(関連目次)→医療事故安全調査委員会 各学会の反応
(投稿:by 僻地の産科医)
個人用のパブコメ中間発表の整理を始めてみました。
OCRですので、誤字脱字はお許しください。
あとざっと独断と偏見でまとめを。
【1】40歳 医師
重大な過失の定義について、標準的な医療行為から著しく逸脱した行為とありますが、「標準的な医療行為」の定義自体がない疾患も多く、また併発症が多い場合は、一つ一つの疾患についての標準的な医療行為自体が他の併発した疾患に対しては著しく逸脱した医療行為だったりする場合もあり、どのように判断するのか想像もつきません。
またそれまで禁忌だった薬が特効薬になることもあり、また「標準的な医療行為」とされていた治療法が、数年後には有害なことがわかって誰もやらなくなるような治療法もあります。
医師からすれば、「標準的な医療行為」という定義自体が机上の空論で存在しないものであり、よって「重大な過失」自体を決めることは不可能だと思われます。
刑事告訴については故意のみにすべきと考えますし、故意犯の場合は現行の殺人罪や傷害罪が適応されると考えます。そうすると刑事告訴そのものの規定が不要ではないかと考えます。
≪勝手なまとめ≫
・重大な過失の定義について不明
・刑事告訴については故意のみにすべき
【2】57歳 勤務医
救急病院の57歳勤務医です。
医療事故や医療関連死の原因を究明し予防することは必要です。
原因が判明してから、重大な過失と判定したり処罰すると、必要な証言と証拠が手に入らなくなりますから航空や海難審判同様に原因究明と改善だけに機能を絞り込むべきです。
裁判には再審性があります。
技術的な未熟さで間違った原因を結論として採用することが予測されます。
治療した患者の少なくない比率で死因が究明出来ないことが日常判っています。
重症消耗性疾患では抗生剤の使用で感染性腸炎になり低栄養から衰弱し死亡しますが、重症疾患、抗生剤投与、感染、不十分な栄養療法のどれが死因かは判りません。
再審性が保証されないと、過失判定と処罰施行は公平性が失われると思います。
2000年から2002年にかけて血管内留置カテーテルと回路の接続が外れ、出血で死亡した事故が多発しました。
現在も原因不明とされ、看護師のミスで済まされています。
2年間多発し、2003年から事故が起きていませんから、原因はカテーテルや回路に問題があったはずです。1998年のデマから始まったダイオキシン騒動で塩化ビニールが2000年から医療材料に使われなくなりましたが、回路の接合部は硬さと粘りが必要です。硬質プラスティックが代替品として使用されましたが、差し込み易く、すっぽ抜けない物性が初期の製品では出来ていませんでした。奥まできちんと軟め込み、スクリューロックをかけるとすっぽ抜けはありませんが、斜めに力を入れると、回路からはじき出されてすっぽ抜けます。粘りがないのでスクリューロックもねじ部分が摩耗し緩くなります。
硬質プラスティックは塩ビより粘りが少なく、差し込むときに広がって、蕨め込むと締め付ける
物性が得られなかったのですが、添加剤の使用量を大幅に増やして2年後にすっぽ抜けがない物性が得られました。
状況証拠しかありませんが、医師だけの原因究明でしたら過失とされるでしょう。
薬剤を投与した後にしっかり締めた記憶がないと証言していたら、重大な過失とはされないでしょうか。
航空事故や海難は原因究明のための努力が長く続けられ、一定の質が保証されています
が、医療事故は数が多く事故発生時の環境が再現出来ないため、米国を見ても原因の究明は不十分です。
時効のない再審性、誤審時の充分な保証、民事裁判で賠償された金槙の返還は期待出来ませんが、せめて再審性だけでも制度上用意するべきです。
≪勝手なまとめ≫
・原因究明と改善だけに機能を絞り込むべき
・システムエラーについての問題
【3】不詳
厚生労働省の第3案を見ましたが、重大な過失の定義がよくわかりません。
1. 「標準的な医療行為から著しく逸脱」はあいまいで、どうにでも適用できる。
2. 「重大な過失」は何を意味するかわかりません。
1)「横浜市立大学病院の患者取り違え手術」の場合は、重大な(個人の)過失になるのか、それとも、「タイムアウト」(手術直前に麻酔医、術者、看護婦が患者の名前、病気などを確認する作業を行うこと)(横浜市立大学病院の患者取り違え後、多くの病院でルーチンの作業となった)をルーチンに行わなかった組織が悪いのか.
2)都立広尾病院で、胃に注入するべき栄養剤を静脈に入れたのは、重大な(個人の)過失なのか、それとも両者の注射器を変えて、決して間違えて入れられないようにしなかった組織(最近は注射器がかえられている)の過失なのか。
1)も2)も執行猶予つきであるが、看護婦個人に対する有罪判決がでています。今後は刑事罰にしないのですか?
