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(投稿:by 僻地の産科医)
厚労省は薬害肝炎を「検証」できるのか
キャリアブレイン 2008年10月30日
熊田梨恵
(上)http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18900.html
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厚生労働省の今年度の主要課題である薬害肝炎の検証は、同省の研究班が実施し、「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」(座長=寺野彰・独協医科大学長)が研究班の出した検証結果(案)に意見を述べながら、年度内に提言をまとめていく形になった。一般が傍聴できるのは検討委のみで、研究班会議は非公開。10月27日に開かれた検討委では、委員が厚労省側の意見も求めるなど、積極的な検証を望む意見を出したものの、厚労省側は「研究班の整理による」と消極的な姿勢にとどまった。今後決して薬害を起こさないために、厚労省はどこまで「検証」に踏み込むことができるのだろうか。
【今回の会議】
薬害肝炎再発防止で提言のイメージ案―厚労省
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この日の検討委の議題は「薬害肝炎事件の検証について」。
まず、前回の会合で設置が発表された「薬害肝炎の検証および再発防止に関する研究班」と、検討委の進め方について確認した。その後、研究班や厚労省側が集めた資料として、▽薬害肝炎拡大の実態に関する既存資料▽製剤の投与実態の把握及び公表等について▽国の制度的責任に関する各地裁判決指摘事項の抜き書き▽薬事行政及び関連施策・制度の改正経緯等―について、事務局や研究班主任研究者の堀内龍也委員(日本病院薬剤師会会長)らが報告した。
<研究班の体制について>
厚労省の提出資料や堀内委員によると、研究班の体制は堀内委員をはじめ、行政法・生命倫理、肝臓代謝疾患、薬剤疫学の専門家の4人。作業は野村総合研究所に委託する。研究班は野村総研から上がってきた報告などを基に検証結果(案)を検討委に提出し、検討委がそれに対して意見を述べるという形で、検討委と研究班の会合は並行して開かれる。研究班の作業には、今年度の厚生科学研究費補助金として4500万円(このうち委託費3900万円)を計上している。
研究班の体制について、花井十伍委員(全国薬害被害者団体連絡協議会代表世話人)は、メンバーが偏っていると指摘。「薬害には『意味論』の解析が必要。医師は当時フィブリノゲン製剤を使って当たり前という『意味世界』が、患者はどう情報提供されたかという『意味世界』があった。それぞれがどう構築されたのかを見る。そして当時の現象が存在し、それがどのような要因で形成されたかという分析をする。その解析に重要な、社会・哲学領域の専門家が提案する『概念ツール』にたけた人が、もう一人ぐらいいてもいいような気がする」と述べた。坂田和江委員(薬害肝炎全国原告団)は、「メンバー選定になぜ被害者の声が反映されていないのか。原告団が推薦する人を入れてほしい」と求めた。
これに対し、堀内委員は、「最初に『客観とは何ぞや』という議論があった。患者の気持ちを分かっているつもりだが、できるだけサイエンティフィックにやりたい。再発防止のために何が必要かを明確にするのが第一義的課題」と答えた。また予算の面でも人員を増やすことは難しいとした。
これについて、泉祐子委員(同)は、「サイエンティフィックにやりたいというのは分かるが、事件として、『なぜ起きたか』という社会性を知りたい。具体的には、なぜこのような使われ方をしたかというインタビューをしてほしい」と求めた。
また、会合に出席していた舛添要一厚労相は、「社会論的なことは非常に大事。研究班も『必要に応じて研究協力者を随時依頼する』とある。省内にある資料を出し、解明に役立つことを全省挙げてやっていく必要がある」と、花井委員や泉委員に賛同した。
次に事務局から、前回会合で、小野俊介委員(東大大学院薬学系研究科医薬品評価科学講座准教授)から提出するよう求められた、検討委が年度内にまとめる提言のイメージ(案)について説明があり、今後の検討委の進め方についても確認した。
この時点で、予定していた2時間のうち50分が経過。ここから、ようやく事務局や研究班が用意した資料説明に入った。
20分弱かけて「薬害肝炎拡大の実態に関する既存資料」と「製剤の投与実態の把握及び公表等について」の説明が終了。堀内委員は、「これは基礎資料。足りないところは現在も調べている。この中から何が言えるかを検証していく。どんな形でまとめるかは次回提案する」と述べた。
委員から研究班に対する要望や質問が次々と上がった。
<委員からの質問・要望内容(発言順)>
■フィブリノゲン投与患者数出せるか
