(関連文献→) 妊産婦死亡 目次 妊娠経過中の脳出血 目次
現在夏休みで北海道旅行中です!
(27日夕方には帰る予定ですが強行軍らしいので死んでると思います)
というわけで、こちらの記事はタイマーで紹介しています。(一日2回更新予定)
今日は妊娠と脳血管障害というテーマでお送りします!
妊娠中の頭蓋内出血について
久保田基夫・山浦晶・西山裕孝・牧野博安
(Neurol Med Chir (Tokyo) 25, August 1985 p640-644)
Iはじめに
前置胎盤,早期胎盤剥離,弛緩出血などに伴う出産時の出血,およぴ産褥熱,妊娠中毒症などのいわゆる産科的合併症はここ数十年間に急速に改善され,1940年には出生10万対280だった妊産婦の死亡率は1980年には出生10万対24と1/10以下に減少している.それに伴って,非産科的合併症による妊産婦死亡の改善が現在重要な課題となっている23〕.
妊娠中の頭蓋内出血は,1950~1973年におけるMinnesota州の統計によれば妊産婦死亡843例中72例(8.5%)を占め,一般に信じられているよりかなり高頻度である.そのなかでもクモ膜下出血は全妊産婦死亡の4.4%,非産科的合併症による死亡の第3位と特に多く,妊娠中毒症による頭蓋内出血がこれにつづいている2〕.
我々は,ここ数年間に8例の妊娠中の頭蓋内出血を経験したので,ここに報告するとともに文献的考察を加えてみたい.
Ⅱ症例
我々の経験した8例の概要をTable1に示す.原因別にみると,動脈瘤によるもの3例,arteriovenous malformation (AVM)によるもの2例,edampsiaによるもの2例で,残りの1例(〈症例6〉)は腰椎穿刺にてクモ膜下出血が確認されたのみで原因は不明である.母親の年齢は18才から38才,平均27才であった.動脈瘤例では<症例2〉が23才と比較的若年であったが他の2例はともに30才台で,平均28才とAVM例の26才よりも若千高年であった.また,eclampsia例は38才と18才であり,今回の症例のなかではもつとも高年ともっとも若年の症例であった.分娩歴については,動脈瘤例が3例とも経産婦であったのに対しAVM例は2例とも初産婦であった.発症時期に関しては,妊娠初期(第1~第4ヵ月)1例,妊娠中期(第5~第7ヵ月)1例で,残り6例は妊娠後期(第8~第10ヵ月)以降であった.
これらに対して我々が行った治療はTable2の通りであり,〈症例1~3〉の動脈瘤に対しては全例clippingを施行し,〈症例4〉ではdeepAVMのため手術不能であったが,〈症例5〉に対しては血腫除去およびAVM摘出を行っている.〈症例6,7〉は入院時すでに昏睡状態で外科的治療の適応はなく,〈症例8〉については血腫の脳室穿破に対して脳室ドレナージを行った.分娩方法は,〈症例1,2〉では妊娠末期に近かったため,それぞれ塩酸ジブカインの腰椎麻酔下,1%リドカインの局所麻酔下に帝王切開により生児を得たのち,引き続き全身麻酔に切り換えてclippingを行った.一方,〈症例3〉および〈症例5〉では発症時期が妊娠16週およぴ28週と比較的早かったため,速やかに外科的根治手術(〈症例3〉に対してはclippi㎎,〈症例5〉に対してはAVM摘出)を施行し,満期を待って自然分娩を行った.根治手術を行いえなかった〈症例4〉では発症1週間後,神経症状の改善を待って帝王切開を行い,また〈症例6〉では母親の生命はすでに期待できなかったため,胎児を救う目的で帝王切開を行った.さらに〈症例7,8〉では入院時すでに胎児心音は聴取されず,前者は入院後22分で死産,後者に対しては胎児穿頭術を行った.母親の予後は入院時すでに昏睡状態だった〈症例6,7〉の2例を除いては良好で,子供の予後に関しては子宮内胎児死亡と診断された〈症例7,8〉の2例を除いて良好であった.なお,〈症例1~6〉に妊娠中毒症の所見はなく,出血時聞,凝固時間,プロトロンビン時間に異常を認めたものはなかった.