以上の2点があいまいで、法曹界も医学会も自分のいいように解釈している気がします。
≪勝手なまとめ≫
・重大な過失の定義が不明
【4】意見のみOK 病理医
病理解剖をする立場からの第三次試案に対する意見を述べさせて頂きたいと思います。
臨床医、病理医共に患者様の死亡原因を疑う場合には病院から委員会に届け出がされて、行政解剖あるいは司法解剖されることになると思いますので、そのような場合には病理医の出る幕がないとも言えると思います。
ということは、患者様の遺族が医療機関側の見解とは異なる考えを持って、死亡原因に医療事故を疑って調査委員会に届け出た症例の場合、解剖が行われていればそれは「病理解剖」ということになります。
「病理解剖」はそもそも病気が原因での死因を究明するためのもので、結論についても「病死」であることが大前提です。解剖の過程で異常死であることが判明すればそこで届け出が行われるのですから、結論が出されるまで届け出がなされなければ「病死」との判断になることは必至です。
しかしその結論が出た後に、遺族側から調査が申し出られて、調査委員会に資料を提出した結果「病死」ではなく「医療過誤死」との結論が出されたら、それは病理医にとってはより高位の死因確定機関に自分の出した結論を覆されることになります。その結果病理医の出した診断結果に対して「誤診」とかもっと悪い場合には「臨床医と共謀して証拠を隠蔽した」などとして民事訴訟の対象になることや刑事責任を追及される可能性については残されるのでしょうか? そうなりますと、病理医としてはご遺族の希望に従って解剖を行い、誠意を
尽くして診断し、調査委員会-の資料の提出等の協力をきちんと行ったばかりに罪に問われることになりかねないということになりますと、逆にご遺族が調査委員会に調査を申し立てたくても、病理医としては黙秘権を盾にすることでしか自分の身を守れないということにもなりかねません。そうなりますと、死因を究明して再発防止に役立てる、という調査委員会の趣旨にも大きな影響を与えることになると思います。どうか現場の医師による病理解剖の結果が調査委員会に資料として提出され、委員会の結論が病理解剖の結果と異なる場合には、提出された病理解剖について委員会の規定した必要要件をきちんと満たしていた場合には「あり得べき少数意見」として付記し、民事と刑事についての責任の対象とならないように配慮をお願いしたいと考えております。どうかよろしくお願いいたします。
≪勝手なまとめ≫
・病理解剖と医療安全委員会との運用齟齬や責任・取り扱いについての問題点
【5】40代 医師 なんちゃって救急医先生
私は、日々是よろずER診療というブログを書いています。ある地方の救急医です。
このブログの随所で、医療の不確実性について、ことあるごとに強調しています。医療は、不確実とともに限界があるのです。なぜなら、人の生死は、人為ではどうすることも出来ないからです。昭和時代の偉大な漫画家手塚治虫も、名作ブラックジャックの中で、こんな一説を残しています。
「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね・・.」
報道から私達にったわる状況はどうでしょう? 「死んだら、だれのせい?」という報道が多すぎませんか? 私はそう感じています。 この3次試案の理念も、所詮はその延長上にあるよ
うです。なぜなら、医療者の処罰に封しては、まったく法的効力をなしていない制度設計だからです。つまり、口約束です。もちろん、実際の現場では、自分やご家族の生死に関し、達観しておられ、自分の人生のお手本にさせていただきたくなるようなすぼらしい方々とも出会いますQこういう方々は、あまり報道では強調されませんが、人のもつ、潜在的な死に対す不安や防衛が個々の人々の心の中にあるからこそ、「死」の事例に対して、人の心が動くのでしよう。これは、社会的なマスで見れば、「死」の報道のニーズ(-知る権利?)へつながり、ニーズがあるからこそ、その方面の報道が活発になるという理屈になります。そして、報道が活発になれば~そのメディア効異により、多くの人の心に、いつの間にか「死はだれかのせい」という感覚が刷り込まれていくのではないのでしょうか? 今の社
会にはそういう循環による個人の心の形成がなされていると思います。つまり、医療という観点からみれば、これは、メディア報道の弊害だと私は考えます。医療機関、医療関係者を処罰でコントロールしようというという視点が大きすぎるからです。(行政処分46-49)
つまり、厚労省の役人の心も、今の社会事情に影響を受けているということに他ならないのでしょう。
だからといって、個人個人の死生観を変えろと国が強制するわけにはいきません。一人ひとりの心の問題は、社会システムで統制というより、哲学や宗教の助けを借りて、個人個人で深めて熟成させていくしかないでしょう。
では~私は、一地方の医療者として、この3次試案に関し、何を要望するか? 二つあります。
一つ目です。別紙3に関するところです。
刑事抑制の内容をきっちりと法文化してほしい。
二つ目です。16-21届け出のところです。
届出の基準が、これでは使えないので、変更してほしい。
3次試案P4の届出のアルゴリズムは、判断の分岐基準が、あいまいです。元々、医療の不確実性という観点にたてば、こんな基準では使い物にならないというのは、明白です。こんなんで運用されたら、現場は混乱のきわみとなります。
何が重要か?
