(関連文献→) 骨盤位分娩 目次
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(27日夕方には帰る予定ですが強行軍らしいので死んでると思います)
というわけで、こちらの記事はタイマーで紹介しています。(一日2回更新予定)
今日は骨盤位分娩というテーマでお送りします!
骨盤位分娩の児の予後
春木篤 ・ 高橋恒男
(産科と婦人科 Vol.72 No.4 2005-4 p418-422)
要旨
骨盤位の経膣分娩では娩出時の臍帯圧迫や骨盤位牽出術による分娩外傷など,児に対するリスクが高い.欧米では,単胎正期産の骨盤位経膣分娩は行うべきではないとされている.われわれの検討では,経膣分娩トライアルにおいても新生児仮死や合併症の有意な上昇を認めなかったが,酸血症は有意に高率であった.骨盤位の経膣分娩では,児が酸血症に陥りやすいという認識をもち,トライアルを行う症例の選別と厳重な分娩管理が重要である.
はじめに
正期産における骨盤位の頻度は約3~5%とされている.一般に骨盤位の経膣分娩では周産期死亡率や新生児合併症の頻度が高いという報告が多く,米国産婦人科学会(ACOG)では骨盤位の経膣分娩はもはや行うべきではないとの見解を打ち出しており,国内でも骨盤位全例に予定帝王切開術(以下,予定帝切)を行っている施設も多い.ただ,帝切率が上昇した場合には,欧米のように肺塞栓症など重篤な母体合併症が増加する可能性もあり,母児双方に配慮した分娩方法の選択が重要となってくる.
ここでは,分娩様式の選択による骨盤位分娩の周産期事象,新生児合併症およびその予後の比較を自験例の検討結果を中心に若干の文献的考察を加え述べたいと思う.
当科における骨盤位分娩の検討
1.対象と方法
1992年1月~2003年8月までに当科で分娩となった6,319例のうち,妊娠36週以降で雌した単胎骨盤位206症例を対象とした.ただし,妊娠週数が不明瞭な例,母体搬送例,先天異常例は除外した.これらの対象症例のうち,実際に経膣分娩トライアルを行った症例をトライアル群,予定帝切の方針とした症例を予定帝切群と分類し,この両群の周産期事象および新生児合併症について比較検討した.当科における骨盤位の経膣分娩トライアル基準を表1に,骨盤位の妊娠・分娩管理指針を表2に示す.
出生1分後のアブガースコアが4~6点の場合を新生児仮死,3点以下を重症新生児仮死と定義し,出生直後にマスク換気や気管内挿管を行った症例は蘇生術を要したものと判定した.また,出生直後に採取した瞬帯動脈血pHが7.2未満のものを新生児酸血症と定義した.新生児合併症では,分娩麻痺ならびに分娩時に発症した上腕骨・鎖骨骨折などを分娩外傷とし,退院までの期間に痙攣や昏睡などの神経症状を認めた場合は,新生児脳症と定義した.統計学的な検討には,X2検定,Fisherの直接確率計算法を用い,危険率が5%未満であった場合は統計学的に有意と判定した.
2.結果
対象となった骨盤位206症例のうち,121例(58.7%)が経膣分娩の方針(トライアル群)となり,残る85例(41.3%)が予定帝切の方針(予定帝切群)となった.トライアル群121例のうち92例(76.0%)は経膣分娩に成功したが,29例は緊急帝切となった.緊急帝切の適応は,分娩の遷延・停止とNon reassuring fetal statusによるものがもっとも多く,おのおの6例ずつであった.また,膀帯下垂が5例,足位が4例であった.予定帝切群は当初の計画どおりすべて帝切による分娩であったが,このうちの6例(7.8%)は緊急帝切となっており,その適応は予定帝切を施行する前の陣痛発来または前期破水が4例,分娩開始前のNon reassuring fetal statusが2例であった.おもな周産期事象と新生児合併症の比較を表3に示したが,新生児仮死や蘇生術の頻度に有意な差を認めなかったものの,新生児酸血症の頻度がトライアル群で有意に高かった.新生児合併症では,分娩外傷をトライアル群で2例認めているが,1例は経膣分娩時の鎖骨骨折であり,もう1例は緊急帝切時の上腕骨骨折であった.新生児脳症は両群ともに認められなかった.
骨盤位分娩の児の予後
一般に骨盤位の経膣分娩では,多くの症例で上肢の解出や後続児頭の牽出を中心とした骨盤位牽出術が必要となる点が頭位分娩と大きく異なっている.骨盤位牽出術に伴う分娩外傷としては,頭蓋内出血や脳室内出血,脊髄損傷,頭蓋底骨折,上腕骨・鎖骨骨折,腕神経叢損傷が挙げられる.また,頭位分娩に比較して先進部が小さいため,臍帯脱出をきたす頻度も高く,子宮口が十分開大する前に骨盤位牽出術を開始した場合や,骨盤位牽出術の手技そのものが拙劣であった場合には,出口部における持続的な臍帯圧迫により胎児は高度の低酸素状態に曝されることになる.こうした骨盤位経膣分娩のもつ特殊性から,頭位分娩よりも重症の新生児仮死あるいは高度代謝性アシドーシスの状態で出生する頻度が高くなり,蘇生術を必要とする症例や出生後に新生児脳症を発症する症例も多くなるものと考えられる.
