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(投稿:by 僻地の産科医)
最近、ちょっと妊娠悪阻でなかなか大変な例があったので、
勉強してみましたo(^-^)o..。*♡
専門の内科の先生のコメントによると、
「嘔吐による低クロールは代謝性アルカローシスなので、
NaCl(通常は生食でよい)が正解です。
クロール反応性代謝性アルカローシスと教科書に書いてあります。
カリウムが下がりやすい病態なのでKClの混注も有用です。
通常の乳酸や酢酸が入った輸液剤だと
患者さんが経口摂取できるようになるまでよくなりません。
アルカローシスが続くと不整脈、テタニー等が誘発され、酷い場合、
痙攣、意識障害、心不全の原因にもなります。
メルクマニュアルには、
まず最初の2時間でブドウ糖と
チアミン入りの生食を2L入れるとあるので、
それだけで18gの食塩を入れることになります。
その後4時間ごとに1L、3日間までとありますから、
初日はNaCl 67gぐらいになります。(↓メルクマニュアル)
http://merckmanual.jp/mmpej/sec18/ch263/ch263h.html
ちなみに低ナトリウムになっている場合は、
あまり早く上げすぎると中枢神経障害の危険があるとされています」
というアドバイスを戴きました。
【参考ブログ】
妊娠悪阻
ある産婦人科医のひとりごと 2010/03/28
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2010/03/post_3a2a.html
下記は日産婦誌より。
妊娠悪阻にまつわる諸問題
神戸大学医学部 産科婦人科学教室教授
同・助手 丸尾猛武内享介
http://www.jsog.or.jp/PDF/50/5006-143.pdf
(日産婦誌50巻6号 P143-146)
定義
妊娠5 ~ 6 週より一過性に悪心・嘔吐,食欲不振,食嗜変化などの消化器症状が出現し,妊娠12~16週頃にはほとんど消失するものをつわりmorning sickness という.つわりの程度が異常に重症化した状態を妊娠悪阻(hyperemesis gravidarum)という.
分類
つわりと妊娠悪阻の区分は実際には不明確である.表1 につわりと妊娠悪阻の分類を示した1).持続する悪心・嘔吐の繰り返しにより,食事摂取が困難となり,栄養・代謝障害を来し,体重減少のほか,種々の症状を呈し,治療を必要とする状態になった場合を妊娠悪阻といい,その主な病態は脱水と飢餓状態である.
頻度
つわりは全妊婦の50~80%に発症するが,妊娠悪阻の頻度は全妊婦の0.1%前後といわ
れる.また,経産婦より初産婦にその頻度は多いとされているが,重症化するものは経産婦に多い.季節的変動はみられない.妊娠悪阻の頻度を上げる他の因子としては多胎妊娠,妊娠悪阻の既往,妊娠中毒症の既往などがある.
病態
成因は不明であるが,妊娠初期の急激なホルモン環境,代謝の変化,環境要因の変化に対する母体の不適応状態のあらわれであるといえる.悪心・嘔吐は種々の要因により発症するが,精神的ストレスにより惹起される中枢性嘔吐と求心性神経路を介し,延髄の嘔吐中枢を刺激して生じる反射性嘔吐さらに第4 脳室底の化学嘔吐受容体を刺激することにより生じる嘔吐に大別される.
1)精神・心理学的因子
心理的ストレスや社会的ストレスを受けている妊婦や,夫婦間の性行為がうまくいっていない妊婦に妊娠悪阻は多く発症するとされている.また妊娠悪阻は,ある種の欲求の抑圧から生じる無意識的葛藤が知覚や運動系の身体症状に置き換えられた転換性障害であるとする報告もある.
2)ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)
従来より妊娠悪阻の発症時期がhCG 分泌が高まる時期と一致することや,hCG 分泌過剰状態では妊娠悪阻の症状が強くなるといったことから,hCG の関与が大きいとされてきた.hCG が妊娠悪阻を誘発する機序としては,後述する甲状腺機能の刺激やエストロゲン分泌亢進を介する作用が報告されている.
3)甲状腺ホルモン
妊娠初期に血中hCG 値がピークを示す妊娠8~10週には非妊時に比較して血中
TSH 値は下降し,甲状腺は生理的刺激状態にある(図1 )2).また,妊娠初期妊婦にみられるつわりの重症度は,妊婦血中での遊離T4値ならびにhCG 値の上昇とTSH 値の低下の度合いと密接に関連し,つわり症状の改善とともに遊離T4値は正常非妊娠レベルに復帰することがMori2)によって明らかにされている(図2 ).さらに妊娠悪阻症例ではfree thyroxine index(FTI)の一過性の上昇をみるという報告や,妊娠悪阻症例においては血中遊離T4値,遊離T3値が妊娠初期に上昇し,症状の改善,妊娠の進行とともに,その値は下降す
るという報告もある.これらの知見より,妊娠初期に大量に産生・分泌されるhCG あるいはそのvariant が妊娠初期妊婦の甲状腺機能を賦活すると考えられ,hCG が正常レベルを超えて産生・分泌される多胎妊娠や胞状奇胎妊娠時には,正常妊娠時に比して,妊娠悪阻の発症をみやすくなることが理解できる.しかし,一般の甲状腺機能亢進症例においては,悪心・嘔吐の頻度は低く,妊娠悪阻症例でも甲状腺肥大を認めることはなく,TSHレセプター抗体や抗サイログロブリン抗体も陰性である場合がほとんどである.つまり,妊娠悪阻の病態における甲状腺機能亢進状態は症状が出現しないレベルでの検査上の機能亢進(euthroid hyperthyroidism)であると考えられる.
