臨床婦人科産科 2007年03月発行(Vol.61 No.3)
今月の臨床 周産期医療の崩壊を防ごう
http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014633.html
産科オープンシステムを目指して
2.米国(ハワイ州)における産科オープンシステム
朝倉 啓文・他
(臨婦産61巻3号・2007年3月 254-257)
はじめに
オープンシステムは米国型の診療システムである.産科臨床におけるオープンシステムについて,米国ハワイ州で長く産婦人科医療に従事している矢沢珪二郎医師に直接質問し,平成!8年度現在の米国における産科オープンシステムについてご教示いただいた.その概略を記す.
米国における産科オープンシステム
1.米国の分娩施設
米国には個人経営の分娩施設や病院はない.米国ではごく一部の妊婦が家庭分娩をしている以外は,ほとんどの妊掃健診はオフィス医師が行い,分娩は病院で同じ医師が取り扱っている.いわゆるオープンシステムである.
病院内には,麻酔医も,新生児医やレジデントも24時間体制で待機しており,いろいろなサポートが受けられ,マンパワーの面では非常に有利である.それだけでなく,医療の質を維持しうる環境としてもオープンシステムが機能している.
米国の病院では,分娩数が年間4,000件くらいを採算ライン(beakevenpoint)としており,日本で,ある程度大規模といわれる産科病院程度の年問1,000~2,000例程度は少なく,この規模では米国の病院経営は成り立たない.入院数は,通常の経膣分娩で3日程度である.1日という時代もあったが,妊婦から短すぎるとクレームがついたこともあり,また短期問過ぎる入院に伴う危険もあるため,現在では3日程度の入院が普通である.
日本と比較すると,分娩の集約化が完全に行われているといえる.オフィス医師(開業医)が手術,分娩,そのほかの医療活動を病院で行うためには,病院との問の契約(privilege)が必要である.
契約のためのまず第一の条件は,所定のレジデンシーを終了した医師で試験に合格し,産婦人科専門医としての資格を持っていることである.専門医になるためには4年問のレジデンシーが必要である.そのうえで病院とのprivilegeを結ぶのであるが,資格審査については後述する.
2.病院内の勤務医
ハワイ大学病院の場合,Matemal-Feta1Medicineをsubspecia1tyとするPerinato1ogistが3人おり,そのほかに産科のレジデントが24人ほどいる.この人数で病院内の産婦人科診療をまかなっている.レジデントは1学年6名程で,4年間が所定の研修履修期間である.この病院の年間出生数
は7,000例で,1年生のレジデントは年問150例程度の帝切を行う.
3.オフィス医師
病院との問でprivilegeを得た開業医は,オフィスで日常的に妊婦を診察する.病院のなかにあるオフィスで開業できれば好都合であるが,病院内オフィスは人気が高く,病院内に設置できない医師も多い.そのため,病院以外のMedical Building(他科の開業医のオフィスが集合しているビル)で開業するものが多い.このMedical Buildingには医師以外はテナントして入居できないのが通常である.
ハワイのカピオラニ病院の場合,11階の病棟のうち,医師のオフィスが9,10,11階を占める.開業形態は,1人のこともあれば,複数が共同でオフィス開業(grouppractice)をする場合もある.当然,医師が余暇のときや,都合で休診しなければならない場合には共同診療は利便性が高い.1人で診療している医師なら,休診の場合には必ずほかの医師に依頼する.そのため,オフィスには必ず秘書がいる.また,医師は常にポケットベルと携帯電話を準備しており,24時間常に患者からの接触が可能である.患者からの医師に対する接触が不可能,あるいは著しく遅延して不測の事態が発生したときには,医療過誤訴訟の対象となる.患者から医師に接触できないときには,法律上は,医師は患者を放棄(abandonment)したとみなされ,医学部卒業時に宣誓したアリストテレスの誓いに対する違反である.
したがって,休暇などで患者からの接触が不可能になる場合には,あらかじめほかの医師によるカバーをアレンジしなければならない.この体制は医師にとってかなりの精神的,時問的な負担であるが,オープンシステムが成立するための大事な条件でもある.
医師に対する電話連絡を確保するために,通常医師会には医師会交換台があり,患者は医師からの反応がない場合にも.医師会交換台に電言舌をすることにより医師との接触を確保できる.この医師会交換台ではすべての通信記録をその内容とともに保存して,訴訟対策としている.
