(投稿:by 僻地の産科医)
昨日の朝日新聞「時時刻刻」に以下のような記事が載っているそうですが、
その症例報告と思われる報告記事がみつかりましたo(^-^)o ..。*♡
癒着胎盤で子宮摘出し、大病院であっても救命できなかった報告書です。
=======(朝日新聞記事)
東京都内の大学病院で06年11月、癒着胎盤と診断された20代の女性が帝王切開で出産後に死亡するという大野病院事件と類似の事故が起きた。病院は胎盤をはがすことによる大量出血を避けるため、帝王切開後ただちに子宮摘出手術に移った。しかし、大量出血が起こり、母親を救命できなかった。病院は、リスクの高い出産を扱う総合周産期母子医療センターだった。
(中略)
「医療関連死調査分析モデル事業」での評価結果報告書の最後に「処置しがたい症例が現実にあることを、一般の方々にも理解してほしい」と記されている。
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診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業
評価結果の概要
http://www.med-model.jp/kekka/jirei38.pdf
本概要は、関係者への説明に用いるため、申請医療機関及び患者遺族に対して報告された「評価結果報告書」をもとに、その概要をまとめたもの。
1 対象者について
年齢: 20歳代
性別: 女性
事例概要:既往歴に2回帝王切開手術を受けた主婦。今回妊娠早期より前置胎盤と前の帝王切開創への癒着胎盤と診断され、自己血の貯血と輸血を準備し帝王切開を予定していた。予定した帝王切開まで子宮収縮抑制薬を点滴投与していたにも拘わらず妊娠33週に性器出血が増量し、さらに破水し、陣痛が発来したため緊急帝王切開をした。手術は帝王切開に引き続き胎盤を剥離することなく直ちに子宮全摘術を行ったが、摘出直後に予期せぬ心拍停止が発生し、急激な予測不能な大量出血により母体死亡を来たした。最終出血量は9053mlに及んだ。
2 解剖結果の概要
骨盤腔の腹膜直下の結合組織内全般に広範な出血がある。摘出子宮は胎盤を併せて899gで、胎盤付着部は子宮体下部から子宮頚部前壁やや右側である。頚管は著明に拡張し、子宮体部の下部および頚部前壁の胎盤付着部には子宮壁穿通はないが、子宮筋層は最も薄い所で0.5mm未満まで非薄化している部位もあった。羊膜絨毛膜炎の所見はなかった。また、肺胞内に胎児由来成分も検出されず、また免疫組織学的検索も行ったが証明されないので、確定的羊水塞栓症の診断ではない。
3 臨床経過に関する医学的評価の概要
当該病院の医療安全委員会から提出された診療録の一部に病状経過が詳細かつ正確に記載されていないなどの不備があり、また産婦人科、麻酔科、看護部からのそれぞれの報告で院内の統一見解でなかった為、十分解析出来なかった面もあり、死因を推測せざるを得ない点もあった。
1)臨床診断の妥当性
妊娠22週に経腟超音波、MRI(磁気共鳴映像法)により前置胎盤と前の帝王切開創にかかる癒着胎盤と診断され、正確に診断されていた。
2)手術の準備、時期と手術方法
妊娠24週より5回にわたり自己血を総計1200g貯血した。また手術前に2000mlの輸血も準備し緊急手術に臨んだことは現在行ない得る最善の方法である。手術当日、性器出血が増量しさらに破水し、陣痛が発来し子宮収縮抑制薬ではコントロ-ルが出来なくなった段階での手術のタイミングは適時である。また帝王切開に引き続き胎盤を剥離することなく直ちに短時間内に子宮全摘術を行なったことも賢明である。
3)術中の出血について
手術開始後2分で胎児を娩出し、引き続き子宮全摘術を開始した。輸血は手術開始後直ちに開始され、続けられた。出血量は児娩出するまでに400ml、その後の約10分で合計1620mlに及んだ。新生児のHb(血色素)を反映するデ-タ-である臍帯血の値も貧血を示していた。母体のHbは手術開始後約20分に始めて測定され5.5g/dlと低値であった。この状況は測定・把握していた量以上の急激な出血であったと推測される。帝王切開と子宮全摘術に要した時間は30数分であるので非常に手早く手術が遂行されていた。出血部位の特定は出来なかった。
剖検から軽度の左心室の拡張がある以外の所見もなく、心筋梗塞や血栓もない。27歳の若さで術中Hb5.5g/dl台で突然不整脈に続き心停止状態になることは、通常の産科での急激な大量出血においても極めて稀であると考える。
4)輸液と薬
術前膠質浸透液を適切量の点滴がなされ、全身麻酔の選択も薬の用量も問題はない。麻酔導入開始より血圧は低下し、そのため適時エフェドリン、ネオシネジンの昇圧薬の投与により血圧は維持された。また手術開始と同時に輸血も開始され、循環血液量を補うことで血圧は一過性に上昇したが、胎児娩出後に著しく血圧は低下し、昇圧薬を頻回に投与しても昇圧作用が得られない状態に陥り死亡した。
