高齢妊娠は本当に難産か?という疑問にお答えする、ステキな論文です。 ぽち→
(関連文献→)加齢と妊娠リスク 目次
【リスクヘの対応とケアのポイント8】
高齢妊娠と難産
平野秀人 小原幹隆 畠山佑子 田中俊誠 細谷直子
(臨婦産61巻1号・2007年1月 p54-57)
はじめに
高齢妊娠(35歳以上とする),とくに高齢初産では,分娩時に種々のリスクを伴うといわれている.分娩時間の遷延(難産),異常出血,高度な産道損傷,胎児・新生児低酸素症,高い帝王切開率などがそうである.なかでも高齢初産の場合,「難産になりやすい」というイメージは確かにある.そのイメージは本当なのであろうか.生涯出産回数が激減した現在,もし難産となる可能性が高ければ,高齢であること以外,明らかな産科的適応はなくても,経膣分娩を試みることなく,はじめから帝王切開術を選択するという考えも妥当である.
本稿では,「高齢初産は帝王切開が無難,それでよいのか」をもう一度考えてみる機会を提供したい.
分娩遷延
1.高齢妊娠で分娩が遷延する原因
高齢妊娠(とくに高齢初産)における遷延分娩の主な原因は,軟産道強靱症(子宮頸部熟化不全)と微弱陣痛であると考えられている.ともに,加齢に伴う組織の変化が大きく関与しているといわれている.難産道強靱症の原因は,内分泌環境の変化による結合組織の硬化(線維化)と萎縮で,子宮頸部や膣を主とする軟産道の弾力性,伸展性の低下である1).また,「高齢妊娠=難産」という図式を背景に持つ「精神的不安に起因する頸管輪走筋の撃縮」が関与していることも指摘されている2〕.
微弱陣痛の原因は加齢による子宮筋の退化のため,子宮筋収縮の有効性が減弱することにより生ずる原発性微弱陣痛と,軟産道強靱症に伴う続発性(疲労性)微弱陣痛が挙げられている.さらに,加齢に伴い,肥満妊帰や婦人科疾患として子宮筋腫や子宮腺筋症合併妊娠が増えることも微弱陣痛に関与する3).加齢により子宮筋のサイズや形態は確かに変化するが,筋の収縮性や各種薬物に対する反応性は維持されているので,薬剤やホルモンによる調節で,分娩に必要な収縮性を発揮できるともいわれている4).
2.分娩遷延の実態
「高齢妊娠では,本当に分娩が遷延するのか」
これに関して対象を,(1)初産婦,(2)単胎妊娠,(3)経膣分娩,(4)正期産に限定し,分娩第1期遷延や第2期遷延となる頻度について比較検討した椋棒らの貴重な報告がある(図1)5〕.
分娩第1期遷延(分娩第1期の所要時間が30時間以上)は,35歳を過ぎると明らかに頻度が高くなる.しかし,40歳以上で逆に減少している.この理由としては,少しでも難産の徴候があれば帝王切開に移行するからと述べている.
第2期遷延(分娩第2期の所要時問が2時間以上)については30歳以上で増加する.特に35~39歳では,20歳代に比べ2倍以上に増加する.分娩第1期遷延と同様に,40歳以上で第2期遷延が減少しているのは,やはり帝王切開術に移行することが多いためである.高齢妊娠の約14は遷延分娩になるなど,外国でも同様な報告が多い6).
一方,分娩時間に差はないとう報告もある.佐藤ら2〕は,単胎妊娠の経膣分娩の所要時間(分娩第1期~3期まで)について,20歳代,30~34歳,35歳以上で比較すると,それぞれ849分,856分、883分となり,有意差はなかったとしている.ただし,これは経膣分娩に至った症例の比較であり,分娩が遷延した結果,帝王切開術を行った症例は除外されていること,さらに遷延分娩のリスクの高い高齢妊娠では,頸管拡張や陣痛促進を行ったことによる影響も考えられる.椋棒ら5〕も、遷延分娩のリスクが高い妊婦に対し,卵膜剥離やDHA-S製剤の使用などにより,積極的に頸管の熟化促進をはかっていることが年齢による極端な差をなくしている理由の1つであると述べている.
以上より,「高齢初産は難産になりやすい」と考えるのが妥当であり.「高齢妊娠だからといって,必ずしも分娩は遷延しない」との緒論を下すのは難しいと考える.しかし高齢初産でも,対処の仕方によっては難産を防ぐことが可能であることも,事実として捉えてよいであろう.
分娩促進の必要性
佐藤ら2)の報告では,頸管熟化不全で頸管拡張術を必要とした妊婦は,20歳代で27.0%,30~34歳では21.8%に対し,35歳以上では32.4%と有意に多かった.また微弱陣痛のため,薬剤による陣痛促進を必要とした妊婦は,20歳代で21.8%,30~34歳では20.7%に対し,35歳以上では31.8%と,これも有意に多かった.35歳以上では,分娩遷延のためオキシトシンを使用して分娩を促進する必要のある妊婦が多いとの報告7〕も散見される.これらの報告は,高齢妊娠では,軟産道強靱症や微弱陣痛が増えることを如実に表している.
