(関連目次)→医療事故と刑事処分 目次 医療事故安全調査委員会
(投稿:by 八木謙先生)
八木先生からご投稿いただきました(>▽<)!!!
とても光栄です。ありがとうございます。
医療と刑事処分についてずっと考え続けていますが、
理不尽なことがやはり多い気がします。
そもそも刑事事件における被疑者取扱いは
果たして正当に扱われているのでしょうか?
というよりも、そんなことを
臨床医がみんな心配しなければ
ならない世の中って(;;)。
警察の事情聴取70回
八木 謙
http://www.sotown.com/koume/html/modules/news/article.php?storyid=14
Ⅰ、数日前の読売新聞:
富山県射水市民病院元外科部長が家族の要望により末期がん患者の人工呼吸器を外した事件で富山県警はこの元外科部長を殺人容疑で書類送検
2年前の事件である。今になって書類送検とは。この記事で驚いたのは警察の事情聴取が70回におよんだと載っていたことである。
これは任意捜査であろう。強制捜査が70回も許されていいはずがない。任意だからいくらでも行うのである。彼らは仕事でやっているのかもしれないが、医師はそれに付き合っていられない。こうした捜査は明らかに憲法違反、人権侵害である。医師は拒否すべきだったのである。
第38条: 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
第31条: 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
ここには警察のこのような考え方がある。犯罪者はうそをつく。何度も同じ質問を繰り返しているうちにうそではつじつまが合わない事項が出てくる。そこを突いてゆけば真実にたどりつける。いわゆる”落とす”というやつである。質問は医師が「私が殺しました」と言うまで続けるのである。医師は最後までそう言わなかった。そう思っていないからである。
医療行為に係わることにおいての捜査でこういう手法が適当だろうか?起こった事実ははっきりしている。隠し様もないのである。
Ⅱ、別の事例:
平成19年9月、山口県医師会生涯教育セミナー104回の特別講演「異状死体届出義務の変遷」と題された講演の中で、紹介された症例の1つにこのようなものがあった。脳障害を負った小児、気管切開を行い、気管カニューレが設置されていた。入院中、夜間、気管カニューレの設置が緩み外れた。看護師が気付き主治医に連絡、医師は蘇生したが結局児は死亡。医師はこれを異状死として警察に届けた。
その後の取調べの為この医師の警察への出頭が30回に及んだ。警察は「先生が看護師に気管カニューレの固定をしっかりする事を言い忘れたのでしょう」と言う。医師は「看護師が気管カニューレの固定をしっかりするのは当たり前の事だから、特に言い忘れた訳ではない」と主張。警察は医師が自分の過失を認めない為、繰り返し尋問を続ける。医師の過失とする自供が欲しいのである。だが医師は認めない。認めれば尋問は終わるのだが認めない為延々として続くのである。この死を異状死として警察に届けたが為このような事態に追い込まれた訳である。これは警察官の認識不足から来たものである。患者の異状死届け、即ち医師の業務上過失致死疑いの届け、と勘違いしている。
Ⅲ、鹿児島選挙違反冤罪事件:
その地区の住民全員が捜査の対象になり踏み絵まで行わせた事件が明るみに出た。これも同じ事である。「私は選挙違反をしました」と自供するまで尋問を続けるのである。これも警察官の認識不足から来たものである。あるいは知っていて任意捜査であるのに強制捜査と見せかけたのか。民衆も無知だったのであろう。憲法38条、31条という法の存在を知らなかった。裁判所命令の令状を見せろと言えばよかったのだ。もし本当に令状があれば逮捕しているはずである。令状なんか無かった。無いからこそ任意の出頭を繰り替えさせたのである。
これら3つの悲劇は警察の違法捜査から来たものである。いや違法捜査では無かったのだ。これは任意で行われた捜査であるから違法性はない。その事は警察も認識済みであろう。ただ警察が「これは任意捜査ですから、出頭するか否かはあなたの自由です」などと親切に言わず、単に「警察へ出頭して下さい」と言ったのである。言われた方は「はい、分かりました」と言ってしまう。だが民衆の無知を非難すべきではないであろう。憲法の条文を知り、その意図する内容まで熟知している人の方がマニアックなのだ。
Ⅳ、第2回山口県警察医研修会
今年の3月、山大法医学と県警捜査1課主催による警察医に対する研修会が開催された。
講演内容から法医と県警では異状死の定義の仕方が若干異なるという印象を受けた。そこで私は講演を行った捜査1課長に質問をしてみた。
私の質問:
「私は産婦人科医です。お産での母親の死亡は今の講義の警察の定義では異状死に入らない。しかし法医の定義では異状死に入る。では質問ですが、お産で母親が死亡した時に、警察に異状死の届出をしたら警察は捜査をするのか。つまり業務上過失致死を立件するための捜査対象になるのか」
検視官:
「警察としてはこのような事案を認知したら、捜査の対象になるであろう」
私:
「憲法38条に守られているという保証がなければ異状死の届出ができないと思うが」
検視官:
「私の立場からは、ご協力をいただきたいと申し上げるしかない」
このやりとりから判るように警察は法医学会による異状死の定義や医師法21条と憲法38条31条との関係をよく理解しているとは思えないのです。ただ「捜査にご協力を」と言っているのでこれは任意捜査であることはよく解っている.