Ⅲ考察
妊娠中頭蓋内出血は種々の原因により起こりうるが,1950~1973年におけるMinnesota州の妊産婦死亡の統計によればクモ膜下出血によるものが51%ともっとも多く,妊娠中毒症に伴う頭蓋内出血が35%でこれについでいる2〕.他の報告でもほぼ同様であり,これら二大原因で妊娠中頭蓋内出血の8割以上を占めている.ほかに原因として悪性腫瘍,血液疾患などがあるが,まれである.
妊娠中のクモ膜下出血の発生頻度は,出産2.700から8,000に対して1と報告によりかなり差がある.また,同年代の非妊婦および男性におけるクモ膜下出血の発生頻度と変わらないとされ,臨床経過や死亡率も非妊時と変わらないとされている1・8・9・15・21).さらに,クモ膜下出血の原因をみるとほとんどが動脈瘤かAVMによるものであり,動脈瘤のほうがAVMによるものより多いI{20〕.AVMが一般の発生頻度に比して高率であるが,これはAVMが動脈瘤よりも若年者に多いためであり,妊娠可能年齢に限って発生頻度を比較すると一般の傾向と有意な差は認められない.一方,妊娠中毒症では子癇および子癇前症に伴うものが全体の2/3を占め,残り1/3は妊娠中毒症に伴う高血圧性脳内出血である21.
ここで動脈瘤とAVMによるクモ膜下出血の臨床的特徴を述べてみると,Table3に示すように発症年齢はAVMによるもののほうが10才ほど若く,20~25才,動脈瘤では30~35才である.分娩歴については,AVMが初産婦に多いのに対して動脈瘤の破裂はむしろ経産婦に多く,前回の妊娠では何の異常も認めていない.また出血時期に関しては,AVMでは妊娠・分娩・産擦期を通していかなる時期にも起こりうるのに対し動脈瘤では妊娠週数が進むにつれて増加し,分娩・産褥期にはむしろまれであるとされている.
Fig.1は破裂動脈瘤およぴAVMによる妊娠中のクモ膜下出血の発症時期であり,Fig.2は循環血液量,心拍出量など妊娠中の血行動態の変化を示したものである.動脈瘤によるクモ膜下出血の発症時期とこれら血行動態の変化とはきわめて類似しており,こうした相関関係のみから妊娠中の動脈瘤破裂の原因を血行動態の変化に求めることは危険であるが,少なくともなんらかの形で彰響を与えているものと思われる.現在までに報告されている文献において,妊娠中のクモ膜下出血は一般人口におけるクモ膜下出血の発生頻度と有意差がなく,また動脈瘤の破裂はむしろ多産婦に多いなどの理由から,妊娠は動脈瘤の破裂に大きな影響を与えてはいないと結論付けている. しかし,本当に影響がないなら動脈瘤破裂によるクモ膜下出血は妊娠中のいかなる時期でも同頻度に発生するはずであり,このグラフに認められるような変化は示さないであろう.
次に,分娩による動脈瘤破裂の危険性にっいては,従来より分娩中の動脈瘤破裂の報告例が少ないことから陣痛,分娩の動脈瘤破裂に果たす役割は小さいとされてきた9・18).実際,1960年のDaanら7〕の集計によれば,妊娠中動脈瘤の破裂が確実な42例のうち分娩時に発生しているものは1例のみであり,分娩24時間以内の破裂例2例を加えても3例にしかならない.しかし単位時間当りの破裂例数を比較してみると,分娩時には玉o.5例/週の破裂をみていることになり,妊娠初期o.14例/週,中期o.62例/週,後期1.46例/週と比較して非常に高率である.現在まで妊娠末期に動脈瘤の破裂する危険性が高いことばかりが強調され,分娩時にはむしろ安全であるとされてきた.そして,こうした考え方のもとに外科的治療を行いえなかった症例に対しても自然分娩を勧める文献が提出されたが,このような考え方は改められるべきであろう.一方AVMについては,1972年のRobin.onら20〕の44例の集計によれば,このうち5例は分娩および早期産褥期の症例である.これは約17.5例/週の割合であリ,妊娠中のAVMによるクモ膜下出血0.98例/週に比し明らかに高率である.
