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(投稿:by 僻地の産科医)
病院の未収金、具体策ないまま
新井裕充
キャリアブレイン 2008年6月27日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16831.html
「何の進展もない。『病院はなお一層の努力をして回収しなさい』という結論だけ」―。病院経営に深刻な影響を与えている診療費の未払い(未収金)問題の解決策を探ろうと、病院団体からの強い要望で昨年6月に設置された厚生労働省の検討会は、具体的な対策を見いだせないまま最終回を終えた。「保険者による未収金負担」や「応召義務の解釈変更」などの法的な解決策には踏み込まず、未収金の発生防止(事前対策)や回収の努力(事後対策)などを強調する厚労省の「報告書案」に対し、病院側の委員から不満が噴出した。
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厚労省は6月25日、「医療機関の未収金問題に関する検討会」(座長=岩村正彦・東大法学部教授)を開き、最終的な報告書案を大筋で取りまとめたが、病院側委員の不満は解消されていない。医療機関が抱える未収金をめぐっては、「診療費を支払う意思がない患者に対する診療義務があるか」という本質的な問題がある。例えば、飲食店で所持金がないことを知りながら料理を注文する行為には、詐欺罪が成立する。ところが、医療機関は所持金がない患者であっても、別の患者を診察していて応じられないなどの理由(正当事由)がなければ、診療の求めを拒否することはできない(応召義務、医師法19条)。
「応召義務」の立法趣旨については、医師免許がある者だけに医療行為を認めている(医業独占)から、その“反射的効果”として診療を拒否できないとする見解や、国民の健康権の尊重(憲法13条、25条)を理由に挙げる見解などがある。このような医師法19条の趣旨から、医師の応召義務は「国に対する公法上の義務」とする見解が多い。
ところが、医師の治療ミスなどの場合に負う「不法行為責任」や「債務不履行責任」などを争う場合には、「医師と患者との関係」に置き換わる。
これと同様に、患者が医療機関に対して支払うべき診療費(一部負担金)の未払いがあった場合、患者は「医療機関」に対して債務を負うのだから、債権者は医療機関であって、回収するのは医療機関であると解釈されている。
しかし、診療費を支払えないことが最初から分かっているのに、診療を拒むことができないとする医師法19条の「正当な事由」の現在の解釈を疑問視する声もある。また、「保険者」「医療機関」「患者」の三者の関係の法的なとらえ方の違いによって、未収金の最終的な負担者を「保険者」とするか、「医療機関」とするかが異なるため、法律構成を工夫することによって、未収金を「保険者」に負担させるべきとする見解も有力になっている(第三者のためにする契約説)。
これまでの検討会では、以上の論点に触れながらも、抜本的な解決策を示していない。東大法学部の教授が座長を務めたにもかかわらず、法的な解釈問題をことごとく回避し、「未収金問題の解決は医療機関の努力次第」というシナリオに沿った会議運営だった。
院内暴力の増加や救急車の不正利用など、患者のモラルが著しく低下する中、1949年の旧厚生省の解釈通知を維持していいのか、医療機関の自助努力に限界はないのか―。
■ 骨抜きの報告書案
報告書案では、未収金の主な発生原因を厚労省のアンケート調査から「生活困窮」と「悪質滞納」とした。しかし、正当な理由がない限り診療を拒むことができないとする「応召義務」(医師法19条)の解釈については、これまでの厚労省の見解を繰り返し、「医療費の不払いがあっても、直ちにこれを理由として診療を拒むことができない」と改めて明記した。
また、未収金の回収が難しいことを認め、「発生をいかに未然に防止するかが重要」とした。未収金の最終的な負担者を市町村や健康保険組合などの「保険者」とする法的な解決策には踏み込まず、「保険診療契約の解釈を議論するよりも、未収金をいかに発生させないようにするかを検討することが有用」として、医療機関の自助努力を強調した。
一方、病院が努力しても未収金が発生してしまった場合の「事後対策」として、保険者に回収を求める「保険者徴収制度」(健康保険法74条2項)の活用を挙げた。