米国産婦人科学会(ACOG)は,単胎正期産の骨盤位症例は帝王切開術を行うべきであり,経膣分娩はもはや行うべきではないとの見解を2001年12月に打ち出している.骨盤位の経膣分娩を行う施設が減少した今日では,産科医が骨盤位牽出術に習熟する機会が失われつつあり,これも経膣分娩を行うべきではない理由のひとつとして挙げられている.そして,無作為抽出試験によって経膣分娩トライアルによる周産期死亡率および新生児罹患率の上昇が数多く報告されており,これが骨盤位経膣分娩を行うべきではないもっとも大きな理由とされている.
2000年にHamahら2〕は,以下の報告をしている.当初より予定帝切を計画した骨盤位群では,周産期死亡率が0.3%,重症仮死,分娩外傷や神経損傷など,新生児の重篤な合併症が1.4%であったのに対し,経膣分娩を計画した群(planed vaginal delivery)ではそれぞれ1.3%,3.8%と有意に高値であった.この傾向は国家全体の周産期死亡率が低い先進国で著明であり,経膣分娩を計画した群では周産期死亡または重篤な新生児合併症の発症率が5.7%と予定帝切群の0.4%より10倍以上も高率であった(表4).
また,Hamahらは同じ報告のなかで母体合併症の頻度は両者で有意な差がなかったことも述べている.骨盤位分娩の児に「周産期死亡,重症新生児仮死,分娩外傷,新生児脳症,NICUへの収容」のうち一つ以上を認めた場合に「予後不良」と定義し,これと関連する諸因子を多変量解析したSuらの報告3)によれば,「予後不良」ともっとも高い関連性を示したものは「経膣分娩」であり,もっとも関連性の低い因子は「陣痛発来前の予定帝切」であった.そのほかに「予後不良」と関連した因子として,Suらは陣痛促進剤の使用,出生体重2,800g未満,1時間以上の分娩第2期を挙げており,逆に「予後不良」を減少させる因子として「骨盤位分娩の経験が豊富な医師の立会い」を挙げている(表5).
一方,デブリンのAlarabらは4〕,対象期間中の骨盤位経膣分娩146例のうち,新生児仮死は2例(0.7%)のみで,分娩外傷や周産期死亡は1例もなかったと報告し,厳格な経膣分娩トライアル基準を設け,分娩中も注意深い観察を行い,経験豊富な産科医が立会うことによって,正期産の骨盤位経膣分娩は安全に行うことが可能であると結論づけている.
当科では,高橋ら5〕が報告しているように,骨盤位の経膣分娩を以前から積極的に行ってきており,現在も基本的な骨盤位の妊娠・分娩管理に大きな変化はない.今回提示したわれわれの検討では,経膣分娩トライアルによる新生児脳症や周産期死亡は1例もなく,分娩外傷や新生児仮死もわずかであり,いずれも予定帝切群と比べて有意な上昇を認めなかった.その一方で,表3に示したように,トライアル群では新生児酸血症の頻度が予定帝切群よりも有意に高率であったことには注意が必要である.今回提示した骨盤位経膣トライアル群の周産期予後は比較的良好であったが,これはわれわれが従来から行ってきた骨盤位に対する慎重な経膣トライアル例の選別と厳重な分娩管理が寄与している可能性が高い.それでもトライアル症例の約23%に新生児酸血症を認めたということは,骨盤位の経膣トライアルでは常に高度の代謝性アシドーシス状態に陥った児を出生する可能性があるという警告でもある.つまり,症例を選別しない安易な経膣トライアルを行った場合には,Hamahら2〕が報告しているように,約6%の重篤な新生児合併症が生じる可能性がある.今回提示した自験例の検討結果も,あるいは症例数が少なかったために合併症という形で統計に反映されなかった可能性もある.HamahらやACOGが提唱するように単胎正期産の骨盤位分娩は,日本においてももはや行うべきではない時代なのかもしれない.しかし,骨盤位をすべて予定帝切にする方針とした場合には,帝切による肺塞栓症などの重篤な母体合併症が発生する可能性も当然高くなる.1992年の当科における経膣分娩トライアル率は90%,骨盤位全体の帝切率は14%であった.ところが現在では,児の合併症や後遺症を危慎して妊婦や家族が当初より帝切を希望する傾向が年々高まっている.
2001年には骨盤位の経膣分娩トライアル率は30%と減少し,骨盤位の帝切率も83%まで上昇したが,幸いなことに,まだ重篤な母体合併症は起こっていない.真の意味で,骨盤位分娩による不幸な母児の転帰を避けるためには,骨盤位の症例数そのものを減少させることが重要であり,今後は骨盤位外回転術の積極的な導入を検討する必要があると思われる.国内ではまだ骨盤位の分娩方法について議論する余地が多分にあると思われるが,当科でも引き続き,十分なインフフォームド・コンセントのうえで,希望妊婦には経膣分娩トライアルを行っていく方針である.ただし今後は国内べ一スでの骨盤位分娩や骨盤位外回転術のデータを蓄積し,母児双方にとって安全な管理方法を探っていくことが非常に重要である.
そーなんですよねー。うちも昔は経膣分娩に果敢に挑戦していたのですが、一人体制になった上、世界的にも経膣分娩の児の方が予後がよくないというこの論文を見て、骨盤位経膣分娩を一切やめました。
やらないとますます腕が落ちて危険度は高くなりますしね、この手の熟練を要する手技は。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2007年7 月27日 (金) 17:32