子宮収縮抑制薬の塩酸リトドリンは入院時から、硫酸マグネシウムは手術当日に出血量が増量し子宮収縮も頻回になったので時点で開始・併用した。両薬とも手術決定後には中止し、手術に臨んだ(結果的に手術開始前32分であった)。なお硫酸マグネシウム製剤の投与方法・用量は守られている。
(1)児は第一呼吸を認め体色良好であった。しかしその後、児は無呼吸発作を起こし、次に用手的陽圧呼吸にも反応しなくなった為、3日間挿管された。この呼吸抑制は帝王切開直前に投与されたマグネシウムに影響によるものと考えたが、新生児の臍帯血中のマグネシウム濃度は正常値であったので、マグネシウムによる呼吸抑制によるもの、また呼吸窮迫症候群とも考えねばいけないがwet lung(肺胞液漏出、吸収遅延による呼吸障害)によるものと解釈した方が自然であると推測した
(2)母体においては術中の心電図からは心筋虚血の所見は得られなかったが、子宮収縮抑制剤の併用が母体の術中血圧の低下に影響したかも知れないと推測した。
5)その他の原因
なお本事例が短時間に大量出血し播種性血管内血液凝固症候群(DIC)に至っているため羊水塞栓も検討した。剖検からは組織学的に胎児由来の成分も免疫組織学的検査も行ったが、それらは証明されず確定羊水塞栓症は否定された。また血清学的も行ったが支持する結果は得られなかった。委員から確定羊水塞栓症以外の臨床的羊水塞栓症もあるのではないかとの意見も出され議論した。
本事例の麻酔記録から麻酔導入時点で既に血圧は低い傾向にあったが、児娩出直後から血圧の著明な低下が始まり酸素分圧を示すPaO₂の低下、不整脈の出現そして死に至っている。またカプノメトリ-(二酸化炭素の測定)で得た呼吸終末PCO₂も低下していない。本事例の臨床経過が臨床的羊水塞栓症の診断基準に一部当てはまるが、本委員会では臨床的羊水塞栓症に関しては支持されるに至らなかった。しかし、急激な大量出血を考えると、稀ではあるが何らかの原因でDICが発症した可能性も考えねばならない。
4 結論
直接の死因は、帝王切開および子宮摘出直後の突然の不整脈に続く心停止状態と想定以上、突発的と思えるほどの急激な大量出血による循環血液量の減少に伴う循環障害、心不全である。また入院後の投与していた子宮収縮抑制薬に、さらに病状の悪化のため手術直前に加えた子宮収縮抑制薬の併用も拍車をかけたものと推測する。なお正確な出血部位は不明である。
5 再発防止への提言
1)当該病院への提言
今回各部門から提出された記録には不明な点があった。また時間的経緯のずれ、また不備もあり審議に苦慮した。院内委員会で十分に審議し統一見解としてまとめて提出しなければ真相は究明できない。モデル事業の参加は真相究明であるので、第三者が見ても良い限りなく透明性のある診療録にすることにより、医療の質も向上し医療不信を払拭できるのではないかと考える。本事例の調査委員会には小児科医が何故含まれなかったのか。また委員会の構成は当該科に呼応する外部の専門家や法律家も入れ、メンバ-を構築しなければ真理は追究できず、再発防止に繋がらない。さらに、モデル事業に提出された資料は委員会の議事録(開催日、場所、出席者、審議内容など)として体裁を整える必要がある。今回提出された資料は三部門(産婦人科、麻酔科、看護師)の資料を集めただけの内容であったことを追記する。
(1) 産婦人科医への提言:当該診療科から提出された資料には記載不十分な部分も多く丁寧なチェックを行い提出することを希望する。また執刀医が手術記録を書いていない。極めて稀な事例でもあるので手術記録は誠実に詳細に執刀医が記載するのは当然である。たとえ下位医師が上級医に依頼されても断ることも重要である。硫酸マグネシウムの投与方法・用量は守られ手術決定とほぼ同時に中止し、手術に臨んだが、添付文書の重要事項に硫酸マグネシウムを分娩直前まで持続投与した場合に出生した新生児に高マグネシウム血症を起こすことがあるため、分娩前2時間は使用しないと書かれている。また子宮収縮抑制薬の併用による母体への重篤な心筋虚血などの循環器関連の副作用も報告されているので、このような知識は周産期センタ-ともなればスタッフ全員がこの認識を持つ必要がある。
(2) 麻酔科医への提言:手術時の麻酔記録が極めて不十分であり、術中の記録から病態を解析するのに困難を極めた。稀有な症例であり、その時点での記録が困難であったものと推測するが、その後詳細な記録を残すことが重要である。硫酸マグネシウムの使用という情報が共有されていれば中和剤としてカルチコ-ルの選択もあった。
また今回使用した以外の別の昇圧薬やドーパミン薬の使用も考慮しても良かった。今後、大量出血が予想される手術にあたっては、麻酔開始前から中心静脈圧、動脈圧を連続的にモニタリング出来るように準備してから手術を開始すべきである。ただ現実に臨床の場で常に準備することは難しいことも理解出来る。しかし今後検討すべきである。