また,1つのオフィス医師はおおよそ3~4の病院とprivilegeを結ぶ.複数病院と契約を結ぶことで,妊婦が希望する病院の提供が可能となる.
妊婦健診は,妊娠32週までは4週問ごと,妊娠32~36週までは2週間に1回,36週以降では毎週である.妊娠36週ごろになると,妊婦のカルテのコピーを病院に届け,患者には病院で登録してもらう.その後に起きる何かの際には,妊婦は急患としていつでも病院に入院できる.
4.妊婦が陣発したとき
妊婦が陣発した場合には,妊婦は自分のオフィス医師に連絡し,病院へ行く.もはや病院に登録されているため,妊婦が直接病院を訪れてもかまわない.
病院では,レジデントがトリアージのため妊婦を診察し(全身状態のチェック,内診,胎児心柏数モニタリングなど),オフィス医師に連絡する.その所見をもとに相談し,オフィス医が入院するか否かを決定する.病院には原則として助産師はいない.
オフィス医は入院患者の主治医であり,入院した患者の責任を負うことになる(レジデントに責任転嫁されることは原則的にはない).そのため,レジデントや看護師への指示もすべてオフィス医がオーダーする.いわゆるルーチンのオーダー
(standingorders)については,病院内に医師のサイン入りの(オーダー)用紙が備えられており,それを使用する.オフィス医は妊婦が入院したら分娩まで気が抜けない事態になる.夜中などでは,レジデントがフォローしてくれる場合もあるが,医師は当然待機する.このため,病院の近くに居住する医師も多い.
また,日中のオフィスの開業時問内であっても,分娩が病院で進行している場合には,開業医はいつでも病院へ行ける態勢でなければならず,日中の診療予約をキャンセルすることもしばしばである.
5.帝王切開の場合
選択的帝王切開が必要な場合には,オフィス医が病院に電話し,日程などの予約を取る.麻酔医は患者が入院してから術前にチェックをする.
産科セクションには常に麻酔医が2人おり,24時問をカバーしている.そのため,分娩途中あるいは分娩後に患者が急変した場合などには,病院のPer1nato1ogistらとともに麻酔医も患者の処掻に当たることができる.緊急帝切に際して帝切決定から切開開始までの時問(decision-to-incision time)が30分以内であることが,米国産婦人科医会による病院基準の目安である.
無痛分娩が約70~80%と多く,anesthesianurseとともに麻酔医はこれを行う.そのため,ときには麻酔医の不足を感じることもある.
6.妊婦のリスク評価
ハイリスクの妊産婦を取り扱う場合は3種類の方法が考えられる.まず,
(1)オフィス医(atendingphysician)に自信があれば,白ら病院に入院させて治療,処置を白ら決定する.
(2)病院内のmatemal-fetalmedicineのsubspecia1tyを持つperinatologistに相談して,共同で管理する.
あるいは,(3)病院のperinatologistに紹介し.すべてを任せる、例えば,HELLP症候群などリスクが高いものは3番目が多い.
オフィス医師は妊産婦のリスクの評価について自ら責任を持ち,その評価に応じて患者の取り扱いを決定する.病院内のPerinatologistとは常に連絡が取れ,入院患者の状態に応じてそのつど相談できる.その結果,完全にperinato1ogistに患者を依頼することもある.逆に病院側の医師から応援が提供されることもある、オフィス医はレジ
デントとともに診療をするので,病院内のperinatologistとの連絡もより容易な環境にある.
7.Privilegeを持つためには
病院との間にPrivi1egeを持つということは,成功しても失敗しても,自らの裁量のなかで医療を行っているということである.それだけに責任は重く,Privi1egeをもってオフィス診療をする医師は,客観的にみて適正な医学的判断を下せる人物でなければならない.
このPrivilegeを得るに当たっては医師をメンバーとする委員会による審査を受ける必要がある.専門医資格の有無などの書類審査と,医師の人格や人柄に対する友人からの推薦,そのうえ,実際の手術5症例の供覧が必要になる.患者の入院,治療に当たり,病院におけるレジデントや看護師,助産師などとの共働作業が必要であるため,人聞的にも偏向することのない人間性も要求される.