届出に際し、医療者側と遺族側の間で、どれだけの納得が形成されているかこれに尽きます。ならば、これを中心に基準を作ればいいわけです。遺族の気持ちは、二転三転することは十分に置きえますから、そのこと-も想定において、私は、こんな届出基準の試案を作ってみました。こんな図です。
いかがでしょうか? 届出基準の参考にしていただければと思います。URLの図を次ページ引用。(略)
≪勝手なまとめ≫
・刑事抑制の内容をきっちりと法文化
・届出の基準がはっきりしない
【6】40代 医師
「刑事抑制」の内容をきっちりと明文化してください。「謙抑的に」という口約束だけでは信用できません。
「届出の基準」が、臨床の現場を理解していない者が作成したことが明らかで、全く役立たずですから、変更してください。以下に案を示します。(略)
≪勝手なまとめ≫
・刑事抑制の明文化
・届出基準のあいまいさ
【7】30代 医師 アメリカ留学中
私は現在、アメリカに留学しています。患者のために手術のスキルを習得し、それを日本に持ち帰り患者のために尽くしたいと思っているからです。留学ために(経済的、社会的、家族的に)多大な犠牲を払っています。その努力を全く顧みず、手術の結果のみを見て結果が書ければ行政処分・刑事追訴されかれない制度と考えています。
医療者が患者のために全力をつくして自分のスキルを発揮し向上させ結果として社会に対して医療を提供できる、医療事故の教訓を次の患者の医療に役立てる、という目的を達するための法的な保護(刑事訴訟などの抑制)の観点が、謙抑的-口約束に終わっています。
要望として、
刑事抑制の内容をきっちりと法文化してほしい。
届出の基準が、これでは使えないので、変更してほしい。
医師として、この事政調が刑軍訴追の既存ルートを「法的に」制約するものとなる事を期待します。無闇な刑事訴追が無いことが保障されるなら、行政処分の強化も受け容れる事が可能かと思います。
具体的には、こういう法律が作られるとよいと思います。
1.医療に関する(業務上)過失致死傷罪を親告罪とする。
2.医療安全委員会による「刑事手続き相当」意見を、刑事捜査着手および起訴の要件とする。
3.民事の医療紛争では、訴訟に調停(or認定ADR)を前置強制する。
厚生労働省が医療者側の意見を聞いてくれることを期待します。
≪勝手なまとめ≫
・刑事抑制の内容をきっちりと法文化
・届出の基準
【要望】
1.医療に関する(業務上)過失致死傷罪を親告罪とする。
2.医療安全委員会による「刑事手続き相当」意見を、刑事捜査着手および起訴の要件とする。
3.民事の医療紛争では、訴訟に調停(or認定ADR)を前置強制する。
【8】40代 医師
二次試案と比較し、受け入れやすいものになっていると感じますが、以下の事項については再度検討頂きたく思います。
(8)委員会の設置場所については医療行政について責任のある行政機関である厚生労働省とする考えがある一方で、医師や看護師等に対する行政処分を行う権限が厚生労働大臣にあり、医療事故に関する調査権限と医師等に対する処分権限を分離すべきとの意見も踏まえ、今後更に検討する。
調査委員会は厚生労働省とは完全に独立した桟関とし、行政上の思惑等が入らないようするべきと思われます。また、独立性を保つよう、十分な予算配分としっかりした組織構築を行うべきと思います。医療費亡国論、医療費削減の方針のもと、医師数は充足していると継続して主張し、現場の人手不足からくるヒュ-マンエラーをむしろ助長する政策を採用してきた厚生労働省内の機関とすることには強い違和感を覚えます。厚生労働省が医療行政について責任のある行政機関と自負するのであれば、これまでの自らの医療政策について総括し、明確な方針を示すべきです。
(40)過失による医療事政を繰り返しているなどの場合(いわゆるリピーター医師など)
この事項の過失の具体的な定義が不明なため、第三次試案の全体を損ないかねないと思われます。医療事故を繰り返すことにより、捜査機関への通知、立件が行われるとすれば、その医療事故の原因は以前のものも含め、個人の過失に起因するものであると調査委員会が結論付け、これを根拠とするものと思われます。つまり、~医療事故を個人の責任とし、懲罰的な姿勢で臨む方針が踏襲されているものと考えます。2回目をやってしまえば、刑務所ということであれば一度大きな事故に巻き込まれたら、萎縮し、侵襲的な処置は行えないことになります。地方での医師不足が問題となる中これにより特にリスクの大きい産科や、外科の医師はさらに減少するものと思われます。想定されるような、侵襲的な処置中に生命に危険がおよぶ場面はいわゆる緊急であり、振り返って100%正当な治療を行ったか否かを問い、その原因を一部であっても個人の過失に帰結させる結論となるなら、~2度目は無いということになります。さらに、2度目のあと、振り返って1度目も調査委員会が個人の過失と認めるのであれば、検察が1度目のときに起訴しないこと自体が世論や、マスコミにより不当とされる可能性が高いと思われます。これらは、悪質と考えられる場合のみを刑事訴追の対象とするとIいう方針とは相容れない条項になると感じます.従って、リピーターに関しては、医療上の問題と捉えた上で、行政処分の選択肢を広く設け、一定期間の医師免許停止と教育、適性試験あるいは技能試験を新設し、適用するなどの取り組みが妥当と思われます。医療事故の被害者家族は懲罰的な感情を当然もつものと思われますが、懲罰が刑事処分に限定されるものではないとも思われます。
段落の項目には記載がないと思われましたが、起訴については検察が謙抑的に運用する方針とするとしても、近日中に検察審査会の権限が強化されることが予定され、検察が起訴せざるを得ない状況が予想されますが、これについてどのような見解をお持ちでしょうか。業務上過失致死という刑事訴訟上の手続きについては一般化すれば、各分野での行政処分が十分でない場合に限って適応されるべきではないかと個人的には感じております。国家資格への行政処分は個人にとって大変厳しいものです。刑事訴訟法の見直しなど法曹界との折衝が肝要と思われますが、いかがでしょうか。
≪勝手なまとめ≫
・事故調査委員会の独立性を(厚労省とは切り放して!)
