(関連目次)→常位胎盤早期剥離 目次 妊産婦死亡 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
常位胎盤早期剥離について、文献を探してみました。
産科領域にとっては「予測できない」さらに「母体死亡」の面から
注目されているのでいくつも文献はあります。
これは京都大学での実行例ですし、
市中病院では役に立ちづらいかもしれませんが、
産婦人科医にとってもかなり勉強になります(>▽<)!!
一般の方は適度にわからない単語を読み飛ばして、
そのまま読んでいただければいいと思います。
どうぞ ..。*♡
常位胎盤早期剥離
由良 茂夫 伊東 宏晃 藤井 信吾
(産婦人科治療 vol.94 no 2007/2 p185-189)
常位胎盤早期剥離の診断と治療にあたっては初動段階の迅速な判断と行動が母児の転帰を大きく左右する.とくに重症例における母児の取り扱いでは的確な状況把握が重要であり高次医療機関への搬送を含めた対応が求められる.また,胎児生存の際には帝王切開による早急な児の娩出を図り,胎児死亡の際には母体の全身状態の改善と同時に経膣的娩出を促進する方針を推奨する.
はじめに
常位胎盤早期剥離は正常位置(子宮体部)に付着している胎盤が,妊娠中または分娩経過中の胎児嫡出以前に子宮壁から剥離するものである.母児管理の進歩により母体予後は改善されてきているものの,胎児ジストレスや子宮内胎児死亡の頻度は高く,今なお周産期領域の重要な疾患の一つである.本稿では常位胎盤早期剥離の病態、治療法等の知見を整理する.
■常位胎盤早期剥離の病因・病態と重症度
常値胎盤早期剥離の発症リスク因子として表1のような項目があげられている1)。胎盤の剥離がどのようにして引き起こされるかはほとんどわかっていないが,胎盤付着部の脱落膜内で微小血栓のために血管が閉塞し周囲の壊死を引き起こして血管の破綻を来たすと言うような機序が考察されている2)。これらの発症要因とは別に,物理的要因として外傷性の発症や、子宮の急激な収縮とくに羊水過多に対する急速な羊水穿刺排出などといっ九医原作発症もあげられる.
母児への影響は胎盤の剥離面積の多寡によって左右される.剥離面積が多いと胎児は酸素供給が不足し高頻度に胎児ジストレス、胎児死亡を引き起こす.また母体にとっては,子宮と胎盤剥離面の間隙に出血しショック状態,貧血を発生する.また多量の組織因子や活性化された凝固因子が子宮内圧の上昇に伴って母体血液中に流入するために全身の末梢血管における凝固を促進する.そのため、播種性血管内凝固症候群(DIC)を高率に発症することとなる.
常位胎盤早期剥離の重症度分類としてはPage分類3)が知られている(表2).軽症のものでは胎盤の剥離面積が少なく、少量の性器出血を認めるのみで、母児に及ぼす影響はわずかである.一方,重症の症例は胎児が死亡し,母体も凝固異常から致死的な経過を取る可能性が高く、全身管理と集中治療が必要な産科救急疾患となる.
■常位胎盤早期剥離の病型と診断
常位胎盤早期剥離の初発症状は突然の腹痛や性器出血が典型的とされることが多い.胎盤剥離面からの子宮内出血は卵膜と子宮壁の間隙を伝って子宮頸管から子宮外へ排出されるため,外出血として気が付かれる場合が多い(External Hemorrhage<外出血優位型;著者注訳>).また,卵膜外に貯留した血液が卵膜を破って羊水腔内に流入し,血性羊水を呈することもしばしばである.
一方で,子宮内の出血が排出されず,剥離が胎盤全面へと急激に進行する症例も経験される(図1;Concealed Hemorrhage く内出血隠蔽型;著者註訳>).この場合,胎児死亡は高頻度に発生し子宮内圧が急速に高まって母体症状も重症化することが多い.そのため、外出血のない胎盤剥離の症例にはとくに緊急の対応が必要となる.
診断のポイントは子宮前緊張度の異常な亢進が見られることである.発症初期には「さざなみ様」と呼ばれる頻回の子宮収縮を認める.また進行して子宮内圧が上昇すると「板状硬」の強い持続的子宮収縮となる.
もう一つの重要な所見は胎児心拍所見の悪化である.胎児死亡に至るまでに一回性徐脈(deceleration)や持続的な徐脈(bradycardia)が認められる.
超音波断層法による子宮内血腫(胎盤後血腫)の確認は確定診断に至る典型的な検査所見の一つであるが,発症初期には確定的な所見を得にくいことが多い.