また,間題があるケースや珍しいケースについては,週1回のケースカンファランスで検討が行われる.教育的な意味も含め,チームとしての質を高めるような努力がなされている.病院内の活動に関しては常にレジデントが関与し,レジデントに教育機会を提供することにもなる.
8.契約の延長
誤った医師の判断で過失を犯す場合がないように,病院との契約は1年ごとに行う.従来どおりの契約でよいか,あるいは病院における医療行為を制限したほうがいいのか,研修義務を契約条件に課したほうがよいのかなども含め,Credentia1Committeeが決定する.
実際に医師の過失が生じた場合でもCredentia1 Committeeは法的には免責となることが多い.あまりひどい医師に対しては,審査のうえ契約打ち切りも実際にある.
このCommitteeはオフィス医師で構成され,順次持ち回りで必ず役割がくる.
9.分娩費用
分娩費用は大まかに10,000ドル程度,そのなかで,病院が8,000ドル,オフィス医師は妊婦健診も含めて2~3,000ドルが収入になる.ちなみに,ハワイ州では,経膣分娩と帝王切開との差額が100ドル,またカリフルニア州では同額である(これは帝切による経済的報酬の上積みを帝切の目的,適応から排除するための保険会社による措置である).分娩費はオフィス医師に支払われ,入院費は病院に支払われる,オフィス医師がやむをえない事情で分娩に遅れ,レジデントが分娩を取り上げるようなときなどでも,分娩費はオフィス医に支払われる.ときにはほかのオフィス医が分娩を取り上げることもあるが,その場合でも同様である.分娩費の80~100%は保険がカバーする.
10.医師賠償責任保険
ちなみに,産婦人科医の医師賠償責任保険はハワイで年問62,000ドル(約700万円)はかかる.保険費用は州によりまちまちで,2005年のデータによると,フロリダ,イリノイ,オハイオ,コネチカットなどは驚異的で299,000~170,000ドルと高額であり,一方,ネブラスカ,アイダホ,ミネソタ,サウスダコタなどは低額で17,000ドルから21,000ドルと大きな隔たりがある.
11.米国の勤務医,開業医
病院の産婦人科にはPerinato1ogist,Onco1ogist,Endocrino1ogist,入院患者の治療を専門に行うHospita1istなどで,合計7~8名の専門医がおり,これらの専門医は病院の直接雇用である場
合が多い.また,これらの専門医は,通常,大学でポジションを持っている.この病院とprivi1egeを結ぶ開業産婦人科医は約60名程度おり,米国では適正な人数と考える.
なお,米国の産婦人科医の95%はこのようなオフィス医で,privi1egeを持つことにより白由な病院活動が可能になる.病院雇用の産婦人科医は5%程度にすぎない.
12.医師免許更新
近年,医療過誤などでの訴訟が大きな問題となっているが,この点を考えても,分娩のオープンシステム化を止めることはできない.また,医療事故の防止のためには,医師免許取得後も免許更新は2年に1回行われ,その免許更新のために年
問50時問以上の研修義務が課せられている.このシステムの維持のためには,何よりも杜会的に専門医の地位を高めることが必要である,また,attendingphysicianのレベルを高く維持するためには,peerreviewにより相互的な監視シス
テムが機能することが重要である.
日本の産科医療との相違
米国では日本と異なりほとんどが病院分娩で,分娩の集約化が完全に行われている.オープンシステムが完全に機能しているため,いわゆる病院勤務医と開業産婦人科医の割合が大きく異なっており,開業医にとって非常に有利なシステムとなっている.そして,このシステムを可能にしているのは,産科専門医の社会的な地位が高いこと,そして,産科専門医が常に良好な医療を行えることが保証されていることなどによる.日本においても今後学ぶべき点は多い.
日本の産科医療でも,現在,産科オープンシステムが考えられ,試行されているが,日米では,長年構築されてきた医療形態があまりにも異なっているため,早急に変更することができるシステムではない.ただ,このシステムの最大のメリットは,病院の麻酔医や新生児科医,また看護師などが1人の妊産婦の周辺に分娩時に待機することが可能になることである.今後,日本で普及するためには,分娩のみでなく,病院の集約化なども考えなければならず,十分な準備期問が必要であると考えられる.
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