(関連目次)→性感染症と中絶について考える
(投稿:by 僻地の産科医)
エイズにおける日和見感染症の早期発見と最適治療
長崎大学医学部・歯学部附属病院
感染制御教育センター教授
安岡 彰
(日医雑誌第137巻・第1号/平成20(2008)年4月 p78-79)
①HIVにみられる日和見感染症の現状
日本においてはHIV感染者の増加のみならず,免疫不全が進行し日和見感染症を発症した患者,すなわちエイズ発症者も年々増加している.
HIV感染症は効果的な抗ウイルス療法(highly active anti-retroviral therapy ; HAART)の開発と普及により,もはや致死的な疾患ではなくなった.これは患者予後の改善にとどまらず,患者に対する差別意識の改善や,医療従事者の感染に対する恐怖心を低下させるのにも役立った.一方,リスクが高い行為を抑止する効果も低減した可能性が高い.現状では早期発見のための啓発も十分とはいえないため,無症状の間に自発検査で発見される患者の比率はさほど高くない.この結果,重篤な日和見感染症で医療機関を受診し,HIV陽性/AIDSと診断される患者の数が増加していると考えられる.
このような背景から,日本ではHIVにみられる日和見感染症を一般臨床医が診断し適切に治療することが,患者予後の改善に重要な役割を果たしている.日本の現状を解析し,適切な診断・治療のための情報を提供するために,厚生労働省エイズ対策研究事業「重篤な日和見感染症の早期発見と最適治療に関する研究」班が研究を進めている.
全国HIV拠点病院の協力を得て研究班で集積されてきたデータをみても,日和見感染症は増加の一途にあり(図1),エイズ指標疾患の発生比率は図2に示すごとくである.指標疾患のいずれかを発症した患者の死亡率は年々減少しているものの,2005年でも約10%と高く(疾患別累計では悪性リンパ腫の47.5%からカンジダ症の9.1%に分布),日和見感染症を発症することはHIV感染者にとって大きな予後悪化因子となっている.
②日和見感染症の早期発見
日常診療のなかでHIV感染症に合併した日和見感染症を発見するためには,HIV感染症でよく認められる感染症の特徴と,HIV感染のハイリスク要因を知り,一般的疾患とのわずかな差異を認知する必要がある.表1に日和見感染症の特徴的所見からみたHIV感染症を鑑別すべき病態を列挙した.特に,表2のような背景を認める場合はHIV感染を疑って積極的にHIV抗体検査を行うことが望ましい.
HIV抗体検査は,必要時には保険診療で検査が認められている(間資性肺炎等後天性免疫不全症候群の疾患と鑑別が難しい疾患が認められる場合と,HIVの感染に関連しやすい性感染症が認められる場合でHIV感染症を疑わせる自他覚症状がある場合).HIVの早期発見は医療費削減にも寄与することから,必要時には検査が行われるべきである.検査には患者の同意が必要であるが,必ずしも文書での同意が求められているわけではなく,「今の疾患から万一のことを考えて念のために検査を」というスタンスで口頭による簡潔な説明と同意を得るなど,病院でのHIV抗体検査をより拡充する必要がある.
③日和見感染症の治療―免疫再構築症候群との関連において
免疫不全で起こった日和見感染症の治療ではHAARTを併用することは理論的には正しいものの,実際は治療の複雑化や薬剤相互作用,副作用の相乗などで困難であることが多い.このため,有効な治療法が乏しい進行性多巣性白質脳症やカポジ肉腫,悪性リンパ腫などを除き,早期からのHAART併用は行わない場合が多い.
また,高度免疫不全状態での日和見感染症には免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome ; IRIS)の問題が発生する.これは免疫不全状態(おおむねCD4<100/μ/)で抗HIV療法を開始すると,一旦治療して改善していた日和見感染症が悪化したり,治療開始時点では顕性化していなかった潜在的日和見感染症が急激に顕性化する現象である.この対策としては,先行する日和見感染症がある場合は十分な治療を行ってから抗HIV薬を開始すること,IRISと思われる日和見感染症の発症がみられた場合には適切な治療薬と共に副腎皮質ステロイドホルモンによる過剰な炎症のコントロールを行うことが知られている.さらに主要な疾患に対する発症予防投薬を短期間であっても行うことにより発症率を下げることができる可能性が示唆されており,現在検討を行っている.
新規HIV感染者の急増により,これまで診療に当たったことがなかった医療者にも,突然目の前に患者としてHIV感染者がやって来ることがある時代であり,基本的な日和見感染症の診療の考え方を理解することはすべての医療者に必要な知識になってきている.
コメント