(投稿:by 僻地の産科医)
でもお伝えした、
産婦人科医会の偶発事例報告事業についての
まとめがのっていました。
かなり詳細な分析となっておりますので、
ぜひご一読お願いします。
妊産婦死亡報告事業
日産婦医会報 平成23年12月1日(No.737)p4-6
平成22年から23年6月までに症例検討された40例の概要
日本産婦人科医会(以下、医会)では、より安全な産婦人科診療の実現を目的に平成16年より偶発事例報告事業を行い、その中で妊産婦死亡の事例の報告をお願いしてきた。その結果、平成21年までの6年間で合計111例の妊産婦死亡事例の報告を受けた。原因として多かったのは羊水塞栓症(疑い)31例(27.9%)、出血17例(15.3%)、肺塞栓症14例(12.6%)、脳出血8例(7.2%)であった。しかしながら、報告数は、厚労省の母子保健統計による妊産婦死亡数の38.5%にとどまった。さらに、報告内容に不十分な点が多く、問題点を抽出し、再発予防に向けた提言を行う状況にはなかった。そこで、「どのような原因で個々の事例が発生しているか」、「その防止策はなかったか」などをより詳細に検し、各々の事例の中から産科医療の向上に向けた問題点の抽出を行う体制の整備が必要であった。また、妊産婦死亡の発生は僅かであることから、より多くの事例を収集することが重要であり、さらに、報告された事例については詳細な臨床経過をもとに、死亡原因の分析を行い、診療上の問題点を整理し、産科医療の向上に向けた提言を行っていくシステムが必要である。
そのような背景で、医会では平成22年1月より偶発事例報告事業から「妊産婦死亡報告事業」を独立させた。提出された報告は、厚労科研池田班と共同で原因分析を行った。さらに再発防止策や医療安全のための問題点は提言として医会が定期的に発表し、産科医療の安全性向上のために役立てていくことになった。
本事業は平成22年1月から開始され、平成22年には妊産婦死亡51例が報告された。同時期に厚労省がまとめた母子保健統計による妊産婦死亡数が48例であったことから、医会の報告制度が機能している状況が窺える。また、平成23年は10月までに26例が報告されている。これらの症例の中でこれまでに症例検討が行われた40例について、死亡の原因となった疾患解析結果を表1に示す。
40例中14例(35%)が羊水塞栓症(疑)であり、次いで、肺血栓塞栓症、脳内出血、子宮破裂が3例(8%)ずつ、子宮内反症、解離性大動脈瘤破裂、劇症型A群溶連菌感染症、癌死が2例(5%)ずつであった。妊産婦死亡を発生時期から分類すると、妊娠中32%、分娩中7%、帝王切開中15%、分娩直後30%、産褥期13%、授乳期3%であり、妊娠中の発生が約3分の1を占めていた(図1)。
原因疾患発症時の妊娠週齢の分布を図2に示すが、16例(40%)が早産時期の発症であった。分娩中に死亡した3例中に羊水塞栓症疑いが2例であったが、その2例では子宮収縮薬が使用されていなかった。しかし、分娩直後発症の12例中6例では子宮収縮薬が使用されていた。また、12例中7例では吸引・鉗子分娩が行われていた。帝王切開中に発症した6例は全例が羊水塞栓症(疑)であり、帝王切開が羊水塞栓症のリスクになると考えられた。
産褥期発症の5例は全例が帝王切開での分娩であった。その原因疾患は2例が肺血栓塞栓症であり、HELLP 症侯群に脳出血合併、解離性大動脈瘤破裂、周産期心筋症、各1例ずつであった。最も多い原因である羊水塞栓症は40例中14例あったが、その診断の根拠となった所見を検討したところ(図3)43%が病理解剖での肺所見から診断されていた。また、摘出子宮の分析で羊水成分が多量に子宮血管内に検出された症例が14%、亜鉛コプロポルフィリン、STN などの血清診断によるものが29%、臨床的経過から診断されたものが14%という結果であった。羊水塞栓症14例の初発症状は、出血が29%と最も多く、次いで、呼吸困難22%、意識障害21%、血圧低下21%、子宮収縮不良7%であった。それに続く症状は、これらが順番を変えて出現していた。その初発症状の出現時期は、分娩中が57%で、分娩直後が43%であり、羊水塞栓症14例中6例では、分娩誘発が行われていた。また、14例中6例で帝王切開が行われていた。
剖検については、調査票が提出されている58例での検討では29例で施行されており、剖検率は50%であった。その中で病理解剖は16例(55.2%)、司法解剖は13例(44.8%)であり、やや病理解剖が多い状況になっている。司法解剖では、剖検結果報告書の入手は困難であり、臓器保存の義務もない。さらに、羊水塞栓症のような特殊な原因も存在する妊産婦死亡の死因究明が正確に行われているかの確認もできない。そのため、全国一律に病理解剖ができる仕組み作りが重要と考えている。