しかし、同制度を活用するには、一義的に医療機関が十分な回収努力を行う必要性があることを指摘。市町村が保険料などを徴収する回収努力を引き合いに、「医療機関は、従来のような文書催告(内容証明付郵便)にとどまらず、踏み込んだ回収努力を行うことが必要」として、市町村と同様の努力を求めた。
質疑では「応召義務の解釈」と「医療機関の回収努力」に関する意見が相次いだ。
■ 医師法19条は削除できない
木村厚委員(全日本病院協会常任理事)は「応召義務を今後どうするのか。『今後の検討が必要である』などの記載を入れないとまずいのではないか」と指摘。「未然に防ぐという意味で言えば、院内の暴力患者などがトラブルを起こすので、『診療を拒むことができない』ということで終わっていいのか。応召義務の解釈について検討する場をつくるとか、今後の検討課題とすることなどを書くべきではないか」と不満を表した。
これに対し、厚労省の担当者は「検討して『どう解釈するか』という問題ではない」と一蹴(いっしゅう)。「社会通念上、(診療拒否が)是認されるかという問題なので、もし、法律の条項(医師法19条)をなくすことまで求めるなら、『それは検討することができない』というのが、われわれの立場だ」と回答した。
これまで、法的な解決策の議論を避けながら、医療機関の自助努力を再三にわたって強調してきた岩村座長も、厚労省の意見に賛同。「応召義務の解釈は医療制度の根幹にかかわる問題なので、軽々に議論できるわけがない。応召義務に関するやりとりは記録に残すので、了解してほしい」と理解を求めた。
河上正二委員(東北大法学部教授)もこれに加勢した。「医療は生存にかかわる重要な社会的資源なので、水道や電気などに比べると、ストップさせるときには慎重な配慮が必要だという話だ。厚労省の書きぶりは、そんなにぶれていない。(正当な理由があれば診療を拒めるため)厚労省は『必ず診療しろ』と言っているわけではない」
■ 病院の回収努力が不十分
報告書案では、事後的な対策である「保険者徴収」があまり活用されていない理由として、「医療機関が十分に注意義務を果たしていないこと」や「回収努力が不十分と市町村において判断されるケースがあること」などを挙げた上で、市町村の回収努力を次のように示した。
「夜間、休日における家庭訪問や詳細な財産調査など、(市町村は)相当な回収努力を行っており、医療機関においても、少なくとも同程度の努力が求められる」
市町村と同様の回収努力を医療機関に求める記載に対し、崎原宏委員(日本病院会理事)がかみついた。「私的病院では(患者の)財産調査などできない。この部分は削除すべきではないか」。畔柳達雄委員(弁護士)も「この部分が引っ掛かった。『夜間、休日』とあるが、全国の市町村が本当にこんなにやっているのか」と同調した。
これに対し、厚労省の担当者は市町村の回収努力を強調。「年度末に管理職が個別訪問することが一般的に行われている。(患者宅に)かなり足を運んでいることは間違いないので、そういう意味での努力だ。財産調査をするという意味ではない」と説明したが、崎原委員は引かなかった。
「市町村は税金の滞納対策などで努力していることは分かっているが、それは市町村の職員の仕事だ。病院が未払い金を回収するのは、もともと(病院の仕事として)想定していない、後から発生した仕事。事後的な対策に限界があるということは、病院でも、この検討会でも認めているので、そのあたりとの整合性をうまく書いていただきたい」
議論の末、「医療機関においても、少なくとも同程度の努力が求められる」との部分を削除することで一致したが、病院側委員の不満は解消されなかった。
■ 救急医療が止まる
報告書案では、医療機関に「従来以上の回収努力」を強く求めた上で、回収が困難な患者がいる場合には保険者にその情報を提供するなど、未払い患者の情報を市町村などと共有する必要性を示している。
これに対し、小森直之委員(日本医療法人協会医業経営管理部会員)は次のように述べ、事前・事後の「対策」を強調することに伴う危険性を指摘した。
「今回の最終的な取りまとめをすべての病院が見ている。この報告書だけが提示されると、何の進展もない。『病院はなお一層の努力をして回収しなさい』という結論だけが出る。ほとんどの医療機関が報告書の結果を待っているので、本格的な回収はしていないだろう。この報告書が出ると、回収が始まると考えていい。また、暴力患者や未払い患者などのリストが地域の病院に回っているので、救急医療が止まる可能性がある。対策ばかりを強調すると、『患者を診ない』ということが起こらないか」
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