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(投稿:by 僻地の産科医)
MMJ8月号からですo(^-^)o ..。*♡
世界の医学誌から LANCET
NICU入院中の新生児にみられる重大な医原性イベント
入院中の新生児における医原性事故イベント:前向きコホート研究
Iatrogenic events in admitted neonates: a prospective cohort study
Ligil, et al.LANCET 2008; 371:404-410.
Universite de la Mediditerranee, France.
(MMJ August 2008 vol.4 N0.8 p668-669)
■背景
医原性イベントは入院患者すべてにとって重大な問題であるという認識が高まっている。しかし、新生児集中治療室(NICU)に入室したリスクの高い新生児における医原性イベントについては疫学的データが非常に限られている。本研究では新生児施設における医原性イベントの発生率、特徴、予防可能性、重大度を評価し、新生児における医原性イベント発生と患者特性に関連があるのかどうか明確にすることを目的とした。
■方法
フランス南部にある大学付属3次新生児施設の新生児科に入院した新生児全例を対象に、2005年1月1日~9月1日にかけて前向き観察研究を実施した。医原性イベントとは、患者への危害の有無にかかわらず、患者の安全性を低下させたイベントと定義した。医原性イベントの報告は自己申告、匿名、懲罰なしの条件でなされた。1次評価項出よ1000人・日あたりの医原性イベント発生率とした。
■結果
合計388人の患者を10,436人・日間追跡した。研究期間中に116人の患者で267件の医原性イベントが報告された。医原性イベントの発生率は1000人・日あたり25.6であった。 92件(34%)は予防可能なイベント、78件(29%)は重大なイベントであった。2件(1%)の医原性イベントは致死的であったが、いずれも防ぎうるイベントではなかった。もっとも重大な医原性イベントは院内感染(49/62[79%])と呼吸器系イベント(9/26[35%])であった。皮膚損傷イベント(n=94)も多かったが全般に軽度であり(89[95%])、投薬ミス(15/19[76%])の頻度と同程度であった。投薬ミスの大部分は投与段階で発生しており(12/19[63%])、10倍の投与ミスであった(9/19[47%])。主要危険因子としては、低出生体重、短い在胎週数(両方ともP<O.0001)、長い入院期間中<0.0001)、中心静脈ライン確保中<0001)、機械的人工換気中=0.0021)、そして持続陽圧呼吸療法(CPAP)(p=0.0076)が特定された。
■結論
新生児、特に低出生体重児では医原性イベントが比較的高い頻度で発生しており、重大なイベントであることが多い。このような影響を受けやすい小児集団への医療の質を改善するには、医原性イベントの発生率や(危険因子などの)特性に関する知識の向上ならびに連続モニタリングの実施が有用と考えられる。
解説
事故防止のために日本でも“懲罰なし”の実態調査を
埼玉医科大学絵合医療センター小児科教授
総合周産期母子医療センター長
田村正徳
呼吸循環療法を中心とした新生児医療の急速な進歩に伴い、わが国を含めた先進国では新生児の死亡率が著しく改善している。一方で、重症新生児を収容する新生児集中治療室(NICU)での人工呼吸療法や呼吸循環作動薬をはじめとする薬物療法や種々のモニター装置もめまぐるしく変化しているので、医療事故やその一歩手前のインシデンドヒヤリハット)も多数発生していると考えられるが、従来のアクシデントやインシデントの実態調査は成人や小児に関するものがほとんどであった。
本論文は、数少ないNICUでの医原性イベント(アクシデントとインシデントの両方を含む)の実態調査報告である。この報告によれば医原性イベントの発生率は、25.6/100O患者・日であるので、患者1人あたりほぼ1ヵ月に1回医原性イベントが発生したことになる。そのうち3分の1は未然に防ぎえた医原性イベントであったとのことである。疾患別には院内感染と呼吸関連の医原性イベントが重箱な結果に結びつきやすいとされている。また、出生体重が小さく在胎週数が短いほど、医原性イベントのリスクは高くなると報告されている。
ただ残念な点は、調査期間が2005年1月1日~9月1日と短く偏っていることである。通年で実施すれば、患者疾患の季節的変動による影響や新人スタッフの導入時期などの因子も解析できたと考えられる。さらに、予防可能な医脳性イベントの防止策を検討するためには、医原性イベントに直接かかわった医療スタッフ側の解析も非常に重要であるが、本論文では、医療スタッフ側の解析がまったくなされていない。これは、自己申告・匿名を条件とした実態調査の限界かもしれない。
わが国は、世界でももっとも新生児死亡率が低く、欧米では救命対象とされていない400 g未満の出生体重犯や在胎22~23迎合の超早産児までも治療しているNICUが多い。したがってわが国のNICUには、本研究が実施された南仏に比べ、医原性イベントのリスクが高い低出生体重児や早産児が入院していると考えられるので、わが国では医原性イベントの発生率はさらに高い可能性があり、医療事故防止の観点からも本論文のような調査が強く望まれる。
しかしながら、こうした調査で実際の医原性イベントの発生率を正確に把握するためには、本論文のように「申告者や施設に対する懲罰がない」という条件が必須であるので、院内の事故調査結果が直ちに医療訴訟の証拠とされる限り、わが国の現状では医原性イベントの正確な実態把握は困難であろう。医療事故の被害者救済はもちろん重要な正義であるが、医原性イベントの発生状況の正確な把握とその解析は、医療事故の発生防止策を打ち出すために不可欠なプロセスである。このジレンマを解決するためには、医僚機閉の自主的な努力による個別調査では不可能で、厚生労働省の関係者が司法当局ともしっかり協議したうえで、真の患者の安全に配慮した調査の実施に乗り出してくれることを願っている。
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