4)エストロゲン
妊娠悪阻症例では血中エストラジオール値が高いことや非妊時においてエストロゲンを初回投与するとしばしば悪心・嘔吐が生じることより,エストロゲンが妊娠悪阻の発症に関与している可能性がある.また,hCG の生物作用として,黄体刺激作用による卵巣でのプロゲステロンとエストロゲンの産生亢進および胎盤におけるステロイドのエストロゲンへの転換の促進が知られている.つまり,過剰なhCG の産生・分泌が卵巣でのエストロゲンの産生亢進を惹起し,これが妊娠悪阻の原因となっている可能性も考えられる.
症状
悪心が持続して頻回に嘔吐し,高度の体重減少と脱水を来す.また高度の脱水,飢餓状態に随伴して乏尿,血液濃縮,便秘のうえにケトン尿,低カリウムおよび低クロール性アルカローシスを来し,さらに進行すれば肝機能障害を中心とした臓器機能不全あるいは脳神経障害により全身状態の急激な悪化を来す.
診断
1)検査
血液検査,特にヘマトクリット値により,血液濃縮をチェックし,電解質をみることにより嘔吐に伴う電解質バランスの変動を調べる.また,飢餓状態の把握として尿中ケトン体のチェックを行う.
2)鑑別診断
妊娠初期に悪心・嘔吐をみた場合,妊娠偶発合併症としての他疾患を慎重に鑑別しなければならない(図3 )4).まず妊娠に由来するものとしてhCG を過剰産生する胞状奇胎,多胎妊娠を鑑別し,さらに消化器疾患(胃炎,肝炎,胆炎,胃十二指腸潰瘍など),急性腹症(イレウス,虫垂炎など),脳髄膜炎,薬物中毒などを鑑別する必要がある.特に妊娠5 カ月を経過しても軽快しない場合には上部消化管の悪性腫瘍を含めた十分な検索が必要である.
治療
妊娠悪阻の治療の原則は,脱水と飢餓を防ぎ,加えて併存する心理的合併症を処理することにある.妊娠悪阻にまつわる症状は心因により増幅,誇張されることが多いため,家庭環境から隔離し,入院管理下に治療することが求められる.
1)食事指導
少量の固形物を頻回に分けて摂取することを勧める. 食間に飲水を勧め,脂肪の多いものや刺激の強い食物を避けるように指導する.
2)精神療法
十分な問診を行い,この障害は時期が来ると消失することをよく説明したうえで,医師および看護婦の援助により精神状態の安定を図るが,時には精神科医の診察も必要とする.
3)脱水,電解質異常の補正
細胞外液あるいは生食水にて輸液を開始し,治療開始時には尿量の確保に重点をおき, 1 日輸液量を2,000~3,000ml として,血清電解質を測定しつつ不足電解質を適宜補正する.輸液は脱水が改善し,電解質バランスが正常化するか,嘔気が完全になくなるまで行う.また,経口摂取が長期にわたり不可能な場合はビタミンB1欠乏症であるWernicke-Korsakoff 症候群発症を予防するためビタミンB 群の投与が必要となる.
4)経口摂取の制限
重症の妊娠悪阻においては悪心・嘔吐が軽快するまで胃を安静に保つことが有効である.脱水および電解質異常の補正が行われ,食欲がでてくれば徐々に水分から固形物へと経口摂取の内容を変更する.栄養障害が非常に強い場合は,経口摂取に固執することなく高カロリー輸液を施行する.
5)鎮吐剤,鎮静剤
十分な輸液が行われれば,ほとんどの症例で比較的早期に嘔吐・悪心は軽快する.十分な輸液にもかかわらず強い嘔吐が長期にわたり持続する場合には,合併症として食道破裂や出血性網膜炎,酸塩基障害の悪化を来すことがあるため,鎮吐剤,鎮静剤の投与も必要とすることがある.妊娠悪阻の発生時期は薬物が誘因となる催奇形性の臨界期と一致するため,この時期の薬物使用は必要最小限にとどめなければならない.
小半夏加茯苓湯などの漢方薬は比較的副作用が少なく,つわりに有効とされているが,妊娠時における安全性は完全に確立している訳ではないためその使用は慎重を期するべきである.
6)人工妊娠中絶
入院加療を行い十分管理された妊娠悪阻では,重篤な合併症がない限り人工妊娠中絶の適応となることは極めて少ない.
《参考文献》
1)花岡知々夫.つわりの治療.日産婦誌1982 ; 34 : 2268―2272
2)Mori M. Morning sickness and thyroid function in normal pregnancy. Obstet
Gynecol 1988 ; 72 : 355―359
3)石川睦男,千石一雄.妊娠悪阻.周産期医学1991 ; 21 : 159―161
4)Glinoer E, de Nayer P, Bourdoux P, Lemone M, Robyn C, van Steirteghem A,
Kinthaert J, Lejeune B. Regulation of maternal thyroid during pregnancy. J
Clin Endocrinol 1990 ; 71 : 276―287
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