妊婦と喫煙
国立成育医療センター周産期診療部胎児診療科医長左合治彦
(日本産婦人科医会報 平成16年3月1日号 p10-11)
問 妊婦中に喫煙する人はどのくらいいますか
答 正確な喫煙率を把握することは難しいですが、1978年に行われた母子衛生研究会の調査では喫煙の経験者は妊婦580名のうち200名(34.5%)で、妊娠中の喫煙者は26名(4.5%)でした。2001年に行われた厚生労働省の研究班の調査では、1,473名の妊婦のうちで妊娠前に喫煙していた者は317名(21.5%)で、そのうち123名(8.4%)は妊娠中も喫煙を続けていました。両者を比較すると10年あまりの間に妊婦の喫煙率が2倍近くに増加しています。近年、若い女性の喫煙率は上昇しており、現在日本の妊婦の10%前後が喫煙していると推定されます。
米国では、人種や社会階層によって妊婦の喫煙率が異なり、16%から50%と報告されていますが、一般にはわが国よりさらに高率で20%前後と考えられております。今後日本でも妊婦の喫煙率が一層増加する可能性があり、注意が必要です。
問 妊娠中の喫煙は妊婦や胎児にどのような影響がありますか
答 妊娠中の喫煙により胎盤に関連する異常が増加します。一番問題となるのは子宮内胎児発育遅延で、その結果低出生体重児が増加します。一般に母が喫煙していると出生時体重は約200g軽くなり、ヘビースモーカー(1日20本以上喫煙)では約450g軽くなると言われています。また流産、早産(1.5倍)、前置胎盤(2.6倍)、常位胎盤早期剥離(2.5倍)、前期破水などの異常も増加します(表1)。米国では既出早産の15%、低出生体重児の20~30%が喫煙によるものと考えられており、喫煙により周産期死亡率は1.5倍に増えていると言われています。タバコの煙には200種類以上の有害物質が含まれており、その主なものはニコチン、一酸化炭素、タール、シアン化合物、ホルムアルデヒド、窒素酸化物、鉛などです。これらは胎児毒性とともに血管収縮作用を有します。特にニコチンは血管収縮作用が強く、胎盤血管や子宮動脈の収縮を来し、胎盤血流を障害します。また、一酸化炭素はヘモグロビンと結合し、ヘモグロビンの酸素運搬能を低下させ、児への酸素供給が障害され、胎児は慢性の酸素欠乏にさらされます。これらの作用により子宮内の胎児発育が阻害されて子宮内胎児発育遅延が起こり、また主に胎盤に関連する流産、早産、常位胎盤早期剥離などの産科異常が引き起こされると考えられています。
また、妊娠中の喫煙により胎児の呼吸運動が抑制されることが分かってきました。胎児の呼吸運動は胎児肺の発育にきわめて重要であり、児の呼吸機能にも影響すると考えられます。
問 喫煙本数と異常発生率は関連がありますか
答 喫煙本数と異常発生率は関連があります。子宮内胎児発育遅延の程度は喫煙本数が多くなるほど重症になります(図1)。1日喫煙本数の1本当たり約10~15g出生時の体重が減少すると言われています。また早産率は喫煙本数と明らかな相関があり(表2)、
喫煙本数が多くなるほど早産率が高くなります。タバコを1日10本吸うと早産率は11%と非喫煙時の約2倍になり、
1日21本吸うと早産率は25%と非喫煙時の約4倍になりきわめて高率になります。
問 妊娠中の喫煙により児に奇形が生まれますか
答 今までの多くの報告では、妊娠中の喫煙により奇形(心臓、中枢神経系、腹壁など)の発生率の増加ま認めておらず、タバコの催奇形性に関しては現在否定的です。しかし、最近、ポーランドシークエンス(胸と腕の血流障害により一側性胸筋欠損と合指症を生じ
る)や口唇・口蓋裂の発生率がやや増加するとの報告があります。胎児発生初期におけるタバコの血管収縮作用による血流障害が原因となる可能性が考えられます。
妊娠中の喫煙(10本以上)により生後、児の発達スコアの低下を認めたとの報告があります。また、妊娠中に母親が喫煙していると児は多動で興奮しやすくなるとの報告もあります。妊娠中の喫煙が生後の児に神経発達障害を引き起こす可能性が示唆されており、妊娠中の喫煙は胎児に対する神経毒性があると認識する必要があります。
間 妊娠中にタバコをやめても効果がありますか
