(関連目次)→カンガルーケアについて考える
(投稿:by 僻地の産科医)
カンガルーケアについて、記者会見をした模様です。
今月号の日本産婦人科医会報よりo(^-^)o..。*♡
出生直後におこなう「カンガルーケア」について
第50回記者懇談会 24.1.18 日本記者クラブ
日本産婦人科医会報 2012年2月号 p3-4
昨今、出生直後に行うカンガルーケア(early skin to skin contact:STS)中に新生児が呼吸あるいは心肺停止となり、新生児死亡あるいは神経学的後遺症が懸念される報告が続いている。これらの多くはカンガルーケアそのものが原因ではないが、カンガルーケアの実施方法や実施中のモニタリング等に問題があったことが指摘されている。これらを鑑みて、医会ではホームページおよび医会報1月号に「出生直後におこなうカンガルーケア実施上の注意事項」を掲載したが、その経緯等について鈴木俊治母子保健担当幹事が説明した。
いわゆる「カンガルーケア」とは?
カンガルーケアとは、赤ちゃんを裸のまま母親の乳房の間で抱っこするケアのことで、‘Skin to skin contact’あるいは‘直肌の抱っこ’とも言われるが、NICU 等での早産児治療中に実施されるカンガルーケアと、正期産出生直後のカンガルーケアに大別される。前者が、主に早産児に対して医療現場で阻害される親子関係を支援するための医療行為の一環として考えられているのに対して、後者は、分娩後のよりよい母子関係を築き、母乳哺育をすすめるためのケアとして推奨されている。
日本には「カンガルーケア・ガイドラインワーキンググループ」が作成したガイドラインがあり、表1のようにトピック1~3に分類されている。NICU 等で実施されるカンガルーケアはトピック2(および1)に、また、出生直後のカンガルーケアはトピック3にあたる。ガイドラインは前述のアドレスから全文をダウンロードできる。
早産児に対するカンガルーケア
早産児に対するカンガルーケアの利点として、
①皮膚接触によって児の体温が維持され、呼吸が安定し、体重増加を促進する
②母乳分泌が増し、母乳哺育の期間が長くなる
③母子の愛着が深まる、④母親の未熟児出産による喪失感を克服する
などが指摘されている。
早産児に対するカンガルーケアは、1978年にコロンビアの首都ボゴタで新生児ケアにあたっていた2人の小児科医が始めたものである。彼らの病院は年間11,000の分娩を扱うボゴタ最大の産科病院であり、新生児治療室は常に定員オーバー、器材不足、スタッフ不足の状態で、1つの保育器に2~3人の新生児を同時に収容することも珍しくなく、交差感染の頻度が高く、感染による新生児死亡が多数あった。また、これらの患者は早期の母子分離によって母子の愛着形成ができず、養育遺棄の頻度が高かった。彼らは苦肉の策として、出生体重1,500g未満の極低出生体重児を数日間保育器に収容し、一般状態が改善したところで(おおよそ修正週数32週)、オムツを1枚つけただけの格好で母親の乳房の間に立位で抱かせ、その上から衣服を着せて、保温と母乳哺育を行うケアに移行した。そして、児の状態が安定すれば、体重に関係なく退院させ、院内感染から隔離した。それらが結果として低出生体重児の死亡率低下と養育遺棄の減少につながったことが、1980年代の欧州各国のテレビ番組で紹介され、途上国における新生児死亡率の大幅な減少、精神面のメリット(育児遺棄の改善)、さらに低コストというメリットに寄与することが1983年のユニセフ白書で紹介された。
そして、1980年代後半になって様々な臨床研究がなされ、母子の愛着形成および高度の技術が引き起こす過剰刺激からの極低出生体重児の保護という意味で欧州各国のNICUが注目し、世界中に拡がるきっかけとなった。すなわち、早産児に対するカンガルーケアは、途上国においてはNICU の代替療法として実施され、先進国においては母子の愛着形成の促進が期待されて拡がったものである。日本では、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院周産期センターの堀内らが1995年から試行し、その後、各地で成果が認められ、全国のNICU を中心に急速に普及した。
出生直後のカンガルーケア
出生直後のカンガルーケアは、分娩後のよりよい母子関係を築き、母乳哺育をすすめるためのケアとして推奨されている。例えば2007年のCochrane review において、母乳率の向上、母乳期間延長に対する有効性、そして母親の愛着行動スコアの上昇などが証明されており、一方、カンガルーケアによる有害事象は認められなかったと報告されている。
2000年以降になると、わが国においても正期産母子の場に出生直後のカンガルーケアが拡大した。その背景には、WHO が1996年に「正常出産のガイドライン」において早期の母子接触・母乳哺育推進のために出生直後のカンガルーケアを推奨したこと、2003年に「カンガルーケア実践の手引き」を発刊したことなどが挙げられる。
しかし、第28回周産期シンポジウム2010において、坂口らが実施した全国産科施設へのアンケート結果に基づく出生直後のカンガルーケアの現況報告において、出生直後のカンガルーケアは回答のあった産科施設の約70%で実施されていたが、うち約40%の施設に児の状態の悪化などでケア導入後の中断の経験があり、そのうちの約20%の施設において小児専門施設への搬送経験があることが明らかとなった。また、カンガルーケアを自施設で行うためには、助産師だけでなく、医師・看護師など職種横断的な勉強会やカンファレンスを開催し、適応基準・除外基準等を含めた科学性・客観性のあるマニュアルを作成することが推奨されているが、実施基準が定まっていた施設は約30%しかなかった。さらに、器械的モニタリングを行っていた施設や常に専属スタッフが側から離れないとした施設も各々約30%のみで、約半数の施設においてどちらの観察も実施していなかった。
表2に誌上やHP 等で報告された本邦における出生直後のカンガルーケア中に心肺蘇生を必要とした症例を示したが、これらのほとんどが、医療スタッフが母子から目を離している間に新生児の呼吸や心肺停止が起こっていた。また、カンガルーケアの実施方法(適応、ポジショニング、保温など)に問題のあった症例も認められた。
出生直後のカンガルーケアは、母子愛着の確立や母乳育児推進などの利点があり、勧められるべきケアであるが、児の状態や実施方法によっては危険もはらんでいる。カンガルーケアが行われる出生直後は、胎児から新生児に劇的に環境が変化する時期であり、呼吸・循環ともに非常に不安定な時期である。また、出生直後では先天異常(奇形)による症状が出現していないこともあり得る。そのため、いずれの新生児も急変する可能性があり、カンガルーケア施行の有無にかかわらず、児の状態の変化を観察することは非常に重要である。また、急変時には迅速な対応が不可欠であるため、カンガルーケア実施に携わる医療者は新生児蘇生に熟練している必要がある。
ここにおいて、母親(および家族;特に初産例では)が、自力で新生児を観察するには限界があることを理解しておくべきである。カンガルーケア中に心肺蘇生を必要とした症例のほとんどで母親が第一発見者であったが、このような場合、母親にとって障害的な体験になってしまうことが危惧される。母親(および家族)は、医療者に見守られていてこそ、不安なくわが子との愛着形成に集中できるものであることを忘れてはならない。
個々の事例におけるカンガルーケアの実施の可否は、妊娠や分娩の経過を把握したうえで、医師・助産師が共同で判断すべきであるが、母親(および家族)に対して余裕のある状況下で十分な事前説明を具体的に行い、母親(および家族)がカンガルーケアを理解し希望していることを確認した上で実施することが必須である。
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