ハワイ大学医学部産婦人科 矢沢珪二郎
(産科と婦人科 vol.71 No.4 2004-4 p437-441)
要旨
米国の母体死亡は1900年より低下を続けたが.1980年代になって,その低下傾向は停止し.横ばい状態となった.その発生は,現在,1生存児分娩10万例に対して11くらいの割合で推移している.これは、米国政府が掲げた目標の3.3という数字よりはるかに大きい.米国における母体死亡の顕著な特徴は,それが黒人において大きく.白人において小であることである.その差は過去60年間にわたり3~4倍で推移して締小傾向はみえない.また.母体死亡は30歳以下の場合にもっとも低く,35歳以後は増大する.
米国における母体死亡
歴史的にみると,米国における母体死亡は1900~1930年にもっとも高く、生存分娩10万例につき700~850のレベルにあった.ちなみに.米軍による攻撃を受けたアフガニスタンのヘラト地方(総人口1OO万)での最近の母体死亡は生存分娩10万例例中593人と報告されている.この時代の母体死亡の40%は敗血症にともなうもので、それ以外の原因は出血と妊娠中毒症であった.敗血症の半数は分娩によるもので,あとの平数は非合法妊娠中絶によるものであった.
1938~1948年の10年間に(自宅ではなく)病院での出産率は55%から90%に増加した.病院では減菌法が確立されていた.この10年間で母体死亡率は71%減少した.1960年代になり妊娠中絶が合法化されると、非合法妊娠中絶にともなう死亡は89%減少した.その後,母体死
亡は図1にみるように順調に低下を続けたが1982年以降はその減少が停止し.児が生存して生まれた分娩(live-birth)10万例につき10~13ほどのレベルである(以下,母体死亡は「児生存分娩10万例につき」の数値であらわされるのが通常である).なお.この期間における,妊婦死亡率と並んで重要な指標である新生児死亡率の推移は図2に示す.
妊婦死亡統計
米国の政府機関であるCenter for Disease Control(CDC)は,そのPPregnancy Mortality Surveilance Systemにより,妊娠の1年以内に発生した死亡例をすべて集計している.そのうえさらに,それらを胎児死亡証明書および新生児死亡証明書とにマッチさせて.死亡と妊娠との関連の有無を疫学専門家が検証する方法をとっている.死亡証明書に,それが妊娠と関連のあるものかどうかを記す欄を設けることは,多くの死亡から妊娠関連死亡を選別するよい方法である.妊娠関連死亡はそのすべてが把握されず.その実数は報告されているものよりも30~150%多いといわれている.妊婦死亡は分娩にともなうもののみならず,妊娠中絶や子宮外妊娠,死産,などによるものを含む.分娩時の死亡という印象を与えるmatemal mortallly(妊産婦死亡)という用語よりも、妊娠関連死亡(pregnancy relatedmortality)という用語がより適切であるゆえんである.
母体死亡と妊娠の結果
妊娠に関連した死亡(pregnancy related mortalily)のすべてが,生存胎児にともなうものではなく.児生存分娩(live-birth)にともなうものは全体の60%である.それ以外に,分娩の起きなかった妊娠(undelivered pregnancy)にともなうものは10%,死産にともなうものは7%ある.図3は1991~1999年に起きた母体死亡を、妊娠の結果(outcome of pregnancy)に基づいて分類したものである.このうち.13%は母体死亡時の妊娠アウトカムが不明である.子宮外妊娠に伴うものは,白人の場合はその4%に,黒人ではその8%にみられた.児生存分娩は全体の60%を占めている.
なお、その妊娠が何番目の妊娠かという生存分娩順位(live-birth order)も母体死亡との関連がある.すなわち,5番目以上の妊娠ではその死亡率は第1回目の妊娠の場合の2倍である.
人種と年齢による相違
米国における妊婦死亡を見ると,白人と黒人の差異が目立つ.黒人の妊婦死亡率は白人の場合の約4倍で,その差は縮小していない.妊婦死亡には年齢差が見られる.妊婦年齢が35歳以上になると妊婦死亡率は増加し,さらに,40歳以上では35~39歳妊婦の2倍に、また30~34歳妊婦の4倍に達する.図4は年齢群別に身た妊婦死亡を白人と黒人に分けてみたものである.同じ年齢層においては常に黒人の死亡率が高い.
