(関連文献→)加齢と妊娠リスク 目次
高年妊娠の産科リスク ぽち→
藤森敬也 園田みゆき 佐藤章
(臨婦産61巻1号・2007年1月 14-19)
はじめに
高年妊娠による母体のリスク
1.妊娠偶発合併症の増加
加齢に伴い,妊娠偶発合併症が増加することが予想される.実際にこれまでの報告をみると慢性高血圧症合併妊娠2~/3〕や,糖尿病合併妊娠2~10・14・15)や子宮筋腫合併妊娠2・5・9・川が35歳以上の高年妊娠症例では20歳台の妊娠に比べ有意に高率に認められている.
2.妊娠合併症の増加
1)流産
高年齢における妊娠では白然流産のリスクが高くなる.これは分娩回数や既往流産の数とは関係なく流産は増加する(図1)17).この原因は年齢が高くなるほど,染色体異常の頻度が高くなることと関係する.高齢化とともに排卵時での卵の異常の頻度が高くなり,染色体異常が多くなると考えられている.しかし,染色体が正常でも,年齢とともに流産は多くなる.これは年齢とともに子宮機能がたぶん減弱するためであろうと考えられている18).
2)子宮外妊娠
子宮外妊娠も年齢が高くなると,頻度が高くなることが報告されている19).
3)胞状奇胎
15歳またはそれ以下の妊娠と45歳以上の妊娠は胞状奇胎が多いと報告されている20).20~30歳に比べて45歳以上の妊娠において,胞状奇胎の比較的頻度は10倍以上高いと報告されている21).
4)早産
早産は35歳以上の妊娠の場合,20歳台または35歳未満に比べ,優位に頻度が高くなるという報告がある13・22~24).40歳以上の場合,20歳台の場合と比較すると高年初産,経産婦ともに早産が多かったと報告している8〕.しかし,その原因は不明としている.最近の報告では、35歳以上の
高年妊娠は35歳未満に比べ早産率に有意差はなかったが,40歳以上では有意に早産は多かった.しかし,オッズ比(O.R)は2.O以下で,臨床的意義は少ないとしている15).早産期前期破水も35歳以上の場合20歳台に比べ有意に多くなるという報告もあるが2・11),有意差は認められなかったという報告もある15〕.
5)妊娠高血圧症候群
35歳以上の高年出産症例は20歳台に比べ多くなるという報告2・4・5・7・9・16・25~28〕が多いが,有意差はなかったという報告もある29~31).最近のスウェーデンの調査結果では,妊娠高血圧症候群重症型は加齢とともにリスクは上昇したが,軽症型のリスクは減少したと報告されている12〕.しかし,米国における大規模な報告では,人種,分娩回数,BMI,教育,結婚状況,喫煙,妊娠前の疾患,前回妊娠の状況,生殖補助医療などの因子をコントロール群と合わせたのち,35歳以上と35歳未満を比較してみると,慢性高血圧症合併妊娠は増加するが,妊娠高血圧症候群(妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧症)の発症頻度には有意差はなかったと報告されている15).
6)そのほかの妊娠合併症
骨盤位などの胎位異常2・3・11・13・14・32)や妊娠糖尿病,前揖胎盤2・4・7・8・12・13・15〕,常位胎盤早期剥離2・15)が高年妊娠では有意にその頻度が増加することが報告されている.前置胎盤は,加齢とともに血管内皮の損傷が進行するためではないかと考えられている16・33・34〕.
3.難産
高産婦は20歳台の初産婦と比べ,分娩遷延する症例が多いことが報告されている2・14・16・35~37〕.加齢とともに分娩が遷延する原因について,明確な理由はないが,Cohenら36〕やMainら37〕は,加齢とともに子宮筋の収縮の有効性が減少するためではないかと説明している.しかし最近(2000年代になってから)の報告では8・9・29〕,年齢と分娩時問には差はなかったと報告している例が多い.経産婦では,高年齢と若年と比較して,分娩遷延の頻度に差はないとする報告が多い6.7.10.16.25.36.37.39).また,高年妊娠の場合,前述したごとく,骨盤位を代表とした胎位異常が多く,それによる難産になる可能性が考えられる.高年妊娠の場合20歳台の妊娠と比べ,糖尿病合併妊娠や妊娠糖尿病の合併が多く,そのため巨大児出産が多くなることが報告されており,したがって,肩甲難産になることが多い40).前述したごとく,子宮筋腫合併も高年齢妊娠の場合に,その頻度が高くなることが報告されており,そのため分娩遷延や帝切分娩の頻度が高くなることが考えられる.
4.多胎
高年齢妊娠では多胎が多いことが報告されている2・12・41・42).近年,不妊治療に対する生殖補助医療の進歩により,高年齢帰人も妊娠することができるようになったが,その副作用というべき多胎妊娠が多くなっている.
