MMJの3月号より
患者・予備群2千万人時代の糖尿病対策
MMJ March 2007 Vol.3 No3 p230-231
2025年には世界の7割がアジアに集中
糖尿病患者の増加が世界的に懸念されている。とりわけ日本を含むアジアの状況は予断を許さず、予防的な対策が急務だ。東京大学大学院医学系研究科教授、門脇孝さん(糖尿・代謝内科)が参加した昨年12月に南アフリカで開かれたlntemational Diabetes Federati6n(lDF)の第19回世界糖尿病大会でも、アジア地域の状況に注目が集まっていたという。
世界がアジアに注目糖尿病が緊急の医学的な課題とされる根拠として門脇さんは、患者数の予測値を挙げる。
「あらゆる努力にもかかわらず、糖尿病の患者がものすごい勢いで増えています。2025年には全世界の糖尿病人口が現在の1.5倍以上の約4億人に達すると予測されています。しかも伸び率が最も高いのが日本を含むアジアの国々で、そこには患者全体の70%、約2億人が集中するという見通しがあり、今大会で論議されました」
世界がアジアに注目し、その予測の深刻さに懸念を表明したという。糖尿病はかつて豊かな先進国に多い病気だった。今、世界に広がっている背景には、
①生活が豊かになり、高カロリー、高脂肪の食材が途上国にも普及し始めた
②途上国における車社会の到来による深刻な活動度の低下という変化がある。
これは世界共通の要因であり、アジアではそれに特有の問題が重なり、深刻の度を深めている。
「米などの炭水化物が中心だったアジアの食生活は脂肪分の摂取が少ないという特徴がありました。それが脂肪分の多い食事になったことと、ファストフードの普及は無視できません」と門脇さん。「つまりアジアの農耕民族は、大量のインスリンを分泌する必要がなかったためにインスリンを分泌する能力が欧米人の半分程度でしかありません。その体質を持ちながら生活だけが欧米化すると、インスリンの量が足りません。ですから糖尿病になりやすいのです」
無視できない内臓脂肪
一般に日本人をはじめとするアジア人は、体格指数(BMI)が25以上30未満の小太りの割合が20~25%で、BMI30以上の肥満は3~4%と非常に少ない。一方、米国人でBMI25以上30未満の割合は約30%でアジア人と大きな違いはないもののBMI30以上の肥満は30%以上を占める。ただし、糖尿病の罹患率では両者に大きな違いはない。門脇さんは言う。「アジア人は小太りの状態でも糖尿病になりやすい(図1)。つまり欧米人以上に臓脂肪の蓄積に着目しなければならないのです」。
メタボリックシンドロームの診断基準の1つの腹囲は、米国人男性は102cmで、日本人は男性85cm。女性の場合、米国人88cmに対して日本人は90cmと逆転する点について門脇さんは「日本人女性は一応90cmと決まっていますが、我々の研究では80cmくらいでもよいといえそうです。これを見ても日本人に関して言えば、小太りの段階から肥満傾向に気をつける必要があって、その目安となるメタボリックシンドロームが注目されるのです」。
脂肪細胞が分泌するホルモン、アディポネクチンは、内臓脂肪がたまると出にくくなり(図2)、インスリン抵抗性やメタボリックシンドロームが促進される(図3)。もともとインスリンの出が悪いところにインスリン抵抗性が加わると、血糖値が下がりにくくなる。つまりインスリンの出が悪い日本人やアジア人にインスリン抵抗性が生じていれば、メタボリックシンドロームの段階で予防的な治療を行うべきで、その際にBMIが30を超えるような肥満にならないと糖尿病の発症が増えない欧米人の臨床データを引き合いに出すことには疑問が残る。
糖尿病の前段階から管理
糖尿病の有病者と予備群が合計1960万人といわれる日本人。その死因を分析すると、心筋梗塞や脳卒中の半数以上に糖尿病かメタボリックシンドロームが認められるという。
通常は空腹時血糖値に着目して診断・治療が行われる。つまり空腹時血糖値126以上で糖尿病と診断されて治療が始まる。その結果、失明に至る網膜症をはじめ、腎障害や神経障害はかなり抑制できる。では、メタボリックシンドロームの状態で放置するとどうなるのか。
