(関連目次)→新型インフルエンザについても集めてみましたo(^-^)o
(投稿:by 僻地の産科医)
あたりまえのように、鳥インフルエンザ→新型の予測なので、
この冊子のほとんどが意味がないのですが(;;)。
しかし、巻頭に近い対談や、
2086頁から先のシュミレーション記事は一見の価値があります。
とりあえず、上げてみますo(^-^)o ..。*♡
新型インフルエンザのシミュレーションと被害予測
国立感染症研究所感染症情報センター
大日康史 菅原民枝
(日医雑誌第137巻・第10号/平成21(2009)年1月 p2086‐2090)
はじめに
新型インフルエンザとはヒトにおいて,これまで流行したことがない亜型のインフルエンザウイルスの流行を指し,ヒトに免疫がなく,またワクチンもないことから,爆発的な流行と高い病原性が懸念されており,WHOをはじめ各国でその対策,準備が進められているところである.
したがって,新型インフルエンザがH5N1である保証はどこにもないが,現在の鳥インフルエンザ(鳥の問で流行しているインフルエンザで,ヒトヘの感染力は非常に弱い)の世界的流行とヒトの感染例,死亡例(2008年9月10日現在でWHOが確認した感染例は387例,死亡245例)から,その可能性が最も懸念されている.本稿では特に断りのない限り,H5N1が新型インフルエンザとしてヒトの世界に侵入した場合を想定する.それでは,どの程度,新型インフルエンザが爆発的な流行になるかを,ごく簡単に想像してみよう.
I.毎年の冬季におけるインフルエンザ並みの感染能力
現在報告されている鳥インフルエンザの感染例は,病鳥との濃厚な接触,具体的には舞い上がった糞を大量に吸入した場合や,あるいは血液と直接接触しての感染によるとされているが,もちろんこうした感染経路では爆発的な流行には至らず,新型インフルエンザでもない.新型インフルエンザとなって爆発的な流行をもたらすのには,H5N1がヒトの世界での流行に適した感染経路を獲得している必要がある.
そうしたヒトの世界での流行に適した感染経路の1つが,毎年冬季に流行するH3N2,H1N1あるいはB型のインフルエンザ(季節性インフルエンザと呼ぶ)での感染経路である飛沫感染である.したがって,H5N1が新型インフルエンザとなる際には少なくとも季節性インフルエンザ並みの呼吸器感染する能力を獲得していると想定される.
仮にH5N1が季節性インフルエンザ並みの飛沫感染を感染経路とする能力を獲得したとしよう.つまりウイルスの感染能力として,H3N2と同じ能力を獲得したとする.H3N2は毎年大小の差はあれ流行を繰り返しており,平均的には国民の10%が罹患し,受診していると推測されている.実際には受診しない患者も少なくないので,罹患率は10%を大きく上回る.またワクチンもあり,現在では国民全体における接種率は30%を超えている.
もちろん,当然ながら昨シーズンからのウイルスの変異や流行株とワクチン株のズレがあるため,100%の感染防御をもたらすものではないが,およそ40%の国民が一定の免疫を獲得している状況で季節性のインフルエンザは流行を繰り返している.翻って新型インフルエンザの場合は,ワクチンももちろん現時点ではなく,罹患した人もほぼいない.ヒトは全く免疫をもたない集団になる.
Ⅱ,新型インフルエンザの感染速度
そこでH5N1が季節性インフルエンザ並みの感染力をもったとしたら,非常に効率良く,およそ倍の速度で感染が広がる.
倍の速度とは,感染者が倍になることを意味しない.季節性インフルエンザに感染してからウイルスを排出レ新たな感染源になるまでの期間は非常に短く1~3日とされている.つまり新型インフルエンザでの感染計数は季節性インフルエンザと比べて2日ほどで倍に,4日ほどで4倍,6日ほどで8倍,8日ほどで16倍となる.
季節性インフルエンザにおいても流行の大きなシーズンでは,ピーク時には多くの罹患者が受診し,医療機関が混乱する.新型インフルエンザでは,瞬間的にはその10倍もの患者が受診する可能性がある.まさに爆発的な流行であり,医療機関でのパニック,医療資源の枯渇,ひいてはライフラインをはじめとする社会機能の低下は避けられない.最終的には感染率は人口の50%以上に達することになる.
