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弁護士が語る医療の法律処方箋 第11回 診療報酬改定
「診療所の再診料引下げ論」は誤り
井上 清成
弁護士、医療法務弁護士グループ代表
The Mainichi Medical Journal February 2008 Vol.4 No.2 p168~169
診療所の再診料引き下げの再提案
厚生省が1月16日、中医協・診療報酬基本問題小委員会に<診療所の再診料引き下げ>を再提案した。<2008年(平成20)年度診療報酬改定に係るこれまでの議論の整理>(案)の冒頭の緊急課題「産科や小児科をはじめとする病院勤務医の負担の軽減」の一環としてである。その緊急課題の2「診療所・病院の役割分担について」の(1)に、「病院および診療所の再診料の点数格差については、診療所が主として地域において比較的経度な医療や慢性疾患患者の管理等を担っていることについて包括的な評価を行っているものであり妥当であるとの意見がある一方で、患者の視点から見ると、必ずしも病院および診療所の機能分化および連携を推進する効果が期待できないのではないかとの指摘があることを踏まえ、診療所の評価を引き下げることについて検討する」として、「診療所の評価を引き下げること」を加え再提案した。
病診の格差是正の提示
ところが、診療側の反対が強かったため、翌々日の1月18日に、厚生労働省は文言を改めることになる。<2008年度診療報酬改定に係る検討状況について(現時点の骨子)>(案)で、「診療所の評価を引き下げること」という文言を、「病院と診療所の格差是正」に改めた。とはいえ、その実質は変っていない。
そもそも、この問題は「格差」の問題ではなかった。「産科や小児科をはじめとする病院勤務医の負担軽減」という重要課題の一環に位置づけられたこと自体が不当であると思う。
国民の健康的生存権
日本国憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、その2項で、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなくてはならない」と定めた。戦後すぐに健康の側面について国民の生存権が憲法で明示されたので、その健康的な生存権の実現のためにまもなく国民皆保険制が導入されたのである。
ところが、長い年月の間に国民皆保険制に基づく公的医療にもほころびが出始めた。現在、最も緊急かつ重大な問題が、産科や小児科をはじめとする病院勤務医の過重負担である。この病院勤務医の過重負担のため、国民の健康的な生存権を充足する公的医療が提供できない。つまり、国民の健康的な生存権を侵害する事態が、現に生じているのである。
生存権侵害の原因は医療費抑制
国民の健康的な生存権を侵害している産科・小児科などの公的医療のほころびは、緊急課題として、まず勤務医の負担軽減を図ることによって繕わねばならない。当然、そのためには病院に対する財政的な支援が必要である。しかし、そもそもこのような事態に立ち至った原因は、病院に対する財政的な配慮を欠いた医療費抑制策そのものにあった。国民の健康的な生存権の侵害を改善するためには、長い間の医療費抑制策によるマイナス分を、その分だけ逆にプラスして補わねばならない。つまり、端的に、「産科や小児科をはじめとする病院勤務医の負担の軽減」に必要な財政を、別途の財政出動によって補わねばならないのである。
国民の健康的な生存権侵害の原因は、医療費抑制策であって、「病院および診療所の再診料の点数格差」ではない。もちろん「病院と診療所の格差」でもないのである。
リンケージ論は誤り
厚生労働省の再提案ないし提示の根拠は、「産科や小児科をはじめとする病院勤務医の過重負担」と「診療所」を強引に関連付けるリンケージ論であった。しかし、病院勤務医の過重負担の原因は、国民の健康的な生存権を侵害している医療費抑制策である。したがって、「病院と診療所」とを「格差」の問題として位置づけるリンケージ論は誤りとしか言いようがない。
結局、再診料引き下げは見送られた。しかし、もともと緊急課題「産科や小児科をはじめとする病院勤務医の負担軽減」から、緊急課題2(1)「病院と診療所の格差是正」を外すべきだったのである。今後も二度と復活させるべきではない。そして、それ自体が公的医療の衰退を招きかねない「診療所の再診料引き下げ」をやめるべきであったし、今後も二度とこのような発想の議論を復活させるべきではない。
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