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(投稿:by 僻地の産科医)
医師の計画配置は「憲法違反」
舛添厚労相インタビュー
熊田梨恵
キャリアブレイン 2008年10月23日
「人は規制では動かない。使命感や報酬といったインセンティブがあってこそ、初めて動く」―。舛添要一厚生労働相は10月22日、キャリアブレインの取材に応じ、厚労省と文部科学省が合同の検討会を立ち上げるなどして議論を進めている医師の養成の在り方について基本的な考えを語った。「何よりも現場第一主義で進めなければならない。そのために、医学部生や研修医などを対象にした意識調査を始めるところだ」。厚労相が考える医師のキャリアパス、医療界の在り方などについて、2回にわたってお届けする。
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■人はインセンティブで動く
―厚労相は医師不足に対する長期的対策として、医師養成数を将来的に1.5倍にまで増やすことを決めました。現在は短期的対策として医師養成の在り方を見直すため、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」を厚労省・文科省合同で立ち上げましたね。医師の養成について、何が最も重要と考えますか。
人間は、給料が高いといった報酬や、生きがいなどのインセンティブがあって初めて動きます。特に今のように自由な世の中では、インセンティブ指導主義でなければうまくいきません。救急患者の受け入れ不能の問題や、医療の地域格差などの問題がある中で、どうすればへき地に行ってもらえるでしょうか。例えば、へき地医療を専門に行っている素晴らしい先生がいたとして、「どんなに給料が安くてもそこに行きたい」という使命感が生まれればよいのです。小児科や産科、外科は勤務が大変だから医者の数が減ってきたからと言って、「大変なところに行かない若者はたるんでいる。だからへき地に行かせ、産科に就かせる」と言っても成功するわけがありません。学生が進路を選ぶには、いい恩師に出会うことが重要です。自分の家が産婦人科だからという理由で来る人は置いておいて、「産科のこの先生はすごい。この激務の中でこの成果を上げていて、自分もこうなりたい」と、薫陶を受け、あこがれて、というのが基本的な姿です。「18歳からの教育体制を見直しなさい」とわたしが言っているのは、そういうことを含めています。そのインセンティブをどう考えるかです。
■ただの規制は“裏”を生む
―一方で、厚労省保険局の佐藤敏信医療課長が、医師の計画配置について「よい規制だ」と発言したとの一部報道がありました。読売新聞も医師を地域や診療科ごとに計画配置しようとする提言(編注1)を紙上で発表するなど、医師を計画的に配置するという考えもあるようです。
わたしは「計画配置がよい」などとは一度も言っていません。インセンティブと組みにした規制なら意味を持ちますが、インセンティブのない規制は最悪です。独裁者的に抑え付けてうまくいったケースがあったら教えてほしいです。もし規制してうまくいくのであれば、ソ連は今ごろ世界で繁栄していて、日本のような自由な社会は沈没しているはずです。読売新聞の提言のようにすれば、医師の失業者は一人もいなくなり、ぴしっとはまるでしょう。しかし、そこで何が起こるでしょうか。もしわたしなら、仕事を午後5時でやめ、給料分しか働きません。「一日も早く研修の2年間が終われ」と思います。そして5時以降に、裏でアルバイトをするでしょう。これがソ連でなされていたことです。ソ連の国営農場で栽培されていたジャガイモは、作る方にやる気がなくて小さかったといいます。一方で、裏庭のジャガイモは自由市場で売れるようにするために、丸々と太っていたそうです。がんじがらめにやられたら、人間は手を抜きます。そういう人間というものに対する基本的な理解がないから、社会主義や共産主義は駄目なのです。ソ連が崩壊した今日、そんなことも分からないのでしょうか。
■「そもそも医者になりません」
もしも「お前は何県で、何科に行け」とすれば、学生は「そもそも医者になりません」と言うでしょう。悪い方向に向かえば、希望に燃えた志を持つ若手医師が減ってしまいます。規制論者は、「今の若者は駄目だから、国が引っ張らないといけない」と言って若者の能力や向上心、意識を過小評価しています。こんな人をばかにした話はありますか。神戸で震災があった当時、若者は誰に何も言われなくてもボランティアに参加していたでしょう。計画配置論では、「税金で養成してるんだから言うことを聞け」と言いますが、医学部だけでなく法学部など、どこでも税金を使っています。「この職業に就け」というのは、職業選択や住居選択の自由を保障する憲法に違反しています。そんなところまでしないといけないというのは、医療政策のこれまでの失敗の積み重ねということですから、どこが失敗したかを見ていく必要があります。
現場の研修医の実態調査がまず必要なのです。霞が関で座っているだけの連中が、調査をしないで決めたりしてはいけません。読売新聞も意識調査などをした結果で提言しているものではありません。そういう意味では「失格」です。「読売規制案」が圧倒的多数から支持を得るならそうすればいいでしょう。そうなるとは思いませんが。