・リピーター医師という分類は不適格
・刑事訴訟法の見直し
【9】60代 医療機関管理 p23
1 (4)(5)
医師が萎縮することなく診療を行えることは、医療の向上や発展のみでなく、結局は患者である国民のためになり、勤務医の疲弊感を多少なりとも軽減するものと思われる。
事故の原因究明のみでなく再発防止に主眼を置いた点は大いに評価できる。
2 (13)
評価を行う際には事案発生時点の状況下を考慮した医学的評価を行う(27)③ ことからみると、委員会、調査チームに法律関係者、医療を受けるものの代表は必要でなくオブザーバーでよいのではないか。
(37)
解剖結果を当該医療機関に出来る限り速やかに情報提供することは高く評価できる。
今までは解剖結果が警察から公表されず院内での事故究明にもことを欠いていた。二次試案に対してかなりの改善が見られ今回の三次試案には賛成します。
≪勝手なまとめ≫
・法律関係者、医療を受けるものの代表はオブザーバーでいいのでは
・賛成
【10】40代 弁護士 p25
1. 今回の試案は、安心して医療を提供できる体制をつくろうという配慮が見られる。
2. 一方で、医師法21条の届出義務は、検案して異状が見られた、すなわち、外表から異状が認められたとする判例が出ているにも関わらず、この点十分共通の認識がないまま議論されたのではないかと懸念する。
3. 今回の案でも、各種訴訟リスクは従来どおり医師は負担するのであるから、医療提供者が安心して医療を提供できる環境の整備にはまだ道は遠い。将来は、医療裁判所を設置して、医療の専門家が正しい論理に基づいて法的紛争を解決する制度を作ることが喫緊の課題である。今回は、その途上の案として一定の評価ができる。 以上
≪勝手なまとめ≫
・各種訴訟リスクは従来どおり医師は負担するのであるから、医療提供者が安心して医療を提供できる環境の整備にはまだ道は遠い。
【11】30代 医師 p27
※主に別紙3の問2-2に対してのコメントです。
いくつか評価できるところはあると思います。安全調査委員会から捜査機関-の通知は抑制されたものとなっており、第21条との関係も以前よりよくなったと感じました。
しかし実際の実効性はどうなのでしょう。厚労省の政策やマスコミの誘導によりいまや医療は崩壊状態です。この人手不足の中で解剖医や臨床医は確保できるのでしょうか。委員会で検討する事案の件数の見込みや、事務方のコストなどはどうなのでしょう。
しかし最も気になることは、刑事告訴に関しては全く手がつけられていないことです。
この第三次試案では遺族から告訴があった場合は「警察は捜査に着手することになる」とし、この委員会の調査結果などを「踏まえて対応することが考えられる」、という記載だけです。
『まず安全委員会の判断を仰いだ上で捜査・起訴を行う』、といった法整備をしなければ、警察が委員会の調査結果が出るまで待つことは考えられません。もし法的裏付けなしに警察が起訴を待てば、今度は怠慢だと非難されるでしょう。
この点では第二次試案と変わっておらず、つまり、現在の刑事立件ルートはまるま
る残ったままです。
僕たち医療関係者は福島県立大野病院の事件では大きな衝撃を受けました。
亡くなられた患者さんやご遺族はとても気の毒であり、今後同様な事が起きないように対策を練る必要があります。医療は極論すればそうした症例の積み重ねで成り立っており、症例を吟味することは医療の根源です。しかしそうした報告書をきっかけに医療に精通していない警察・検察から刑事立件されました。しかしそもそもこの事件は多くの医師にとって刑事事件となるとは考えにくいものでした。医療は必然的に生命を扱うため大きな結果を伴いますが、死という悪い結栗があれば罪人扱いされる事に衝撃を受けました。医学的な調査、評価を受け、専門的判断されていれば(これは第三次試案で言う安全調査委員会が担える分野だと思います)このような警察・検察の独断専行はなかったのではないかと思います。
ましてやまだ公判も始まっていなかった時期に、福島県警はこの事件に対して「本部長賞Jとして表彰しています。同時に表彰されている事件は「強盗」「婦女暴行」「放火」「詐欺」などであり、警察が大野病院事件をどう考えているかが伺えます。
今回の第三次試案が実行されても、福島県立大野病院のような起訴は防げないでしょう。遺族が警察に相談しに行ったら、警察は遺族に「告訴したら動けるんだけど」と耳打ちすればいいだけの話です。
大事な家族を亡くした遺族の持って行き場のない悲しみ・憤りには深く同情します。
なぜ亡くなったのか知りたいという要望には十分配慮しなくてはいけません。またそのために遺族から安全調査委員会へ調査委依頼ができるのだと思います。しかし、遺族感情を利用した警察・検察の独走は見過ごすことができません。
第三次試案には、改善すべきところがたくさんあります。原因究明・再発防止のためであるならば、刑事に限らず、民事訴訟へも流用できないよう明示すべきです。しかし、何よりも一番にあげたい大きな欠点は、この試案では刑事告訴が放置されており、警察・検察の独断専行を防ぐことができない所だと思います。
≪勝手なまとめ≫
・刑事抑制はされていないことへの指摘
【12】40代 勤務医 p30
(2)科学的な真相究明・再発防止目的ならば、死亡にいたらぬいわゆるインシデント事例も含めるべきであり、死亡事故のみではきちんとした真相究明はできない。
(13)医療の専門家・法律家以外に有識者(医療を受ける立場を代表する者など)を入れる目的は何か。公正中立を保つためなら法律家の参加だけでよいはず。医療を受ける立場を代表する者を入れるのは、科学的または法律的な論議を交わすべき場に感情論を持ち込むことになり、収拾がつかなくなるのでは。
(7)に「責任追及を目的としたものではない」と明記したことは評価できる。しかし「捜査機関への通知」において(39)「故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例」が相変わらず抽象的で、拡大解釈の余地が非常に大きい瞭味な表現であることは変わっていない。