■常位胎盤早期剥離の管理
1.常位胎盤早期剥離で児が生存している場合の母児管理
児が生存している場合,出生児の転帰は帝王切開の決定から出産までの時間に最も関連すると言われている4)。すなわち、帝王切開の決定から児娩出までの時間が10分未満ないし20分未満の場合、児の予後は比較的良好であったが,帝王切開の決定から児娩出までが20分以上,とくに30分以上の場合,新生児死亡や脳性麻痺などの予後不良症例が有意に多くなるという報告がある.したがって,できる限りすみやかに帝王切開を行い,児を娩出することが重要であると考えられる.
児が生存している場合の常位胎盤早期剥離では母体の凝固障害などの重篤な合併症はまれであるが、発症から分娩まで長時間が経過している場合には凝固障害の有無に注意が必要である.
2.常位胎盤早期剥離で胎児死亡となった場合の母児管理
胎児がすでに死亡している場合,日本と欧米とで異なった収り扱いが推奨されている5)。日本での指針の一例としては産婦人科医会研修ノートの記載を参考に、また,欧米での考え方はWimams Obstetricsから抜粋して.その比較をまとめてみると表3のようになる.
日本では常位胎盤早期剥離におけるDICの発症と予後との関連について、発症から5時間でDICとなり、母体の予後を悪化するという、いわゆるゴールデンタイムという考え方がある.そのため原則的に帝王切開を行い,DICの原因を除去することが支持されている6).
一方、欧米では発症からの時間経過よりも適切な治療が母体の予後を左右する,と考えられ、帝王切開は出血部位を増やし,母体の予後を悪化するという考え方から経膣分娩を原則としている.
われわれの施設でも胎児死亡にいたった常位胎盤早期剥離の管理について、欧米での考え方にのっとった対応を行っている.すなわち胎児が死亡しDICを発症し始めている症例に対して多量の輸血と輸液管理、急速遂娩を行い、分娩後は子宮収縮を促進することによって止血を図ることが可能である.そのため,母体救命に加えて子宮を温存し次回の妊娠を期待することが可能となっている7).
実際にこのような対応を行うためには多数の産婦人科医師、看護スタッフ、検査室など,またときには麻酔科医や輸血専門医を含めて全身管理と分娩の促進,検査、輸血処置などを同時並行で迅速に遂行していく必要があるため,救急対応のできる中規模以上の病院での治療が必要となる.先ほど述べたような日本と欧米における対応方法の違いは病院の分散・集約化といった医療体制の差に由来するのかもしれない.わが国における母体救命のための最適な管理方法の確立のために今後も議論が必要である.
常位胎盤早期剥離症例に限らず、産科DICを発症した症例ないし発症する可能性のある症例に対しては次のような対応が推奨される8).
①初期対応としてのバイタルサインの把握.血管確保や人員の確保に続いて.
②基礎疾患の除去のために児の早期娩出を図る.
③血液および凝固国子の補充として重症例ではMAP血(赤血球輸血のことです)40~60単位.新鮮凍結血漿40~60単位、血小板10~20単位といった多量の輸血とアンチトロンビンーⅢ(AT-Ⅲ)製剤(1500~3000U)を必要とするため,早急にこれらの準備を進める.
①ショック状態があれば、これに対する抗ショック療法としてドパミン製剤などのカテコラミンを使用する.初期対応が完了すれば、小規模の病医院からは中規模以上の病院への救急搬送を考慮すべきである.ヘパリンの使用については明確な指標は無いが、産科DICの場合、血管内凝固の亢進よりはむしろ凝固因子の喪失による出血傾向のぼうが著明であるため、ヘパリンの有用性は低いと考えられる.
⑤必要とされる母体の検査項目としては血算(CBC)凝固系検査,血清生化学一般などが全身状態の把握のために必要である.産科DICの判定に通常用いられる真木らの診断基準では血小板数,血清FDP値,血漿フィブリノーゲン値,プロトロンビン時間(PT)、赤沈値、出血時間の項目が利用される9).
また、輸血や凝固因子の補充が行われ,出血源となる胎教の娩出前完了した後では,⑥凝固線溶系の抑制などを速やかに進める必要がある.DICの治療としてメシル酸ガベキサート(FOY)やメシル酸ナファモスタット(フサン)などによる凝固抑制を開始する.ついで,急性の肺水腫や腎不全など臓器障害に対する対応が必要となる.多臓器不全(MOF)を来たさないように、各臓器機能の充分な評価と機能補助のための治療が必要となる.
■おわりに
産科出血とそれに伴うDICの発症は、現在のわが国においても妊娠中の母体死亡の大きな原因の一つである.その原因となりうる常位胎盤早期剥離の発症機序は充分に解明されておらず、有効な予防法も確立されていない.一旦異常経過が疑われた場合,患者の搬送も含めて十分な医療態勢を確保し本人・家族への状況や見通しの説明を十分に行ったうえで,なおかつすみやかな処置の実行が必要である.
コメント