清水勝委員(医療法人西城病院理事)「どのぐらいの数がフィブリノゲン(製剤の投与)を受けていたのか。資料のデータはちょっと読んでも理解できない。推定でもいいが、そういう数字を出すことが可能なのかどうか」
堀内委員「あまりきちんとしたデータはないが、メーカー側の資料では、120万本ぐらい。かなり多い数になっている。一人当たり1.2本とか、1.5本などという考えもあるので、検証の中でやっていく。数十万人に使われていて、どれぐらい感染したかは議論のあるところ。ここでやってもあまり科学的ではないし、いろんな考え方があるので、できれば後にしていただきたい」
■使用患者数が即時に分かるシステムを
水口真寿美委員(弁護士)「投与患者数の問題がある。いろいろな研究報告があり、それぞれ推定患者数に食い違いがある。被害発生から時間がたつと、実態を割り出すのが難しくなることがこの肝炎事件の教訓。ただ、早く分かったとしても、現在のシステムで投与患者数が分かるようになっているのかということも大きな問題。近年承認された抗がん剤のイレッサは、累積使用患者数が2004年で8万6000人といわれたが、05年3月には4万8000人に変わってしまった。全例調査しない限り、累積使用患者数の実態が分からない現状がある。使用患者数がリアルタイムで分かるようなシステムの構築が課題。また、厚労省による医療機関名公表について、厚労省からは公表に踏み切った経過の報告がなかったが、これは自発的な公表でなく、情報公開請求があり、(厚労省が)開示を拒否し、異議申し立て手続きで内閣府の情報公開審査会から『国民の生命・健康保護のため公にする必要がある』という答申が出て、初めて公開に踏み切った。再発防止という観点から言うと、どういう公表をしたかでなく、そこに至るまでにどういう経過があったかということの方がよほど重要。検証の課題に位置付けるべき」
■実態調査の角度を変えて
椿広計委員(統計数理研究所リスク解析戦略研究センター長)「被害の実態調査では、三菱ウェルファーマの資料を見ると、ロットを中心に調べている。ロットが危険であれば、非常に高い発生率を示すことは明らか。ウェルファーマやミドリ十字が出していたロットの中に、どれほど危険なものがあったか。そのロットが使われた施設では、相当な確率で発症せざるを得ない状況が起きたのでは。製薬会社はそういう見方をしていたから、こういうものが出てきたという印象がある。研究班として、ここも重要では」
■当時の担当者はどう考えていた?
小野委員「当時の人たちがどう思っていたかが、この資料からは探れない。この分厚い資料の中に2つか3つしかない。あとは『一生懸命やっています。厚労省の努力を認めてください』というだけの資料。『これからやっていく』という堀内委員の言葉を信じて、昔の人がどう考えていたかがこの資料の3分の2ぐらいになるイメージだといい。例えば、承認の時の担当者がどう考えていたか。ここは裁判所じゃないのだから、もし(当時)そこで妙なことをしていたとしても、『すまん』と言えば、ここでは皆許してもらえる。そういう見方でなければ、こういう問題は誰も追及できない。その覚悟で臨んでもらいたい。『418人リスト』(08年9月に田辺三菱製薬から出された報告書の中にある、フィブリノゲン製剤で被害を受けた418人の一覧表)は、現役の方には生々しいかもしれないが、『われわれはこう思ったからやった』『われわれの方が間違っている』とか、そういうことを言っていただく機会をつくってもらえないか。それが薬害の方々の意見の裏にあるフラストレーションへの解決策ではないかと思う。それは難しいのか」
堀内委員「報告書の中に『どういう認識だったか。医療関係者の考えがどうだったか』とかは入ってくると思うが、できるだけ客観的にやりたい。気持ちは分かるが、感情論を入れると検証の意味合いが違ってくる」
小野委員「感情論ではなく主観。当時の担当者が『これが正しい』と思った主観だ」
寺野座長「当時の人にインタビューするとして、誰に、どこまで可能か。全体を代表した意見かということもあるし。学会の統一見解という形になれば意義があると思うが、たくさんの人から聞くというのは時間との勝負になる。評価も難しい。堀内委員の方で検討していただき、次回にその可能性と実効性について報告していただくということでいいか」
■なぜその見解が取り上げられたのかを見るべき
清水委員「IOM(米国医学研究所)から出ている『血液製剤によるHIV感染問題に関する報告書』では、インタビューを重視し、関係者の多くからインタビューしている。学会、業界としての準公式的見解と、(問題に)携わった個人の見解が列記されている。学会が多数による見解だったかということも大事だが、そう言い切れないという意見もあった。(それぞれのインタビューを見ていく中で)『なるほど』と思われたのが個人的・主観的な見解だったとしても、それが取り上げられていったプロセスを今後考えていくべき。可能な限りインタビューを重視してほしい」
■訴訟や血液製剤供給のエピソードは本当?