そして3. 「医療安全調査委員会以外での対応」で民事訴訟、行政処分、刑事手続については、委員会とは別に行われるものである。
となっている以上、医師が恐れる「医学的にまっとうなことをしても結果の重大性を持って裁かれるJ という問題は全く手つかずで残る。
たとえば産婦人科の減少に一役買った福島県立大野病院の事例などは、まさしくこの通りの構図である。院内調査委員会が出した結論を元に警察が動き、刑事訴訟に至っている。院内調査委員会と医療安全調査妻員会の違いがあるだけだ。これでは民事訴訟・刑事訴訟というムチはそのままで、さらに医療安全調査委員会というムチが新たに加わるだけ。医
療破壊のスピードがさらに上がるだろう。
また「行政処分」の項において
(46) (48)で医療機関に対するシステムエラー改善を勧告し、改善計画書を出させるなどとあるが、現状の圧倒的な医療費削減政策・医療従事者不足に起因するシステムエラーは、医療政策自体のエラーといえる。患者取り違え事件が典型的で、看護師が一人で二人の患者を搬送しなければならないという状態は、病院のシステム改善を勧告したところで看護師(あるいは助手)を余分に雇える経済状態を実現しない限り、改善のしょうがない。
場合によっては政府自体にもの申さねばならない機関となるわけだが、そのような機関を厚生労働省において機能するのか?理想を言えば、政府からも独立した機構とするべきではないか。
さらに全体的な問題として、
A)世界的にも医療事故に刑事罰を持ってあたる国は先進国にない。 そもそも過失を刑事罰としたところで,「人は誰でも間違える」以上過失がなくなるわけではない。むしろ医療や公共交通の事故においては、再発防止のために「個々の過失を闘わすミ自由に暮せる状態で原因を追及する」というのが事故を再び起こさないために必要なこと。今まで日本ではそれをせ吠個々の過失を追究することのみ行われてきたから、「システムエラー」が改善せず同じような事故を繰り返してきたのではなかったか。(薬の誤投与など)
B)先にも述べたが、警察が「謙抑的に」とか「といっている」という口約束では全く当てにならない。国旗国歌法で国会決議として「強制はしてはならない」としたにも閑わらず教育現場では実資強制され、場合によっては従わない教師が解雇されたりしているのは周知の事実だ。国会決議でさえこの始末なのに、「法務省とは話がついている」というようなことを言われても、「明文化」されないものは何の保証にもならない。
刑事訴訟になることを抑制し、萎縮医療を防ぐ事を目的の一つとするなら、「業務上過失致死傷を医療事故に関しては親告罪とする」とか、「警察は告訴があっても、医療安全調査委員会の調査を優先するJといった、いわば警察の「手を縛る」ような文言が必要となる。訴訟の前に何らかの手続きを優先するというのなら、刑法のような基本的な法律をいじるわけではないから、それほど難しいことではないはずだ。
C)即物的な問題として、厚生労働省の考えるような親織は非常に大きな金と人を必要とする。医療費削減で崩壊しつつある医療界からはとてもこんな金が出せるはずはないし、必要な人も膨大なものになる。解剖する医師にしても、病理解剖と法医学的解剖では視点が全く異なるし、どちらも長年人材不足にあえいでいる。どこから必要な金と人をひねり出すのか?特に人材は一夜にして促成栽培できるものではないだけに、重大な問題となるはずだ。どこからかき集めてくるつもりか?
≪勝手なまとめ≫
・死因究明目的であれば、きちんとインシデントまで含めるべき
・医療を受ける代表者を委員会に入れる意味について
・警察への通知基準があいまい
・厚生省や、政府からさえも独立した機関であるべき
・個人処罰に、事故再発防止の意味はない
・刑事と医療はそぐわない(世界基準で)
・刑事訴訟法の改正を
・現実的に予算と人材の不足の指摘
【13】 70歳以上 医療機関管理 p33
19. 医師法21集に基づく届出不要とあるが.医療安全調査費員会(全国)->地方の委員会、これで疑問が起こったら、警察へ届け出、となる苦だが、医師法21条の届出の24時間問題との関係は? 時間的に無理ではないか。
27.地方委員会は各県単位か、各医療圏ごとか.どちらをお考えですか。
30.地方委員会における「調整看護師」の育成の具体策は?
39. 医師法21条の届け出問題で上記の頼り返し、時間的なタイムラグを恐れる。
≪勝手なまとめ≫
・医師法21条との兼合いの心配
【14】 20代 学生(と書いてあるけれど、誤記で医師のような気がします) p35
10) 『調査委員会のメンバー選考に関して』本来こうした医療事故調査は医療者の中で自律的な仕組みとして行い、規範ある結論を導き、公に権威ある判断として公表すべきものであるべきでしょうが、すでに権威の旗頭であった大学医学部が新臨床研修医制度、独立採算制の導入などによって、臨床医学の権威を半ば失っている状態では、そうした自律的な仕組みに国民の合意を得ることもむずかしくなっているように思えます。そうしたことをふまえた上で、その調査委員会の構成メンバーに関して疑問があります。調査委員会の構成メンバーには臨床医学知識に長けたベテラン医師が案件に関する医学的妥当性の調査のために入ることになるようです。年間にどの程度の事例(それは2000件程度といわれているようですが)を見込んでいるかによりますが、いずれにしても個々の事案を各委員会で丁寧に調査を行い、議論をするためにはかなりの時間と招集のための費用が必要となります。一方で、そのような現役のベテラン医師をそうした委員会に参加させることで、その医師の所属する実地臨床現場ではその穴を埋める手だても必要になります。当然、その招集時間における病院収益の補償も必要となりますが、そうした人材、費用に関してはどこから捻出するのでしょうか?
