(関連目次)→本日のニュース・おすすめブログ..。*♡ 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
薬害の再発を防止できるか
新井裕充
キャリアブレイン
<上>http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16881.html
<下>http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16896.html
医薬品などの販売を承認するための審査や、市販後の安全対策などの業務を担当する職員の大幅な増員に向けた検討が、厚生労働省の審議会で進められている。表向きは、「薬害肝炎事件の検証」と「再発防止のための医薬品行政のあり方検討」を掲げているが、社会保険庁の解体に伴って削減される職員の“受け皿”となる新たな行政組織(医薬品庁など)を創設したい官僚の思惑が見え隠れする。薬害肝炎事件などの問題を引き起こした厚労省の抜本的な改革に乗り出す舛添要一厚生労働相と、これに激しく抵抗する官僚との争いが「医薬食品局」を舞台に繰り広げられる中、そのはざまで薬害被害者の団体が揺れている。
【関連記事】
抜本的な医薬品行政の改革に決意―舛添厚労相
医薬の行政改革、組織の在り方に議論錯綜
抜本的な医薬品行政の改革に決意―舛添厚労相
新薬開発か、薬害根絶か(1)
厚労省は6月30日、「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」(座長=寺野彰・独協医科大学長)の第3回会合で、「中間とりまとめ案」を提示し、医薬品の承認審査や安全対策などの業務を一括して行う新たな組織として、「A案」と「B案」の2案を示した。
A案は、承認審査や安全対策などの業務を「厚労省医薬食品局など」が一括して行い、審議会が厚労相に答申する。これに対し「B案」は、独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA、近藤達也理事長)が一括して行い、同機構が厚労相に答申する。A案とB案いずれの場合も、「最終的には大臣が全責任を負う」としている。
現在、医薬品の承認審査は「PMDA」と厚労省の「薬事・食品衛生審議会」で重複して行われており、“実質的な審査”は「PMDA」が担当している。「PMDA」から上がってきた報告書などに基づき、有名大学の教授らで構成する同審議会が“形式的な審査”を行い、最終的に厚労相が承認している。この「二重審査」の仕組みを一本化して効率化を図る点ではA案とB案に違いはなく、「国に吸収する」か「PMDAに一括する」かが違う。この日は、新しい組織の在り方について、A案とB案それぞれのメリットやデメリットを中心に議論したが、意見を集約するには至らなかった。
■ 背後にある思惑
この検討委員会は、汚染された血液製剤を投与された患者がC型肝炎に感染した「薬害肝炎事件」などの反省を踏まえ、同事件の検証と薬害の再発防止、医薬品行政の見直しなどを目的に、今年5月に設置された。委員は、大学教授や病院の理事長、薬害被害者など計20人で、このうち薬害被害者の団体から2人、薬害肝炎事件の原告団から2人、同事件の担当弁護士1人が参加している。
しかし、検討委員会の目的である「医薬品行政の見直し」をめぐり、厚労省改革に積極的な姿勢を見せる舛添厚労相を支持する委員のグループと、これに抵抗する厚生官僚に好意的な委員のグループが対立している。厚生官僚の背後には、“族議員”といわれる自民党の大村秀章衆院議員がいる。
薬害の再発防止と薬事行政の見直しに向け、自民党の「薬事政策のあり方検討会」(座長=大村衆院議員)が4月にまとめた報告書では、医薬品の有効性や安全性を守るための仕組みづくりの重要性には触れられているものの、「現下の課題」として、「世界最高水準の医薬品を国民に提供」と「薬害の再発防止に最善・最大の努力」という2つの目的を併記している。見出しの順序では、「世界最高水準の医薬品提供」を「薬害の再発防止」よりも優先している。
また、薬事行政の在り方については、医薬品の安全性の確保など「薬害の再発防止」につながる目的を“大義名分”に掲げ、新たな行政組織の創設へと結論を導いている。新たな組織に必要な人員は、「承認審査関係で約500人、安全対策関係でこれに匹敵する規模の要員として約300人を確保して、現行計画より300人程度の大幅な増員を図る」などとしている。
医薬品の承認審査をめぐっては、海外で使用されている薬が国内で使えない「ドラッグ・ラグ」が問題となっており、開発から承認審査までのスピードアップを図るため、「PMDA」の審査官を大幅に増やす必要性が指摘されている。一方、薬害の再発や副作用被害の拡大を防ぐ観点から、「承認審査や市販後の安全対策に当たる職員を増やすべき」との主張もあり、承認審査の問題は「ドラッグ・ラグの解消」と「薬害の再発防止」の二つにかかわる。
