りんご病(伝染性紅斑)が大流行の兆し
妊婦前半の感染は胎児異常や流産の危険も
日経ビジネスオンライン 2007年5月22日
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070521/125284/
ということですので、りんご病o(^-^)o !!!明日、医会報5月号の記事上げますね!
妊婦のパルボウイルス感染症
―リンゴ病患者と接触した可能性がある妊婦から相談されたら―
日本産科婦人科学会雑誌
ACTA OBST GYNAEC JPN vol.59, No5, pp. 1077-1083, 2007 (平成19.5月)
防衛医科大学校産科婦人科学講座指定講師 松田秀雄
はじめに
パルボウイルス感染症は,一般杜会において広く詳しく認知された疾病とはいえない.疾病の理解に際し,妊婦や家族に混乱がみられることが少なからずある.妊婦でパルボウイルス感染症が疑われた場合,診断・管理・胎内感染の危険性・一般的な新生児予後など,本人および家族の心情を斟酌しながらより正確な情報提供を心がけることが重要である.
1.パルボウイルスとは
ヒトパルボウイルスB19(以下PB19)はParvoviridae familyのErythrovirus genusに属するウイルスである1〕.PB19は1975年にB型肝炎のスクリーニングの途中で発見され,その際,パネルBの19番目のサンプル血液中に存在したことから,B19と名付けられた2〕.人間に感染しうるErythrovirusはPB19のほかにgenotype2(A6)とgenotype3(V9)が極めてまれな存在として免疫不全個体から発見され近年報告されている3)4〕が,通常パルボウイルス感染症ではPB19を原因ウイルスとしてよい.ヒトのみがPB19の宿主となるので,家畜,ペット等を通じて感染するものではない.
疾患としてPB19感染症が同定されたのは1981年であり,現在では,正常人において伝染性紅斑(リンゴ病)・関節炎,妊婦において胎児水腫・子宮内胎児死亡,溶血素因のある免疫力の低下した個体ヒおいて一過性骨髄無形成発作( TAC: transient aplastic crisis)などを引き起こすことが知られている(表1).
妊婦で感染が疑われる場合,胎児に意識が向きがちであるが,母体の症状にも注意が必要である.
PB19は大きさ18~26nmのウイルスで動物に感染するDNAウイルスでは最も小さいウイルスの一つである.エンベロープをもたず,5,6Kbの単鎖DNAをもつ.カプシド構造蛋白としてVP1(83kDa)とVP2(58kDa)をもち,非構造蛋白としてNS1(71または77kDa)をもつ.このNS1がPB19のDNA複製と標的細胞のアポトーシス誘導に重要な役割を果たしている.
PB19は赤血球系の前駆細胞上に存在するP抗原(globoside)を細胞受容体とする5)ことが知られている.このことはP抗原をもたないまれな個体はPB19に対し感染抵抗性をもつ事実6)からも明らかとなっている.P抗原は,そのほかに,程度は低いにしても,内皮細胞,心筋細胞,巨核球,胎盤のトロホブラスト上にも発現しており7)8〕,これらの細胞にPB19が感染した際に非構造蛋白NS1が発現しアポトーシスが誘導されるど考えられている.標的細胞にウイルスが侵入する際,受容体はα5β1インテグリンの修飾を受ける.
2.疫学
パルボウイルス感染症は世界的にみられる感染症である.通常の風邪と同様に飛沫感染すると考えられている9〕.単発でも発生しうるが3~1O年ごとの流行10〕もみられる.成人では70%以上の個体がPB19-IgG抗体をもつ11〕との英国からの報告があるが,本邦における正確な実態は不明である.
本邦においては,戦後の衡生環境の改善から抗体保有率が欧米先進国並みに低下しているのではないかと危倶されている.
