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(投稿:by 僻地の産科医)
朝日メディカル先月号から。
深部血栓静脈瘤についてですo(^-^)o ..。*♡
新潟県中越地震における
肺塞栓症と深部静脈血栓症
~災害避難生活を考える~
榛沢和彦
新潟大学大学院呼吸循環器外科
(Medical ASAH1 2008 April p58-61)
2004年10月23日午後5時56分、マグニチュード6.9の新潟県中越地震が発生した。電気、ガス、上下水道などのライフラインはことごとく破壊され、被災者は日暮れ早い晩秋の暗闇の中での避難を余儀なくされた。その多くは、灯りと暖、ラジオからの情報を求めて、自宅そばに治めた自家用車中に避難した。地震直後、震源地近くでは住民の半数以上が車中避難したと言われ、震災後6日目でも1万人以上の車中治者がいたことが報道されている。
車中泊避難者3人の突然死とPEの高発生率
災害時にこのような車中泊避難が大規模に行われた経験は世界でも例がなく、その弊害についても予想されてこなかった。航空機などで長時間座しているとエコノミークラス症候群、いわゆる肺塞栓症(pulmonary embolism ;PE)が起きることは知られていたが、その頻度は欧米人が10万人に1人に対して日本人では10万人に0.025人とされ(成田空港の検討)、日本人などのアジア人では少ないとされていた。しかし、中越地震では少なくとも震災後1週間以内に11人がPEを発症した。これは車中泊避難者が当時仮に10万人いたとしても、日本人の航空機によるPE発生率の約44O倍に当たる。
地震直後から、体調を崩す車中泊者が多いと報道されていたが、震災6日後の10月29日に2人、さらに30日にも1人が突然死し、この3人の死因はPEであった。肺塞栓症研究会の調査によると、中越地震後1ヵ月以内に100床以上の病院でPEと診断された被災者は11人で、そのうち10人は女性であった。また11人中4人が死亡し、死亡者は全員50歳以下の女性であった。家族の証言などによると、死亡者は車中泊の際に夜間にトイレに行っておらず、4人中3人は睡眠薬を服用していた(表)。
DVT有病率の経時的変化
PEの90%以上は下肢深部静脈血栓症(deep veinthrombosis ; DVT)が原因となるため、10月31日から被災地で下肢静脈エコー検査を始めた。その結果、震災2週間以内の被災者78人(車中治68人)の38%に下腿静脈のDVTを認めた。またDVTを認めた被災者のほとんどは3泊以上の車中泊をしていた(図1)。さらに血液検査を行ったところ、DVTがあると上昇する血漿中のフィブリンモノマー複合体(fibrin mononler cornplex ; FMC)が、自宅や避難所にいた被災者よりも車中治者で有意に高かった(図2)。
そこで、マスコミから車中泊避難は危険であること、2泊以上すべきでないことなどを呼びかけてもらい、さらに車中泊者や希望者にDVT予防ぐ台座のための弾性ストッキングを配布した。この頃既に車中泊経験者の多くが下肢腫脹・疼痛などを訴え、下肢静脈エコー検査でもヒラメ筋静脈の拡張所見を多く認め、特にDVT保有者で拡張が顕著であった(図3)。
車中泊による下肢静脈への負荷が懸念されたが、震災から1ヵ月が過ぎても車中泊は解消されなかった。
下肢静脈エコー検査を継続的に行っていたところ、3カ月たってもDVTの有病率は10%以下にならず(図4)、また、1年後の05年9月~06年1月に行った大規模な検査では、新聞、ラジオ、テレビ、広報などの呼びかけに集まった被災者1531人の7.7%に下腿静脈のDVTが見つかった。震源地に近い震度6~7の小千谷市では8%、震度5~6の長岡市と十日町市では5%と、震度とDVT有病率の関連も疑われた。
被災によるDVT、車中泊で悪化?
06年3月、新潟県および新潟県医師会と共同で、中越地震被災地と環境のよく似た山間部豪雪地帯である新潟県阿賀町の一般住民367人を対象とした中越地震対照地検査を行った。その結果、阿賀町のDVT有病率は1.8%であったことから、被災地で1年後に見つかったDVTも地震の影響であることが示唆された。
また、地震発生2ヵ月以内のDVTは明らかに有意に車中泊経験者で多かったが、地震発生1年後のDVTは車中泊の右舷に関係なかった(図5)。したがって、中越地震のPEは震災をきっかけに起きたDVTが車中泊により悪化したものと考えられた。また1年後の被災地で地震と関連あるDVTがいまだ多かったことは、大震災で発生したDVTが遷延しやすいことを示していると考えられた。
さらに車中泊に使用した車種と1年後のDVTとの関連を分析したところ、軽自動車とセダンは避難所よりも有意に1.5倍の発生率であった。また有意差は認めないもののワゴン車では避難所の0.4倍の発生率であった。これらのことと前述した地震直後の検査で、DダイマーやFMCが自宅避難者よりも避難所避難者で高かったことも含め、避難所でもDVT発生の危険性があることが示唆された。
これらの結果をもとに新潟県、新潟県医師会、新潟大学と共同で06年8月に「新潟県中佐大震災被災地住民に対する深部静脈[厄栓症(DVT)/肺塞栓症(PE)の診断、治療ガイドライン」を作成し、新潟県のホームページに公開した。
さらに中越地震2年後の06年10・11月に小千谷市と十日町市で、336人に前年と同様の検査を行った。その結果、中越地震2年目に初めて検査を受けた222人のDVT頻度は5.2%であり、対照地の1.8%より高率で、震災によるDVTが遷延していることが明らかになった。
能登半島・中越沖地震で生かされた中越地震の教訓
こうした中で07年3月25日に能登半島地震が発生した。中越地震の教訓から、車中泊しないように地震直後から行政とマスコミは指導した。しかし避難所にいてもDVTが発生すると分かっていたことから、早期の検査が必要と判断し、金沢大学、富山大学と共同でDVT検査を行った。3月31日には輪島市の避難所にいた128人(車中泊なし)に検査を行い、そのうち8人(6.25%)に下腿静脈のDVTを認めた。対照地検査結果の1.8%よりも多かった。
そして、07年7月16日には新潟県中越沖地震が発生した。地震発生2目後の7月18日から検査を開始した結果、18~24日までの449人(車中泊30人)のうち31人(6.9%)に下腿静脈のDVTを認め、さらに新潟県・新潟県医師会と共同で行った28~29日の検査では546人(車中泊193人)のうち18人(3.3%)に下腿静脈のDVTを認めた。これらの結果と中越地震での教訓から、「車中泊をしない。車中泊をしても連泊しない。車中では足を上げる」などの予防策でDVT頻度は低下すること、避難所でも震災直後ではDVTが発生するが、その危険性は時間経過で低下することなどが判明した。また地震披害が大きく震源地に近い避難所でDVT頻度が高いことから、震度との関連も判明した。
たこつぼ心筋障害もお忘れなく。
http://www.jhf.or.jp/shinzo/mth/images/History-38-8.pdf
投稿情報: 麻酔科医 | 2008年6 月17日 (火) 22:53