(関連文献→) 妊産婦死亡 目次 (日産婦誌59巻6号P1222-1224 2007年6月) 日本産科婦人科(日産婦)学会周産期委員会では,2001年から全国の周産期登録施設から全分娩(出産ならびに死産)の個票を集積している.対象は年度によって異なるが,115~125施設が登録しており,年間51,OOO~60,OOO件の分娩が登録されている.これは同時期における日本の全分娩の5%に相当する.今回の妊産婦死亡統計は2001年から2004年までの4年間,215,OOO件の分娩を対象とした.このなかから32例の妊産婦死亡が抽出され,そのうち28例で詳細データを得た.28例の妊産婦死亡例のプロフィールを示す(表19). 表19 日産婦学会の妊産婦死亡と厚生労働省の統計を比較すると,日産婦学会の統計では間接産科的死亡(悪性疾患や脳出血など)が約半数(13/28;464%)を占めており,厚生労働省の同時期の21.2%に比較して多いことが目立つ(表19).重篤な合併症を有する妊産婦が主に周産期センターで管理されたり,最終的には母体搬送されているためであろうと推測される. 妊産婦死亡例 日産婦周産期続計 35歳以上 13/28(46.4%) 26.9% 児の転帰 生 18/28(64.3%) これらの症例の妊産婦死亡回避の可能性について検討した.担当医の意見として,間接産科的死亡では基準疾患の増悪や急激な発症,急速な進行のため全例について救命は不可能であったと回答している.また直接産科的死亡のうち,産科的塞栓や敗血症では,そのほとんどは救命は不可能であったと回答している. これまでに示した諸データから,わが国の妊産婦死亡率は世界的水準からみてもきわめて低値に抑えられており,これまでの産科医の努カが実ったものであるといえる.とくに,妊産婦死亡率が高率となる高齢妊娠が以前の3倍以上に増加しているにもかかわらず,妊産婦死亡が低値に抑制されていることは評価すべきものである. 表21 産科医療の安全対策 1. 三次医療施設の重点化と広域化 わが国の妊産婦死亡率は,世界的水準からみてもきわめて低値であり,最近の高齢妊娠の著増にもかかわらず低値を維持している.妊産婦死亡の死因としては,産科的塞栓,分娩時出血,前置胎盤・胎盤早期剥離,妊娠高血圧症候群があげられる.前置胎盤・胎盤早期剥離や妊娠高血圧症侯群では,早期発見,早期の適切な治療により死亡回避の可能性があるが,そのためには母児の安全性に立脚した周産期医療システムの確立が必要である.間接産科的死亡は基礎疾患に悪性腫瘍や脳出血が多く,死亡回避の可能性は少ないので,妊娠前の健康チェックが望まれる. 妊産婦死亡調査とともに,その背景に重症管理妊婦がどのくらい存在するかを知ることを目的とした. 調査方法と対象 日本産科婦人科学会研修指定施設:834施設 1.妊産婦死亡,救急救命センターあるいは集中治療室管理,人工呼吸管理 1.日産婦学会周産期統計「妊産婦死亡調査(2001~2004)」では,28例の妊産婦死亡が集積され,そのうち15例(53-6%)が直接産科的死亡であり,死因として敗血症,妊娠高血圧症侯群(PIH),前置胎盤・胎盤早期剥離,産科的塞栓が挙げられた(表19). 2.日産婦学会周産期委員会「妊産婦死亡を含めた重症管理妊産婦調査(2004)」では,32例の妊産婦死亡を含む2,325例の宛に至る可能性のあった重症管理妊婦が集積され,1人の妊産婦死亡の約73倍の重症管理妊産婦の存在が明らかとなった.妊産婦死亡32例中19例(59.4%)が直接産科的死亡であり,死因としてPIH,分娩時出血,肺栓塞,胎盤早期剥離が挙げられた(表19). 妊産婦死亡の調査成績は,いずれの方法においても全死亡例を調査したものではないため,調査方法,調査対象施設,調査年度などによってかなり異なっている(表19).母体死亡および重症管理妊婦調査と検討小委員会
委員長: 中林正雄
委員:朝倉啓文,久保隆彦,小林隆夫,斎藤滋,佐藤昌司1.わが国の周産期センターにおける妊産婦死亡の分析と防止対策
A.周産期センターにおける妊産婦死亡の分析
日本産科婦人科学会周産期統計における妊産婦死亡(2001~2004)
総数 【28】 1OO% 母体搬送例 死亡回避の可能性(担当医)
直接産科的死亡 (15) (53.6) (11/15) (5/15)
妊娠高血庄症候群(PIH) 4 14.3 3/4 2/4
前置胎盤・胎盤早期剥離 3 10.7 1/3 1/2
産科的塞栓 3 10.7 1/3 0/3
敗血症 5 17.9 4/5 1/5
間接産科的死亡 (13) (46.4) (8/13) (0/13)
