(関連目次)→医療危機と新聞報道 目次 他科でも顕著な医療崩壊
(投稿:by 僻地の産科医)
「眼科医が増えているというマスコミ報道への反論」
http://www.gankaikai.or.jp/info/img/20081217_gankai.pdf
昨今の医師不足問題は深刻です。眼科医も例外ではないのですが、眼科医だけが増えているという根拠の無いマスコミ報道が目立ちます。日本眼科医会としてきちんと解説・反論させていただくために、山田常任理事の文章を掲載します。
眼科志望者は増えているのでしょうか?
日本眼科医会常任理事 山田 昌和
最近、医療に対するマスコミの風向きが少し変わってきたことにお気づきの方も多いと思います。以前のように病院や医師を叩くだけ、というのではなく、地方の病院の医師不足、産科、小児科、救急の医師不足、勤務医の過重労働など医療現場の問題点と医療者の窮状を伝える内容が増えてきています。産科、小児科、救急医療の大変さはよく理解できますし、医師不足の現状が繰り返して報道されたおかげで世論が変わり、閣議決定であった医師数の抑制が撤廃され、医学部の定員増につながったものと評価できると思います。
しかし、こうした記事では産科、小児科、救急医療の医師不足と対になるように、過酷な勤務や訴訟リスクが少ない眼科、皮膚科の志望者が医学生や初期研修医の間で多くなっている、と書かれていることがあります。最近も10月16日付の読売新聞「スキャナー 医師不足を招いた自由選択」の記事中に「診療科別では、眼科や皮膚科を志望する医師が多い反面、激務の外科、産科を目指す医師は減っている」とありました。日本眼科医会ではこの記事に対して、事実誤認ではないかと文書で抗議いたしました。これに対する返答があり、記事の記載の根拠として、厚生労働省が2年毎に行っている「医師・歯科医師・薬剤師調査」が資料として挙げられ、平成8年から18年で眼科医数が10,982人から 12,362人に12.6%増加(同資料で皮膚科は15.4%増加)していることが示されていました。記事は事実に即しているという主張です。さて、眼科志望者が増えているというのは本当でしょうか。
同じ資料「医師・歯科医師・薬剤師調査」をみますと、平成8年から18年で医師の総数は240,908人から277,927人に15.4%増加しています。眼科医数、皮膚科医数は医師総数とほぼ同じ割合で増加しているのであって、眼科、皮膚科志望者が増加しているということにはなりません。アレルギー科やリウマチ科など新しい診療科区分ができたことや高齢化社会に伴うリハビリテーション科の医師数の増加など、診療科の区分や社会構造の変化に伴う変動はありますが、医師が特定の科に流れる「診療科による医師の偏在」は誤りだと思います。
更に同じ厚生労働省の資料「医師・歯科医師・薬剤師調査」を基にした場合に、気になるのは25-29歳の若い医師層の動きです。表1にその大枠を示します
が、平成18年は初期臨床研修制度の開始に伴って各科ともこの年齢層の医師は大きく減少しています。注目していただきたいのはその前の16年までの部分であり、平成8年を100%とした場合には平成16年に外科は67.5%と大きく減少していますが、眼科も60.9%と同じように大きく減少していることです(図1)。
厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」は本年実施される予定であり、初期臨床研修制度の開始後の変化はまだわかりません。しかし、各学会の新入会員数の推移を1994年から2007年まで経時的に示した厚生労働省資料(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/dl/s0805-3g.pdf)があります。これによりますと日本眼科学会の新入会員数は1994-2003年平均が463人、2004-2005年平均が109人、2006-2007年平均が319人で、初期臨床研修制度導入以降に-31.2%となっています。同資料では、外科、産婦人科、耳鼻科などとともに眼科は「初期臨床研修制度導入期に減少し、その後も導入以前の水準に入会者が回復していない学会」に分類されています。また、別の厚生労働省資料(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0730-22b.pdf)では、「臨床研修に関する調査」報告:2年次研修医への調査をもとに、眼科を志望する2年目の初期研修医の割合は17年に4.0%、18年に3.5%とあります。現在の総医師数に占める眼科医数の割合は4.4%ですから、眼科志望者が増えているというのは明らかに誤りであることがわかります。
このように眼科医の総数は増えているかも知れませんが、その増加率は総医師数の増加の割合とほぼ同じです。また、医学生や初期研修医の間で、眼科志望者が増えているというのは明らかに誤った認識であると言えそうです。
私たちが危惧しているのは、今回のような報道が繰り返して行われているためか、一般の人々の間だけでなく、医療関係者の間でも、眼科医は余っているという認識がでてきていることです。医学生や初期研修医の間では実際に「眼科医は過剰だから、選択すると損をする」という風評が出てきています。
眼科を選択する若い医師が減っていきますと、眼科の勤務医不足という問題が生じてきます。小児科、産科に限らず、眼科の勤務医不足はすでに始まっている問題です。厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」では、眼科勤務医の数は平成14年の5431名から、平成18年には4839名と約600名も減っているのです。日本眼科学会の眼科専門医制度研修施設数(眼科のある病院数にほぼ相当するものです)の推移をみますと、平成16年には1310施設あったものが、平成20年には1183施設と127施設減少しており、人手不足により眼科を閉鎖した病院がこれだけあることを示しています。この状態が続きますと、眼科勤務医は数が減少し、高齢化して、疲弊していくことになります。
最近、私たち眼科医会では、日本の視覚障害者数の推計と将来予測を行いました。これによりますと2007年の時点で本邦には164万人(人口の1.3%)の視覚障害者が存在し、今後社会の高齢化に伴ってその数は増加して2050年には200万人(人口の2.0%)に達する見込みです。加齢に伴う眼疾患、視覚障害への対策は、高齢者の日常生活機能や生活の質を維持するうえで極めて重要であることは言うまでもありません。眼科医療を眼科医全体で協力して充実、発展させていくことが私たちの責務ですが、このためには眼科を志す若い医師の存在も不可欠です。眼科医は過剰である、計画配置をすべきである、といった風評被害を受けないよう、私たち眼科医会は努力を重ねていきたいと考えています。
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