出血 目次
現在夏休みで北海道旅行中です!
(27日夕方には帰る予定ですが強行軍らしいので死んでると思います)
というわけで、こちらの記事はタイマーで紹介しています。(一日2回更新予定)
今日は妊娠と脳血管障害というテーマでお送りします!
妊娠・産褥期に発生した神経救急症例
県立広島病院脳神経外科
佐藤秀樹,木矢克造,溝上達也,松重俊憲,香川幸太,荒木勇人
(Jounal of Japanese Congress on Neurological Emergencies (2003)Vo1.16: p23-26)
対象および方法
1998年4月に県立広島病院総合周産期母子医療センターが開設されてから2002年4月までの期間に,妊娠・産褥に関連した患者で産科より脳神経外科に緊急で診療依頼があった神経救急疾患症例を対象とした.疾患および転帰につき解析を加え検討した.
結果
症例の内訳は,子癇前症2例,子癇4例,脳出血2例,小脳腫瘍1例であった(Table1).9症例のうち4例でHELLP症侯群(hemolysis,elevated liver enzyme, low platelet syndrome)を伴っていた.脳出血2例と小脳腫瘍1例に対して外科的治療を行った.疾患別に代表例を提示する.
(1)子癇前症(症例1,2).
症例1は重症妊娠中毒の状態で,妊娠32週に頭痛で発症した.高血圧192/118を呈していたが,明らかな神経学的異常を認めなかった.頭部MRIのfluid attenated inversion recovery (FLAIR)法で後頭葉を中心に広範なhigh intensityを呈していたが, diffusion weighted image(DWI)ではほとんど異常を呈していなかった(Fig.1).妊娠32週であったが帝王切開施行し妊娠状態を終了し,症状は急速に改善した.8日後に行ったMRIでは異常所見は消失していた.
症例2(第40週で出産)は産褥期に高血圧(188/116)と頭痛で発症し,MRIで症例1と同様の所見を呈していた.血圧のコントロールを行い頭痛は軽快した.6日後のMRIでは異常所見は認められなかった.
(2)妊娠35週から41週に発症した子癇の4例(症例3~6)では,帝王切開による出産とDICの治療を行い意識障害や片麻痺・視野障害などの神経症状は急速に改善し,いずれも転帰は良好であった.4症例とも急性期のMRIで認められた異常所見は慢性期には消失した.
(3)脳出血の2例では,症例7は妊娠41週で出産後に意識障害で発症し,症例8は分娩直前(妊娠40週)に痙撃と意識障害で発症した.これらの2例に対して直ちに開頭血腫除去を行ったが,転帰は2例とも死亡であった.症例7では出産直後より急激に発症・進行した重篤なHELLP症侯群に基づくDICにより,術中の止血は困難をきわめた(Fig.2).症例8では,血腫除去後は意識レベルも改善し経過は比較的良好であったが,発症1週間後に急激に発生した両側性の脳浮腫により死亡した.
(4)著明な閉塞性水頭症を伴う小脳腫瘍(サイズ38mm×42mm×40mm)の1例は,第29週で帝王切開後に後頭下開頭腫瘍摘出を行い軽快退院した(Pig.3).診断はpilocytic astrocytomaであった.
(5)新生児は2例で自然分娩,7例で帝王切開による出生であった.症例1(娃娠32週)と症例9(妊娠29週)の新生児の出生時体重はそれぞれ1,532gと1,412gで,NICUに収容され治療したが2児とも発育は順調で自宅へ退院した.
考察
筆者らに診察依頼のあった神経救急疾患は,子癇やHELLP症侯群・DICに伴う脳出血など妊娠・分娩に特有な重症病態と,脳腫瘍例など妊娠とは無関係に発生した全身的な合併症に大別された.
子癇前症・子癇の症例は,いずれも妊娠の終了で症状は劇的に改善した.子癇前症の段階でMRIでは異常がsubclinicalに出現していた.MRIの所見は高血圧性脳症などで出現するreversible posterior leukoencephalopathyと一致し,脳梗塞の際に生じるcytotoxic edemaとは明らかに異なることから,vasogenic edemaであると考えられている2〕.