今回の検討委員会は、薬害の再発を防止するために医薬品行政の在り方を見直すことが本来の狙いだが、舛添厚労相と官僚、薬害被害者、PMDA関係者など、それぞれの思惑が複雑に交錯している。承認審査や安全対策に当たる職員を増やし、新たな独立した機関を設置するという点では一致しているが、「設置場所」や「組織の在り方」をめぐって意見が分かれており、医療事故の調査に当たる「医療安全調査委員会」の創設に向けた議論に似ている。
■ 「国民のための組織を」―舛添厚労相
この日の会合での意見交換で、寺野座長は「議論が十分に煮詰まらなくてもいい。(A案とB案の)両論併記もありうる」と前置きした上で、意見を求めた。
清水勝委員(西城病院理事)は、新たな組織の独立性を強調し、「厚労省は医療行政などの将来像を考えることに注力すべきで、ほかにやることがある。(新たな組織は)独立性の高い、義務と責任を持った機関として明確に位置付けるべきだ」と述べた。
これに対し、花井十伍委員(全国薬害被害者団体連絡協議会世話人)は、「国の権威」に縛られずに国民の健康や安全を考える組織をつくる必要性を強調。「厚労省の中でやるから今までこうなってきた。この検討会は、(厚労省という)組織を抜本的に見直す改革のためか。エイズやサリドマイドなどの問題が発生した時に『ちょこちょこ』とやってきたような会議と同じであれば、薬害の被害関係者が5人も参加する必要はない」と述べた上で、舛添厚労相の考えをただした。
舛添厚労相は「花井さんの考えはわたしの原点でもある。反省すべきは反省し、謝罪すべきは謝罪する。どういう組織でもいい。二度と薬害を繰り返さない、そういう目的が遂げられればいい」と答え、現在の厚労省が薬害の再発などを防止できるような組織になっていないことを批判した。
「今までなぜ、こういうことが起きたか。参院の比例代表に日本医師会から推されている人がいる。歯科医師会から推されている人、薬剤師会から推されている人がいる。そういう方々は厚生労働大臣にふさわしくない。医師会の代表者は医師会に反対できないから、厚生労働大臣になってはいけない」
舛添厚労相は、組織の中では自由な発言が制約されることを問題視し、自由な議論ができる組織をつくる必要性を強調。「22歳で役所に就職して定年までいれば、どんなに優秀な人でも組織人として振る舞う。そうではなく、『この薬は危ない』と言える自由なフォーラムみたいな組織にすべきだ。最後は大臣が責任を取る。そのために使いやすい道具を使えばいい。国民のために薬の安全性を判定できる組織であればいい」
■ 「義務と責任」―A案
舛添要一厚生労働相が所用で退席した後、寺野彰座長(独協医科大学長)が「もう少し時間を掛けて議論したい。本日は(A案かB案か)結論を出す必要はない」と述べた。
西埜章委員(明治大法科大学院教授)は、薬害被害などの問題が発生した場合の責任の所在について、「大臣が最終責任を負うと言うが、『国』が負うのか『大臣』が負うのか」と質問。承認審査や安全対策などの業務を独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA、近藤達也理事長)が一括して担当するB案を採用すると、「何のために、なぜ国が責任を負うのかがはっきりしなくなる」と述べ、公的な権限の裏側にある「義務と責任」を強調した。
それまで沈黙を守っていた厚生労働省の高橋直人・医薬食品局長が、ここで発言。承認審査や安全対策などの薬事業務を「医薬食品局」などに一括するA案と、独立行政法人の「PMDA」に一括するB案について説明した上で、次のように述べた。
「責任という言葉のとらえ方だが、(舛添)大臣は法律的なガチガチの意味ではなく、もう少し一般的な意味でお使いになったのだろう。法律的な意味で言えば、承認審査は行政処分であり、安全対策に必要な措置も行政処分。これは独立行政法人にはできないので、法的な責任は国にある」
ここで清水勝委員(西城病院理事)が、医薬品行政の監視などを行う組織の設置も含めて議論する必要性を指摘し、「A案かB案か」という議論を疑問視。財団法人いしずえ(サリドマイド福祉センター)の事務局長を務める間宮清委員がこれに賛同し、「B案は丸投げ、A案は元に戻す案だが、ただ戻すだけでは十分ではないので、監視機関について真剣に考えていただきたい。この話を別にして、A案かB案かは議論できない」と述べ、他の委員からも“二者択一的な議論”に否定的な意見が出された。
また、「PMDA」の運営費用の一部が製薬企業などからの収入で賄われていることを理由に、B案に否定的な意見も出された。清澤研道委員(長野赤十字病院院長)は、独立性や中立性が担保される組織である必要性を指摘し、「いろいろなところからお金が来ると、独立性は保てなくなる」と述べ、A案を支持した。
■ 「自由な議論ができる組織を」―B案
薬害が発生した場合の体制など、担当組織の「義務と責任」を求める意見が相次ぎ、議論が厚労省側のペースで進む中、元PMDA審査官の小野俊介委員(東大大学院薬学系研究科准教授)が、「皆さんの意見とわたしは全く逆だ」と声を上げた。
