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(投稿:by 僻地の産科医)
小児科 2008年09月号(49巻 10号) から!
特集は喫煙と小児の健康被害ですo(^-^)o ..。*♡
喘息と受動喫煙
国立病院機構福岡病院統括診療部(小児科)
小田嶋 博
(小児科 vol.49 N0.10 2008 p1299-1307)
要 旨
喘息の発症,増悪の危険因子の一つとして,喫煙は重要である.本稿では,タバコと喘息の関係について述べた.喫煙率をみると,男子は減少傾向にあるが,女子は横ばいである.喫煙は,急性の喘息発作症状を導き喘鳴の有症率を上昇させ,肺機能を低下させ重症化させるが,中止すれば症状は改善する.また,気道の反応性を亢進し,気道の炎症を起こす.たとえ,高年齢になってからでも禁煙することは意味がある.このことは,乳幼児でも同様に考えられている.受動喫煙も喘息発症・発作誘発因子と考えられている.特に母親の喫煙に曝露された場合にはリスクが増大する.非喫煙者,喫煙経験者,現喫煙者の順に血清IgE値は増加するとされ,アレルギーの点からも喫煙は悪化因子である.
はじめに
気管支喘息(以下,喘息)は増加の傾向にあり,その傾向は小児において著しい.西日本での同一地域,同一対象校,同一方法での10年間隔の調査では10年間で約1.4倍,20年間で約2倍に増加している.その原因は明ら今ではないが,喘息の発症,発作の増悪,症状持続の危険因子の一つとして,喫煙は重要である.喫煙は喘息の環境因子のなかでももっとも対策方法が明らかではあるが,その実行はそう簡単ではない.
本稿では,タバコと喘息の関係について述べてみたい.
I.喘息の病態から
喘息の病態は気道の炎症とそれに伴う気道の過敵性と考えられている.実際の喘息における気道の病理変化としては,細胞浸潤,血管拡張,微小血管からの漏出,上皮の破壊,平滑筋の肥大,血管新生,上皮杯細胞増殖,同質コラーゲンの上皮下沈着(基底膜肥厚)などが存在する.これらの病変,病態に関する喫煙の影響は計り知れないものがあり,疫学的に関連付けられているものや基礎的研究から関連が検討されているものもあるが,未解明の部分も多い.
Ⅱ.喫煙の実態
わが国の喫煙率は,男子が先進諸国の中では高く,60%を超えていたものが急速に減少しているが,女子の喫煙率は横はいである.この傾向は3歳児のいる家庭での喫煙率の調査でも同様である(図1).また,中・高校生の喫煙率を図2に示す.
Ⅲ.受動喫煙の喘息への影響(表1)
能動喫煙については多くの報告がある.一方,受動喫煙は本人には責任のない問題であるにもかかわらず,能動喫煙よりも多くの有害因子を吸入することになり,問題は大きい.実際,これらの有害因子は主流煙に比べ,副流煙では約数倍~100倍以上含まれていることが知られている.
1.受動喫煙
喫煙者が周囲に与えるタバコの煙(副流煙)は喫煙者本人が吸い込む煙よりも,高濃度で,毒性が強く気道粘膜への刺激性も強い.受動喫煙と小児の喘息に開しては多くの報告があり,すでに1950年にタバコの除去によってやっと管理が可能になった小児例が報告されている.
a)喘息発症や症状増悪因子として
受動喫煙は家庭内での浮遊粒子状物質の発生源となっているが,喘息発症因子,また発作誘発因子ともなる.これと関連して,生後1年間の重症な下気道感染の危険性を上昇させる.
また,片親よりも両親が喫煙するほうがリスクは増大し、特に母親からの受動喫煙に曝露された小児ではリスクが増大する.親が喫煙するとその子どもは20%喘息の危険率が増加し喘鳴の危険率が40%増加する.母親が喫煙しなくても父親が喫煙すればやはり危険率は増加する.
症状に関しては,持続して喫煙に曝されていると,発作により外来や急患室を受診する回数が増加する.
b)肺機能,気道過敏性
直接の毒性作用として,喘息患者における非特異的気道反応性を亢進する.喘息の家族歴があり,親が喫煙している場合には生後4~5週の時点ですでに気道の反応性が先進している.
親の喫煙がある場合には,乳児では小児よりも気道の過敏性を獲得しやすい.気道の過敏性に関しては,獲得しやすさに性差があるとされるが,それは女子、男子との報告があり一定していない.特に母親の喫煙は喘息小児の肺機能を低下させ,気道過敏性を亢進させる.
c)発 症
両親の喫煙はアレルギーと喘息の発症に開連し、特に胎内や生後数カ月以内の受動喫煙はハイリスク因子である.
