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(投稿:by 僻地の産科医)
「産科医療補償制度」開始…仕組み複雑
読売新聞 2009年2月23日
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20090223-OYT8T00259.htm
出産事故で脳性まひ、救済
出産時の事故で子どもが重度の脳性まひになった場合、医師の過失がなくても補償する「産科医療補償制度」が1月から始まった。患者の早期救済のほか、医療訴訟を減らし、産科医療の崩壊を食い止めることが狙いだが、補償対象が脳性まひの一部に限られるなど、一般には分かりにくい仕組みになっている。制度の定着には国民に十分説明し、様々な課題を解決していく必要がある。
「軽症」「早産」「先天性」対象外/民間保険、加入は任意
■導入の経緯
「脳性まひはどんなに医師が最善を尽くしても一定の頻度で起きてしまう。偶発的に障害を負ったお子さんとご家族を救済し、人間関係を損なうことなく医療を提供できるようなシステムになるよう私たちも検証していきたい」。日本産婦人科医会の石渡勇常務理事はこう語る。制度導入を求める声は、産科医の側から上がった。2007年に終結した医療訴訟件数を医師1000人当たりで比較すると、産婦人科が11・3件で、2位の整形外科・形成外科(6・5件)の倍近い。産婦人科の訴訟のうち、脳性まひが約4割を占める。深刻な産科医不足は、過酷な勤務環境に加え、訴訟リスクの高さが原因とされてきた。
日本医師会が06年8月、国費による基金創設で救済するよう国に要望。厚生労働省や自民党が検討を重ねたが、多くの障害の中で脳性まひにだけ国費を投入するのは難しいと判断し、産科の窮状を背景に早期導入を図るため、民間の損害保険を活用する枠組みを打ち出した。運営組織は厚労省の外郭団体「日本医療機能評価機構」に決まった。
■課 題
民間保険を活用することで様々な課題も生じた。医療事故による脳性まひの発生率はこれまで詳しいデータがなく、保険が破綻(はたん)しないようリスクを最大限見積もった制度設計になった。同機構は国内で年間2300人程度生まれる脳性まひ児のうち、補償対象を「500~800人程度」と推計。収支は800人の場合でも黒字になるよう計画されており、500人であれば90億円の余剰金が出る計算だ。同機構は「損保会社がもうける」という疑念を持たれないよう、収支を公表し、必要があれば5年以内に補償範囲や保険料を再検討する考えだ。
また、日医の案では、1人当たりの給付総額を決めるのではなく、亡くなるまで年金給付方式で補償金を支給することを提案していた。しかし、脳性まひ児の寿命に関するデータが乏しく、収支見通しが立たないとして、子どもの生存・死亡にかかわらず、一律に3000万円を20年間で払う仕組みになった。同機構は「今後データが集まれば、年金方式への見直しも検討したい」としている。このほか、強制加入ではなく、任意の保険制度のため、ごく一部の医療機関が加入しておらず、補償の有無で差が出るという問題もまだ解決していない。
■原因究明
この制度では、産科医や小児科医、法律家らによる専門委員会が設置され、中立な立場で事故の原因を分析。医療機関と患者側双方に結果を報告するとともに将来の再発防止にも役立て、産科医療の質の向上を目指す。外部有識者で作る同機構の制度運営委員会委員を務める鈴木利広弁護士は「補償金を払えば終わりではなく、事故の原因を一例一例、丁寧に分析して患者側に理解してもらい、医療機関の再発防止に役立てない限り、制度の目的は達成されない」と強調する。
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「掛け金3万円高い」「20歳で終了は疑問」
現場に戸惑い
制度は、脳性まひ児の介護に追われ、訴訟を起こすゆとりさえない人たちの救済にもつながると期待される。ただ、仕組みの複雑さと周知が不十分なこともあり、出産現場では疑問や不安を訴える声も出ている。
今春、出産を控えた大阪府内の30代の女性は「赤ちゃんのため」と登録を済ませた。しかし、説明書をよく読むと、脳性まひでも重症でなかった場合や、早産や先天性の場合は補償されないことがわかった。女性は「限られた人しか対象にならないのに、出産育児一時金から3万円も掛け金に回されるのは納得がいかない」と不満を漏らす。千葉市内で開業する産婦人科医も「30年やってきて、対象事例は1度もなかった。早産のケースなど、もっと幅広く対象にすべきだと思う」と語る。
出産事故による脳性まひで寝たきりの長男(20)を介護する横浜市の斎藤聡子さん(47)は補償金の支給が20歳までとされていることに「割り切れない思い」を抱く。長男の成長に伴い、抱いて移動させるのが困難になり、最近、ベッド脇や風呂場などに移動用の機械を設置。自宅改修と合わせて計350万円かかった。斎藤さんは訴訟で和解金を受け取っているが、「そうでない人は経済的に厳しいのでは。20歳から支給される障害年金は長男の場合、月約8万円だが、それだけでは大変だと思う」と話す。
一方、脳性まひの女児(6)を育てる東京都内の母親(33)は「個別にお金を配るより、障害者福祉を充実させてほしい」と訴えている。
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1月開始 3000万円支給
産科医療補償制度 日本医療機能評価機構が損害保険会社6社と契約して運営。今年1月以降に誕生した子どもが、通常の出産なのに重度の脳性まひとなった場合、医師の過失がなくても一時金600万円と、20歳まで毎年120万円の総額3000万円を支給する。先天的要因などがなく、原則的に出生体重2000グラム以上かつ妊娠33週以上、身体障害者等級1、2級相当が条件。28~32週でも個別審査で補償の可能性がある。3万円の掛け金は出産費に上乗せされるが、公的医療保険の出産育児一時金が増額され、妊婦の負担は増えない。2月現在の制度加入率は病院・診療所99.7%、助産所96.0%。
脳性まひ 受胎から生後4週間までに生じた脳の疾患により、運動や姿勢に永続的な異常が起こる障害。原因は、染色体異常など先天的なものや新生児期の感染症などもあるが、産科医療補償制度の対象になるのは、分娩(ぶんべん)時の事故で胎児が酸欠状態に陥ったケース。脳性まひは、赤ちゃん1000人当たり2.2~2.3人の割合で発生するとされる。
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