(関連目次)産科医療の現実 医療崩壊と医療政策 救急医療の問題
(投稿:by 僻地の産科医)
日経ネットPlus 2009-01-13
http://netplus.nikkei.co.jp/nikkei/news/medical/sec4/sec090113.html
救急車の受け入れ病院がなかなか決まらない事態を受けて、救急医療体制を見直す試行錯誤が国内でも進んでいる。キーワードは、欧米と同様、軽症者の救急搬送を減らす「トリアージ」と「医療機関の連携」だ。
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119番通報で患者の容態を入力すると緊急度が自動的に判断される「コールトリアージ」(横浜市保土ヶ谷区の市消防司令センター)
「はい、119番。火事ですか、救急ですか」。横浜市保土ケ谷区にある同市消防司令センターには、通報を知らせる呼び出し音が鳴りやまない。
2階まで吹き抜けた200畳ほどの大空間。正面の大画面に、市内の救急隊の活動状況が刻々と表示される。5人の指令管制員が、ヘッドセットのマイクで通報に応答しながら、端末に向かう。
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■重症度・緊急度を5段階判定
「どうされました」。ひときわ緊張した声が響いた。発信者は80歳代の妻と暮らす男性。妻が腰を打って動けなくなったという。「奥さんの意識はしっかりしていますか」「呼吸はどうでしょう」。指令管制員は夫に問いかけながら、タッチペンで目の前の端末のモニターに答えをチェックしていく。会話や呼吸の様子、1人で歩けるか、顔色はどうか……。チェックの内容に応じて、画面上には最も緊急度の高い「A+」から軽症の「C」まで5段階の判定が示される。「軽症」の場合、出動する救急隊員を標準の3人から2人に減らし、「重症」なら逆に最大9人まで増やす。
横浜市が2008年10月から全国で初めて救急隊に導入した「コールトリアージ」だ。通報者への聞き取りで重症度、緊急度を判定し、出動態勢を変更する仕組みだ。「重症度が高く、本当に救急車を必要としている人をより早く救うため」。菊池清博救急課長が狙いを語る。
■搬送者の6割が入院不要の軽症者
横浜市の救急出動件数は07年に15万3000件。10年間で約1.4倍に増え、1割程度の人口増加率を大幅に上回る。年に1台ずつ救急車を増やしているが、「厳しい財政状況の中、どこまで増やし続けられるか」(菊池課長)。
搬送者の6割は入院の必要がない軽症者。現場に最も近い救急隊が軽症者の対応などで出動中のため、遠くの救急隊が出動したケースが4割を占めた。心肺停止状態の場合、救命処置の開始が1分遅れることにより救命率は7-10%低下するといわれる。軽症者の割合は増加傾向にあり、募る危機感が市をトリアージの導入に踏み切らせた。
緊急度が最高レベルの現場への平均到着時間は5分3秒と、導入前に比べ約1分短縮。代わりに軽症者への到着時間は約18秒伸びた。「より重篤な人を早く救う、メリハリのついた出動態勢になった」。星川正幸司令課長はそう分析する。
■総合病院と産科診療所が連携
一方、千葉県市川市が産科救急で力を入れているのは、総合病院と産婦人科診療所の「連携」。まず産婦人科の診療所が救急患者を受け入れ、診療所で対応できない場合に限って総合病院に搬送する仕組みで、全国でも初めての試みだ。
切迫早産など緊急を要する妊婦の受け入れ先がなかなか決まらない事態を防ぐため、市と市医師会、東京歯科大学市川総合病院と市内10カ所の診療所が枠組みを決め、昨年7月にスタートした。土曜夜から月曜朝を除いた平日のほとんどの時間帯で対応する。これまで診療所で10人の救急患者を受け入れ、うち2人を総合病院に運んだ。総合病院は事前に診療所から患者の詳しい症状を聞くことができるため、効率的に治療できる。
「搬送時には患者の重症度や、合併症の治療にどの診療科が対応するかが分からない。総合病院は外来、救急ともに手いっぱいの状態で、症状の軽い患者は診療所が分担して受け入れる必要があった」。市医師会の吉岡英征副会長(62)は導入時の経緯を振り返る。
全国的な産婦人科医の不足は市川市も例外ではない。周辺では昨年5月に浦安市川市民病院(千葉県浦安市)が十分な医師数を確保できず分娩の扱い休止を余儀なくされた。その結果、妊婦が市川総合病院に集中してしまい、対応を迫られたのだ。
■責任の所在あいまいな「もたれ合い」
制度導入以降、「市川市で妊婦のたらい回しは1件も起きていない」と吉岡副会長は言う。早ければ今年にも安定期に入った妊婦や子宮がんの経過観察など、症状の軽い総合病院の患者を診療所が担当することも検討。救急時だけでなく、平時でも連携を拡大させる。ただ、どんなにトリアージや連携が進んでも、各救急病院が「救急車の受け入れを断っても、ほかの病院が引き受けてくれるだろう」という「もたれ合い」状態が解消されない限り、妊婦や新生児が死亡する悲劇が繰り返される。
米国では、1986年に連邦法で「社会的弱者に健康管理のセーフティーネットを提供する責務は救急医にある」と明文化。これにより、救急医療機関は患者の受け入れを断ることができなくなった。「日本は救急医療の責任者が誰なのか、はっきりしていないことが問題」と湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)救急総合診療科の太田凡部長(46)は指摘している。
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