全国で医師不足が叫ばれる現在、それだけの委員会を維持できるだけのベテラン医師の確保が実際に実現できるのでしょうか?そうした調査に専従あるいは専任できるベテラン医師は本当に確保できるのでしょうか?それができなければ、またその医師達の日程がうまく合わなければ、調査委員会は長引き、結果として結論を出すに至らない、といったふうにうまく機能しないのではないかと危倶します。
他方、その委員会のメンバーに含まれる『その他の有識者1-2名』の中にはどのような人物が入るのでしようか? 「医療を受ける側の有識者」と称する人たちの中には、医療過誤と有害
事象との区別さえ理解しない、明らかに医療者を断罪する観点に偏った考えを持つ人物が知られています。そういう有識者が入ることで、委員会の結論はまとまらず、後述される両論併記すなわち結論のない結果が多発することはないでしょうか?もしそうなれば、患者、医療者双方に満足できる結論とはならないため、結果的に民事訴訟あるいは刑事告発-の流れが逆に加速していく可能性もあります。有識者の選択について明瞭な基準が無ければ、委員会のメンバーについては再考案が必要かと思います。
20) 『行った医療に起因して患者が死亡した事例(行った医療に起因すると疑われるものを含む)であって、死亡を予期しなかったものである』という一連の文章の中で、『死亡を予期しなかった』の主語は医師でしょうか、それとも患者あるいはその親族でしょうか?あるいはその双方でしょうか?われわれ医療者は、病のため死に瀕する患者および家族を目の前にして、死に至る可能性をインフォームドコンセントとして長い時間をかけて話をしますが、全ての患者様にうまく理解してもらえるわけではありません。また家族は理解していても、インフォームドコンセントの現場に居なかった親族が死後に環れて『予期していなかった』とクレームを持ち込むこともしばしば起こることなのです。こうした場合にもし調査委員会に届けていなければ、不誠実と看徹され、医師側が一方的に不利な立場に立たされることになることはないのでしょうか?そうした面から、この案に記載されているような唆味な届出基準は不適切だと思われます。
また『医学的に合理的な説明ができない予期しない死亡』という表現についても、『医学的に合理的』であることを患者がどこまで理解できるかが不明であり、患者家族の不理解が全て医師のインフォームドコンセント不足に帰され、届出の有無をめぐって医療者側が不利になることも危慎されます。もしこうした基準が設定されるなら、わずかでも『予期』や『合理性』に懸念のある死亡例の全てが念のために届けられることになり、その膨大な届出数を処理できない点で、結果的にこのシステムはさらに機能不全に陥ってしまうことが予想されます。
24) 『届出の手続や調査の手順等に関する医療機関からの相談を受け付ける機能を整備』する場合、その事務受付には平日、土日、祝祭日の24時間届出に関する相談に対応できる人手を備えることが可能なのでしょうか?多くの事案の場合、特に解剖が必要な場合、そうした判断は患者家族-の死亡に関する説明の中で迅速に行わなければなりません。現在全国の医療現場では病死以外の異状死の判断もむずかしく警察との間で混乱している現状があります。これまで私どもの施設でも、異状死の場合の対応について何度か行政へ問い合わせた経験がありますが、明瞭な回答は無く、多くの場合現場の判断に任せられている実情があります。またそうした疑問のある時には行政の窓口-問い合わせるよう指導を頂いていますが、それは平日の昼間だけで、結局は院内の医療事故対策本部を緊急召集して対処を決めている現状です。本当に然るべき責任ある立場の方が相談に24時間対応できる準備はできるのでしょうか?
27)⑤ 『医療従事者等の関係者からの聞き取り調査等を行う権限を付与する。ただし、医療従事者等の関係者が、地方委員会からの質問に答えることは強制されない。』/同⑥ 『当該個別事例に関係する医療関係者や
遺族等から意見を聴く機会を設ける』といった一連の事情聴取に関するくだりで、いったい医療従事者は質問に答えるべきなのか?答えれば不利になることには答えなくても良いのか?答えなければ委員会の裁定に不利になるのか?一般の刑事事件で裁判を前提とした取り調べの中では容疑者には黙秘する権利が認められていると聞きますが、裁判でもない委員会だけに黙秘権が暖味にされ、結果的に警察-通報され、任意での証言が一方的に医療者に不利になる可能性があるに思われます。また、同⑦ 『議論の結果、地方委員会の委員の間で意見の合致
に至らなかった場合は、調査報告書に少数意見を付記することとする。また、地方委員会の意見と当該個別事例に関係する医療関係者や遺族等の意見が異なる場合は、その要旨を別に添付することができる。』といった意見の合致に至らない事例は先述したとおり、かなりのパーセントで生じうると思われます。意見の合致した結論が得られないということは、結果的に患者の納得には至らない可能性が大きく、最終的に警察への通告一刑事事件化、あるいは民事訴訟-とつながっていくことが予想され、医療事故調の存在意義自体が無くなってしまう可能性が高いのではないかと危倶します。
医療過誤問題を論じた『新たな疫病「医療過誤」』(ロバートMワクターら)の中には、以下の興味深い文章があります。
『障害に対する賠償の必要はずっと以前から、法のシステムにおいて認められている。西欧社会は賠償を、過失(罪)の割り当てによって行ってきた伝統を持つ。・・医療過誤に関する法は一般的な法律規定である「不法行為法」の一つである。・・「不法行為法」は二つの理念からなっている。一つは障害を受けたものを「元どおりにする」よう努力することで、今ひとつは「過失を犯した」者ないし集団に、この原状回復の責任を負わせることである。・・・このシステムは、多くの人間の営みに合理的に適応されることができるのだ。しかし、誠に残念ながら、医療はその「多くの人間の営み」から漏れてしまう。例外の分野だ。・・・不法行為法は流動的である。どんな社会であれ、過失と償いについて法的な取り決めをしておかなくてはならない。』
本邦での法律家の議論においても、医療過誤事件を不法行為法で裁くことには法律学上の問題点があるといわれていると聞き及びます。福島県大野病院事件をみてもわかるとおり、医療事故が現行の刑事訴訟法における業務上過失の概念に当てはまるかどうかの精緻な検討なしに、こうした刑事事件-の資料提供すなわち刑事事件化の認知を前提としたシステムを作ることには明らかに問題があります。したがって、法曹界の不法行為法(業務上過失)に関する議論の蓄積なしに、ただ医療事故調査委員会のバラ色の救済概念だけを信じて、実効性の少ない医療事故調査委員会のシステムを作り上げることに多大な危倶を抱かざるを得ません。
