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(投稿:by 僻地の産科医)
脱毛:産婦人科外来診療で知っておくべき基礎知識
新潟大学大学院医歯学総合研究科細胞機能講座
皮膚科学分野教授 伊藤雅章
(産婦人科医報 第61巻第2号 No.706 p8-9)
問 髪の毛の正常な状態とはどんなものですか?
答 頭髪の数は約10万本で、日々100本程度抜け落ち、同数の毛が新たに再生して、全体が保たれています。これは毛周期(hair cycle)という現象(図1)によります。つまり、個々 の頭の毛は数年間伸び続ける(成長期)と寿命になり、毛根が退縮し(退行期)、毛が伸びない状態(休止期)になります。休止期毛は数週留まりますが、新しい毛根がその下方に再生され、新しい毛が伸び始めると古い毛が押し出されます。頭髪では、成長期毛が約85%、休止期毛は約10%です。休止期毛はブラッシングや洗髪の際に多く脱落しますので、その抜け毛が気になり、脱毛恐怖症になる人もいます。
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図1 毛周期の模式図
問 髪の毛の年齢変化はどのようなものですか?
答 太く長い毛を硬毛、2cmくらいまでの細い毛を軟毛と言います。小児では頭髪は硬毛でもやや細い傾向があり、短い軟毛も混じていますが、思春期以後、硬毛化が進みます。しかし、個人差もありますが、加齢とともに女性でも、頭髪の軟毛の割合が増え、薄毛の状態になります。また、白髪も早いと小児期から出始め(若白髪)、通常でも30歳代後半から少しずつ白髪混じりになり、高齢では多くの人が頭全体が白髪になります。白髪は、成長期の毛根に分布するメラノサイトの消滅によるもので、個人差がありますが、遺伝的傾向があります。
問 脱毛症にはどのようなものがありますか?
答 脱毛症とは、やや曖昧な言葉で、実際には、
①毛の数が減じた状態
②硬毛であるべき部位に軟毛が増えて(軟毛化)、薄毛になった状態
③硬毛は作られるが、毛の質が脆弱で切れてしまう状態
の3つがあります。このように脱毛症を分類すると、表のようになります。生まれつき毛の数が少ない、あるいは硬毛にならない状態は無毛症ないし乏毛症と言います。
表 脱毛症の種類
①毛の脱落によるもの
円形脱毛症、トリコチロマニア、休止期脱毛、症候性
脱毛、皮膚感染症による脱毛、皮膚腫瘍による脱毛、
瘢痕性脱毛、薬品・化学物質による脱毛など
②軟毛化によるもの
男性型脱毛症、老人性脱毛症
③毛の脆弱性によるもの
各種の毛髪奇形
問 男性型脱毛症は、女性でもなりますか?
答 いわゆる若禿げのことですが、男性では早いと20歳代から始まります。頭頂~前頭の毛が軟毛化して薄くなってしまいます。これは、男性ホルモンの影響で成長期が短縮して小さな毛根になるために、軟毛しか生えない状態です。誰でもなるわけではなく、遺伝的素因が関係しています。髭や性毛(胸毛、腋毛、陰毛など)は、男性ホルモンの作用で逆に硬毛化します。男性の男性ホルモンは精巣からのテストステロンが主体ですが、女性では副腎アンドロゲンが性毛を発達させます。これは、成長期毛根の最深部の毛乳頭細胞が男性ホルモンの標的細胞で、毛乳頭細胞が男性ホルモン作用を受けると、髭や性毛では毛母の細胞の増殖促進因子を出し、頭頂~前頭の毛では増殖抑制因子を出すことによります。 素因のある女性も、男性ほどひどい薄毛にはなりませんが、ある程度の男性型脱毛症になります(図2)。女性でひどい男性型脱毛症にならないのは、女性では毛乳頭細胞に男性ホルモンを女性ホルモンに変換してしまう酵素があるためです。ただし、女性でも、男性ホルモン産生腫瘍などで過剰な男性ホルモンが作用すると、髭や性毛が濃くなり(hirsutism)、頭は男性型脱毛症になることがあります。図2(左) 女性のアンドロゲン性脱毛症
問 産後に薄毛になってしまう女性がいますが、そのメカニズムはどういうことですか?
答 休止期脱毛の1つです。頭髪の休止期毛の割合が増えて脱落する毛が増えるために、薄毛の状態になるものです。妊娠中は成長期毛の割合が増えていて、産後に多くの毛が休止期に一気になってしまうためです。休止期脱毛は、他に、高熱、大手術の後などにも起こることがあります。休止期脱毛は自然に回復することが多いのですが、回復しにくいこともあります。
問 女性の頭髪の薄毛の治療はどうしますか?
答 いわゆる育毛剤の適応ですが、EBM で効果が証明されている治療法はミノキシジルの外用です。本邦では1%のものが市販されていますが、世界的には2%のものが効果が良いとされます。数カ月以上使用しないと効果は分かりません。ところで、男性の男性型脱毛症の治療にはフィナステリドの内服が行われ、これは毛乳頭細胞の男性ホルモンを還元するⅡ型5α―リダクターゼを抑制して、上述の増殖抑制因子産生を抑制するものです。フィナステリドは女性の薄毛には無効で、特に妊娠可能な女性には投与禁忌です。男性胎児の性器の発達を抑制するからです。
問 女性で多い脱毛症は何でしょうか?