「糖尿病の前段階といえるその時期には、内臓脂肪の蓄積でアディポネクチンの分泌が減り、インスリン抵抗性が認められます。そのうえに耐糖能異常が加わることで、空腹時の血糖値は低くても食後に高くなる食後高血糖になり、さらには高脂血症と高血圧、動脈硬化が進行します」
しかも空腹時高血糖値126から治療を始めても心筋梗塞や脳卒中は十分に抑制できないことが分かってきました。門脇さんは、メタボリックシンドロームの段階で食後の血糖値が180を超える場合、あるいはHbA1。が6%を超える場合、適切な治療を施すことで心筋梗塞や脳卒中が抑制されると言う。
「最近の研究でメタボリックシンドロームの段階で認められる高血圧に適切な降圧薬を使えば、血圧の改善と糖尿病の発症抑制が期待できるという知見が得られました。これはメタボリックシンドロームの段階で内臓脂肪を減らし、インスリン低抗性を滅らすこと、そして食後高血糖、高脂血症、高血圧の進行を抑える治療をすべきであることを示唆するものです。これはまったく新しい考え方だと思います」
保健指導による予防医学
2008年度にスタートする検診保健指導の診断基準は3月中にまとまる見通しだ。門脇さんによると、空腹時の血糖値100、HbA1cは5.2、つまり糖尿病と診断されるよりもはるか以前からメタボリックシンドロームに至らないよう生活習慣の改善を求めるようになるという。
保健指導をめぐっては、人材育成などのシステム作りの遅れが懸
念されている。門脇さんは「予防医学的な対応が重要であることが明確に示されることになるでしょう。病気ではないが、完全に正常とは言えない状態に対応するには、予防的な保健指導と医師による生活習慣指導をリンクさせるといった工夫も必要になるでしょう」との見通しを示す。
予防に力点を置いた施策の成否は、爆発的な患者の増加が見込まれるアジアにおける対策の試金石になるだろう。
成人の約6%が糖尿病
MMJ March 2007 Vol.3 No3 p232-233
International Diabetes Federation(IDF)は昨年12月、2型を主とする糖尿病有病率が世界的に上昇し続けており、20~79歳の成人の5.9%が罹患していると発表した。患者数は2億4600万人で、そのうち約80%が発展途上国に集中している。最新のデータはDiabetes Atlas(http://www.eatlas.idf.org/)に掲載されている。
昨年のlDF世界糖尿病大会でLiege大学(ベルギー)名誉教授のPierre Lefebvreは訴えた(BMJ2006;333:1191)。
「20年前に糖尿病罹患者が3000万人と予測された現在の状況をみると、いかに厳しい状況かがわかります。21世紀の今、糖尿病はさらに急速に蔓延していることをみれぱ、いかに重要な病気であるか分かるでしょう」
過去の予測値の多くは現状の患者数を下回っており、最も深刻な予測であっても現在の糖尿病有病率よりも小さかったという。地域別に糖尿病の有病率をみると、最も高いのは地中海沿岸諸国と中東で、成人の罹患率は9.2%で、これに北米(8.4%)が続く。年齢別に糖尿病有病率をみると、最も高いのは40~59歳で46%だった。
最新のDiabetes Atlasは、2025年には糖尿病の患者が全世界で3億8000万人、成人の有病率は7.1%と予測している。患者数の増加が著しいのは主に発展途上国で、中南米の2025年の有病率は約9.7%と予測されている。地中海沿岸諸国と中東地域は今後も有病率の上昇が予想され、2025年の成人の罹患率は10.4%にもなるという。Sydney大学小児内分泌科教授で新たにlDF理事長となったMartin Silinkは、「糖尿病の脅威を風船に例えると、ここ50年間に少しずつ大きくなってきた風船が、いままさに破裂しそうな状態です。専門家が再三にわたり忠告してきたのにもかかわらず、世界の指導者たちは無視し続けてきました。その影響が顕著に見られるのが中東諸国、インド、米国です」。
2型糖尿病の有病率上昇は、遺伝的、社会的、環境的な因子の複合的な相互作用によるものだとSilinkは言う。低・中所得国における近年の経済的発展が、ほんの1~2世代の間に食事・運動習慣を急速に変えた。しかも運動不足になると、わずかの体重増加でも糖尿病を発症しやすくなる。