成人がPB19に感染した際には約4日ないし1O日の潜伏期の後にウイルス血症となり,その期間は5日程度持続する.網状赤血球と血小板,白血球はウイルス血症と同時期に低下,最低値を認める.一方貧血はウイルス血症から約3~5日遅れて出現し,ウイルス血症の改善時に最低値を認める.典型的な二相性症状をたどり,ウイルス血症のピーク時数日(比較的短期間)に非特異的症状があるほか,感染から2週間経ったウイルス血症消失後に特徴的な紅斑や関節痛(比較的長期間)が発生する.しかしながら,約25%の感染症例は無症状であり,50%が風邪症状,典型的なリンゴ病症状は全感染症例の25%にすぎない12).
欧米では,妊婦のPB19感染は約O.25~1.O%に成立する13〕14〕と考えられている.その中で,約2~10%で胎児水腫が発生15〕16〕する.胎児水腫は母体感染から1,2週間ないし8週間の間に発生し,胎児水腫発症からは数日から数週間で胎児死亡となるか,または自然に軽快する17〕。
上記の報告をそのまま当てはめると,本邦の年間出生数を約100万人と仮定したうえで「年間2,500人から1万人の妊婦がPB19に感染し,その中で50人から1,OOO人が胎児水腫を発症しうる」と推定される.
3.感染リスクと予防
PB19は,気道分泌物を介して感染すること(飛沫感染)が強く疑われており,これはボランテイアを用いた鼻分泌物による感染実験でも証明9)されている.家庭内感染の頻度の方が学校・保育所等における感染の頻度より高いことが報告されている18〕.米国では,家庭内にリンゴ病患者がいる妊婦の場合は約50%がPB19に感染し,リンゴ病が流行している学校に勤務する妊婦では約20%の確率で感染がみられ,リンゴ病流行がみられる地域に屠住する妊婦には約6%で感染の可能性があると推定する報告がある19).したがって,一般的に医療従事者,保健事業従事者,学校・保育所勤務者,家族内にリンゴ病発症患者のいる家庭の妊婦にはPB19感染のリスクをあらかじめ語しておいたほうがよい15〕.
PB19は空気中では比較的安定したウイルスと考えられている.したがって,マスク,手洗いなどの感染防御は有効である.一般的には正常免疫能を有するパルボウイルス感染者では,紅斑,関節痛などを発症した後(感染から2週間以降)であればウイルスを排泄せず感染源とはならない20〕と考えられている.したがって,胎児水腫精査などの入院では院内二次感染の心配はない.もし,医療従事者の中に妊婦がいる場合にはマスク,手洗いを励行する.
4.診断
母体のPB19急性感染の診断は,
①PB19-IgMの検出
②PB19-IgGが4倍以上増加したこと
③PB19.DNAを定量または定性する方法
④NS1蛋白またはVP1あるいはVP2を直接測定する方法
などが挙げられるが,①の方法が実際的である.①においては,Anti-VP2の酵素免疫法(EIA: enzyme immmo assay)を用いたほうがAnti-VP1 EIAのものより精度が高く,現在では感度91%以上,特異度94%以上を実現している21〕.
再感染が疑われる症例や,TACなどすでに敗血症の予防・治療のために免疫グロブリンを使用している場合等は③を使用する.
胎児のPB19感染の診断は,
①羊水中のPB19.DNAの定量または定性
②超音波検査の異常の有無
③臍帯採血の異常の有無
④胎児体液中のPB19-DNAの同定
などが挙げられる.前述のごとく,「母体が感染しても胎内感染が成立しかつ症侯性となるのは2~1O%」と報告されているので,事実上,②の超音波検査を1週間ないし2週間ごとに施行し,異常がなければ胎児ウイルス感染の確定診断をしないことが多い.超音波で異常がみられた場合に①などで診断を確定することは技術的に可能であるが,この場合には羊水穿刺を必要とする.「胎児PB19感染の診断確定」そのものが必要であるか否かについてはコンセンサスが得られていない.上記①および④はPB19-DNAを検出する確定検査であるが,②では「胎児水腫」「胎児貧血」「胎児心不全」などから,③では「胎児貧血」などからPB19胎児感染を症侯学的・蓋然的に診断する方法である.勿論③でPB19-DNA検査を施行することは理論上可能だが,比較的大量の膀帯静脈血液を必要とするので,現時点では実際的ではない.
