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(投稿:by 僻地の産科医)
なぜ外科医になることを選ぶのか?
-高い使命感,達成感と過酷な労働状況の間で志望者減が続く
木下 愛美
MTpro 2008年12月11日
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0812/081213.html
第70回日本臨床外科学会(11月27日,東京)の特別企画「外科医の志望者を増やすためにやるべきことは」(司会=東邦大学名誉教授・炭山嘉伸氏,社会保険中央総合病院副院長・万代恭嗣氏)には,日本外科学会会長の兼松隆之氏(長崎大学移植・消化器外科教授),外科医で参議院議員の足立信也氏(民主党副幹事長・政策調査副会長)ら6人の演者が参加。労働環境,医療訴訟,トレーニングプログラムなど,外科の抱える多様な問題に対し,意欲的にアプローチした。
日本臨床外科学会では,若手医師がどのようにして診療科を選択しているのか全国アンケートを実施しており,その途中結果も報告された。外科を選ぶ理由としては「指導医師の指導が良かった」が外科以外を選んだ場合と比べて特徴的に高く,避ける理由としては「労働時間が長い」「1人前になるのに時間がかかる」などが上位を占めた。
現状:外科医志望者数は80年代後半以降漸減
危機的状況が進行している
兼松氏によると,2年ごとに行われる厚生労働省(厚労省)の医師数調査で1996年以来継続的に減少しているのは外科のみ。日本外科学会の調査でも,外科志望者は80年代後半をピークに右肩下がりとなり,2000年代に入ってからはピーク時の80%程度となっている。特に近畿,中国,四国では,70%以下に落ち込んでいる。
同氏は「単なる医師総数の増員では外科医志望者減少の問題は解消しない。医師の特性や行動パターンを踏まえた誘導的な施策が必要」と述べ,政策の見直しとともに,医療側の努力を訴えた。
医師に対する“危険手当”を新設
山形大学病院の画期的取り組み例
3人の演者は,「制度環境面からの改善」をテーマに外科医不足対策を語った。
本田宏氏(済生会栗橋病院)は,「救急,外科,抗がん治療,緩和ケアなど,外科医が一人で何役もこなさなければならない状態で質の確保は困難」と訴え,外科医が安全に手術を行うためには,外科医以外の専門医や,「Physician Assistant(PA)」をはじめとする医療スタッフや,チーム医療ができる体制を整備しなければならないと主張した。
外科は,医師数あたりの訴訟数が産婦人科と並んで多く,志望者の意識にも影を落としている。足立氏は,厚労省の医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案について,異状死の基準があいまいであるにもかかわらず,届け出義務違反への刑罰を認めているといった問題を指摘。死亡診断の充実をはじめ,患者・家族が安心・納得できる科学的な死因究明,調査の方法を確立することを提案した。
木村理氏(山形大学消化器・一般外科学教授)が紹介した山形大学の経済的取り組みは,その多くが地方国立大学として全国初という多彩な内容だった。
同氏によれば,山形大学病院では,診療および診療教育指導の業務に従事する医師に日々の診療に対する“危険手当”として,毎月,教授6万円,准教授5万円,講師4万5,000円,助教・助手4万円を支給。また,勤務時間外・所定休日に救急外来患者および病状が急変した入院患者のために待機した医師には1回につきオンコール手当6,000円を支給している。
勤務時間外・所定休日における手術では,保険診療点数による請求額の1割を基礎に,執刀医や助手,麻酔担当医らに特別調整手当を案分支給し,今後は日中の手術であっても3万5,000点を超えるものは危険度が高いことから手当の対象とする予定だという。また,大学病院では難易度の高い分娩例が多いため,分娩従事者へのリスク手当も設定している。
この結果,医師1人当たりの年収は臨床医全体で50~70万円,外科医で約100万円増加した。これらの支出は,大学運営費交付金と病院収入によってまかなわれている。その他,4年生時に小児科,産婦人科,救急医学,外科の医師養成のための専修コースを新設し,4年次以降の学費を免除することで診療科の偏在解消を図ったり,24時間保育士が待機する保育所を設置するなど,労働環境の整備を進めており,「改革の手をゆるめることなく,魅力ある大学病院づくりを行っていきたい」と同氏は語った。