1999年の統計を見ると、黒人妊産婦死亡率は生産10万例につき30.それに対して.白人の場合は,同8.1である.このギャップは過去60年間にわたり継続している.
なお,米国政府機関である疾病統計センター(CDC)によれば.この人種間の妊婦死死亡率相違の原凶を「不明」としているが,米国での黒人がおかれた社会的,経済的に劣悪な環境をみれば,その理由は十分に携測することができる.
妊娠から死亡までの時間的感覚
CDCによれば、1991~1999に発生した4,200例の妊婦死亡のうち,その80%にあたる3,378例で(生産,死産,子宮外妊娠.妊娠中絶などの)妊娠終了時と死亡時との時間差が判明している.24時間以内に死亡したものは34%.1~42日間の死亡は11%,43~365日までのものは11%であった.なお.CDCの統計では妊婦死亡とは妊娠終了時点より365日以内の死亡をさす.
これを原因別に見ると,塞栓によるものは,その52%が24時間以内に死亡し,出血による死亡の68%が48時間以内に発生している.心筋症による死亡の45%は妊娠終了後43日以内に発生している.図5は死亡原因別に妊娠終了から死亡までの時聞(日)をみたものである.
妊婦死亡の原因
妊婦死亡の主要原因は塞栓(20%),出血(17%),妊娠により起こされた高血圧(pregnancy induced hypertension :PIH)(16%)である.これらの原因による死亡は過去20年間暫減しているが,心筋症(cardiomyopathy)による死亡の割合は1991年の6%から1999年の11%へと増加しているが,統計的には有意ではない.「それ以外の疾患」による死亡は.1991年には全体の14%だが、1999年には20%である.その内訳は,心血管障害によるもの(34%).肺障害11%.神経血管障害7%である(図5参照).妊娠のアウトカムによる妊婦死亡原因は、1991-1999年のCDC統計から引用すると.以下のようである(表1参照).
・生存児分娩では.塞栓(21%).妊娠高血圧(PlH)19%.その他17%である.
・死産に終わった妊婦では.その主要原因は、出血(21%).妊娠高血圧(20%),感染症(19%)である.出血は早期胎盤剥離と子宮破裂がおも
なものである.
・子常外妊娠による妊婦死亡は出血によるものが93%であった.
・自然流産と妊娠中絶にともなうものでは,感染症(34%).出血(22%).その他の疾患によるもの(16%)であった.
・妊婦死亡時に児がまだ出産されていない状態(undelivered)の場合には,死亡原因は「それ以外の疾患」が34%,塞栓が25%であった.
塞栓のほとんどは血栓によるものである.図3は死亡の何パーセントがどのような妊娠アウトカムによるものかを示す.
結婚と教育
妊婦死亡は既婚か未婚か,また,どの程度の教育を受けているか.によっても相違する.全体としては既婚女性よりも未婚女性で死亡率が高い.ただし,黒人では末婚女性よりも既婚妊婦で死亡率が高い.白人では逆である.図6は既婚と未婚における死亡率の差異を人種別にみたものである.
20歳以上の妊婦では教育程度が高いほど死亡率は低い.どの教育レベルで比較しても.黒人妊婦の死亡率は白人妊婦のそれより.実にに.3~4倍の高さである.図7は妊娠の教育期間別に見た死亡率をさらに年齢別に区分したものである.
要約
・米国における妊娠関連死亡率は1900年以来減少しているが,1980年代以降は横ばいで,それ以上の減少はおきていない.
・妊娠関連死亡が横ばいであるのに対し,新生児死亡率は減少傾向が継続している.
・妊娠関連死亡率は.過去60年来.常に黒人において高く,白人において低い.その差は3~4倍である.1996年の統計では,黒人の場合.生産10万例につき30.白人では同8.1である,
・妊娠関連死亡は高齢妊婦においてより高い.妊婦年齢が35歳を過ぎると死亡率は急速に高まり.40歳以上では.30~34歳の場合に比較して.死亡率は4倍に達する.
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