超音波ドプラー検査における胎児中大脳動脈最大血流速度(MCA-PSV:middle cerebral artery peak systolic velocity)の測定22〕は十分な精度をもって胎児の貧血を反映することが示されており,貧血の検査のための臍帯採血の多くを不要にした.
5.胎児水腫
軽度から中程度の胎児貧血であれば胎児は後遺症なく生存する.まれではあるが,重症の胎児貧血があった場合,胎児水腫や子宮内胎児死亡が発生する.前述のMCA-PSyを指標とすることで臍帯採血は不要となった.羊水中の450nm吸光度(△0D450)測定はこの場合有用ではない.なぜならばビリルビン生成を伴う赤血球破壊が貧血の原因ではないからである.
胎児水腫は3-9%(40/1,018)の感染妊婦に発生し,妊娠32週未満に感染が指摘された妊婦に起こりやすい(44%vs.0.8%:妊娠32週未満vs.妊娠32週以降)と報告23〕されている.
一方,表2 13〕23~27)に示すがごとく,現在まで示されてきた報告では,明らかに妊娠20週未満の感染症例で子宮内胎児死亡率が高い.PB19感染妊婦1,343例のうち,胎児死亡は110例(&2%:110/1,343)であった.胎児死亡108例のうち98例(90.7%:98/108)は妊娠20週未満に発生したが,妊娠20週以降に胎児死亡となったのは10例(9.3%:1O/108)にすぎない.したがって,妊娠第一3半期にPB19に感染した妊婦ではより胎児死亡のリスクが高いといえる.胎児死亡が11O例であるのに対し胎児水腫は51例であり,胎児水腫が必ずしも胎児死亡の前段階とはいえない実態も指摘される.また,これらの報告では,母体感染から胎児水腫発症までの中央値は3週間であり,胎児水腫の50%は母体感染から2週間ないし5週間で発症する.母体感染から8週間以内に胎児水腫を発症した症例を累計すると全体の93%を占めている.
胎児水腫は数回から数週間程度で急速に増悪するか,自然に寛解する.自然寛解率は539例中34%であったとの報告がある28〕が,この中では,66%は5週間未満に,20%が5週間以上8週間未満に寛解したとされている.したがって,結果的に自然寛解する症例であっても,相当期間は胎児水腫状態が存在することが予測され,この期間中に入院管理とすべきか否かついてコンセンサスはない.一方,重症の胎児水腫症例では,自然寛解はまれと認識されている.胎児水腫40症例のうち23症例が重症(研究報告の定義では,ヘモグロビン47mmol/1未満かつ心嚢液の貯留がみられるか,または,少なくとも,胸水・5mm以上の皮下浮腫・胎盤浮腫・心肥大・心室収縮の低下・羊水過少・羊水過多のうちどれか一つを満たす症例)と診断された後方視的研究では,重症13例に胎児輸血を施行し11症例は寛解したが,経過観察した重症10例は全員が胎内死亡となった17〕。したがって,重症の胎児水腫が認められた場合には,たとえ妊娠20週以降の感染であっても,子宮内胎児死亡の可能性を説明し,必要に応じて緊急帝切・新生児管理が可能な高次医涛機関に相談するのがよい。
6.胎内治療
胎児貧血,胎児水腫のまま緊急帝切・新生児管理となった場合,新生児は高度の集中治療管理を必要とする.よって,胎内治療の可能性が模索されている.
①胎児輸血(I∪T:intrauterine transfusion)
現在まで研究報告がなされている代表的2論文を紹介する.いずれも前方視的な研究ではないが,侵襲的治療により胎児の予後改善が報告されている.
一つはPB19胎児水腫38症例の後方視的研究である17).胎児輸血をした12例では9例が生存し,胎児輸血をしなかった26例では13例しか生存しなかった(p<O.05).超音波検査の重症度が生存率と逆相関し,胎内死亡の中央値は初回超音波検査から4.5日だった.
もう一つの報告はPB19胎児水腫539症例の後方視的研究28)である.胎児輸血しなかった症例の胎内死亡は30%で,自然寛解率は34%であった.胎児輸血をした症例の改善率は29%であり,児輸血後の胎内死亡は6%であった.