Yaounde夫学(カメルーン)内分泌学教授のJean-Claude Mbanyaによると、糖尿病が原因の死亡者は年間380万人で、HlV/AIDSによる死亡者数に匹敵するという。
「高齢者の疾患とみられてきた糖尿病患者の低年齢化が進み、働き盛りの年齢層に増えていて、経済的な面で社会に及ぶ影響も大きいはずです。このまま糖尿病蔓延に手をこまぬいていると、多くの国で経済発展の重大な足かせとなり、国連(UN)のミレニアム開発目標の達成さえも危うくなります」とMbanyaは指摘する。
lDFが国連に提出した糖尿病に関する決議案は昨年12月20日に総会で採択された。lDF主導のUnite for Diabetesキャンペーン(http://www.unitefordiabetes.org/)には、世界150力国以上から患者団体、糖尿病関連の学会、多数の慈善団体、当局や民間企業が参加する。World Diabetes Dayなど糖尿病に対する認識を高め、予防・治療の情報を共有する活動を展開する。目標は糖尿病・関連合併症を世界的に抑制するのがこのキャンペーンの目標だ。
米国人の6人に1人が糖尿病予備群
米国では5400万人が糖尿病予備群に罹患し、その多くが認識していない、というPenn Rodebaugh Diabetes CenterのMark Schuttaの指摘をUPHS Newsは伝えている。高リスク患者は積極的に医師に相談し、糖尿病予備群の簡便化血液検査を求めて、糖尿病への進行を防ぐべきだとSchuttaは主張する。
糖尿病と診断された途端に毎日の血糖管理が求められ、それを怠ると、死亡も含めた複数の合併症が起こる。
「糖尿病予備群の人は30年以内に75%の確率で糖尿病に進行する」
とSchuttaは言う。そのうえで「米国では2型糖犀病が蔓延しており、米国で生まれた人のうち、3人に1人は糖尿病を発症する」と指摘する。
糖尿病患者の増加は、糖尿病が“沈黙の疾患”であり発症早期は無症状であるケースが多いのが主な原因だ。
「糖尿病予備群であることを認識すれぱ、食事や運動不足など生活習慣の改善を意識することになり、糖尿病の発症を阻止できる可能性が高まる」。高リスク者のスクリーニング実施をSchuttaが提唱するのは、糖尿病と診断されたときには血管の障害などがすでに起きているからだ。高リスクの判断基準としては、糖尿病の家族歴、出生時体重が4kg以上、高血圧症・コレステ□一ル高値・過体重/肥満、アフリカ系・ラテン系・アジア系あるいは米国先住民・太平洋諸島住民があげられる。
具体的には、75gのブドウ糖を経口摂取して2時間後の血糖値が200mg/dLを超えていれば糖尿病の可能性が高く、141~199mg/dLの場合は糖尿病予備群と考えられるという。糖尿病予備群であっても必ずしも糖尿病に進行するわけではないが、適切な対策により、米国人の致死的疾患の第5位の糖尿病発症を避けられる可能性が高い、とSchuttaは述べる。
糖尿病による社会的な負担
糖尿病患者は「健康が損なわれている」と答える割合が、一般の人の3倍以上高いことが、米防疫センター(CDC)の調査で明らかになった。糖尿病を有する米国の成人2100万人の約半数が、健康状態に関して、「やや良いか不良」と自己評価している。糖尿病患者の健康状態は合併症の有無との関連が認められるため、公衆衛生的にみても大きな問題をはらんでいるといえそうだ。
「主たる合併症は下肢切断、失明、腎不全、およぴ心血管疾患です」。
CDCのMorbidityand Mortality Weekly Report(MMWR)編集者はそう指摘する。
今回の結果は、CDCの研究グループが2005年度のBehavioral Risk Factor SurveillanceSystemデータの解析で得られた。
45歳以上の糖尿病患者のうち、健康状態を「やや良好」あるいは「不良」と答える割合は約50%で、これは週去10年間ほぽ一定である。これに対して、より若い年代で健康上の問題を訴える割合が増える傾向にあるという。18~44歳の糖尿病患者が、健康状態を「やや良好」または「不良」と答える割合は、1996年には約36%だったのが、2005年には43%へと上昇した。
