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(投稿:by 僻地の産科医)
書類送検時での実名報道に県医師会が異議
報道のあり方を考える
M3com 橋本佳子
「新聞社が、実名で報道したことは、医療従事者に大きな不安を与え、救急等の医療現場に混乱をもたらし、 今以上に医療の崩壊につながりかねないことを憂慮するものである。このような視点から長野県医師会として、実名報道に遺憾の意を表明するとともに警察及び報道各社に慎重な対応を求める」
長野県医師会は5月29日 「厚生連佐久総合病院の医師の書類送検時における実名公表について」(PDF)という声明を出し、医療界で話題になっています。
5月13日から14日かけて、「救急外来において適切な検査、治療をせず、クモ膜下出血で死亡させたとして、業務上過失致死の疑いで、男性医師を書類送検した」という新聞報道がされました。これを報じた新聞・専門誌7誌中、3誌が実名報道を行い、これを問題視したのが長野県医師会の声明文です。
「医師」「業務上過失致死罪」「書類送検」をキーワード に、最近の報道を調べてみました。対象としたのは、朝日、日経、毎日、読売の4紙。使ったのは、「日経テレコン」のデータベースです。 複数誌に掲載されていた事例としては、下記があります。
◆京大病院の事例(脳死肺移植手術の約半年後に患者が死亡。2008年3月13日に医師3人が書類送検)
朝日、日経、毎日、読売→全紙とも匿名
◆独協医科大学越谷病院の事例(心臓手術直後に患者が死亡。2007年7月20日に医師2人が書類送検 )
朝日、毎日、読売→3紙とも匿名(日経は掲載が見当たらず)
これに対して、福島県立大野病院の際は、全紙とも逮捕時から実名報道です。
◆福島県立大野病院の事例(帝王切開手術後に女性が死亡。2006年2月に担当医が逮捕、3月に書類送検)
逮捕時:朝日、日経、毎日、読売→ 全紙とも実名
書類送検時:朝日、日経、毎日、読売→全紙とも実名
医療事故で書類送検されても、起訴に至らないケースは少なくありません。さらに、日本の起訴後の有罪率は極めて高く、全体では99%とも言われていますが、医療事故に限ってはこれより低いのが現実です。書類送検の段階での実名報道が妥当かどうか、報道各社も明確なルールが定められないからこそ、実名か匿名か、今回の報道が分かれたのでしょう。
実名報道の問題は、警察の対応にも関係します。今回の長野県のケースでは、県警の広報課は、「公益性と事案の 軽重を総合的に判断して発表している」とコメントしていると報道されています。この「総合的」は、解釈の余地がある表現です。
この議論には、警察や報道機関に任せず、医療界自体も加わっていくことが必要なのでしょう。その表れしょうか、 今回の長野県医師会の対応に、医療界では支持する声が多数上がっています。
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