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(投稿:by 僻地の産科医)
医療者と患者,それぞれの悲劇から相互理解の重要性に至るまでの記録
医療再生へのヒントが得られる必読の書
『小児救急』
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鈴木敦秋著 講談社文庫
2008年12月12日発行 460ページ
長谷川 愛子
MTpro 記事 2009年2月18日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0902/090212.html
慟哭の果てに行き着いた「患者と医療者が向き合う場」
本書には,医師不足による激務の果てに小児科医である夫/父親を失った家族,適切な受診先が見つからず,あるいは誤診と引き継ぎミスにより不幸にも幼い子どもを失った2組の夫婦,この3家族の苦悩が綴られている。
自殺により小児科医の夫を亡くした妻は,夫の遺志を受け止め,医療現場の過酷な現状を多くの人に知ってほしいと声を上げる。幼い子どもを失った2組の夫婦は,どうして?なぜ?という苦しみにもがきながらも,患者と医療者が一緒になって今の医療を変えていくことが必要だという認識,医療者側を一方的に責めるのではなく,同じような事故を二度と繰り返さないでほしいという思いを純粋に伝えることに行き着く。
新聞記者である筆者は,苦悩する3つの家族の姿を継続的に取材するたび,そして小児救急医療が抱える過酷な状況を知るほどに,自身も背負いきれない苦悩を抱える。そのなかで,この3家族と日本小児科学会理事の中澤誠氏を引き合わせることに行き着く。それぞれの思いを持ち寄った3家族と中澤氏は,同じ苦しみや問題を共有する「仲間」となる。
3家族との会談から5か月後,中澤氏は,日本小児科学会主催の「小児救急市民公開フォーラム」において3家族を壇上に導き,発言を促す。3家族は突然のことに驚きつつも,それぞれの胸の内を語り,医療者,患者双方の信頼関係の構築を聴衆に訴える。自分たちの言葉に耳を傾け拍手を送る聴衆の姿に,少なからず救われたのではないだろうか。それぞれの苦悩の果てに,3家族と筆者は「患者と医療者が向きあう場」の設定が重要であることを見出したのだ。
子どもを守り,医療を守るために—動き始めた母親たち
本書は2005年に『小児救急「悲しみの家族たち」の物語』として刊行されたが,今回の文庫版刊行に際して,異例とも言える長文の"その後"が綴られている。そこでは,親たちの切実さと小児科医の激務,両者を対置するのでなく相互の対話のなかに答えを見出した,子を持つ母親たちによる2つの活動「県立柏原病院の小児科を守る会」と「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」が詳しく紹介されている。
兵庫県丹波市の県立柏原病院小児科の危機を知った母親たちは,自分たちにできることを模索し始める。そうして誕生したのが「柏原病院の小児科を守る会」である。同会の活動については,MTproで連載した「地域医療は再生できるか」の第7,8回でも紹介されたが,柏原病院の時間外救急患者が激減,小児の入院率が2倍に増加するといった成果につながった。それは,「発信者×情報伝達媒体×受信アンテナ×活動する仲間」の掛け算が成立したことによる,と筆者は考察する。すなわち,黙って立ち去るのではなく窮状を訴える医師,地域に伝達し警鐘を鳴らす記者,危機を受け止め自分にできることを模索する母親たち,その活動を支え自らも協力する地域住民,幸運にもこの4者が揃ったことによる成果なのだ。
一方,病院が多い都市部では医療現場の切実さが患者側に伝わりにくく,崩壊して初めて気付くことになりかねない。休日夜間の小児患者の大半が軽症患者であること,それが医師の激務を生み出していることを知った母親は,このままでは必要なときに医療を受けることができなくなると危惧。親の不安を減らすことが,結果的には医師の負担を軽くするという思いから,小児科医を講師に招き,小児医療の基礎を学ぶ講座を開催する。それが「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」の活動だ。この活動は全国に広がりつつあり,各地で講座が開かれているという。
これらの活動は,目下,広く注目を集めているが,子どもが病気のときに必要な治療を受けたいという願い自体は特別なものではないはずだ。しかし,この願いは医療者の存在抜きには叶わない。そこに視点が及ぶかどうかが鍵であろう。小児科のみならず,地域の医療が崩壊の危機に瀕しているとの報道が,連日のように取り上げられている。母親たちの活動がいつまでも特別なものであってはならないだろう。
「自分にできることはなにか」が医療を変える出発点
一家の大黒柱である夫/父親や,幼い子どもを失った苦しみは察するにあまりある。ページを繰るごとに胸が締め付けられ,落涙を抑えるのは困難だ。大切な家族を失った悲嘆が,自分たちのような悲劇を繰り返さないためにとの願いに変貌し,患者と医療者の相互理解の重要性に行き着いたことに強い感銘を受ける。
筆者は「国民の共有財産である医療を守るために,患者と医療者が互いに我慢しうる地点を探すべき時代が訪れている」と言う。そして本書にはそのためのヒントが随所に記されている。医療現場の危機的状況を知り,「自分にできることはなにか」を考える市民が増えること,それは間違いなく医療を守り,命を守ることに結びつくはずだ。同時にそれは,小児救急医療の歪みのなかで亡くなった小児科医や幼い子どもたち,そしてその家族の癒えない苦しみに,少しでも寄り添うことにつながると信じたい。
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