Ⅴ、こういう状況で我々に打つ手はあるのか
異状死の届けあるいはその他の死で医師が業務上過失致死罪の嫌疑をかけられたとき、それが冤罪であると自ら確信出来ていれば、私は以下のような方法があると思う。とにかく70回も聴取されてはかなわないのです。
方法:
1、憲法38条を前面に出す。
2、警察からの質問は書面で箇条書きにさせる。それに書面で答える。
3、重複した質問事項にはそれは何月何日にすでに回答済みとし、対応しない。
4、特に医師法21条による異状死届けである場合には、届出時に自分の業務上過失は存在しないと言明する。この言明によりその後、自分の業務上過失致死罪を立証する為に行われる捜査への協力拒否は正当となる。
警察の過度の事情聴取は威力業務妨害罪ですね(w)
医師法二一条と憲法三八条の問題は広尾病院事件の最高裁の不当判決で解決済み(司法的には)です。すなわち医師は憲法三八条の権利を主張して医師法二一条の義務を免れることはできないと最高裁は言っています。
投稿情報: 元外科医 | 2008年5 月26日 (月) 12:53
> そもそも刑事事件における被疑者取扱いは果たして正当に扱われているのでしょうか?
私の乏しい刑事弁護経験からしても、被疑者の権利はあまり守られている気がしませんねぇ。
でも今の社会の論調は、悪いことした奴は痛めつけても吐かせろ!!(←明らかな憲法違反)で、刑事弁護にはさっぱり理解がありません。
医師の人と話をしていても、
福島大野病院事件で医師が逮捕されるのは不当だと主張する一方で、
医師以外の人が被疑者である他の事件についてはどうかと問えば、悪人は逮捕されるのは当たり前、素直に白状せんのはケシカランとか言い出したりして、
本当の意味で被疑者の権利や刑事弁護の意義を分かっている人が少ないことには、がっかりさせられます。
やはりきちんとした知識を持っていただかなければ、ご自身が危難に遭遇した場合に、警察に対抗できないのではないでしょうか。
差し当たっては、
被疑者として警察に呼ばれたら、直ちにその道の専門家、つまり弁護士に相談すべきでしょう。
民事と刑事の区別も付かない、勾留の漢字の書き取りもできない程度の法的知識しかないような上司に相談しても、適切なアドバイスを得られるとは思えません。
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> 「憲法38条に守られているという保証がなければ異状死の届出ができないと思うが」
言いたくないことは、言わなくて良い権利(黙秘権)は、誰に対しても、保障されています。
異状死の届出は、この死体は正規の寿命により死亡したのでない疑いがある というだけのことであり、犯罪による死亡であることを確定するものではありません。犯罪かどうかは、警察がこれから調べるのです。
異状死届けをしたからといって、業務上過失致死罪を自白したことにはなりません。(もし、届出=自白と認められるならば、警察がその後に自白せーせーとうるさくせっついて来る必要は無いはずです。)
医師が事情を聞かれた時は、任意の取調べなら、単に「応じません」と言って出頭しなくてよいし、一旦出頭してもイヤになったら「今日はもう帰ります」と帰ることができます。
強制捜査では取調室の椅子に座らされることは仕方がないとしても、しゃべりたくなければ、黙っていればよいのです。警察がぶちぶち言うかもしれませんが、根比べです。
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> この言明によりその後、自分の業務上過失致死罪を立証する為に行われる捜査への協力拒否は正当となる。
正当か不当かの問題ではなく、
任意捜査に協力するか否かは、こちらの自由ですから、別に言明しておかなくても拒否できます。先に態度を明らかにしておけば、話が早いというだけ。
強制捜査では、こちらがイヤだと言っても、強制的に身柄を拘束されます(逮捕、勾留)。身柄拘束されても黙秘はできます。
否認する態度を明らかにしているのですから、テキは任意調べは諦めて、最初から逮捕令状を用意して来るかもしれません。
福島大野病院事件でもあったように、一般的に、容疑を否認していると、身柄を拘束され易く、かつ、なかなか釈放されないという現象があります(人質司法)。
そこで、任意調べだと言っても、いつ強制捜査に切り替わるか分からないことを念頭に置きつつ、
弁護士と相談して、具体的にどこまで協力し、どこから拒否するかを考えるという戦略になります。
逮捕や勾留の令状を発布するのは裁判所ですから、人質司法の元凶は裁判所であると言えます。
このような刑事訴訟法の運用は不当であると、弁護士は主張しておりますが、裁判所は頑なです。
被疑者の一律的な逮捕・勾留を、世論が容認し、いや進んで後押しさえするという風潮に、裁判所は力を得ていると睨んでおります。
医師の皆さんが、この機会に被疑者の権利や刑事司法の正当な在り方を考え、
人質司法打破の声を上げてくださることを、切に願います。
投稿情報: YUNYUN(弁護士) | 2008年5 月26日 (月) 18:45
YUNYUN先生ありがとうございます!
