臨床婦人科産科 2007年03月発行(Vol.61 No.3)
今月の臨床 周産期医療の崩壊を防ごう ぽち→
http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014633.html
シリーズ、いってみます。
産科医師を増やすための方略2
卒後臨床研修制度 金井誠 小西郁生
(臨婦産61巻3号・2007年3月 274-281)
新卒後臨床研修制度の概略
従来の臨床研修制度では,研修医の7割が大学病院,3割が臨床研修病院で,多くは単一診療科によるストレート研修を行い,出身大学関連での研修が4割程度であった.2年間の臨床研修は努力規定であり研修内容や研修成果の評価が十分でないといった問題や,専門の診療科に偏った研修,研修医への処遇が不十分でアルバイトに追われ研修に専念できないといった問題が指摘され,平成16年度より新たな医師臨床研修制度が施行された.(略)
新制度の導入で専門研修前に幅広いプライマリーケアの研修が可能となり待遇も改善されたが,問題点として,全診療科において平成16~17年度の専門研修者が皆無となり,加えて研修医の大学離れと,都市集中が顕著になったことから,特に地方の大学関連病院での医師不足が急速に進行した.
研修医は何を求めているのか
新制度の1期生が研修終了する平成18年3月に厚生労働省が行った「臨床研修に関する調査」の最終報告〔2年次生3,809人(51.9%),1年次生4,315人(57.3%)が回答〕によると,研修体制への満足度は,臨床研修病院のほうが大学病院よりも高かった(図1-1).
研修体制に満足している理由としては,臨床研修病院では「職場の雰囲気がよい」,「経験が十分に積める」,「指導医が熱心」,「コメディカルとの連携がよい」,大学病院では「指導医が熱心」,「職場の雰囲気がよい」などが挙げられている(図1-2).
満足していない理由としては大学病院での「雑用が多い」「待遇が悪い」「経験が不十分」といった理由が目立つ(図
1-3).
研修プログラムヘの満足度も,臨床研修病院のほうが大学病院よりも高かった(図2-1).研修プログラムに満足している理由としては,臨床研修病院では「プライマリケア能力の修得」,「全人的医療を学ぶ」が挙げられているが,この2つは大学病院との差が目立ち,満足していない理由をみても同様であった(図2-2,2-3).
また,「複数科の研修が進路決定の参考になる」との理由も満足度を高めているようだが,専門研修に決めた診療科が初期研修前に希望していた診療科と変わったのは35.1%で,62.5%は変わらなかった.変えた理由としては「興味が沸いた」が7割で,「興味がそれた」,「大変だと思った」が計3割であった.
臨床研修後の進路選択としては,大学で研修した医師の72.7%が同じ大学,7.7%が別の大学,9.1%が臨床研修病院を選択し,臨床研修病院で研修した医師の43.8%が同じ病院,2!.6%が別の臨床研修病院,21.1%が大学を選択している(図3-1).進路を決定した理由としては,「専門医取得につながる」,「優れた指導者がいる」,「現在研修している」といった理由が高く,大学での研修医では出身大学であることも要因となっている(図3-2).
診療科を選ぶ理由としては,「学問的に興味がある」「やりがいがある」「その科の対象が好き」「いい指導医がいた」といった理由が高く,このアンケートをみる限りでは,収入や訴訟の問題よりも興味ややりがいのほうを高く評価してい
ることになる(図4-1).
診療科別に理由をみると,産掃人科は「やりがいがある」が全診療科で最も高かった(図4-2).専門診療科を産婦人科に選択したとの回答は専門科が決まっている3,298人
中163人(4.9%)で,単純にこの割合で進路が決定されていれば,全研修医7,344人中360人が産婦人科医になったことになり,新制度となる前と比較してむしろ増加したはずである.しかし,日産婦学会への入会状況の最終報告を待たないと正確には不明だが,実際にはかなりの人数が減少している可能性が高い.産婦人科を選択する研修医は真面目でアンケートに回答する率が非常に高いと考えて喜ぶべきであろうか…….
産婦人科医を増やす方略
1.卒前教育から一貫した卒後研修体制と研修
プログラムの充実
新制度となり,研修医の大学離れが進行しているのは事実であるが,62.5%が研修前に希望していた診療科を選択していること,専門診療科を選択した理由などから考えると,まず卒前教育においてしっかりと産婦人科の学問的魅力とやりがいを伝えることが非常に重要である.卒後臨床研修でも引き続いてこれを伝えるのはもちろんのこと,熱心な指導医が専門研修までつながる指導を行っていると研修医に感じさせることが大切であろう.各研修医の目標を明確にし,希望する経験を十分に積ませることも重要である.