妊娠中の頭蓋内疾患の治療に当っては,母親の生命と胎児の生命という2つの立場を考慮しなくてはならない3、.第1の因子である母親の生命に関しては,妊娠のために脳外科的手術の危険性が増すことはないと言われ,したがって手術適応・方法に関して非妊時とまったく同様に考えてよいとされている.一方第2の因子である胎児の生命に関しては,母親の疾患の緊急性により取るべき態度が異なってくる.すなわち,もし母親の病態が緊急手術を必要とせず,妊娠末期まで痔つことができるならぱ,胎児保護の立場から待っほうが好ましい.しかし緊急手術が必要とされた場合には,脳外科的手術適応に従って速やかに手術が行われるべきで,時には胎児生命を犠牲にせざるをえないこともある.妊娠中のクモ膜下出血,ことに動脈瘤によるものはもつとも緊急を要するケースであり,妊娠中の時期の如何によらず原則として速やかに手術を行うことにしているI・w0〕.しかしAVMによるクモ膜下出血では,前述のごとく再出血は少なく,比較的予後良好であり,脳出血を伴い緊急に開頭が必要な場合を除いては妊娠末期まで待つことも可能である.
妊婦の麻酔法について玉熊ら22〕は,妊娠4ヵ月以降の場合には前投薬,麻酔薬,麻酔法とも間題となることは少ないが,妊娠3ヵ月以内の場合には麻酔法としては硬膜外麻酔,ついで脊椎麻酔が好ましく,前投薬にはアトロピンのみを用いることを勧めている.脳外科手術において頻用される低血圧麻酔,およぴマンニトールなどの浸透圧利尿剤の使用については,常用量では比較的安全とされているが,低血圧麻酔では胎児のanoxia,浸透圧利尿剤では胎児のdehydrati㎝をきたす危険性があり,注意を要するW6).いずれにしても,不必要な薬剤の大量投与を避け,母体の血液ガスを正常に保ち,急激な循環動態の変動を防ぐとともに,FHR(fetul heart rate)などの胎児モニターにより胎児の状態をもチェックしながら手術を行う必要がある.また,術前にはこれらのストレスに胎児が耐えうるかどうか産科医と検討しておくことが好ましい.分娩方法については,外科的根治手術を行いえた症例に対しては産科的適応のないかぎり自然分娩で問題はない.しかし,根治なくして分娩を迎えてしまった症例に対しては古くから考え方が分かれている.Rhoads(1947年)Gomberg(1959年)I1〕らは,妊娠自体が患者の予後に懸影響を与えるだろうとの考え方からtherapeutic abotionを奨励した.しかし,その後多くの著者により指摘されているように妊娠によってクモ膜下出血の予後が左さ
れることはないようであり,現在therapeutic abotionを勧める報告はない.一方Schwartz(1951年)は,陣痛はクモ膜下出血の促進因子ではないとの理由から帝王切開は産科的適応によってのみ行われるべきだと述べ,Cannelら(1956年)4〕も彼らの経験ではむしろ自然分娩のほうが危険性が低かったことを報告している.またDaamら(1960年)7〕は,帝王切開のほうが血液動態および中枢神経系に対するストレスが軽減されるとの考えから3例のクモ膜下出血に帝王切開を行っているが,そのうち1例では帝王切開中に再出血があったことを報告している.