大野事件は、医療死亡取り扱いのみではなく、「人質司法」という問題点もあったのですね。そういえば東京女子医大事件でも同様の事があったようにきいております。
最近、医療について考えると、どうしても司法についても考えざるを得ません。
ふにゃ~。つかまったらとりあえずよろしくお願いいたしますね!
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年5 月26日 (月) 19:36
国策としてこれから弁護士は増えるのですよね。それなら警察の取調べに被疑者側の弁護士が同席するようにはならないのでしょうか?警察の違法な取調べや自白の強要も減ると思います。警察に有利な自白をしなければ長期に拘留されるのでは、拷問をして自白を強要していた江戸時代と全く変わっていないと思います。
投稿情報: 2代目産婦人科医 | 2008年5 月27日 (火) 00:26
>2代目産婦人科医様
>警察に有利な自白をしなければ長期に>拘留されるのでは、拷問をして自白を強>要していた江戸時代と全く変わっていな>いと思います。
「変わっていない」のです。
痴漢冤罪でも同じですね。
否認したら帰さない。
証拠隠滅の可能性もないのに。
仕事を持ち、家庭を持っている人間を追い込むだけの手段です。
ただ、脅すためだけ、精神的に、経済的に追い込むためだけに拘留します。
「認めて罰金払えば済むだろ・・・」と。
それが今の日本の警察のレベル、それを許すという裁判所のレベルだと肝に銘じてください。
医師、だけの話ではないのです。
投稿情報: ママサン | 2008年5 月27日 (火) 07:24
×拘留
○勾留
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日本の警察は、取調べへの弁護人の同席を拒否しております。弁護士の人数が多いとか少ないとかの問題ではないのです。
なにしろ、取調べ状況のビデオ記録を残すこと(可視化)さえも嫌がっているのですから。
韓国や台湾ではとっくに取り調べを録画しているし、被疑者の身柄拘束率も日本より少ない。しかも、そうした制度改革により治安が悪化したとも聞きません。
だから、日本でも、やってやれないことはないと思います。
その点で、裁判員制度が一つの突破口になるかもしれないという期待はあります。
取調べで言った言わないの証言を延々言い合うやり方は、どうしたってアホに見えるでしょうから。
投稿情報: YUNYUN(弁護士) | 2008年5 月27日 (火) 18:49
ママサン様YUNYUN様コメントありがとうございます。取調べのために拘束されるのは勾留と書くのですね。勉強になりました。警察も違法な取調べをしていないのであれば、弁護士が同席しても一向に構わないはずです。弁護士の同席や録画すら拒否するという事は、警察がいかにひどい取調べをしているのか、自ら告白しているような物です。
以前は手術室は密室と言われていましたが、最近では手術を録画したり、御家族の方に映像を生で見せながら手術を行う施設も増えてきました。やましい事が無いのであれば見せる事、録画する事が逆に自分達を守る事につながると思います。私の施設でも分娩や手術に、御家族の方の希望があれば立ち会いをしてもらっています。今だ非公開の病院も多いと思いますが、我々医療従事者側も襟を正す必要がありますね。
産科医療に携わっていると福島の加藤先生の逮捕は、決して他人事ではなく明日は我が身という気持ちです。現状ではもし警察に突然逮捕勾留されても、自らに非が無いと思うのであれば、長期勾留されるのを覚悟してでも闘うしかないのですね。まずは何かあった時すぐに相談出来る弁護士の先生を探してみます。
投稿情報: 2代目産婦人科医 | 2008年5 月28日 (水) 00:53