(関連目次)→ 代理母に関すること
机の整理をしていたら、古いMMJが出てきました。
その中の記事ですが、なかなかよいことを書いていると思います。
毎日新聞にもちゃんとした記者がいるのですね。…もちろん皮肉です。
「DNA鑑定だけで親子を決めてよい」と言い切れない背景にあるもののひとつを、うまく言い当てていると思うのです。
ちなみに、文章中にある誤解ですけれど、赤ちゃんが生まれたときには「当然血液型は調べる」なんてことはありませんね。よほど何か病気の疑いがあったなら別ですが。
(文章の終わりの書き方だけ、ちょっと変な気がするけど相手は文章の専門家だしな…)
(以下引用)
報道の現場から 第26回 親子と血縁
生物学だけが親子を決める手段ではない
(The Mainichi Medeical Journal, May 2007 vol.3 No.5 p426-427)
血液型は?と聞かれると、いつも「A型}と答えてきた。両親はいずれもA型だというし、自分もA型だと信じてきたからだ。
だが、最近、公式の書類に血液型の記載を求められ、ハタと考えてしまった。いったい私はいつ、血液型を調べたのだろう。当然、生まれたときに調べて、母子手帳なぞには書いてあったに違いないが、母親に聞いても「さあ、いつ調べたのかしら」というばかり。ものごころがついてから、自分で調べた覚えはどこにもない。
もし、実はB型だった、などということになると、私の人生はひっくり返るのだろうか。そんなことを思ったのは、最近の「親子の関係」のあれこれが気になっているからかもしれない。
民法の「300日規定」
1つのテーマは、民法の「300日規定」である。日本の民法は、「子どもの母親は産んだ人。この子どもを妊娠した時に母親が結婚していた場合、父親はその結婚相手と推定する」というのが基本だ。さらに「結婚してから200日より後に生まれた子どもや、離婚から300日以内に生まれた子供は婚姻中に懐胎したものと推定する」と規定されている。
これと連動して、女性には6ヶ月の「再婚禁止期間」が設けられている。離婚後、すぐに結婚して201日目に子どもが生まれると、法律上、再婚相手の子どもでもあり、前の夫の子どもでもあるということになってしまうからだろう。
民法の規定は「子どもの身分を安定させる」という趣旨ではあるだろうが、これらの規定が「時代に合わない」という声が高まっている。
離婚から300日以内に再婚相手との間に生まれた子どもは、裁判をしないと再婚相手の子どもとして出生を届けられない、というのが1つの理由だ。家庭内暴力(DV)などが原因で離婚した女性にとっては、裁判で前の夫に「自分の子ではない」と証明してもらうこと自体が、苦痛となる。「再婚相手(現夫)の子ども」という出生届が受理されず、無戸籍になっている子どももいる。
こうした事態への1つの解決策として、与党は一時、300日規定を見直す「特例新法案」をまとめていた。離婚後300日以内に生まれた子どもでも、前の夫が「自分の子でない」と認め、生物学的な親子関係を証明するDNA鑑定書を添えれば、再婚後の夫の子どもとして出生届を提出できるという内容だ。あわせて、女性の再婚期間を100日に短縮するというものだった。
「DNA鑑定で決着」に違和感
この法案は「婚姻制度をおびやかす」といった自民党保守派の慎重論に阻まれて棚上げとなった。中には、女性の「貞操観念」まで持ち出す人もいて、私の周りではひんしゅくをかった。一方、法務省は、離婚後の妊娠に限り「再婚した夫の子」と認める通達を出す方針という。
実は、何年か前に、女性の再婚禁止規定についての新聞コラムで取り上げたことがある。「問題があればDNA鑑定で分かる時代に、再婚禁止になんの意味があるのか」という趣旨だった。
基本的な認識は変らないし、法務省が「離婚後の妊娠」にこだわるのはどうかと思う。しかし、最終的な父子関係は、すべてDNA鑑定で決着をといわれると、これにも違和感を感じる。おそらく、「親子関係とは何か」と考えるできごとが多いからだろう。
例えば、向井亜紀さんの代理出産の例がある。向井さん夫婦は、亜紀さんの卵子と夫の精子を体外受精して受精卵を作り、これを米国ネバダ州の女性に代理出産してもらった。ネバダ州の法律では、生まれた子どもたちは向井亜紀さんの実子とすることができるが、日本の民法では「産んだ女性が母親」だ。向井さんは最高裁まで争ったが認められなかった。
裁判所は「特別養子」を勧める参考意見も出している。しかし、向井さんは今のとこと、米国籍のまま子どもたちを日本で育てる選択をしている。
もし、「親子はDNA鑑定で生物学的に決定する」ということになれば、このケースは向井さんの実子として出生届が受理されることになるだろう。そこに、代理出産が介在したことは 「なかったこと」になる。それでいいのだろうか?