■「医療は特殊」は規制につながる
もっと言えば、医者をあまり特殊な職業だと見てはいけません。「人の命を救うから特殊。だから規制していい」となります。わたしは医療界に対して「たこつぼから出なさい」と文句を言ってきました。他の職業と同じだという発想が今まで足りなさ過ぎたのです。閉鎖性が強過ぎたり、医療の特殊性ばかりを言ったりすると、規制論者の道を開いてしまいます。他の職業でも規制してうまくいったことはないのだから、医療も同じです。
■インセンティブは何でもいい
―具体的にどのようなインセンティブが考えられますか。
「地域枠を設けて県内の学生を優遇します」など、プラスに働くものはインセンティブです。「この県で生まれたからやれ」ではありません。山形大の取り組み(編注2)も素晴らしいインセンティブの例です。ほかには、ある学生が離島に研修に行ったとして、「研修が終わったら、君から海外留学していいよ」というのも考えられます。インセンティブは金銭でも哲学でもいいですし、かっこいい男性や美しい女性がその地域にいるといったものでもいい。規制をするなら、その裏にインセンティブがないといけませんし、インセンティブだけでもいいです。
―厚労相が合同検討会で支持した医学部生や研修医を対象にした実態調査というのは、そのインセンティブを考えるための調査ということですね。
何よりも現場、当事者第一主義で進めます。だから、学生がどう思っているのか、限られた部分でもいいから「大至急やれ」と言いました。医学部生や後期研修医、研修が終わったばかりの人でもいいです。給与が高い方がいいから東京に集中するのでしょうか。東京や大阪など都市部の病院は、症例が多いので臨床の実績が積めたり、設備も整っていたりするでしょう。いい先生が多くいて、多くの症例をやった方がいいという考えは当たり前だと思います。なぜ東京、北海道、大阪などそれぞれの地域を選ぶのでしょう。いろいろな理由があると思うし、どんな動機でもいいと思います。
■出さないデータは意味がない
―厚労省ではこれまでそうした研修医などに対する調査は実施してこなかったのですか。
指導医や後期研修医、医学生に対しては実施されてきませんでしたが、卒後1、2年目を対象にした調査は研究班が実施してきました。しかし、その結果が一般に流布しておらず、政策に生きていません。データというのは一部の専門家が持っていても意味がありません。「麻生内閣支持率」なども新聞に大きく出るから意味があるのであって、わたしだけが知っていたとしたら意味がありません。出さないなら、やらないのと一緒です。だから一からやり直さないといけません。どこに何人の研修医が存在するかといった実態を把握してから議論しないといけません。
―検討会では、臨床研修制度の期間を短くする提案や、研修医の給与を一律にすることなど、委員からさまざまな意見が出ていましたが。
前回の合同検討会で実施したヒアリングでも、金沢大から「大学の医局制度は資本主義と社会主義をミックスした良い制度」という話が出ましたが、若干古いかなと思いました。現状は皆、自分の周りの状況や想像で話しているだけです。わたしも教授たちの話を聞いているだけで、実際のところが分かりません。だからまずは医学生らを対象にした調査をするのです。調査をして、対象が嫌と言えばやりません。
―厚労省と文部科学省による「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」で実施する調査は、医学部生や研修医などが対象です。医師の養成について、今後必要だと考えていることは。
次の段階では、大学の研究者や教授といった教える側の意識を聞きたいです。「あなたの指導がうまくいっていると思いますか」と。産科や外科も素晴らしい授業や教え方をすれば意味があります。教えることがうまい人と、研究がうまい人は別です。特に医学部の実習だと、教えることが上手な人でなければいけません。
卒後の臨床研修制度の内容が、卒前の臨床研修とかぶっているため、2年間を1年に短縮できるという考えも大事ですが、重なっている内容を排すればよいかというと、そうではありません。学部レベルの教育水準をある程度上げなければ、減らす分をカバーできません。その上で卒前研修が充実すれば、卒後研修を短縮できるでしょう。
―医師の養成数を増やしても、ほかの業界に魅力を感じて就職し、臨床現場などに就かないということも考えられます。医師のキャリアパスについてはどう考えますか。
どのように医師が養成されているかが、国民に見えていないので、分かりやすくする必要があります。法曹界の方は、司法試験に合格すれば裁判官や検事になるなど、まだ見えています。医師については「インターン」という言葉を何となく知っているぐらいでしょう。大学に入ってから一人前の医者になるまでのプロセスについて、フローチャートを示したパンフレットや、「医者の一生」のような物語などを作って国民に見せていく必要があります。厚労省か文科省でやるか、森喜朗元首相が会長を務める自民党の「医師臨床研修制度を考える会」で作ってもらってもいい。まさに一つのアウトプットになります。次回、11月18日の検討会でやりたいと思っています。医者の養成とはどのようなものか、わたしたちで原稿を作って公にするだけでも発信することになります。
■縦割りの文教・厚労族を動かした