HELLP症侯群は,1982年にWeinsteinら3)が妊娠中および産褥期にhemolysis, elevated liver enzyme, low platelet countをきたす29症例を報告し,その異常所見の頭文字をとってHELLP症侯群と称した.現在までのところ統一された診断基準はないが,Sibaiら4〕の提唱した診断基準が用いられることが多い.重症妊娠中毒症の20~30%,子癇の約10%の患者でこの病態を呈し,DICや胎盤早期剥離および急性腎不全などを合併すると母児の予後がきわめて不良な重症疾患である5).血管内皮障害がこの病態の原因であると考えられ,ステロイド大量療法が有効であると報告されているが6〕,重症例での治療は降圧と急速遂娩およびDICの治療である7〕.HELLP症侯群では,血小板減少は3~6時間で半減するなど急速な病態の悪化が見られることがあるので,定期的な血小板数とATⅢの測定が重要である.
脳出血の2例はいずれも不幸な転帰であった.症例7はHELLP症侯群から急激にDICとなり,妊娠に特有な病態が脳出血の発症と転帰不良に深く関連していた.症例8では,手術後の経過は1週間後に脳浮腫が生じるまでは比較的良好であった.脳浮腫が急激に増悪した原因として,妊娠による血管の透過性亢進や静脈洞血栓症などの妊娠・分娩期に特有な病態が関与していることが考えられた.Kittnerら8)は妊娠に関連した脳血管障害を“Pregnancy-Related Stroke"として報告している.これによると,脳出血の発生頻度は1.1~4.6人/1O万分娩で頻度は少ないものの,母体死亡原因の5~12%を占めており,重篤な疾患の1つであった.その原因として,妊婦は凝固能亢進状態にあり容易にDICに移行しやすいことを考察している.平成3,4年の厚生省による妊産婦死亡の実態調査9〕によると,脳出血(27例;13.7%)は死亡原因の第2位であり,出血性ショック(74例;37.6%)に次いで多かった.脳出血に分類された27例のうち,20例が脳内出血,7例がクモ膜下出血であった.脳内出血は妊娠中に多い傾向にあり,各症例の検討の結果から,いずれも救命困難であったと報告している.一方,Sameshimaら10〕は頭蓋内出血で死亡した妊産婦をretrospectiveに調査し,その60%の症例は救命の可能性があったと報告し,診断および専門施設への搬送の遅れがその原因であると指摘している.
妊娠中の脳腫瘍に関しては,およそ5.5人/10万分娩の頻度で,astrocytoma,ependymoma,meni㎎iomaが多いと報告されている11〕.頭痛・嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状のみで発症した場合は,CTやMRIなどの画像検査を行わないと診断は困難なことが多い.なお,CTを行う際は下腹部シールドを行うことで胎児の被爆はほぼ無視できるので,検査の必要があれば患者に説明を行った後に躊躇することなく行うべきである12〕.
日本では分娩の45%が診療所で行われており,周産期医療の大きな特徴となっている.母児のより安全な周産期医療・搬送システム確立の目的で,1996年より全国に周産期医療ネットワークの整備が開始され,2001年度には14都遣府県でネットワーク(総合センターは24カ所)が構築された.日本の妊産掃死亡率(出生10万対比)は1980年20.5人,1990年8.6人,2000年には7.1人と着実に減少し,諸外国とほぼ同じレベルまで達している13〕.しかしながら,スイスやカナダなどのトップレベルにはいまだに至っておらず,今後の周産期医療システムのさらなる整備およびその効率的な運用が求められているのが現状である.
妊娠に関連した神経救急疾患では,母体のみならず胎児も考慮しなくてはならず,総合周産期母子医療センターなどの専門医療施設では,神経疾患を診断・治療するのみではなく母体・胎児集中治療管理室(OICU)や新生児集中治療管理室(NICU)などとも迅速で緊密な連携と協力体制をとることが重要である.
結語
妊娠から産褥期に発症する神経救急疾患は比較的稀であるが,重篤で不幸な転帰をとる症例もあり,母体・胎児集中治療管理室(OICU)や新生児集中治療管理室(NICU)などとも迅速で緊密な連携と協力体制を要する.周産期医療システムのさらなる整備およびその効率的な運用が今後の課題である.
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