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(投稿:by 僻地の産科医)
消化器外科医が抱える課題を改善し
次世代育成の環境づくりを
医学部生が外科系志望と躊躇なく言えるために
MTpro 記事 2008年8月11日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/0808/080809.html
医師不足を認識した政府は「経済財政改革の基本方針(骨太の方針)2008」を閣議決定し,医師数増加に向けて動き出している。一方で,医療紛争,診療報酬など,外科を取り巻く現況には厳しい面があり,外科志望者増加を期すためにも取り組むべき問題は多い。第63回日本消化器外科学会(7月16~18日,札幌市)の特別企画「日本消化器外科学会の現状と将来」では,各演者から外科系専門医制度の充実,医療紛争,診療報酬における課題が指摘された。
外科系専門医の新しい制度設計により
外科医志望者増加を
医師不足の状況は政府も認めるところだが,勤務医,とりわけ産婦人科や外科系の医師不足は深刻な状況が続いている。
長崎大学(病態解析・制御学講座 移植・消化器外科)教授の兼松隆之氏は,現在の外科医不足の短・中期的な解決策として,
(1)病院の統合や全体のシステム化
(2)コメディカルの医療行為の規制緩和
―の2点を進める必要があると指摘。ただし,(1)を急速に進めると,地域医療の崩壊に拍車をかける可能性があり,慎重に行うべきことを強調した。
今年(2008年)4月から,医師の負担軽減のため,医療クラークの人件費が診療報酬に加算できるようになり,その導入が急性期病院を中心に進んでいるが,その業務は事務に限られており,また医療クラーク加算における施設基準が特定機能病院は対象外となっているなど,導入は一定の域にとどまっている。医師からの事前の指示があれば看護師にも,(1)薬剤の投与,(2)静脈注射が,また(3)救急医療における診療の優先順位の決定―なども可能になり,役割分担の推進が行われている。しかし,同氏は「これらの人々はよく働いてくれてはいるものの,現場の医師たちはまだまだ医療以外の雑務も非常に多く抱えており,負担が軽減されたという実感を持つには至っていない」と報告。
同氏は,次に米国の医療補助システムを紹介。医療クラーク,公認看護師,医師助手など,国家資格などに裏づけられた医療補助行為に踏み込む制度の導入により医師の負担軽減は可能となることにも触れた。
現在,医療崩壊で取り上げられるさまざまな問題の影響などから,医療ニーズと診療科の勤務医数のアンバランス化が進行している。こうした問題について,現在,全国医学部長病院長会議,日本医師会,日本学術会議など,医療・医学の各専門家集団から提言が行われている。同氏は今が専門医の適正配置などのバランスを考える好機だとし,「外科系学会は,現在の外科専門医を基礎として,消化器外科などのサブスペシャリティー専門医制度との連携をさらに密にし,外科系全体の専門医制度のグランドデザインを早急に示す必要がある」と述べた。しかし,「この好機を逃せば,診療科のバランス是正について国が主導する施策を先につくられてしまう」と危惧を示し,具体的なタイムスケジュール案を紹介(図1),外科系関連学会全体の迅速な対応が必要であることを強調した。
医療紛争の問題に取り組み,
本来の医療行為が行える環境づくりを
東邦大学名誉教授の炭山嘉伸氏は,日本外科学会が2006年に行ったアンケート結果を紹介。それによると回答した医師のうち,医療訴訟の経験ありが10%,示談の経験あり11%,患者や家族とのトラブルの経験あり38%と,多くの医師がこうしたトラブルに遭遇している。また,医療訴訟が治療に影響するか,という質問では「ない」,「全くない」と回答した医師はわずかに14%であった。
また,最高裁判所の医療関連訴訟に関する資料を示し,医療関係訴訟事件にかかる1件当たりの平均審理期間は1998年から毎年短くなる傾向にはあるものの,2007年時点で25か月程度要するなど,医師への負担が依然として大きいことを示した。
さらに,医療訴訟の診療科別新受(全国の裁判所に新たに提起された訴訟)件数では,医師1,000人当たりで見ると産婦人科11.5件,外科9.6件,整形外科7.3件と続き,外科系診療科が上位3位を占めることを指摘。
同氏は「医療紛争数増加は消化器外科医の肉体も精神も疲労させる」として消化器外科医がなすべきことを提案した(表)。
現在,医療訴訟は裁判所を舞台とした攻撃と防御の対立構造となっている。この点について,同氏は「医療者側と患者側の間に警察や検察が入ることで,例えば医師から謝罪がしたくてもできない状況があるなど,お互いに素直に向き合うことができない」と指摘。医療紛争の処理・解決方法として厚生労働省による“医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する第三次試案”を挙げ,「再発防止対策の導入と病院側の医療の質の向上の対策という観点から提案している」とした。
治療におけるリスクの高さ,
要求される治療技術を適正に評価した診療報酬を
―ホームページに手術に関するデータを掲載
また,日本消化器外科学会のデータベース(ホームページに掲載)には,術後合併症・術後死亡の背景因子の解析が掲載されており,こうしたデータにより,患者自身が「手術によるリスクを正しく認識する」という効果も期待されている。
このデータで示されている,消化器外科手術におけるリスクと求められるレベルを考慮すれば,消化器外科手術に対する評価も重要になってくる。
久留米大学(第1外科)教授の白水和雄氏は,診療報酬の評価について改訂時に行われている検討方法を紹介した。それによると,外科系の診療報酬については,外科系学会社会保険委員会連合(外保連)独自の直接的経費に基づいた算定方法による試案を公表しており,内科系学会社会保険委員連合,看護系学会等社会保険連合の試案と合わせ,中央社会保険医療協議会に要望提出を行っている。
しかし,同氏は「現在,外保連が作成している試案は,診療報酬の算定に十分に生かされてはいない」と指摘。日本での消化器外科領域における医療費は先進諸国のなかでも安価であると報告した(図2)。先進諸国のなかでも日本は医師数が少ないが,そうした厳しい労働状況のなかで良好な治療成績を上げている。
同氏は「医療費抑制は医療の質の低下,過重労働,外科医の減少をもたらす」と警鐘を鳴らし,「外科の技術料の適正な評価と診療報酬への反映が重要だ」と報告した。
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