答 高齢では、男性と同様に老人性脱毛症ですが、個人差があります。治療の適応になる脱毛症としては、女性も男性も円形脱毛症が最も高頻度で、人口の1~2%に生じ、男女比は1:1で、どんな年齢でも起こりますが、1/4は小児期に発症します。円形の脱毛巣ができるのが基本(図3)で、単発のもの、多発のものがあり、ときに頭髪の生え際が帯状に脱毛したり(ophiasis 型)、頭髪全体、さらには全身の毛が抜けてしまうこと(全頭型・全身型)もあります。病態としては、成長期毛根に起こるリンパ球浸潤で毛の産生が傷害されて、毛根が退縮し、毛が抜け落ちるものです。毛根組織の何らかの自己抗原に対する自己免疫反応とされています。成長期の毛根はダメージを受けても、毛根の浅いところに存在する毛幹細胞は傷害されないため、リンパ球反応が無くなれば容易に毛が再生されます。実際に単発~数カ所くらいのときは、多くは自然に回復します。図3 円形脱毛症.60歳、女性、単発型
問 円形脱毛症はストレスが原因だと言われることがありますが、本当でしょうか?
答 上述のように病態は毛根の炎症性変化ですので、それがストレスによるかということになります。何か精神的ストレスがあって円形脱毛症が発症する症例は経験しますが、1~2割の症例です。精神的なもののみでなく、肉体的ストレスも、そのような免疫反応を惹起する可能性があります。しかし、人種や時代を越えて罹患率は変わらないこと、家系内発生が2割程度あり、一卵性双生児では1人が発症した場合2人ともなる確率が55%であることから、なりやすい遺伝的素因があることは確かです。
問 円形脱毛症の治療はどのようにしますか?
答 範囲の狭いものは、塩化カルプロニウムないしステロイドの外用やグリチルリチンの内服で様子を見ます。脱毛巣が多発したり、半年~1年以上も毛が再生しない場合は、雪状炭酸圧抵療法や局所免疫療法を行います。局所免疫療法は、SADBE やDPCP などの感作物質を用いて脱毛巣にアレルギー性接触皮膚炎を人為的に起こさせるものです。一般に全頭型や全身型は、数年以上も脱毛状態が続いて難治で、低年齢発症が多い傾向にあります。ステロイドの全身投与は、初期で広範囲に一気に脱毛する場合に、短期間のみ行うことがありますが、脱毛が遷延化する症例に行うと、多少効果があってもステロイド投与を止められず、副作用が必発しますので、禁忌です。
問 表にトリコチロマニアというのがありますが、これは何ですか?
答 抜毛癖のことで、自ら毛を抜いてしまう癖で、不規則な形の脱毛巣で、無理に引きちぎられた毛が見られます。しばしば、円形脱毛症と誤診され、治療を受けていることがあります。学童期によく見られますが、成人まで止められない人もいます。そのような場合は、精神科へのコンサルテーションが必要です。
問 他に、外来で気を付ける脱毛症はどのようなものがあるでしょうか?
答 頻度は少なくなりますが、成人の女性では、いろいろな原因の症候性脱毛があります。全身性エリテマトーデスや皮膚筋炎に伴う脱毛は不完全な脱毛巣を作り、円板状エリテマトーデスでは明瞭な脱毛巣を形成します。いずれも、皮膚病変を伴います。限局性強皮症では、皮膚硬化に一致して脱毛します。熱傷や外傷でも毛が無くなり、瘢痕性脱毛になります。また、内臓癌の皮膚転移やリンパ腫の皮膚浸潤で脱毛巣になります。限局性の脱毛巣を見たとき、小児や高齢者に多いのですが、頭部白癬も念頭におきます。犬や猫から感染する白癬菌で毛に感染して毛根の深くまで入り込む菌種があり、脱毛を起こすことがあります。頭部白癬にステロイド外用をしてしまい、悪化させて、脱毛を起こし、さらにはケルスス禿瘡に至ることもあります。鱗屑や毛を採取して、直接顕微鏡検査で真菌要素を証明する必要がありますが、これは皮膚科専門医の仕事です。
問 女性で頭髪全体が薄くなるような場合、休止期脱毛以外に何かありますか?
答 通常の栄養状態では、多少、食事を控えても、毛には全く影響はないのですが、飢餓や食思不振症などで極端な栄養不足になると、全体に毛が抜けて薄毛になります。他にも、稀ですが、亜鉛欠乏症や蛋白漏出を伴う代謝病でも毛や爪が脱落してしまうことがあります。抗がん剤投与では、直接、毛の産生にダメージを与えますので、全体に毛が脱落します。梅毒やハンセン病でも脱毛が起きますが、最近は稀なことです。表の③はきわめて稀なものです。
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