(3) 泌尿器科医への提言:当初、提出された診療録に膀胱修復の手術記録が含まれてなく、手術への拘わりなど時間の参考資料にはならなかった。手術記録は当然記載し診療録に入れ診療録を完成させて提出する必要がある。
(4) 看護師への提言:本事例は術中の大量の出血によると考え、真相究明には時間的経過を詳細に知りたく、再三資料の提出を求めた。当然存在するはずの資料の提出がない場合、審議において、資料提出がないこと自体を当該施設に不利益な事情の1つとして斟酌する可能性もあることも、当該施設に対し通知した。その結果、最終的に提出されたメモと記憶からの資料により審議に臨めた。手術に入った看護師の配置は2名(器械出し、外回り)で、帝王切開用と子宮摘出用の器具を準備し、子宮摘出用の器具を隣室に置き隣室で器械を揃えるなど時間を取られている。そのため看護師の仕事である継続的に出血量をカウント出来ない時間が生じたことが解った。予め子宮摘出術が行なわれる可能性が高い例では、両器具を完全に揃え同一手術室に準備し、手術室から離れることがないようにすべきである。また緊急とはいえ大きくなる可能性のある手術では事前に医師と情報を共有することでマンパワ-も増し、再発防止に繋がると思われる。
2)医療界への要望
当該医療施設は周産期でも有数な施設であり、そのような機関でも本症例は不幸な転帰を辿ってしまった。手術開始前から出血が始まり、手術開始と同時に短時間に予期せぬ大量出血から生じたものと推測する。産科領域では、分娩を中心に稀有に見聞するが、急激な失血を正確に測定すること、またそれに呼応した輸血を考えると、今日の治療では難しかったかも知れない。なお、本事例のケ-スでの周術期死亡率は7.4%とも報告されている。学術集会では貴重な稀有な症例が発表され、無論成功例から学ぶことも大事である。しかしながら患者を救命することを使命とする医療従事者は、処置し難い症例が現実には存在し、不幸な転帰を辿る症例もあり対処出来るように努めなければいけない。またこのような症例が現実にあることを医療界だけでなく、一般の方々にも開示し理解して頂くことを希望する。
6 参考資料
・羊水塞栓症の血清学的診断法、www2.hama-med.ac.jp/wib/obgy/afe2/
・羊水塞栓症 プリンシプル産科婦人科学2 MEDICAL VIEW P617
・羊水塞栓 産婦人科研修の必修知識 2004 (社)日本産科婦人科学会 P282
・Okuchi A, Onagawa T, Usui R, etc Effect of maternal age on blood loss during parturition: a retrospective multivariate analysis of 10,053 cases. J Perinatedd.2003:31(3) P209
・母体救急疾患 ~こんな時どうする~ 研修ノート No62 (社)日本母性保護 産婦人科医会 平成11年10月
修羅場になれば処置に追われて記録どころではないし、後から時系列に沿った正確な記録を書けと言われても無理です。
やっぱり、外部の人間が検証すること自体無理があるような気がします。分からない部分は好意的に解釈して貰わないと、危険な症例は断る以外になくなるでしょう。
投稿情報: bamboo | 2008年8 月24日 (日) 12:21
そうなんですよね!本当に。
本当の究極時は、カルテなんて真っ白ですもん。そんな紙、相手にしてられっかっ!!という気合で(>▽<)!!!
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年8 月24日 (日) 22:50
下馬評とはかけ離れた内情の「大病院」を例に挙げて大野病院事件を正当化しようとしても、逆効果ではないでしょうか?「本事例のケ-スでの周術期死亡率は7.4%とも報告されている」というのも注目すべき統計です。「本事例のケ-ス」で過去にこの病院で他に救命された例が相当数あるのなら、改善すべき点があったと反省すべきでしょう。ただし、ろくに記録を残せない医療機関のCPCは意味がないので、反省は困難かもしれませんが(笑)
投稿情報: 元臨床医 | 2008年8 月26日 (火) 11:39
膨大な医療資源を投入して
どうにか救命できた癒着胎盤の一例。
ちなみにうちの麻酔科、出血には慣れています。
最近は大人しくなりましたが、2年ほど前まで、
カウントで5000~10000g程度の出血が、週1~3件ほどありましたから。
投稿情報: R.Takahashi | 2008年8 月27日 (水) 15:57
改めてリンクだけ
http://www.typepad.jp/t/comments?__mode=red&user_id=300039&id=14929020
少々見難いかとは思いますが。
投稿情報: R.Takahashi | 2008年8 月27日 (水) 20:33