花井委員「産科医がある判例を基に、『フィブリノゲンを使わないと訴えられる』と思っていたというまことしやかな物語があるが、実際どうなのか分からない。また、輸血用血液製剤を日赤がすぐに持ってきてくれないから、血漿分画製剤を使わざるを得なく置いていると、これもまことしやかにいわれるのだが本当なのか。訴訟や輸血用血液製剤の供給に原因があったのか。今後の血液事業を展開する上で重要なので、問題としてやっていってほしい。(水口委員の意見に対して)『医療機関の公表はない方がいい』という議論があった事実もある。意思決定のプロセスで『難しい』と思わせたものがあった。そういうことも明らかにしていかなければ」
■国家規模でのデータベース構築を
山口拓洋委員(東大大学院医学系研究科臨床試験データ管理学特任准教授)「医薬品の使用状況がリアルタイムで分かる情報ソースが日本にはない。欧米だときちんと管理していこうという流れがある。医薬品医療機器総合機構にも(副作用については)自発報告のデータベースしかないので、医薬品の安全性確保には限界がある。未知の重篤な副作用を発見したり、その医薬品を使っている人をピックアップしたりできるようにしていかないといけない。そういう観点で、使用患者数がどれぐらいいるかについては大規模なデータベースが要るので、国を挙げてつくっていく必要がある。レセプトデータにはさまざまな問題もいわれているが、11年にレセプトがナショナルデータベース化されるので、国が管理して使っていくには一番いい方法ではないか」
資料説明が半分まで終わった時点で、既に開催予定の2時間のうち1時間40分が経過していた。座長は「後半の議題が残っている」と述べ、事務局や研究班に資料説明を続けるよう促した。
研究班から「国の制度的責任に関する各地裁判決指摘事項の抜き書き」が説明された後、厚労省医薬食品局の担当者から「薬事行政及び関連施策・制度の改正経緯等」が説明されている途中で予定終了時刻を経過。しかし、担当者の説明のペースは変わらず、資料が一枚ずつ淡々と読み上げられていった。ようやく資料説明が終了した時には、予定終了時刻を10分超過していた。
この後、委員からせきを切ったようにさまざまな意見が噴出した。
<委員からの質問・要望内容(発言順)>
■“生き残り”の意見出して議論を
小野俊介委員(東大大学院薬学系研究科医薬品評価科学講座准教授)「今の説明を聞いていると、これで終わった、解決したかのように聞こえる。わたしもだまされそうになるわけだが、今問題にしなければいけないのは、これからどうやっていくかということ。例えば、(青森県で非加熱フィブリノゲン製剤による肝炎集団感染が発生した)1987年が今だとして、どうするか。これから訳の分からないこと、想像を絶するようなことが起きたときに大丈夫か、という話をしないといけない。全部予定調和みたいに話が終わるものではない。判例の示し方についても、われわれ全員がだまされているのかもしれないが、裁判長が言ったことだけを並べて『正しいことです』と、それを勉強したとしても何も生まれない。これに、添えてほしいのは、当局がどう思ったのか、どういう主張をしたのかということ。(厚労省側の)覆された論理や主張、気持ちを並べて、裁判長がなぜ『うまくいかない』と考えたのかを出さねば。裁判長が言っている内容は重みがあるので結構だ。だが、そう考えていた当局の“生き残り”がここに座っているのだから、『なぜそう思ったか』ということをきちんと言ってもらう。『なるほどね』ということがあるかもしれないし、全くおかしいかもしれない。それをやらないといけない。事務局はこれをナンセンスと思うか伺いたい」
事務局「基本的には研究班の方でどういう整理で資料を作られるかということになると思うので、わたしどもの方からは難しい」
小野委員「思っていることを言うのは無理か。『当時こう思ったから、こう主張したのです』ということは言ってもらわないと、話が前に行かない。建設的議論が何一つ生まれないのでは。嫌かもしれないが、意見や当時どう思ったかを言ってもらう。この場が怖ければ、堀内委員の研究班で意見表明してもらうというのでどうか」
