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(投稿:by 僻地の産科医)
医療維新 2008年04月07日
大野病院事件は「重大な過失」「悪質な事例」か
“医療事故調”が警察に通知する事例を考える
井上清成(弁護士) http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080407_1.html 福島県立大野病院の刑事事件の審理が大詰めを迎えている。複数の医学者による鑑定が提出され、既に証拠調べも終わった。3月21日には、鑑定意見も含めた証拠の総合評価として、検察が論告を行ったが、その法的判断は極めて厳しいものだったようだ。
1.福島県立大野病院事件の検察の論告―「重過失で悪質」
検察官の論告は、
「基本的注意義務に著しく違反した悪質な行為であることは明らかであり、被告人の過
失の程度は重大である」
「産婦人科医としての基本的な注意義務に違反し、医師に対する社会的な信頼を失わ
せた」
「被告人は、(中略)信用できない弁解に終始している」
「こうした責任回避の行為は、(中略)医療の発展を阻害する行為であり、非難に値する」
「被告人は被害者を自ら検案し、その異状を認識していたが、医師法に基づく届け出も
怠った」
などという調子であったらしい。
2.検察の判断―「鑑定を踏まえた法的評価」
ところで、「重大な過失」とは何か。厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の座長を務める刑法学者の前田雅英氏の著書『刑法各論講義(第4版)』(東京大学出版会)65ページを引用してみよう。
重過失致死罪の記述に、「重過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合を言う」、「わずかの注意を払うことにより結果の発生を容易に回避し得たのに、これを怠って結果を発生させた場合」とある。前田氏の記述に従うように、検察は大野病院事件の産科手術事例を「重大な過失」に当たると認定してしまった。公判廷で、無過失を証明する数々の医学者の鑑定が提出されたにもかかわらず。
3.医療安全調査委員会における「重大な過失」
厚労省は、医療死亡事故の死因究明などを行う、医療安全調査委員会の創設に向けて、4月3日に第三次試案を公表した。これは前田氏の検討会の議論を受けたものだが、今までの過程では、医療安全調査委員会が警察に通知する「重大な過失」の定義や範囲について、まともな議論がなされなかった。現に、その前田氏自身が、3月21日に開催された日本学術会議の公開講演会で、この点につき、「言葉の問題を正面に持っていくと議論が止まってしまう」と述べられたそうである。つまり、「重大な過失」の定義・範囲を議論しなかったのは、意図的なものだったらしい。
第三次試案では、医療安全調査委員会は、死因を調査した事例のうち、「故意や重大な過失」は警察に通知することになっている。しかし、警察に通知するか否かは、それこそ警察・検察が捜査を開始するか否かの分かれ目である。「重大な過失」に当たるかどうかこそが、問題の中心に据えられなければならない。
4.「重大な過失」の定義・範囲
本来、「重大な過失」の定義・範囲といった「言葉の問題」、並びにその典型事例は十分に議論されるべきであろう。ただ、残念なことに、医療安全調査委員会創設に併せて、医療刑事事件につき、その実体法である刑法を改正しようという動きは全く見られない。そうすると、刑法211条1項前段に定められている業務上過失致死傷罪の法解釈は、現行と何ら変わらないであろう。つまり、「重大な過失」の定義・範囲は、前田氏の前掲書の記述通りに、そのまま変わらずに通用することが見込まれる。例えば、薬剤取り違えに代表される単純ミスは、今後も変わらず、「重大な過失」と評価されることであろう。
5.「重大な過失」の典型例―産科手術事例
実体法が改正されず、法解釈にも変更がないとすると、大野病院事件に代表される産科手術事例も、「重大な過失」の典型例とされざるを得ない。最終的に裁判官がどう判断するかは不明だが、少なくても検察は「重大な過失」として扱っているからである。しかし、それでは巷で思われてきたことと、全く違ってしまう。今まで巷では、少なくても大野病院事件のような手術事例は、「重大な過失」には当たらない、と信じられてきたのである。
したがって、前田氏が座長を務める厚労省の検討会が第三次試案の公表後、どのように議論を進めるかは分からないが、「言葉の問題を正面に持っていく」べきであろう。なぜなら、大野病院事件での検察の論告、前田氏の刑法学の著書の記述、厚労省の検討会での議論で、いずれも同じ「重大な過失」という法律用語が用いられている以上、同じ「言葉の意味」であると捉えられざるを得ないからである。
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