33) 『地方委員会に届け出た事例に関する調査を行い再発防止策を講ずることを位置付ける。』
34) 『院内において調査・整理された事例の概要や臨床経過一覧表等の事実関係記録については、地方委員会が診療録等との整合性を検証した上で、地方委員会での審議の材料とする。』とありますが、当該事例に体する院内委員会での議論は自ずと萎縮した、真のリスクマネージメントにつながる議論にはなりにくいことは自明です。
もちろん院内での同時的な調査進行は望ましいものであることは認めます。しかし、一方では、医療事故調査委員会の事情聴取に答える義務はないといいながら、別の議論を院内委員会の議事に載せ(議事録に残す)、その整合性を検証した上で地方委員会の審議の材料とする、という両者が矛盾した内容を含んでおり、このメカニズムがうまく機能するとは思えません。当事者本人の匿名性が担保され、刑事免責などの条件の上に立つ航空機の安全管理のようなシステムでなければ、フィードバックシステムの充実した有能な安全管理システムにはなりにくく、真のリスクマネージメントの機会にはなり得ないと考えます。
再び、『新たな疫病「医療過誤」』の中には
『繰り返すが、安全の向上には人材や資金が必要なのだ。それらは病院が警告と取り組むために、医療提供者や管理者一人ひとりが解決法を考案し、実施するために不可欠である。資源を調達するというこの大きな課題は手付かずのままだ。』
という一節があります。総括的な医療安全システムを構築するためには、単なる医療事故調査委員会だけではなく医療者および市民の意識変革を含めた協働的な作業が必要であり、それには多くの費用と時間が必要となるように思います(意識変革の方は意外に早いかもしれません。なぜなら日本の医療体制の綻びが目立ち始めたために、医療の不確実性が認知される機会が増加しているからです)。同書の中には
『医療安全対策はまことに資金不足で、一つのことを達成するために他の資金を削ると、全体が駄目になっていくのである。』
という記述があります.古の賢人は、このように指一本を惜しむばかりに体全体を失っていくことに気づかない態度を『狼疾』と名付けたといいます。医療費削減、医師逃散が続いている現在日本の医療構造の中で、医療事故の対象が唆味で、しかも後述するように刑事告発を制限しないような医療事故調査委員会システムをこのまま構築することは、まさしく『狼疾』と呼ばれる所作に他なりません。もちろん失う指とは『患者の納得、満足を目標としたこの医療事故委員会案』であり、体全体とは『日本の医療体制全体』すなわちそれは医師の現場からの脱落による医療崩壊を意味しているように思われます。
37)② 『医療の安全の確保のために講ずべき施策について、関係行政機関に対して勧告・建議を行う。』ということ自体に異議はありませんが、勧告・建議をいくら行っても、そのために必要な設備、人材確保のための費用が各施設ごとの医療収入の中から捻出しなければならないかぎり、その実現には困難が伴います。勧告・建議とともにそれを実現するための費用を予算化して配分することが伴わなければ、医療安全は進歩しないでしょう。医療費が削減される中で、病院機能もどんどん削減されていきます。その環境下で安全対策を勧告・建議すれば事が足ると考えておられるならそれはあまりに医療現場に無知といわざるを得ません。『安全』は只では買えない、というあたりまえの事実を広く市民に知らせること、そして、崩壊しつつある医療体制はもはや従前の医療体制には戻れないことをあわせて考えるべきだと思います。
39) 『医療事故の特性にかんがみ、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に限定する』とありますが、『重大な過失』の定義が非常に暖味です。福島県大野病院事件の産科医が行った帝王切開手術がまさに『重大な過失』と疑われている医療をめぐる現況が現実なのです。医療者からみて単なる有害事象であっても遺族が警察告訴したり、特異で偏向したな司法側鑑定医が関与した場合には容易に刑事事件として立件される可能性が現実にあるのです。そうした環境下で従事する医師は疑わしい事例を医療事故委員会に届けなければ後に『予期していなかった』とクレームをつけられ、届ければ『重大な過失』(同③ 標準的な医療行為から著しく逸脱した医療)と判定されかねない立場
に立たされることになります。どちらに進んでも医師の立場は、倫理観とこれまでの経験で築き上げた医学常識の間で大きく揺れ動くことになります。そしてその困惑に続くものは防衛医療と呼ばれる処世術であり、それは確実に医療を萎縮させ、産科、外科、救急医療などに従事する医師の職場離脱を助長させ、結果的に日本の医療をさらに衰退させることが目に見えています。
48) 『医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分な場合に限っては、個人に対する処分が必要となる場合もある。その際は、業務の停止を伴う処分よりも、再教育を重視した方向で実施する』とありますが、多くのニアミス、ヒヤリハットをみても、実際にその事案が生じた現場での行為には当然個人の行動が関与していることは明らかです。"ToErr is Human ''(人は必ず間違える)思想とはそうした
ヒューマンエラーの背景に必ず存在するシステムエラーを明らかにしていくことで、重大な過誤を防いでいく、という考え方であり、いろいろな担保条件を付けながらも結局は「個人に対する処分」に言及されている点で問題があるように思われます。この文章の内容は遺族の主張や医療事故委員会の特定委員の言及によって無制限に拡大される危険性をも含んでいるものに思われ、個人の注意義務違反の指摘、そして処分につながっていく懸念があります。もし、医療事故調査委員会の報告が個人の行政処分(例え再教育であっても)につながる可能性があるなら、誰も現在のようにニアミス、ヒヤリハットを積極的に報告することはなくなってしまうでLi:う。それはヒヤリハットを申し出ることで安全対策を拡げていくという現在の医療安全管理の基本理念に反するものと思われます。一方で、『体制整備に関する計画書』と言われても、安全対策に要する費用が予算化できなければ、それは「絵に描いた餅」であり、『不十分』なものにならざるを得ず、結果として『個人に対する処分』の格好の口実となりかねません。