堀内委員「主訴や反論がどうだった、というまとめ方をしている。ここでは判決についてのデータが資料として出ている。それをもう少し評価するために専門家の班員に入ってもらったので、もう少し整理してから出したい」
■判決資料はあくまで「検討の視点」
水口真寿美委員(弁護士)「前回と同じことを言うが、判決をここで資料の一つとして使うことの意味だ。『検討の視点』を与えるということで意味がある。小野委員が言うように、詳しい資料があった方がいいのはそうだが、裁判のやり直しみたいな話に引きずり込まれないようにしなければ。裁判は、損害賠償法上の違法にならない線はどこか、という視点で検討するものなので、共通の基盤として確認しておくもの。また、(旧厚生省の)薬務局がミドリ十字との間で(薬害肝炎問題を)軟着陸させようとしていたという事実認定がある。問題が分かった後に、どういうふうに前向きに誤りを認めて対応していくのかという姿勢が重要。また、制度改正の説明を聞くと、これから血液製剤の薬害は起きないだろうとでも思ってしまうような説明。『ここまでよくできました』ということを報告していただくのではなく、『ここがまだ課題として残っている』ということを出してもらう方が、この会議の議論が進む。資料説明を20分ほどずっと聞いているままで、皆早く終わってほしいと思っているし、聞いても頭に入らない。だから読めば分かる資料を出すなど、進行を考えてほしい」
■どういう情報が血液製剤を使わせたか
堀明子委員(帝京大学医学部附属病院腫瘍内科講師)「現場の医師は何らかの理由があって患者に(血液製剤を)使用する。その医療現場はどういう情報があってそれを使うことを判断したのかということを今後検討してほしい。添付文書の効能・効果や有効性・安全性の情報が最新の医療現場の状況に追い付いていないこともあれば、積極的に使わなければいけないケースもある。その中身を掘り下げてほしい。逆にどういう情報が現場にあれば使われなかったか。どういう情報が欲されていたか。現場が十分と思っているかという受け手側のことも重要」
山口拓洋委員(東大大学院医学系研究科臨床試験データ管理学特任准教授)「医薬品医療機器総合機構にも意見を聞きたい。現場で安全性対策をやっているのは機構なので、生の意見を聞かなければ、対策を立ててもナンセンスということもある。書類作成に参加してほしい」
坂田和江委員(薬害肝炎全国原告団)「薬事法の改正は、事件が起こり、犠牲者が出ないと法改正されない。これはおかしい。事件が起こる前から改めないといけないと思っていたことがあると思う。日ごろから仕事を振り返り、改めるべきことを改める心を持ってほしい」
間宮清委員(財団法人いしずえ=サリドマイド福祉センター=事務局長)「前回も今回も委員からさまざまな意見が出た。予算や時間の問題などあるが、何をして何をやらないのか、整理して次回に検証項目を示してもらえないか」
堀内委員「先程(提出すると)申し上げました」
■ ■ ■
会合は開始から2時間半後に終了。委員からは、薬害肝炎問題にかかわった個人の思いを聞くことで、薬害発生の背景を探り、今後に生かせるような検証を求める意見などが上がったものの、課長や室長クラスが並ぶ事務局の返答は消極的なものだった。研究班を取りまとめる堀内委員も、検討委との板挟みに、顔をしかめる様子が何度も見られた。また、山口委員が求めたレセプトのナショナルデータベース化の議論をするには、事務局に保険局も参加せねばならなくなるため、省内の調整も求められる。
ただ、研究班会議は非公開のため、こうした意見がどのように反映されていくかといった検証プロセスを一般は見ることができない。検討委が提言をまとめるまで、残された時間は少ない。福田康夫前首相や舛添要一厚労相が主要な課題として位置付けた薬害肝炎再発防止のための国としての取り組み―。厚労省はどこまで中身ある「検証」に踏み込めるのだろうか。
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