Huntら(1974年)は,文献的に報告されている118例の妊娠中の動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の集計を行っているが,分娩およぴ早期産緯期における再出血は帝王切開37例中7例(19%),自然分娩58例中8例(14%)であったと報告し,これより動脈瘤破裂,根治手術の有無にかかわらず自然分娩のほうが好ましいと結論している.分娩は動脈瘤の破裂に影響を与えないとするSchwart.21〕,Pedowitら18〕の報告以来,未治療例の動脈瘤に対してさえ自然分娩が好まれる傾向にあった.しかし,麻酔法およぴ手術手技の進歩した現在,帝王切開に要する時間はせいぜい20分以内であり,理想的な血圧に維持することも可能であるのに対し,自然分娩の場合母体は10時間以上ストレスにさらされることになる.実際,1回の子宮収縮に際して心拍出量は約20%増加すると言われ,血圧は平均10mmHg上昇すると言われている.また,McCauslandらは陣痛時のICPを推定し,240mmH2Oから700mmH20まで上昇することを報告している.さらには前述したように,分娩中およぴ早期産褥期における動脈瘤の破裂は報告例は少ないが頻度としては高率であり,Barnoら(1976年)は動脈瘤およびAVMによる妊娠中のクモ膜下出血37例中陣痛・分娩・早期産褥期に5例の出血を経験しており,同様の結論を得ている.
このようなことから,我々は妊娠中のクモ膜下出血に対しては手術適応に従って速やかに外科的根治手術を行うのを原則としており,根治手術を行いえなかった症例に対しては,分娩中高率に出血を指摘されているAVMのみならず動脈瘤に対しても,麻酔技術が向上した現在,帝王切開のほうがより安全であると考えている.発症が妊娠末期で生児を得る可能性があれば,全身麻酔による胎児に対する影響を除くためにも,我々の〈症例1,2〉のように帝王切開により生児を得たのち、引き続き脳外科的根治手術を行うのが良いと思われる]3〕.一般に胎児の母体外生存は妊娠34.5週以降であれば特に問題はないと言われているが,帝王切開後の胎児の予後は妊娠週数よりもむしろ胎児の体重に影響されることから,産科医と相談し,超音波などにより胎児の発育を検討している.また麻酔法については,帝王切開時には血圧変動の少ないとされる硬膜外麻酔を用い,生児を得た時点で全身麻酔に切り換えるのが良いと思われる.この際,最初から全身麻酔で行うことは血圧変動のため再出血の危険性があり,また胎児に対しても。sleeping babyなどの合併症の危険性があるため好ましくない.
Wまとめ
1.妊娠中のクモ膜下出血6例(動脈瘤3例,AVM2例,不明1例)と妊娠中毒症に伴う脳出血2例,計8例の妊娠中の頭蓋内出血を報告した.
2.動脈瘤とAVMによる妊娠中のクモ膜下出血の臨床的特徴を述べた.特に動脈瘤の破裂は妊娠週数が進むにつれて増加し,これが妊娠中の血行動態の変化ときわめて類似していることを強調した.
3.妊娠中のクモ膜下出血に対する手術時期に関しては,破裂動脈瘤によるものでは妊娠時期の如何によらず脳外科的適応に従って速やかに手術を行うべきであるが,AVMによるものでは比較的予後良好であり,妊娠末期まで待つことも可能である.
4.妊娠中の脳外科手術においては,胎児モニターを用いるとともに,低血圧麻酔,浸透圧利尿剤の使用による胎児のanoxia, dehydrationに注意する必要がある.
5.根治手術なきまま分娩を迎えてしまった症例の分娩方法は,麻酔法,手術手技の発達した現在,帝王切開のほうが好ましい.発症が妊娠末期に近く生児を得ることが可能な場合は,硬膜外麻酔または脊椎麻酔下に帝王切開を行い,引き続き全身麻酔に切り換えて脳外科的根治手術を行うことも可能である.
産後はどうなんでしょう。
双子を経膣分娩した後、3ヶ月くらいでSAHという例が昔あったんですけど。育児のストレスは原因になるのでしょうか。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2007年7 月26日 (木) 18:08