答 喫煙本数を減らすことにより、常位胎盤早期剥離と低出生体重児の発現頻度が減少します。また、妊娠初期に禁煙した場合は、児の出生時体重の低下はみられずほぼ正常であり、早産率も減少します。これらのことより禁煙の効果が期待できます。したがって妊娠中に喫煙が判明した場合は、直ちに禁煙を慣行させることが重要です。
問 受動喫煙の影響はありますか
答 一般に受動喫煙は1日1~5本程度の喫煙効果があると言われています。したがって妊婦が喫煙しなくても、そばにいる夫が喫煙するだけで喫煙していると同じことになります。また喫煙者が直接吸い込む煙(主流煙)より、タバコの先からでる煙(副流煙)の方が有害であると言われており、受動喫煙の害は甚大です。低出生体重児の発生頻度は、夫の喫煙により1.7倍に増加し、妊婦も夫も喫煙する場合は2.8倍にも増加するとの報告があります。したがって妊婦自身の禁煙のみならず、妊婦を取り巻く周囲が禁煙に務め、妊婦を禁煙の環境におくことが重要です。
問 授乳期の喫煙の影響はありますか
答 ニコチンは乳汁中に移行し、児に影響します。また、乳児の受動喫煙も大きな問題です。乳児突然死症候群(SIDS)は喫煙者の母親に多くみられ、妊娠・授乳期の喫煙との関連が示唆されています。SIDSの原因は不明ですが、脳幹部機能異常や呼吸機能異常が推測されています。妊娠・授乳期の喫煙者はSIDSのリスクが約4倍高くなります。
また授乳期の喫煙により、児の呼吸器感染症、中耳炎、呼吸機能低下、瑞息などが増加します。
間 妊婦に禁煙させる良い方法はありますか
答 妊婦とその家族に妊娠中の喫煙の害をよく説明し、速やかに禁煙を慣行させる保健指導以外にはありません。ニコチンには習慣性がありますが、妊娠前に喫煙していた妊婦の約60%が妊娠判明後禁煙しています。しかし夫や家族が喫煙していると禁煙率は著明に低下します。妊婦が禁煙しても夫や家族が喫煙している場合は、受動喫煙も大きな問題となります。妊娠を契機に「家族そろって禁煙を」をスローガンに禁煙指導をする。夫や家族に対してタバコの害をしっかり伝え、妊娠を契機に禁煙してもらう。それがだめでも空気清浄器の使用、換気扇の下での喫煙、ベランダや室外での喫煙に協力してもらう。根気よく指導する以外にはありません。したがって、医師や看護師・助産師など医療関係者が、自ら禁煙を示すことも重要であります。
問 妊娠中にニコチンパッチは使用できますか
答 通常禁煙するために用いられるニコチンパッチなどのニコチン代替療法が欧米で試みられましたが、妊婦では明らかな禁煙効果は認められませんでした。したがって、妊娠中にニコチンパッチを用いた禁煙法は一般には行われていません。現在妊婦に禁煙させるには保健指導が最良の方法と考えます。
おわりに
妊娠中の喫煙は百害あって一利なしです。妊娠中の喫煙は流産、早産、子宮内胎児発育遅延、SIDSなど種々の周産期異常を引き起こしやすく、また児の神経発達障害との関連も示唆されています。これらの異常は禁煙により予防可能です。このことはきわめて重要です。現在日本において妊婦の喫煙は稀ではなく、約10%の妊婦が喫煙していると推測されます。妊娠初期に喫煙の有無をよく聞き出し、妊娠中の喫煙の害をよく説明し、速やかに禁煙を慣行させることが肝要です。その際、夫や家族の禁煙に対する協力は不可欠であり、十分な保健指導が必要です。病院や診察室での妊婦の受動喫煙がないように医療関係者は十分留意する必要があります。また、若い女性に対する妊娠前からの禁煙の保健指導も重要です。
これは日本の医師国家試験に出題して欲しいですね。妊娠期の禁煙がいかに重要か?医師に教えるには国家試験が一番です。
アメリカでは必ず聞かれる問題です。
投稿情報: Taichan | 2007年7 月13日 (金) 05:46
アメリカ、すごいですね~o(^-^)o..。*♡
なんとなく日本とは風合いが違うようにかんじます。
日本で禁煙教育が進まないのは、
たぶん厚労省が乗り気じゃないからで、
その裏には財務省の力があるんだと思います。
癌対策でもみなさまが指摘していましたが、
私達が思う以上に財務省は強いみたいです(-_-;)。。。
投稿情報: 僻地の産科医 | 2007年7 月14日 (土) 08:57