悪性疾患 7 25.0 5/7 0/7
脳出血(PIHを除く) 3 10.7 2/3 0/3
原発性肺高血圧症 1 3.6 0/1 0/1
突発性間質性肺炎 1 3.6 1/1 0/1
肝硬変 1 3.6 0/1 0/1
日産婦学会の妊産婦死亡の概要を検討すると,35歳以上が約半数(13/28:46.6%)を占めていることが目立つ.妊産婦死亡例では平均分娩週数が32.2週の早産であり,帝王切開が75%(21/28)を占めている.また妊産婦死亡例の2/3以上(19/28=67.9%)が母体搬送であった(表20).表20 日本産科婦人科学会周産期統計における1妊産婦死亡の概要(2001~2004)
(2001~2004,n=28) (2004,n=58,118)
平均年齢 32.5歳 32.O歳
初産婦 11/28(39.3%) 54.2%
平均分娩週数 32.2週 39.O週
帝王切開 21/28(75.O%) 32.7%
母体搬送 19/28(67.9%) 13.3%
母体死亡回避可能性 5/28(17.9%)
(担当医判定)
IUFD 6/28(21.4%)
早期死亡 4/28(14.3%)
一方,重症妊娠高血圧症侯群や胎盤早期剥離については,発見や対応が早ければ救命可能な症例もあると回答している(表19).しかし,このような後方視的検討においては妊産婦死亡回避可能と思われても,同時期における重症妊娠高血圧症侯群は約6,OOO件,胎盤早期剥離は約2,100例であることを考慮すると,実際にはそのすべてに早期発見・早期の適切な治療を望むことはきわめて困難であると考えられる.B.妊産婦死亡の防止対策
間接産科的死亡については,基礎疾患が悪性疾患であることが多く,また他疾患についても基礎疾患の増悪が急速であったり発症が急激なために,妊産婦死亡の回避はきわめて困難であると考えられる.今後は高齢妊娠が増加していくことを考えると,妊娠前に成人病検診などの全身的健康チェックが望まれる.
直接産科的死亡については,産科的塞栓の増加に注意すべきであろう.切迫早産,多胎,妊娠高血圧症候群などで長期間安静にした妊婦では,分娩時,帝王切開時に肺塞栓を発症することが多いので,これらの疾患に対しては分娩前からの血栓症予防対策が必要である.
胎盤早期剥離,妊娠高血圧症候群などは,発見や対応が早期であれば救命可能であるが,実際にはその症例数が多いことを考えると,その全てを適切に対処することは困難であろうと考えられる.母児の安全性に立脚した周産期医療システムを確立し,三次医療施設の重点化と広域化,医療施設の機能別役割分担,妊娠リスク評価の普及,緊急母体搬送システムの確立,ITによる医療情報の迅速な伝達など(表21),二重,三重のセーフティネットが構築されなければ,これ以上妊産婦死亡を減少させることはきわめて困難であろうと思われる.今後の周産期医療システムの整備を切に望むものである.
ハイリスク分娩の集約化
2. 医療施設の機能別役割分担
病診連携,オープン・セミオープン病院化
3. 妊娠リスク評価の普及
産科医および妊婦への啓蒙
4. 緊急母体搬送システムの確立
5. ITによる医療情報の迅速な伝達C.結論
2.妊産婦死亡を含めた重症管理妊産婦調査研究
目的
<調査施設>
救急救命センター(高度も含む):164施設 <対象>
2.意識障害,ショック,2L以上の大量出血,輸血,救命のための子宮摘出,DIC,子滴,常位胎盤早期剥離,HELLP症侯群,羊水塞栓・肺塞栓,子宮破裂,心不全・脊不全・肝不全・多臓器不全,脳出血・脳梗塞,敗血症・重症感染症研究成績
考察
日産婦学会による周産期統計(2001~2004)および重症管理妊産婦調査(2004)では,間接産科的死亡が多い.日産婦学会周産期統計では,重症PIHや胎児早期剥離では早期発見,早期の適切な治療により死亡回避の可能性があるが,両疾患は発生頻度が高いので,その全てに適切な治療を望むことは困難であろう.また,日産婦学会周産期委員会による重症管理妊産婦調査(2004)でも,1人の妊産婦死亡にはその約73倍の重症管理妊婦が存在し,2005年の妊産婦死亡数が62人であることから,毎年約4,500人の妊産婦が死に至る可能性をもつ重症管理を受けていたと算定される.すなわち,妊婦の約250人に1人は死に至る危険性があるといえる.そのため,わが国の周産期医療体制構築には,少数の妊産婦死亡数に基づくのではなく,死に至る可能性のある重症管理妊産婦4,OOO~5,OOO人に対応可能なシステムの構築が必要なことが明らかとなった.
コメント