5.帝切率の上昇
高年初産婦の場合,より若い妊婦に比べ帝切率が有意に高いことが報告されている.その原因は,前述したごとく早産,多胎,胎位異常,前置胎盤,常位胎盤早期剥離が20歳台の初産婦に比べて多いためといわれている.また,分娩進行不全や分娩経過の異常とそれによる胎児ジストレスのため,若年妊婦と比べ高年初産婦は帝切率が高いという報告も多い7・8・16・19・32・36・39).経産婦においても,40歳以上の場合は分娩遷延のために20歳台の経産婦に比べ多かったと報告されている39〕.妊娠合併症や妊娠偶発合併症が高年初産婦では頻度が高くなり,帝切率が高くなると考えられるが,帝切率が高い原因の1つに選択的帝切が多いことが指摘されている.経産婦の場合,近年,帝切率が上昇してきており,帝切の適応に前回帝切のため,VBACを施行せず選択帝切にする例が多くなっていることも原因の1つと考えられるが,高年初産婦においては,妊娠合併症や偶発合併症のない選択的帝切も多い.この理由としては,妊婦の分娩に対する不安感もあるが,産科医が貴重な妊娠であり,貴重児であるという観点から帝切を選択している可能性が強いと考えられている.特に高年齢になって生殖補助医療による不妊症患者が妊娠した場合には,試験分娩を施行せず,帝切を選択している場合が多いと考えられる.
6.妊産婦死亡率の上昇
母体年齢が高まるに伴い,妊産婦死亡は高くなる.40歳を過ぎると20~24歳の妊婦と比べ20倍以上に高まると報告されている43).高年齢のための偶発合併症の増加,妊娠高血圧症候群の増加,前置胎盤,常位胎盤早期剥離の増加,帝切の増加による血栓症などが原因と考えられる,スウェーデンの報告では,1987~2001年の15年問の調査では20~29歳での妊産婦死亡は1.4人/10万,40~44歳で22.1人/10万,45歳以上では166.0人/10万と報告されている12〕.日本における2003年の出生数に対する妊産婦死亡率は,1O万に対し20~29歳では2.4人,40歳以上では22.3人であった1〕.
高年妊娠による児のリスク
高年齢妊娠により,ダウン症候群に代表される染色体異常が多くなることが知られている44-47).しかし,転座型トリソミーは母体年齢とは関係なく,ターナー症候群は母体年齢と逆相関であると報告されている46・48〕.
奇形(形態異常)では,母体年齢と奇形は関係していないとする報告が多くあるが,Ho11ierら49〕は,染色体異常以外に35歳以上では弩曲足が,40歳以上になると心奇形が多くなると報告している.
父親の高年齢と染色体異常のリスクは母体年齢を考慮しても影響されないと報告されている50〕.低出生体重児SGA(sma11forgestationa1age)や巨大児が高年妊娠の場合に多いことが報告されている2・5-7-8・12・14・15・25〕.低出生体重児,SGAが多くなることは,加齢に伴い偶発合併症や妊娠合併症が多いため早産をせざるを得ない場合や,染色体異常,多胎のため早産することが多いためと考えられる.巨大児の出産も糖尿病および妊娠糖尿病合併が多いことから,高年齢妊娠症例では多いことが報告されている4・14・1535〕.
周産期死亡についていえば,高年齢妊娠の場合は若年者の妊娠に比べ死産が多いという報告が多い4・9・12・53〕.その原因については不明としている報告が多が,Naeye33)は,胎盤早剥や胎盤内の梗塞が多くみられることから,胎盤におけるperfusionがうまくいかない結果ではないかと推測している.しかし,周産期死亡率についていえば,高年齢妊娠では周産期死亡率は上昇するという報告と,新生児罹患率は上昇するが死亡率はさほど増加しないという報告4・"16・21・25・31・5Z53〕があり,現在のところ結論は出ていない.40歳以上の高年妊娠の場合,母体の罹病は増加するが,出生した新生児の転帰に影響することはないという報告が多い5・7・8・16・25・39).Ziadehら8〕は,40歳以上の高年初産婦の場合,20~29歳のコントロールに比べ新生児の1分後のアプガースコアは低かったが,新生児の長期予後にとって重要な5分後アプガースコアとは有意差はないと報告している.近のC1eary-Go1dmanら15)の報告では,35~39歳の妊娠症例では,周産期死亡率は35歳未満の症例に比べ有意な上昇は示さなかったが,40歳以上では有意に上昇していたと報告している.しかし,全体として高年妊娠による周産期死亡は比較的稀であり,高年妊娠といっても比較的安全であると考えている報告が多い12・15〕.
おわりに
高年妊娠の産科リスクについて総論的に記載した.最近わが国において,結婚年齢の上昇など,妊娠,分娩する母体年齢が高齢化してきている傾向にある.したがって,われわれ婦人科医は,高年妊娠の場合,または高年になって妊娠を希望している女性に対し,産科リスクとその程度を説明し,妊娠中の管理についても十分に説明できる必要がある.
例として,最近の米国における多施設,単胎,無選択妊婦を対象とした前方視的研究(1999~2002年の結果について表1に示す15〕.30歳未満と35~39歳および40歳以上の高年齢妊娠と産科リスクについて比較している.表には,人種,分
娩回数,BMI,教育歴,結婚状態,喫煙,妊娠前の医学的状態,既往妊娠の状況,生殖補助医療の有無を調節した場合のオッズ比(AjustedO.R:AdjOR)を示している.筆者らはAdjORが35歳未満の症例を1とした場合,1より大きな数字
を示す場合,有意差ありとしているが,臨床的には2.O以上で意義がある有意差としている.AdjORが35歳未満と比べ2.0以上のものは,35~39歳の場合,流産(2.0),染色体異常(4.0)であり,40歳以上では流産(24),染色体異常(9.9),妊娠糖尿病(2.4),前置胎盤(2.8),常位胎盤早期(2.3),帝切(2.O),周産期死亡(2.2)と報告してる.
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