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H15年の医会報です。 ぽち→
脳出血・脳梗塞などの間接産科死亡(妊産婦死亡ではあるけれど、産科的疾患によらない死亡)としてはこの頃から注目されていたのですねo(^-^)o !
妊娠中から産褥時に発症する脳出血の頻度は約2000-14000分娩に一例とあります。
死亡に至る例は厚生省研究班の報告からは
出生10万あたり1.1例が死亡に至ると推測されるそうです。
(部位と出血量によるでしょうね!)ではどうぞ!
妊娠中の脳出血・脳梗塞
宮崎医科大学周産母子センター 助教授 鮫島浩
(日本産婦人科医会報 平成15年9月1日号 p10-11)
問 日本で妊娠中の脳出血・脳梗塞が問題となっていますか
答 妊産婦死亡の主要な原因の1つとして注目されています。
厚生省研究班で平成2~3年の妊産婦死亡(2年間の総数230例)を検討した結果を図に示します。この研究では、研究班員が医療担当者に直接インタビューし、その死因を確定し、さらに専門家を交えて救命の可能性を推測しました。聞き取り調査が可能であった197例(86%)を詳細に検討したところ、脳出血・脳梗塞が全死因の約14%を占めていました。出血性ショックが死因として最も多く、脳出血は第2位であり、現在問題となっている肺塞栓や羊水塞栓による死亡と同程度の頻度です。
母子保健の統計では、脳出血・脳梗塞は主に間接産科的死亡に分類されています。厚生省研究の対象となった平成2年の間接産科的死亡は105例中14例であり、一方、平成13年の母子保健統計報告では、妊産婦死亡76例中15例が間接産科的死亡と報告されています。このように、妊産婦死亡の総数は減少していますが間接産科的死亡の総数は変化しておらず、脳出血・脳梗塞は妊産婦死亡の主要原因としてますます重要となっていると推測されます。
問 原因疾患は
答 代表的な原因疾患を表1に示します。脳出血の原因には、脳動脈瘤、脳動静脈奇形(AVM)、もやもや病などの先天的な脳内の異常血管からの出血と、重症妊娠中毒症などの高血圧性脳出血とがあります。
最も多い疾患は脳動脈瘤の破裂と考えられています。
脳梗塞の原因には先天性のトロンボフィリア(訳語として栓友病や易血栓症が用いられています。原因としてproteinC, proteinS, AT-3の欠乏など)や後天性のトロンボフィリア(抗リン脂質抗体症候群や羊水塞栓など)、心弁膜疾患や不整脈などが知られています。
問 発症頻度は
答 妊娠中に起こる脳出血と脳梗塞の発症頻度は同じくらいといわれていますが、母体死亡にまで至る症例は、前述の厚生省班会議の検討から、脳出血の方が多いと推測されます。
妊娠中から産褥期に発症する脳出血の頻度は約2,000~14,O00分娩に1例です。その中で母体死亡に至る頻度は、出生10万当たり1.1例と推測されます(前述の厚生省研究班の報告から)。脳梗塞の発症頻度は約2万分娩に1例であり、母体死亡に至る重篤な症例の頻度は極めて少ないと推測されます。ただ、妊産婦の高齢化や社会環境の変化に伴い、生活習慣病や自己免疫疾患に伴うトロンボフイリアが増加し、妊娠中の脳梗塞の頻度が増加する可能性があります。
問 発症時期や症状は
答 例えば脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血を来すと、激しい頭痛、項部硬直、嘔吐などの髄膜刺激症状や、意識レベルの低下、片麻痺、けいれんなどを起こします。妊娠中から分娩中、あるいは産褥期まで、いつでも発症する可能性があります。脳実質内出血や脳梗塞でも同様の症状を来しますが、脳梗塞では軽症な場合もあります。また、脳梗塞は深部静脈血栓症などと同様に、産褥期に比較的多い傾向を認めます。
問 妊娠中のけいれんで、子痛発作などとの鑑別は