2.指導医の意識改革
現代教育は「教育者中心から学習者中心へ」「疾患指向型から問題解決型へ」,望ましい診療のスタンスは「医師中心から患者中心へ」とパラダイムシフトしていることを意識した教育と診療が必要である.徒弟制度的教育で育った指導医にしてみれば,白らが研修医のころは指導医が中心で,自らが指導医の立場になったら研修医が中心とは……,と嘆く方もいるだろうが,過渡期には必ず献身的な努力を行う者が必要となる.「産婦人科を本気で専攻する者に対しては,そういった努力も厭わないが,産婦人科になる気もない者たちにエネルギーを割くような余裕はない」とか,「教えたい気はやまやまだが,忙しすぎてその暇がない」という気持ちも理解はできるが,3割の研修医は研修期問中に専門診療科の希望を変更し,しかも興味が沸いて変更する者のほうが多いので,すべての研修医に対して産掃人科の魅力を伝え続ける努力が重要なのである.
まずは研修医が楽しいと感じる教育,何でも気軽に聞いたり話ができる雰囲気を構築することを目指す.研修医が重用視する「職場の雰囲気」とは,指導医に何でも聞ける雰囲気,コメディカルや他科との連携がよく仕事しやすい雰囲気といった人間関係が主体のものを指しているようであり,指導医自身のコミュニケーション能力や管理能力によって大きく左右される可能性が高い.(略)
3.専門研修医師や中堅医師の重要性
熱心な指導医から研修医が大きな影響を受けることは明らかであるが,指導医が産婦人科の魅力を語ることに100%の信用は置いていない.まったくの嘘ではないにしろ,1人でも多くの産婦人科医を獲得するための方便とみている向きも少なからずはある.むしろ3年目以降の若い専門研修医師や中堅医師たちが,本当に楽しそうに仕事をしているかをみている.
したがってこの世代に対しても,指導医はしっかりと愛情を注ぎ続けることが重要で,釣った魚にはえさをやらない感性でいると,せっかく釣った魚に逃げられたうえに,まったく魚が釣れなくなる.愛情を注ぎ続けて育てると魚は活き活きと泳ぎ,そうした場所に次の魚も集まってくるのである(若手医師の皆さん,魚にたとえてすみません).(略)
4.産婦人科医の労働環境改善
過重労働に苦しむ産掃人科医の姿を直接研修医にさらけ出す結果,さらに志望者が減少する悪循環に陥っている可能性は否定できない.産婦人科医の過重労働からの解放,労働に見合った待遇改善,訴訟問題,女性医師復帰支援など,現在懸案となっている重大な問題の解決も,研修医が卒後臨床研修を通じて産婦人科に魅力を感じるかどう
かに多大な影響を与えることになる.国や地方白治体がようやく危機的な状況を理解してきたこの機会を逃さず,学会や医会を中心に産帰人科医自身の労働環境の改善をはかる努力を怠ってはならない.しかし,これが改善されない限り研修医の指導などできないという意識があれば研修医達にも伝わり,そういった科での専門研修に魅力を感じることはないであろう.
信州大学での試み
信州大学の卒後臨床研修センターは全診療科からの委員で構成され,毎月1回のセンター会議で各科の研修状況や問題点を病院全体で共有することで,よりよい研修体制を築く努力を行っている.また,各研修医に1人のセンター委員がチューターとなり,適宜面談して研修状況の確認や相談役に当たっている.病院全体として研修に魅力がなければ,初期研修医が少なくなり,直接産婦人科の魅力を伝える機会も減ってしまうので,病院全体で取り組む姿勢が重要であろう.
また,大学教育支援プログラムに申請した『地域医療等社会的二一ズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム』が採択されたので産婦人科関連の一部を紹介する.卒前教育では「生命誕生の喜び」体験実習として,医学部1・2年生の希望者が,妊娠初期から分娩,産褥に至るまで,担当妊婦さんに寄り添い,産科診療の魅力を体験する.卒後臨床研修としては,研修コーディネーターを配置して密度の濃い研修を実現し,毎月の周産期カンファレンスを,県内の研修病院にインターネットを利用して配信する.産婦人科を希望する研修医に対し,国内外での学会出席,研究発表への支援を行う.
医療訴訟問題による産婦人科の敬遠を避けるため,医療問題に関する教育特任教授を配置し,医療トラブルの予防研修を行う.さらに,信州医療ワールド夏期セミナーと称して,全国の研修医と医学生を対象に信州での専門研修の説明会とICLSコースの同時開催や,ICLSコースと小
児,産科,麻酔医療研修を組み合わせたセミナーを企画し,産婦人科のすばらしさをアピールする,以上のような内容である.
おわりに
卒前教育一卒後臨床研修一専門研修一生涯研修が,
一貫して魅力あるものでなければ,産婦人科医の
増加に結実しない.卒後臨床研修から産婦人科医
を増やすためには,研修医へいかに産婦人科の魅
力とやりがいを伝えることができるかに尽きる.
文献
1)厚生労働科学研究費補助金研究「新医師臨床研修制
度の評価に関する調査研究」班.平成17年度「臨床
研修に関する調査」報告.2006.8.31
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