「権限とか、国(の組織)が良いなどと言うが、今までさんざんひどい目に遭ってきたのではないか。『よくお人よしになれるな』と思う。(医薬品庁などの)『ハコ』が重要なのではなく、組織の中で働く人が国民のことを考えて正しい判断を下せることが重要なのではないか。人を増やしたとしても、悪人が増えたら悪いことが増える。安全対策や承認審査をする人にとって、どのような組織が良いかを考えたとき、『公務員型』ではさまざまな制約に縛られて、正しく動けないのではないか。国民の健康を最大限に考えられる組織として、わたしはB案に賛成したい」
山口拓洋委員(東大大学院医学系研究科准教授)もB案に賛成した。「公務員という立場だと、組織に縛られてしまう。(重い副作用が発生した抗がん剤の)イレッサに関して、PMDAでは自由な議論ができた。C型肝炎事件はPMDAに審査業務が移る前のこと。現在は、現場を知っていて患者のことを分かっている専門家が科学的な評価をしている」と述べ、「PMDA」の審査官が正しく判断できる組織をつくる必要性を訴えた。
堀明子委員(帝京大医学部付属病院講師)も「上司に反論できる組織、自由に議論できる組織をつくっていかなければならない」として、B案に賛成した。
■ 薬害被害者の願いは届くか
厚労省は、来年度予算の基本となる夏の概算要求に反映させるため、「中間とりまとめ」を急いでおり、次回7月7日の会合で、大筋の了承を得たい考え。質疑で、泉祐子委員(薬害肝炎全国原告団)が「これを取りまとめないと、予算が取れないのか」と尋ねた。
厚労省側は「具体的な対策を提案していただければ、それだけ実現につながる」と回答。寺野座長は「十分に議論が煮詰まらなくてもいい。(A案とB案の)両論併記もありうる」と説明した。
薬害の再発を防止するために担当職員を増員する必要があるという点では、薬害被害者の団体も一致しているものの、新たに創設する組織の在り方などに関しては、慎重な議論を望む声もある。
薬害肝炎事件を担当した弁護士の水口真寿美委員は、6月30日の検討委員会に提出した意見書の中で、「中間報告書の取りまとめに当たっては、被害者の方々が納得できる説明と討議時間の確保についての配慮が必要」と求めている。
また、検討委員会の目的として「薬害の再発防止」が挙げられているにもかかわらず、審議の重点が「市販後の安全対策」に偏っている点を問題視する意見もある。大平勝美委員(はばたき福祉事業団理事長)は、検討委員会に提出した意見書の中で次のように述べている。
「薬害事件・副作用事件が起きたことから、その検証として再発防止策を検討する位置付けだが、事件が『起きない』、事件を『起こさない』構想はないのか。事件後の後始末を考えていくと、専門家や法律家などの、言葉は悪いがよりクールな関係に基づく議論が先行し、ヒューマンな信頼感を構築していく、医・薬・患者で協同していくこれからの医療づくりに逆行している」
水口委員も、意見書の中で同様の懸念を示している。
「論点整理は市販後安全対策を中心に行われているが、言うまでもなく、医薬品・医療機器の安全性を確保し、薬害を防止するためには、市販後の安全対策だけではなく、承認審査段階での安全性の吟味が必要。市販後に社会的な問題となる副作用被害の例を見ても、多くの場合、承認前の段階において、動物実験や臨床試験において示されていたシグナルが軽視されていたという場合が少なくない」
この検討委員会には、「薬害肝炎事件の検証」と「再発防止のための医薬品行政の見直し」という2つの目的がある。
薬害の再発を防止するためには、医薬品の承認審査前の段階で、審査官が“先入観”を持たずに副作用などを分析・評価することと、市販後に安全対策を講じることの両方が必要だが、「中間とりまとめ案」では、「すべての医薬品は何らかの副作用を伴っている」「承認段階で得られる情報には限界がある」として、市販後の安全対策を重視している。
■ ■ ■
ある薬事の専門家は「100%安全な薬はないので、再発防止策とは安全対策のことを意味する」と話す。確かに、承認審査の時点で把握できる情報には一定の限界があるため、市販後に収集された情報に基づいて十分な安全対策を取ることが、「再発防止」に最もつながるだろう。しかし、薬害事件につながる原因が承認前の段階にあると疑っている人はいないだろうか。「薬害」の定義も不明確だ。予想される範囲内の副作用は「薬害」ではないという理屈が、患者の立場からは理解しにくい。
また、厚労省の組織の在り方を抜本的に見直すことが、「薬害の再発防止」につながるという考え方も分かりにくい。科学的に見える承認審査における判断が、“自由な議論”によって変化することが理解しにくい。今回、「薬害肝炎事件の検証」を検討委員会の目的にしたのは、開発段階から薬害発生までのプロセスを明らかにして、薬事の専門知識がない一般国民にも理解してもらうためではなかったか。
一方、「薬害の再発防止」を名目に、社会保険庁の解体で削減される職員の行き場を確保し、人員増による「承認審査の迅速化」でドラッグ・ラグを解消しようという官僚の思惑に、薬害被害者の団体は気付いていないのだろうか。「二度と薬害を繰り返してほしくない」という被害者の願いが、置き去りにされてはいないか。
厚労省の抜本的な改革を目指す舛添厚労相と厚生官僚との対立のはざまで、薬害被害者の思いは揺れていないか。
コメント