なんらかの原因で卵子が作れない女性が、姉妹や友人から卵子をもらい、パートナーの精子と体外受精して受精卵を作り、自分で産むという方法を進めようとしているグループもある。これを実行した場合、生物学に従えば、子どもは姉妹と夫、女友達と夫の子どもになる。「向井亜紀さんの主張を認めてあげて」という人たちは、こちらのケースをどう考えるのだろうか。
生物学的な親子関係を重視するなら、向井さんの主張は正しく、卵子をもらって産んだ人は「実母」ではなくなる。逆に、「産んだ人が母親」なら、卵子をもらって産んだ人は「実母」で、向井さんは「実母」ではない。
子からみた関係は?
現行の民法は、「婚姻と生殖」を一体のものと考えている。そのうえで、子どもの身分を安定させようとしている趣旨はわかる。
だが、普通の生殖であれ、生殖補助技術を利用した生殖であれ、実態はそこから離れていってしまった。
民法についていえば、300日規定も女性の再婚禁止も廃止し、子どもを産んだ人を母親、子どもが生まれたときの夫やパートナーを父親とすればいいのではないか。父親に異論があればDNA鑑定でも裁判でもして、決着をつければいい。
代理出産や卵子提供には、基本的に賛成できない。そこにある原理は「どういう手段であれ、子どもがほしいと思った人が親」という欲求に基づいたものであり、子どもにとっては危うい原理だと思えるからだ。
私は結局、病院で血液型を調べることにした。その結果が示す限り、生物学的な親子関係に矛盾はなかった。
万が一、生物学的親子関係がなかったとしたら、本来の出自を知る権利だけは確保しておきたい。その一方で、生物学だけが親子関係を決めるわけではないということを、身をもって感じたことだろうと思う。
すみません。著者名を書くのを忘れたのでコメント欄で補足。
青野 由利
毎日新聞社論説委員
科学記者としてあらゆる分野をカバー。
特に生命科学と宇宙科学が好み。
著書に「遺伝子問題とは何か」「ノーベル賞科学者のアタマの中 物質・生命・意識研究まで」など。
投稿情報: suzan | 2007年8 月14日 (火) 15:44
紹介記事では卵子提供の話ばかり書いてありますが、
卵子提供は体外受精が始まった、1980年代以降の出来事で、数的にも少ない。
遺伝学上の親と、法律上の親とが違うということで言えば、
それよりずっと前から、夫以外の男性による精子提供(AID)が行われ、相当な数にのぼっています。精子提供については、夫が不妊治療に同意し、生まれた子の父親たることを争わないという方法により、法律上は全く不問に付されてきました。
精子提供の結果に満足している家族では、DNA鑑定による親子決定なんてクソ食らえと思っているに違いありません。
しかし治療への同意は現状では紳士協定に過ぎませんから、もしも夫が翻意して嫡出否認の訴えを提起したら、、DNA鑑定によって父親でないことは立証されてしまいます。さればと言って遺伝学上の父を訪ねても(提供者の記録があればですが)、たぶん認知は拒否されるでしょう。裁判所も業務的な精子提供者について強制認知は認めない可能性が大ですが、そうすると子供は父親不明の非嫡出子扱いされて、非常な不利益を受けます。
このような困った事態を解決するためには、判例だけでは限界があります。
卵子提供、精子提供を含めて、生殖医療の法律関係を一度、包括的に整備する時期に来ていると思います。
投稿情報: YUNYUN | 2007年8 月14日 (火) 18:48
AIDでそんなことが起こるなんて、想定もしていませんでした!
たしかにそのとおりかもしれません~
投稿情報: 僻地の産科医 | 2007年8 月14日 (火) 21:56
女性は「自分が生んだ子供は自分の子」という確信が持てますが、男性にとっては、妻が産んだ子どもが自分の遺伝子を持っているのかどうか、それこそDNA鑑定でもしないと確かめようがないわけです。
AIDが法律的に議論されないままに受け入れられてきた背景には、この文章中にあるように「婚姻と生殖を一体」のものとしてみる社会的な習慣が存在するのだと思います。
今では、婚姻と生殖が乖離しつつある。法律は子どもの身分を安定させるためのものだった、ということは理解できますが、いまや、この法律が一部の子どもたちの身分を不安定なものにしていることは明白です。
DNA鑑定で全部を決める、という考え方には賛否両論あるでしょうし(私は反対)、それでもどこかで取り入れざるを得ないのでしょうが、きちんと今の民法、「誰がどんなふうに子どもの父親、母親と規定されるか」を考えなおさないとダメではないのか?と思います。
投稿情報: suzan | 2007年8 月15日 (水) 08:08