帝王切開率の上昇
高齢妊娠では,軟産道強靱症や微弱陣痛による遷延分娩のほかにも,胎児機能不全による胎児低酸素症や重篤な合併疾患の頻度も増すことから,必然的に帝王切開率も上昇する.佐藤ら2)の報告によると,20歳代,30~34歳,35歳以上の帝王切開率は,それぞれ19.5%,29.5%,44.8%と,やはり高齢妊娠で有意に上昇した.椋棒ら5)の報告でも.35歳以上の初産婦では,30%以上と帝王切開率が上昇する(図2).
35歳以上では,20歳代に比し帝王切開率が2倍高いなど,外国でも同様の報告7・8〕が多い.また,高齢妊娠では緊急帝王切開術のほうが選択的帝王切開術に比し約2倍多く,その適応としては産道因子だけではなく胎児因子であることも多いとの報告もある9).
難産に伴う合併症
微弱陣痛は遷延分娩の原因となるが,その結果,子宮筋の疲労による続発性微弱陣痛の原因にもなり,さらに分娩が遷延するという悪循環に陥る.また分娩後は,子宮筋の疲労による子宮収縮不良の結果,弛緩出血を招来する.軟産道の伸展不良のまま分娩に至った場合,頸管裂傷や高度な膝壁裂傷をきたし,ときに出血多量となる.
椋棒ら5〕は,初産婦の分娩時の平均出血量は,35歳未満の約290m1に対し,35歳以上では約348m1と有意に多いと述べている.また分娩の遷延は,長時問,陣痛というストレスに胎児がさらされるため,子宮胎盤循環不全の結果,胎児低酸素症(胎児機能不全),新生児仮死の原因となる.実際,遷延分娩では,胎児低酸素症が増えるという報告10)は多い.
高齢妊娠の分娩対策
妊娠38週になっても子宮頸部熟化徴候がまったくみられない場合は,卵膜剥離や子宮頸部熟化促進薬(DHA-S製剤:マイリス膣錠汲)を用いて積極的に促進をはかる.卵膜剥離は分娩所要時問の短縮11〕や過期産の予防12〕に効果的であるという報告が多い.卵膜剥離を行う際は,経膣超音波検査で胎盤や隣帯の位置や前置血管の有無に注意する必要がある.
妊娠41週を超過した場合は,入院のうえ拡張用医療器材(ダイラパン,,ラミセル)やメトロイリンテルを使用して頸管拡張および子宮頸部の熟化促進をはかる.微弱陣痛に対しては十分な頸管熟化が得られてから,促進薬を使用する.これらの処置や治療を行う場合には,十分なインフォームド・コンセントを取っておく.硬膜外麻酔による無痛分娩は微弱陣痛の原因となり,遷延分娩対策としてはあまり効果は期待できないとする考えもあるが,痛みに対する恐怖心が軽減する点で,精神面に対して効果はある.難産や難産に起因する種々の合併症を考えると,高齢初産の場合,有効陣痛があるのにもかかわらず分娩が遷延している場合は,早めに帝王切開術に切り替えるのは致し方ないだろう.
おわりに
高齢妊娠が増加している現在,「高齢妊娠の分娩」はきわめて重要なテーマの1つであるが,国内の論文は意外と少ない.高齢妊娠であること以外にまったくリスクがない場合でも,患者の希望による帝王切開術が選択される風潮もある.不必要な帝王切開術を避けるためにも,大きな母集団を対象とした正確なデータに基づいた報告が待たれる.
文献
1)小林隆夫:高年産婦の分娩.産婦人科の実際52:1445-1449.2003
2)佐藤多代,岡村州博:加齢と難産.産婦人科の実際50:1991-1995.2001
3)徳永修一,池ノ上克:母体年齢と難産.産科と婦人科701860-864.2003
4)瓦林達比古,大竹良子,深見達弥,他:高年産婦の陣痛.産婦人科の実際52:1439-1443.2003
5)椋棒正昌,市村隆也,柴田和男:高年妊娠の管理.産科と婦人科51:945-954.1997
6)CohenWR,NewmanL,FriedmanEA:Riskof1aborabnorma1itieswithadvancingmaternalage.
ObstetGyneco155:414-416.1980
7)AdashekJA,PeacemanAM,Lopez-ZenoJA,etal
:Factorscontributingtotheincreasedcesarean
birthrateinolderparturientwomen.AmJOb-
stetGynecol169:936-940.1993
8)EdgeV,LarosRKJr:Pregnancyoutcomeinnu1-
1iparouswomenaged35oro1der.AmJObstet
Gyneco1168:1881-1884,discussion1884-1885.
1993
9)佐藤郁夫,中山寛,本山光博,他:高齢初産の取り扱い.産婦人科の世界42117-22.1990
10)Gi1bertWM,NesbittTS,Danie1senB:Chi1dbear-
ingbeyondage40:pregnancyoutcomein24,032
cases.ObstetGyneco193:9-14.1999
11)Bou1vainM.IrionO,MarcouxS,eta1:Sweeping
ofthemembranestopreventpost-termpregnancy and to induce labour:asystematicreview.Br
JObstetGynaeco1106:481-485(Review),1999
12)MagannEF,ChauhanSP,Nevi1sBG,etal:Man-
agementofpregnanciesbeyondforty-oneweeks'
gestationwithanunfavorab1ecervix.AmJOb-
stetGynecol178:1279-1287.1998
コメント