以上のような妊産婦死亡事例の症例検討から「母体安全への提言2010」として厚労科研池田班から表2に示すような6項目の提言が発出されている。毎年、事例から問題点を抽出して提言し続けていく予定となっており、妊産婦死亡の減少や周産期医療の質や安全性の向上につながること
を期待している。
平成22年産婦人科偶発事例報告事業:事例集計の概要
日本産婦人科医会(以下、医会)は平成16年より偶発事例報告事業を行っている。平成22年には、医会の把握する産婦人科5,782施設中の4,645施設(80.3%)から0報告を含めた報告が提出されている。これらの施設での総分娩数は893,742件であり、全分娩の80%以上をカバーする規模で事業が行われていることになる。実際の事例報告数は、平成22年が415例で、事例報告書が提出されたのが261例であり、平成20年、148例、21年、175例であるので、事例報告数は確実に増加している(表1)。また、この他に、妊産婦死亡51例が報告されており、医会の医療安全に関する事業が産婦人科医療の中で確実に浸透していることが窺える。
脳性麻痺発症事例30例の原因を表3に示す。原因としては胎児機能不全によるものが10例と最も多く、次いで、常位胎盤早期剥離6例、臍帯脱出4例、胎児異常2例、双胎妊娠2例、母児間輸血症候群、子宮破裂、肩甲難産、骨盤位分娩など1例ずつとなっている。周産期死亡事例62例では、妊娠中に起こったものとしては、常位胎盤早期剥離が13例、A 群溶連菌感染症・黄色ブドウ球菌敗血症2例など、分娩中に起こったものとしては、胎児機能不全6例、臍帯異常4例、子宮破裂3例、肩甲難産、母児間輸血症候群1例ずつとなっている(表4)。
新生児期の死亡では、SIDS を含む新生児の突然死の事例が11例と今年の調査では際立っていた。新生児室での突然の無呼吸・心停止や母児同室で添い寝中の死亡などの事例である。その他に、死亡には至らなかったもののカンガルーケア中の呼吸停止事例も別に2例報告されており、新生児の管理について今後再検討する必要があると考えられた(図1)。カンガルーケアについては、その施行条件が議論され、過去の医会報でも安全な施行のための提言がなされている。しかし、母児同室や添い寝、添い乳は、母子間の愛着形成の促進につながるとの考えから入院中から実施している産科施設が増加しているが、それが今回の事例多発の背景にあると考えられる。各施設で児の安全性を確保するための方策を具体的に検討する切っ掛けになればと考える。
帝王切開に伴う事例として14例の報告があった。周辺臓器の損傷が6例、児の損傷が2例、ガーゼ遺残が2例などであった。その他の産科事例としては、妊娠初期HIV 検査の結果の確認し忘れで、分娩での入院時にHIV 抗体陽性に気付き、帝王切開を行ったが、確認試験で陰性であった事例、ウテメリンとメテルギン・メテナリンの誤投与事例など報告された。
次に、子宮内容除去術に関する事例であるが、過去最多の24例報告された。子宮損傷・穿孔が16例を占め、不完全手術事例が4例であった。また、今年度は人工妊娠中絶後の妊産婦死亡例2例(術後2時間で脳幹部出血にて死亡した事例、術後歩行時に失神し、帰宅するも翌日自宅で再度失神し心肺停止となって死亡した肺血栓塞栓症の事例)と迷走神経反射による心停止事例(アトロピン投与で回復)の報告もあった。そこで、より安全に子宮内容除去術を行うためにどのような注意が必要かについて図2に示すようにまとめを作成した。
婦人科診療にかかわる死亡事例では、手術後の肺血栓塞栓症の事例2例、ヘビースモーカーにピルを処方し、服用中に肺血栓塞栓症を起こした事例1例など計6件が報告された。婦人科手術事故としては27例の報告があり、その内容は、膀胱、腸管、尿管などの周辺臓器の損傷が合わせて7例、子宮穿孔2例、手術器具遺残が1例、麻酔事故5例などであった。
このように、実際にどのような事例が発生しているかを知り、そのことに対して意識して対策をとることで、同種事例の再発予防につながると考えられる。より多くの事例を会員間で共有することで、より安全な産婦人科医療の実現に繋がるように、今後も偶発事例が発生した場合には、都道府県産婦人科医会に事例報告書の提出をお願いします。
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