環境省の全国の3歳児対象の調査を分析すると,二液化窒素(N02)30 ppb 以上,窒素化合物(NOX)50 ppb 以上の地域を除外すると,母親以外の喫煙率と男子の喘立発症率で相関係数0.6の有意な相関が認められた(図3).また母親の喫煙率と喘息の有能率の間にも正の相関が得られたが,女子に関してはこのような関係はなかった.喫煙の影響には性差が関連する可能性がある. また,同調査では喘息有症率と受動喫煙に開しては,男女ともに母親の喫煙で喘息発症率がもっとも高率であった(表2).また,2年以内の喘息発症率は母親の家庭内喫煙「あり」は「なし」に対してオッズ比1.28(95%信頼区間1.07~1.35)であった.
d)予 後
両親の喫煙はピークフローの日内変動でみた喘息疾状の不安定さと開運する.また,喘鳴の有無にかかわらず長期的に肺機能を悪化させる.
2.妊娠中の喫煙
妊娠中の喫煙は胎児にとっては受動喫煙とも考えることができる.もちろん,妊娠中に喫煙していた母親が出産後にも喫煙していた場合には,出産後の受動喫煙との区別は困難である.
妊娠中の母親が喫煙していた場合には生後早期の換気機能が低下する.この関係はdose-dependentである.妊娠中の母体の喫煙は胎児の肺の発達にも影響する.われわれも生後早期の感染が後の喘息の有症率と関連することを報告しているが,生後早期の入院や医師の治療など感染や疾病と妊娠中の喫煙が関連することに関して多くの報告がある.またこのことが喘息の危険因子である.
以上のような細胞性免疫反応の低下は免疫の関連する肺疾患,例えばサルコイドーシスなどが喫煙者では少ないことと関連して興味深い.
V.母親の影響
わが国における受動喫煙のうち約10%が母親の喫煙によるものであり,しかもこれは最近も減少していない.小児は自らの意思と関係なく,汚染因子を吸入することになる.特に接触時間の多い母親の影響は大きい.表3に母親の喫煙と喘息の関連についてまとめた.
妊娠中の母親の喫煙による胎盤を通しての胎児への影響については,コチニン(cotinine)などのタバコの代謝物質が子宮内で胎児と接触し生後1年以内に喘鳴に伴う下気道疾患に罹患し、肺機能が低下する重要な因子になると報告されている.
生後早期の母親の喫煙は喘息罹患率の上昇や肺機能の低下,気道過敏性の獲得,早期の気道感染の危険因子など,いずれも喘息の発症や悪化と結びつく.これらは親が喘鳴などの気道の脆弱性を有するか否かにかかわらず認められるが,低年齢児や男子のほうが影響を受けやすい.われわれの検討でも生後1年間の母親の喫煙は影響する(図4).
血清IgE値についても,アトピー因子を有する男子においては受動喫煙により急速に上昇しやすいとされ,気道傷害のみならずアレルギー学的にも障害を受けることがわかっている.また,季節的な影響も検討されており,夏季に比べて冬季には窓を閉め切ることや子どもが室内にいる時間が長いことなとがら,母親の1日の喫煙量は子どもの肺機能に影響することが報告されている.
VI.意識の問題
国立療養所南福岡病院小児科に喘息発作治療目的で入院した児62名とその家族112名に対して行った問診察による調査44)では,65.6%の家庭で家族に喫煙者が存在した.タバコの煙で発作を起こすかという問いに対して親子ともに約半数のものが発作ないしは咳などの症状を誘発することを認めている(図5-a).にもかかわらず,実際の喫煙時には,親は85.4%が配慮していると考えているのに対して,子どもは61%しか配慮されているとは思っておらず親子の認識には差が認められた(図5-b).
具体的な配慮内容を図6に示したが,親は「子どものいるときは吸わない」「発作を起こしそうなときは吸わない」と思っているのに対して,子どもは30%しかそうされていると思っていない.また,実際の喫煙時の子どもの反応については子どもの否定的,拒否的反応が2~3割にみられる.しかし「嫌な顔をする」という答えが子どもでは23.8%なのに対し,親は41.5%と差が認められる.また,小児は受動喫煙によって約半数のものが症状を誘発しているのにもかかわらず,親の配慮は実際は約20~30%であり,子どもは半ばあきらめている.また,親はあまりそのことに気づいていない.
Ⅶ.喘息患者での禁煙指導のために
受動喫煙に関しては,両親への教育は,喘息児の診察に付随して行う方法では有効性が低く,独立のプログラムで行うことが必要である.
大学生の喫煙に関しての堀内らの報告では,男女とも学年が上になると喫煙が増え,喘息発作との関係は明ら今ではないが,喘鳴などの気道症状には関連がみられている.
また,厚生労働省の報告によると,喘息に対するタバコの害は十分に認識されている(図7).したがって,禁煙の指導は単に受動喫煙の知識の普及だけではなく,自らの健康の問題として示さなくてはならない.また,禁煙の理由も自らの健康に関連することが多い.禁煙に関しては,小児での指導が重要であり,その理由を表4に示した.
おわりに
気管支喘息をはじめとしたアレルギー疾患ではタバコの有害性はすでに明らかであるが,発症と増悪における微妙な相違や,男子と女子の影響の差など興味ある点も残されている.臨床的観点からは実際の禁煙指導,さらにその有効性など今後検討されるべき課題は多い.
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