現在では本邦での症例報告を含め,胎児輸血の報告が最も多く,最も支持されている治療法といえる.しかしながら,治療の侵襲性の改善(穿刺法,穿刺針の改善),胎児輸血に使用する血液製剤の質的安全性の確保(感染の危険性や保存血中K+イオン濃度変化の危険性)など,今後さらに検証・改善されることが望まれる.
②母体免疫グロブリン点滴静注
HIV感染による免疫不全妊婦のPB19感染症に対して母体に免疫グロブリンを使用した報告29〕があるが,有用性が明らかではない.症例報告が一つ29)あるのみであり,現時点では汎用されない.
③胎児腹腔内免疫グロブリン投与法(lFAC: immunoglobulin injection into fetal abdominal cavity)
本邦で多施設による検討がなされている方法である.本法は元来サイトメガロウイルス感染による胎児水腫に対する治療として考えられたが,PB19感染症に対して応用した症例報告30)がある.免疫グロブリン胎児医療研究会を中心に症例の集積があり,現在のところ多施設で少なくとも計8例で施行されている.IFACのみで胎児水腫が改善した症例は3例あるが,IFACの有用性を明らかにするには今後のさらなる症例の蓄積が必要である.IFACは抗ウイルス療法であることから,今後①と③の組み合わせによる治療が試みられる可能性がある.
以上,現時点におけるPB19胎児感染症の胎内治療は,「症例に対して推薦すべき必然性が高いもの」とはいえず,一般的には「胎内治療の可能性を説明してもよい」位置づけであると考えられる.本邦において胎内治療を患者に勧めるべきか否かについてのコンセンサスはいまだ形成されていない.しかしながら,PB19感染胎児は,症侯が改善した場合,後遺症なく成長することが見込まれるので,今後の胎内治療の発展が期待される.日本胎児治療学会でパルボウイルス感染症の症例登録を検討中である.
7.新生児予後および成長発違について
PB19による胎児奇形の症例報告は数編31)あるが,その後の疫学研究では関連性が否定32)されている.無病生存例においては,その後の新生児期の問題点は指摘されていない13〕24)33).長期予後・成長発達についても,非感染妊婦から出生した症例と差がないという報告34)~36〕がある
8.PB19に曝露された妊婦が外来を受診したら
PB19に曝露された妊婦が外来を受診したら,まず,PB19-IgMとPB19-IgGを検査するのが望ましい.前述のごとく曝露された環境により感染確率が異なるが,感染率は相当低いこと,感染しても胎児の発症率は低いことなどを説明してよいと考えられる.
①PB19-1gM陰性,PB19-lgG陽性の場合
母体はPB19に対する免疫能を有するので胎児は母体に守られる.
②PB19-lgM陽性の場合
母体がPB19-IgM陽性の場合,初感染が考えられる.
超音波で異常所見がない場合であっても,少なくとも感染から8週問は1週ないし2週ごとに超音波検査を繰り返すのが望ましい.まれながら,母体の感染から8週間以上経ってから胎児水腫が発生した例がある37)ので注意を要する.
③PB19-lgM陰性,PB19-1gG陰性の場合
今後IgM陽性となる可能性があるので,2週間ないし4週間後にもう一度PB19-IgMとPB19-IgGを検査する.もし,その時点で両方が陰性のま
まであれば,手洗い,マスクなどの感染防御の指導をする.
施設によってはPB19-IgGの測定ができないことがあるが,その場合はPB19-IgMの測定をし,③に準ずる.
9.まとめ
妊婦のPB19感染はまれではあるが胎児水腫などを引き起こすことがあるので注意が必要である.正確な情報を患者本人・家族に伝えることにより,混乱をさけることができる.
ワクチン開発の情報であるが,VP1蛋白およびVP2蛋白から構成されるPB19ワクチンは現在のところ,無作為抽出,二重盲検,phase1トライアルの段階であり,成人24人に対し半年で3回投与され,安全そ高い免疫能の獲得が得られている38〕.今後の実用化と本邦における速やかな認可が望まれる.
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