人種と医療保険の加入状況も健康に関する重要な要因だ。ヒスパニック系米国人が、糖尿病に関連した健康不良を訴える割合は白人より60%以上高い。健康保険への未加入は、健康不良となるリスクを70%高める。
糖尿病の治療費は、米国の保健医療制度にとって大きな負担になっている。
1996~2003年の間に成人の糖尿病患者は990万人から1370万人に増えた。それと同時に個人が負担する処方薬代金が年間476ドルから883ドルヘと約86%も増えた。
CDCが作成した最新の糖尿病統計(Health,United States-for2006; http://www.cdc.gov/nchs/hus.htm)によると、糖尿病の脅威は年々拡大し、特に高齢者でその傾向が顕著だという。現在、40~59歳の11%、60歳以上では23%が糖尿病を発症している。
肥満と糖尿病の有病率が上昇しているにもかかわらず、米国人の平均余命は延ぴている。2004年には週去最高の約78歳に達した。1990年以降でみると、寿命における男女差および白人とアフリカ系米国人の人種差も縮小し、2004年にはそれぞれが5年にまで縮まった。
経口薬による1型糖尿病予防
経ロインスリンによる1型糖尿病の発症予防・遅延効果を検証するため、糖尿病の高リスク者を対象にした臨床試験が米国で今年から始まった。実施主体は米国立衛生研究所(NlH)の資金で設立された研究者ネットワーク、Type1Diabetes Trial Net(http://www.DiabetesTrialNet.org)。米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアの100を超える医療センターが参加している。「糖尿病の発症を数年遅らせることができれぱ、高リスク者は面倒な血糖管理の開始や合併症の発症をそれだけ先延ぱしできる」とTrialNet試験責任者でMiami大学Jay Skylerは説明する。
インスリン自己抗体を持つ被験者を対象とした先行研究では、経ロインスリンの投与で1型糖尿病の発症が約4年遅れた。またインスリンを経口投与した動物実験でも同様な発症抑制効果が示されている。経口投与されたインスリンは消化管ですぐに分解されるため本来の機能である血糖降下は起こらない。研究者らは、消化管からのインスリンの摂取が、免疫寛容を誘導し、糖尿病にかかわる免疫系の活動を抑えるのではないかとみる。
1型糖尿病では免疫細胞により膵臓のβ細胞が破壊されるが、この免疫反応は糖尿病を発症する前に始まっており、それが発症後も続くことが分かっている。糖尿病と診断される10年も前の自己免疫過程の初期に自己抗体が血中に検出されることもある。グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)、IA-2と、そしてインスリンに対する目己抗体を有する人は、1型糖尿病の発症リスクが高く、さらに遺伝的な危険因子を有する場合には5年以内に糖尿病を発症するリスクが50%以上高い。
現在、近親者に1型糖尿病患者がいて発症リスクが高いと思われる人を登録し、自己抗体測定などの血液検査を行っている。また、糖尿病の症状に先行する免疫・代謝系のイベントを病歴からも調べている。適格患者には経ロインスリンを投与し、有効性の評価が行われる。
Trial Net試験では1型糖尿病と診断されて間もない患者のインスリン産生機能を温存させる治療法も検討している。β細胞が保護され、良好な血糖コントロールが可能になれぱ、眼、神経、腎臓、心血管などへの損傷を阻止・遅延させられるからだ。
有力なのが特定の免疫細胞を攻撃する抗CD20抗体、リツキシマブだ。B細胞リンパ腫、中等症・重症の関節リウマチの治療薬としてFDAから承認されているリツキシマブが、1型糖尿病におけるβ細胞への免疫反応を阻止する可能性があるという。被験者は診断後3ヵ月以内の患者で、リツキシマブもしくはプラセポを週1回、4週間投与され、3力月ことに受診して2年間の追跡を受ける。
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