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(投稿:by 僻地の産科医)
自殺を思い立ってから実行するまでの間に
介入する余地はどのくらいあるのだろうか?
―自殺企図過程の調査―
東北大学病院精神科 松本 和紀
MTpro 記事 2008年11月10日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/doctoreye/dr081102.html
自殺を思い立ってから実行するまでの時間は自殺予防の標的期間
2006年に自殺対策基本法が成立するなど,自殺予防対策は国民全般にかかわる急務の課題と考えられている。今後,自殺予防に役立つ介入ストラテジーを発展させるためには,介入の対象となる自殺企図の過程についてより詳しく知ることが役立つであろう。
自殺企図の既往は自殺の最も重要な危険因子であり,自殺者の3分の2には,自殺企図の既往歴があると言われている。自殺企図者が自殺を思い立ってから,実行に至るまでの期間は,3相に分けて記述することができる。最初の段階は,“自殺を思い立って検討する時期”,次の段階は,“自己破壊的な力と自己保存的な力とが対決する両価的な時期”,最後の段階は,“最終意志決定の時期”である。この自殺を思い立ってから実行に至るまでの期間は,自殺のリスクが最も高まった時期であり,直接的な介入を行える時間の長さでもある。
今回取り上げる研究(J Clin Psychiatry October 21, 2008: e1-e6; pii: ej07m03904)では,自殺を思い立ってから実行に移すまでの過程を検討するために,自殺企図後に助かった患者に対する面接調査が行われた。
方法:自殺企図後に精神科を受診した患者に対して聞き取り調査
2004年7月からの18か月間に,自殺企図後にオーストリア・インスブルック医科大学の精神科に紹介された連続例の患者データが集められた。面接は自殺企図後3日以内に行われた。患者には,自殺を思い立ってから最終意志決定までの期間について用語の定義が説明され,ほとんどの患者はその区別を理解できた。自殺実行までの期間,自殺の意志の強さ,衝動性,付随する考えなどが調べられた。
結果:自殺を思い立ってから実行までの時間は短く,多くは身近な人とコンタクトをとりたいと考えていた
105人の患者がスクリーニングされ,参加を拒否した者などを除いた82人が最終的に研究に参加した。平均年齢は38.5歳(SD=12.1)で,女性が47人(57.3%)であった。28人(34.1%)の患者は,今回が初めての自殺企図であり,平均の自殺企図回数は3.4回(SD=4.6)であった。
図1は,今回自殺を思い立ってから実行するまでの時間についての患者からの報告である。39人(47.6%)の患者は,この時間は10分以内と答えている。次のピークはあまり明確ではないが,最低1日以上という,より長い期間の自殺念慮を報告している。61人(74.4%)の患者では,自殺を決めてから実行までの期間は10分以内と極めて短い(図2)。
68人(82.9%)の患者は,最初に自殺を思い立った時に1人であり,ほぼ同数の患者(71人,86.6%)は,最終的に自殺を決めた時に1人であったと報告している。自殺を思い立ってから実行するまでの間に何を考えていたかという質問に対して,多くの人は「自分のこれまでの人生を振り返る」あるいは「パートナーや家族について考える」と答えた。
ほぼすべての患者(80人,97.6%)は,自殺を思い立ってから実行までの間に誰かと連絡をとる準備があったと述べている。実際,63人(76.8%)は,誰かに何らかのコンタクトをとっており,多くの場合電話を通してであり,たいがいはパートナー,家族,友人などに対してであった。16人(25.4%)は,死にたいという気持ちを伝えており,25人(39.7%)は,(少なくとも本人の主観的な感覚として)何か自殺をほのめかすようなことを言ったという。
自殺を思い立ってから実行するまでの期間の長さは,自殺の意志の強さと相関したが,この期間は,衝動性,年齢,性別,自殺の既往歴,自殺前の他者とのコンタクトの有無とは関連しなかった。
考察:自殺ハイリスク者の家族,パートナー,友人を標的にした啓発や支援を検討すべき
今回の結果からは,自殺を企図した患者の半数近くは,自殺を思い立ってから10分以内に実行に移っていることがわかる。これは,自殺企図者の半数は,1時間前までに自殺の考えはなかったと振り返るとする報告※に一致する。一方で,1日以上の期間をかけて実行に移す患者も少なからずいることも明らかとなった。
ほとんどの自殺企図者は,自殺を思い立った時や自殺すると決めた時には1人であったが,多くは,すっかり周囲と隔絶してしまうわけではなく,誰か大事な人とコンタクトをとる準備があり,また実際にそうする者も多かった。自殺の危険性が極めて高くなった時期に相談を受ける可能性が高いのは,相談機関や一部の専門家ではなく,パートナー,家族,友人などの身近な人々である点には留意すべきであろう。
これは,自殺予防のための啓発を一般人口に対して行うことの重要性を改めて認識させるとともに,自殺の危険性が高い人の身近にいる人々を対象にした対策の必要性を喚起するものである。自殺予防に関わる相談機関や専門家は,自殺の危険性が高い人のみならず,その人の身近な人々に対する啓発や相談,支援を検討すべきであろう。
※Williams JMG, Pollock LR: The psychology of suicidal behaviour. In: Hawton k, Van Heeringen k, eds. The International Handbook of Suicide and Attempted Suicide. Chichester, UK: John Wiley & Sons; 2000: 79-93
松本 和紀(まつもと かずのり)
1992年,東北大学医学部を卒業し,同大学精神医学教室に入局。同大学病院精神科,二本松会山形病院での勤務を経て,1996年より同大学病院に勤務。2002~04年,ロンドン大学精神医学研究所(IOP)に留学。研究テーマは精神病の早期介入など。現在,同院精神科講師。
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