答 妊娠中にけいれんを起こす疾患として、子癇、てんかん、脳脊髄膜炎、脳腫瘍などと鑑別する必要があります。原因が特定できない場合には子癇発作として対処するのが原則です。
一般に子痛発作では妊娠中毒症が先行し、典型例では顔面のチック様発作から始まり、全身性の間代性強直性けいれんとなり、口の開閉を繰り返し、次第に落ち着き、やがて意識を回復しますが、多くは発作前後の記憶を消失します。適切な治療を行わなければけいれん発作を繰り返し、母児の予後が悪くなります。
しかしながら、高血圧性の脳出血を発症しなければ、片麻痺や、長期間の重度の意識消失や、項部硬直を起こすことは稀です。したがって、妊娠中毒症を伴わない場合、片麻痺や運動障害が強い場合、激しい頭痛や項部硬直、発語障害や脱力や一側の眼症状など子病発作とは異なる可能性がある場合には、画像診断を行い脳出血や脳梗塞を除外する必要があります。そのためにはまず、けいれんのコントロールと、呼吸循環などの全身状態を安定させることが重要です。
問 疑われたときの対処方法は
答 母体の全身管理と母体搬送の手配を平行して行います。表2に主な対処方法をまとめました。
まず、母体の安定化が最も大切です。母体の呼吸、循環、けいれんの管理を行い、早急に専門医に相談して搬送手続きを開始することが望まれます。最初から重篤な症例がある一方、徐々に進行する症例もあります。診断が確定できず疑わしい症例であっても中核医療センターでの管理が望ましいと考えられます。
前述の妊産婦死亡の研究では、搬送の出発時には比較的良好であっても、搬送途中にけいれんを起こしたり、呼吸停止を起こしたりした結果、母体死亡に至った症例が報告されています。搬送中のけいれんに対する処置や呼吸管理(気道確保や補助呼吸、可能であれば挿管など)が母体の救命にとって大切です。可能な限り救急車に同乗して搬送し、途中で症状が悪化すれば携帯電話などで連絡をとることが望まれます。
母体死亡に至った症例の中には、最初の搬送先病院に脳外科や救命救急センターがなく、次の病院に再搬送するまでの間に症状が悪化した症例も報告されています。緊急事態に備えて、あらかじめ搬送先を想定しておくことも重要なポイントです。
医学的かつ社会的な側面からは、脳出血・脳梗塞の可能性を短時間で簡潔に説明してインフォームド・コンセントを得ること、医師が処置に追われている場合には看護師やコメディカルを記録係にして全ての事柄を時間経過と共に記録しておくこと、搬送後なるべく早期にカルテの記載をまとめることが大切です。
問 その他のポイントは
答 脳出血・脳梗塞を起こした妊婦を後方視的に検討すると、既往歴に脳動脈瘤のクリッピング術や非妊時の出血や梗塞発作があったり、あるいは妊娠中にけいれんを繰り返していた症例があったり、また妊娠前のトロンボフィリアの既往などがかなりの頻度で認められました。もやもや病などの家族歴に加え、若年時にけいれん発作の既往がある症例もありました。しっかりと問診を取ることが大切です。このようなハイリスク妊婦は、妊娠の早い段階で一度、中核医療センターに紹介することが望まれます。
問 搬送先の病院の体制は
答 搬送元病院の規模、搬送元の医師の経験や対応能力、搬送時間の長短、疾患の重症度の違い、画像診断の有無など、さまざまな状況下での搬送が想定されます。したがって、救命救急処置ができ、画像診断ができ、産科救急や新生児蘇生ができるよう、多診療科が協力して治療に当たる体制を整えて待機する必要があります。
また、マンパワーの少ない小規模施設からの搬送依頼に際しては、点滴ラインと抗けいれん剤、また気道確保など、母体を安定化させる最低限の準備が整い次第、早急に搬送を引き受ける姿勢も大切であろうと考えています。
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