専門医の質と地域バランスを確保しつつ
医師にインセンティブを与えるような専門医制度を
宮崎耕治氏(佐賀大学一般・消化器外科教授)は,現在の専門医制度を「分野や地域ごとの医師の偏在に無防備な仕組み」と指摘。また,各専門医に統一規格がないことも国民の信頼を獲得できない要因とし,外部評価を取り入れた新しい専門医制度を整備し,同時に資格取得に対するインセンティブを考慮することが必要と述べた。また,臨床研修の認定施設を数ではなく質で絞り込むことが重要とし,研修医がなかなか手術を行える環境にないなかで技術を確実に伝播するためにヴァーチャルリアリティーシュミレーターなどを積極的に利用し,段階ごとに厳しい認証を行うトレーニングプログラムを提唱した。
岩中督氏(東京大学大学院小児外科教授)によれば,東大病院では,外科や小児医療に特化したカリキュラムを用意し,今年度はフルマッチで採用。少数の研修医にしっかり密着指導する,小手術を行って外科手術後の充足感を経験させる(アーリーエクスポージャー)ことなどを実践している。
また,多くの人が進路を決める医学部高学年,臨床研修中は希望が変わる可能性も高いとし,指導者の勧誘姿勢によって「3分の1は口説けば落ちる」と断言した。 小児外科では女性医師への配慮,支援体制も重要な課題の一つであり,「職場に女性医師が1人というのではダメ。数が多ければ体制が安定する」と述べた。
指導医の指導が志望に大きく影響-日本臨床外科学会調査中間報告より
司会の万代氏は,日本臨床外科学会が医学部卒業後1,2年と3~5年の若手医師に実施したアンケートの途中集計の一部から,見えてきた外科志望理由を紹介した。アンケートは,全国の臨床研修指定病院で研修する1万8,000人の医師に配布され,卒業前,初期研修中,後期研修中もしくは大学入局後の各時点での志望診療科や,外科4科(一般外科,心血管外科,呼吸器外科,小児外科)の志望理由,それ以外の科の志望理由について質問した(11月28日現在,回答施設数519,アンケート回答数3,001)。
それによると,外科志望者は約15%で,卒後間もない層で志望率が低く,卒後年数が経っているほど高い傾向が見られた(図)。研修前後に第一志望を変更したかどうかについては,外科で変更なしが10%,外科以外から外科が5%だった。卒後3~5年では外科以外から外科へ変更した率は8%で,一度は外科を志望しながら最終的に外科以外の診療科を選択した人の率6%を上回った。
また,現在の志望理由を年度別に見ると,外科の志望者では「指導医師の指導が良かった」の割合が高かった。卒後5年で全診療科より10%程度も高くなっており,同氏は「私どもにつきつけられた宿題であり,励みである」と感想を述べた。研修前後に外科以外から外科に第一志望を変更した場合の理由も,「経験して自分の考えにあっていた」「指導医師の指導が良かった」が多かった。
外科を選択しなかった理由の上位は,「1人前になるのに時間がかかる」,「労働時間が長い」,「手術自体が好きではない」,「危険を伴う診療行為が多い」,「給与が労働に比べて安い」などとなっていた。
全体としては,「外科医の志望者を増やす方策について方向性がみえたものの,外科医のなり手は確実にすくなくなっている現状」(万代氏)がうかがえる結果となった。
最後に学会長の出月康夫氏(東京大学名誉教授)が特別発言を行い,「なかなか一致した意見は出ないが,まず自分たちでできることから始めないといけないと感じている。そのためには,まず医学部の入学試験を変えることだ」と提案。偏差値だけでなく,きちんとした意識をもった学生を選抜することが必要と述べた。また,臨床研修制度の問題についてふれ,「研修病院を,複数の指導者がいて,きちんとしたプログラムがある施設にしぼりこむ必要がある。また,臨床研修の期間は1年で十分で,できるだけ早く専門の診療科へ進むようにすべきではないか。最初に身につけた診療態度が医師としての一生を決めると言われており,だらだらと研修を行うことは良くない」との考えを披露した。
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