別紙3 『捜査機関との関係について』には、『刑事手続の対象は、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に事実上限定されるなど、謙抑的な対応が行われることとなる。』とありますが、その一方で、『遺族から告訴があった場合には、警察は捜査に着手する』との記述があり、結局は刑事事件化への流れが助長される結果になりかねないと思われます。先述したとおり、『重大な過失』の判断基準自体が唆味であることから、謙抑的とはいいながら、遺族の状況や委員会の流れによってそれはいつ刑事事件として告発されるかわからない状況となります。私のような産科医療の現場では、母児の不幸な転帰は必ず民事事件になるといわれるほど訴訟機会が増加しています。それは、産科医療では「さっきまで元気だったものが」急変し、インフォームドコンセントも十分に行う時間もないまま、家族の納得も得られないといった状況が関連しているように考えます。同様の状況は救急医療の現場でも見られています。『謙抑的な』という極めて主観的な、まるで検察がこの委員会の上位構造機関であるような表現だけで、刑事訴追の免責あるいは制限に関する条項を明確に担保していない本試案の下では、これらの診療科の医師の多くは勤務を続けられないと思います。
さらに、『委員会の調査報告書については、公表されるものであるため、委員会から捜査機関に通知を行った事例において、捜査機関が調査報告書を使用することを妨げることはできない。』という記述には同様の観点から到底納得することができません。
2 医療安全調査委員会(仮称)について【委員会の設置】の項には、『(7)委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない。』といいながら、最終的には黙秘権を巧みに迂回した形で医師の供述を捜査資料として提出するということが法的に正当なものなのでしょうか?そうした場合、少しでも刑事事件に発展する可能性がある医療事故(見方によれば、それは医療死の大部分に当てはまるかもしれない)に関して医療事故調査委員会を開催しても、医療者の発言は自ずと制限され、結果的には再発防止という最終目的に到達していくことができなくなる可能性が高いと思われます。先述したとおり、司法制度における法律論の中で、医師の行う業務に「不法行為法」を適応することが正しいのかどうかなどについて、きちんとした議論が行われるまで、少なくとも委員会から捜査機関-の調査報告書の提出は行うべきではなく匿名性を担保すべきかと思います。
おわりに
医療事故を防止することは患者、医療者双方にとって最優先課題の課題であり、医療者である私たちも、病院内の委員会活動等で日々努力しているところであります。患者側にとっても医療の真実を知りたいと考えられることは当然の感情でもあります。しかし、あえて医療者の立場から述べさせていただければ、医学的真実をいくらお話しても、『どこかにミス(過誤)があったはずだ』、『滅多におこらない統計的確率のもの(有害事象)がなぜ私の家族におこるのだ』といった感情的な議論に終始することが多いように思われます。そうした現実の前では、たとえこうした医療事故調査委員会活動が行われたとしても、このような内容では、福島県大野病院事件のように家族が警察-通報し、結果として『謙抑的』な警察が動き始める構図となる、あるいは民事での裁判が改めて起こされることは誰の目にも明らかなように思えます。そうした時に、将来の事故防止に繋げるために医療者側が善かれと思って提出した資料で作成された調査書が、今度は自分たちを責め立てる証拠として捜査資料となるわけです。医療事故の犠牲は不幸であり厭うべきことにちがいありません。その悲しみを慰謝するためにこうした制度を作ることは確かにそれなりに意義あることと思います。しかし、この案が、『重大過失』の定義が暖味なまま、そして『刑事免責』あるいはそれに代わる何らかの取り決めが十分に議論されないまま施行された場合には、慰謝という指1本どころか体全体を失ってしまうこと-すなわち日本中で生命に関わる医療に関わっている多くの医療者が黙って白衣を脱いでいくことにつながるという危慎を捨てきれません。
先に引用した『新たな疫病「医療過誤」』には、
『皮肉なことに、数十年にわたり医療過誤のシステムは、誠実に行動し、なすべきことを行い、たまたま医療行為の結果が悪かった時に医療の現場に居合わせただけの医療提供者を苦しめてきた。その一方でより安全な保健医療システムを構築する努力を怠ってきた政治家、医療施設の経営責任者、管理者といった臨床以外で医療を支える立場にあった者はまったく罰を受けずにいる。』
といった記述があります。この医療事故調査委員会の構想は、わが国の医療の将来を決定づける上での最も重大な設計パーツの一つであります。これまで医療安全に対しておざなりな努力しかしてこなかった『臨床以外で医療を支える立場にあった者』が、なぜ、それほどまでに現場の臨床医の意見を軽視して成立を急ぐのでしようか?
最後に再び『新たな疫病「医療過誤」』の記述を引用しておきます。
『医師は次第に非倫理的で、抑鬱的になっている。このような暗い気持ちでいる医療提供者が、情熱をもって患者の安全を守る指導者となることはできない。恨みがその理由ではない。根底に逆説があるのだ。不法行為法は本質的に医師と患者を敵対関係に置くが、安全は協調関係によって推進される。』
現在日本中の特に地方の中核病院で、産科や救急など生命危機の現場に携わっている医師は医師不足、医療崩壊の中で肉体的に、精神的に疲労しています。それでも何とか現場の中で患者との好ましい関係を模索しながら必死で現場を守っています.せめて『安全は(患者との)協調関係によって推進される』という考え方が広く市民の間に浸透するまで、あるいはそのための努力が有効に行われ始めるまで、この医療事故調案を性急に施行することだけは避けて下さるようお願いいたします。
参考文献
新たな疫病「医療過誤」(単行本):ロバートM.ワクタ-(著),ケイブェ G.ショジヤニア(普),原田裕子(翻訳) 朝日新聞社出版局(2007/03)
≪勝手なまとめ≫
・委員会のメンバー(医療者)の日程調整や現実的な診療中止などの危惧
・委員会のメンバー(非医療者)の偏りなどが起こらないかの危惧
・届出基準が不明確
・委員会取調べにおける黙秘権が、委員会通知に不利に反映される可能性への危惧
・法曹界とのもっと適切な議論の蓄積を
・院内調査会と委員会との調査の齟齬
・刑事罰を医療に課すことへの疑問
・資金の問題
・『安全』は只では買えない 勧告のみで事故軽減ができると思ったら大間違い
・『重大な過失』の定義が暖味
・事故調は医療崩壊を招く
・刑事訴追の免責あるいは制限に関する条項を明確に担保していない
・匿名性の担保を
次はp43から。 また明日。おやすみなさいませ~。
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