―今回、厚労省と文科省による合同の検討会が初めて立ち上がりました。その意義や背景をあらためて教えてください。
医師の養成は厚労省と文科省がシームレスに連動している部分なので、問題があれば、文科省が担当する学部カリキュラムの部分、厚労省が担当する卒後研修や病院の部分など、両方でやらないといけません。だから今回は、文教族のねじを巻きました。宮路和明自民党衆院議員が幹事長を務める「医師臨床研修制度を考える会」から、「医師数を1.5倍にするのは10年計画だから、何か目先でできることはないか。臨床研修制度の2年間を1年間に短縮すれば、単純計算で一年間分の医師8000人が増えるのでは」という声が上がりました。そこで、「あなた方がそこまで言うなら、文科省自身が変わらないといけない。文科省と厚労省と合同でやろう」と言いました。また、文科相は最近たて続けに3人代わりましたが、皆に「続けてほしい」と言ってきました。文教族と厚労族は全然協力せずに跋扈(ばっこ)してきて、全部縦割りでやってきていましたが、今回はそこを動かして両方でやってもらいました。こうしたあらゆる問題を噴出させることがよいのです。すぐには片付かないかもしれませんが。
■医師会は国民と断絶している
―今、医療崩壊が進んでいます。今後、医療界はどうしていくべきと考えますか。
医療界はもっと情報を発信し、国民と対話してほしいです。はっきり言えば、医師会はこの前の参院選で一人の候補者すら当選させることができませんでした。それに対する反省がありますか。選挙の1年前から武見敬三さんのポスターがあちこちの病院内に張ってあったのを見ましたが、おじいさんやおばあさんが毎日見ていながら、なぜ当選できなかったのでしょうか。わたしのポスターなんかどこにも張ってありませんでした。100万票あると言いながら、20数万票しか取れないということです。おまけに茨城県医師会みたいな「反乱軍」も出ています。謙虚に国民の声を聞いて改革しなければ、二度と医師会から参院議員は生まれません。これは国民との断絶があるからです。組織の中だけ見ていないで、変えるべきは変えねばなりません。新型インフルエンザなどが来た場合、地域の医師会がしっかりしてくれないと、末端までの医療ができません。彼らがきちんとしてくれれば、厚労行政の改革にもつながります。
後期高齢者医療制度についても、批判を受けたからわたしが「変える」と言いましたが、医療界もちょっとは反省しなさいということです。医師会は制度のPR活動も何もやりませんでした。例えば、医師会が毎日みのもんたさんの番組に出てくれましたか、ということです。国民と対話しなければ、組織自体が駄目になります。
■勤務医も情報発信すべき
勤務医も同じです。「苦しい、苦しい」と言っていますが、そうした状況は「福島県立大野病院事件」が起きて初めて分かったことです。そうでなければ、もっとひどい状況が続いていたでしょう。なぜ言わないのですか。普通の国民と同じレベルに立って、もう少し情報発信しなさいということです。医者、医学会、医療界だけが特殊じゃありません。あなたたちも働いてご飯を食べています。そこは変わりません。一般性を出すということです。国民の目線を入れない改革案は全部つぶれます。特にこういう「メディア民主主義」のようになってくるとなおさらです。わたしもいろんな改革をやるから協力してください。そうしないと医療界は生き残っていけません。
■医療改革の実績を残す
―今、政局の先行きが不透明です。今後、衆院の解散・総選挙などで厚労相が変わることがあれば、この改革はどうなりますか。先日、「トップが変わっても、自分がつくったものは変わらないようにする」と言われました。
衆院の解散・総選挙がどうなるかわたしにも分かりませんが、きちんと実績を残していくことが重要です。医師数を1.5倍に増やすと言いました。次の厚労相が閣議決定をひっくり返すということは言えません。介護でも同じようにやりたいです。自民党が政権を取っている限り、主立った議員が絡まっているし、わたしが厚労相を辞めても「おれがやったことをひっくり返すな」と言って影響力を保持できます。野党が政権を取ることがあれば、民主党の山井和則衆院議員や長妻昭衆院議員みたいに、片っ端から質問できます。一番大事なのは議事録を残し、発言を残し、方向性をきちんと残しておくことです。次回、11月18日の合同検討会では、医学部生らに対する意識調査の中間結果を出します。わたしは医療界を再構築していくための改革を続け、議論した内容をきちんと残していきます。
(編注1)読売新聞は10月16日付朝刊で、「医療改革」の提言を紙上で発表した。医師不足の解消を図るためとして、医師の研修先を現在のような自由選択ではなく、地域や診療科ごとに定員を決めて配置するよう求めている。
(編注2)山形大医学部は10月16日、医学部生が3年生の時に、小児科や産科、救急医学、外科のいずれかを選択し、卒後の初期研修と後期研修を県内で受ければ、4-6年生の3年間の授業料(年間約53万5800円)を全額免除すると発表した。県内の医師不足や診療科間の偏在の解消を狙った全国でも初の試みで、卒後に専門医になるためのトレーニングを受けられ、資格が取得できることを明示しているなど、医師のキャリアパスに配慮しているのが特徴。
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