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(投稿:by suzan)
弁護士が語る医療の法律処方箋 第14回
厚生労働省第三次試案
医療安全には問責型より改善型がふさわしい
井上 清成
弁護士、医療法務弁護士グループ代表
The Mainichi Medical Journal May 2008 Vol.4 No.5
第二次試案と同じ第三次試案
2008年4月、厚生労働省より「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案ー第三次試案」が公表された。2007年10月に公表された第二次試案に比べ、細かな配慮が行き届き、さまざまな反対意見に注意を払っている。しかし、はなはだ残念なことに、その実質は第二次試案と同一のものにすぎない。
医療安全の確保策には大きく分けて2つの型があると思う。1つは問責型(責任追及型)であり、もう1つは改善型(研究改善型)である。第三次試案も第二次試案と同じく、やはり問責型(責任追及型)を採用した。このことは、医療安全調査委員会の主用な役割が調査報告書の作成・公表・活用にあることに端的に現れている。
調査報告書という名の鑑定書
調査報告書には、事故原因を分析・検討したうえで改善策を提案するタイプ(提案書型)と責任の有無を評価・判断するタイプ(鑑定書型)があると思う。第三次試案では第二次試案と同じく、鑑定書型(責任の有無を評価・判断するタイプ)を採用した。
きわめて単純化した例で説明すると、たとえば薬剤取り違えの事例があったとする。鑑定書型では「薬剤の取り違えは著しい不注意に基づく」と評価・判断されよう。これに対し、提案書型では「薬剤を取り違えやすい原因は容器が同じ色であることが考えられる」などの改善策が示される。
そもそも鑑定書は、刑事・民事・行政の各種の責任を追及するために、その証拠資料として自己責任原因を認定するものに過ぎない。改善提案書とはその性質が全く異なっている。
問責型の下での事故届け出義務化
確かに第三次試案で明示されたとおり、「委員会は医療関係者の責任追及を目的としたものではない」し、「これらの評価・検討は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない」。しかし、責任追及の機能は有しているし、現に責任追求の結果に導くであろう。
責任追及の機能・結果を内在する問責型の医療安全確保策の一環として、医療死亡事故の届け出を網羅的に義務化するのも適切でない。憲法第38条の黙秘権の保証の趣旨に反し、医療関係人の人権を侵すからである。そもそも医師法第21条の異状死届け出制度にこの黙秘権の問題があったからこそ、医療関係人の人権を守るためにこの法律を改正することにした。そして、医療安全調査委員会創設の議論が始まったはずであった。このままでは元も子もないかもしれない。
中央委員会からのトップダウンでの改善
医療安全調査委員会はその名のとおり「医療の安全の確保を目的とし」ている。そのうえで「調査報告書を踏まえた再発防止のための対応策として、中央に設置する委員会は全国の医療機関に向けた再発防止の提言を行う」こととした。
しかし、どうも再発防止策の提言という改善策の位置づけは高いようには思えない。調査報告書という名の鑑定書を踏まえての改善策では、あまり有効で適切なものは期待できなさそうなのである。そもそも、医療の現場から遠く離れた中央委員会からのトップダウンは、改善という側面にはふさわしくない。厚労省の改善命令も、むしろ改善よりも問責の側面が強くなりがちであろう。
やはり研究・改善は、医療の現場における真摯な分析・検討と、現場の実情・実態を踏まえた医療現場の関係者による発案・提案こそが適切である。トップダウンでなく、ボトムアップの方式こそが医療安全確保策としてふさわしい。だからこそ、中央集権的な問責型よりも医療現場からの改善型が望ましいと思う。
医療安全の停滞のおそれ
もともと問責型(責任追及型)は、営利目的などに基づく無謀な医療や、反道徳的なほどの怠惰な医療に対しては強いインパクトを有するだけに、その有効性は否定できない。しかし、そのような反倫理性の強い医療はごく稀である。そうすると、問責型を一般化してしまうと、大多数の通常の医療現場には責任追及のおそれのみが浸透してしまい、萎縮が蔓延しかねない。反対に、誠実に真摯に診療経過を院内で開示し、分析・検討し、提案・改善している、現在の病院内の医療安全対策の活動すらも萎んでしまうおそれがある。
皮肉なことに、第三次試案のままでは、その目的に反し、かえって医療安全の停滞を招いてしまいかねない。かなりの精力をさいて詳細な議論が積み重ねられており、まことにもったいないこととは思う。しかしながら、事は重大なので、とりあえずこのまま試行してみてはというわけにはいかない。昨今の厳しい医療現場を潰さないように留意しつつ、医療安全のために現場からの改善型を考慮しながらの抜本的な再検討が必要と思う。
こっちに書きます。
イギリス議会の医療安全のリポート
A safer place for patients: learning to
improve patient safety
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200506/cmselect/cmpubacc/831/831.pdf
読む(45ページもあった、ふぅ)と、個別情報は匿名かつNo punishment(刑罰なし)でも、医療機関からの報告は全部は医療安全局にはあがってこないようです。
やっぱり行政処分を恐れているみたい(実際には大丈夫なんだけど)で、報告を躊躇するんですって。
三次試案みたいに、行政処分どころか刑罰を視野にいれたら、だーれも報告しないのでは?
この件ではイギリスが、一番進んでいる国のひとつのようですよ。
投稿情報: 鶴亀松五郎 | 2008年6 月 3日 (火) 19:15
アメリカの在郷軍人病院のシステムは、医療安全のモデルになっているといわれています。国際的な医療安全の機関にも、アメリカ在郷軍人病院のシステムがモデルケースとして、取り上げられています。
アメリカ合衆国在郷軍人局
National Center for Patient Safety
Culture Change: Prevention, Not Punishment
http://www.patientsafety.gov/vision.html
要約すると、
診療関連死あるいは重大な障害が起こったときには、以前は関わった医療職の個人の名前をあげて、罰を下していたが、それは医療安全にはつながらないことはわかった。関わった個人を責める文化から、システムの問題として捉えて、何故それがおこったのを調べて、次の教訓につなげる文化の変った。
刑罰につながるのは、故意に重大な結果をもたらすような診療を行っときや、医薬品の濫用や特定の物質(麻薬など)の不正使用のときのみ、と限定しています。
(また、訳してみますね)
投稿情報: 鶴亀松五郎 | 2008年6 月 4日 (水) 23:55