Ⅲ.新型インフルエンザのシミュレーション
では,どのようなスピード感で広がっていくのであろうか.国立感染症研究所では,その予測を公表している.詳細は別稿1)をご参照いただくとして結果だけ示す.
シミュレーションは,海外での感染者が,感染3日後に帰国,八王子の自宅に帰宅後感染性を有するとした.職場は丸の内としてJR中央線で通勤するとした.感染5日後には症状が激しくなり,医療機関を受診し隔離され,感染6日後には確定診断がなされ,国内第1例の報道がなされるというシナリオに基づいて行った.シミュレーションの対象は首都圏(夜間人口3,447万人,以下同い,関西圏(1,922万人),中京圏(954万人),福岡(481万人),仙台(155万人),宮崎(50万人),沖縄(99万人),札幌(200万人),計7,308万人とし,用いたデータに含まれる個人数は220万人を超える.
図1は,初発例感染3日目から14日目までの感染拡大の様子を示している.
初発例が受診するのが感染5日目,それから最速で対応の意思決定がなされたとして対応が開始されるのは早くて感染7日目である.
感染7日目の感染拡大範囲は,地理的には首都圏全域に及んでいる.この時点での感染者数は約1万人と少ないものの,その地理的な広がりは広大である.しかしながら都市圏をまたぐ広域での拡散はみられない.これは感染7日目でも感染率は0.03%にすぎず,都市圏間の拡散が発生するには一定の患者の蓄積が必要であることがうかがえる.
都市圏間の拡散は8日目からみられ,関西圏,福岡では数か所,その他の地域では1か所で感染が確認される.それ以降,関西圏では首都圏同様急激に感染が拡大する.中京圏,福岡,仙台ではそれに次くへ宮崎では11日目でも新規感染は6名にとどまり,地域特性が反映される.
こうした地域特性は,初発地域である首都圏との交通の密度,また,都市圏内での鉄道利用率に強く影響を受けていると推測される.
IV 新型インフルエンザの発症者数と死亡者数
その後はこのような細かい精度ではシミュレーションを行えないので粗くなるが,各地域での有症計数の人口比はおおむね図2のような形になる.
ピークは初発例感染後18日目で,人口の20%が発症している.家族の看護も考えると人口の40%が療養あるいはその看護に当たることになり,欠勤することになる.ピーク後もだらだらと続いて流行期間は2か月に及ぶ.ここでの累積の発症率は50%である.
他方で,死亡に関しては全く想像の域を出ない.日本においては季節性インフルエンザに関連して平均1万人が死亡している.したがって致死率は0.1%以下である.
スペインかぜの際の致死率は,地域によって大きく異なるが2%とされている.平成19年3月26日に策定された「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4以降)」では,この致死率2%を最悪の想定としており,感染者数3,200万人,死亡者故64万人としている.
年間の日本での死亡者数が100万人強であるので,新型インフルエンザが大流行した月には通常の5倍にも相当する死亡者が発生する.この死亡者数は太平洋戦争での日本における民間人の死亡者故に匹敵する膨大な死亡者数である.ましてや,現在のH5N1にこおける致死率は先にも示したように60%を超えている.
仮にガイドラインでの感染者数に乗じると1,920万人になり,東京都と大阪府を足した人口に匹敵する.このような事態がもし発生すれば,社会機能が完全に停止するために 日本においては餓死や新型インフルエンザ以外の感染症によって二次的な被害が拡大することは想像にかたくない.
さすがに現在の鳥インフルエンザの致死性を維持したまま,新型インフルエンザのパンデミックを迎えるという意見は多くはないが,識者によっては致死率10%はありうるという話はしばしばなされている.10%でも死亡者は320万人になり,横浜市の人口に匹敵する.
一方で,致死性が高いと感染性が落ち,致死率が高いままでは新型インフルエンザのパンデミックは起こりえないという主張もある.しかしながら,感染性は不顕性感染も含めた発症初期の段階の人々の行動によって規定されるのに対して,死亡は時間的には1日ないし数日遅れた段階での症状であるので,最悪の場合には高い感染性と致死率は併存しうる.
このように致死率に間しては,根拠ある推論は感染性以上に難しい.ただいえることは2%を超えれば,たとえ十分な事前準備をしていたとしても,もはや組織だった対策は非常に難しいことだけは間違いない.
V.新型インフルエンザの経済的損失
被害を測る総合的な尺度として経済的損失がある.その推定方法は,医療経済学的に確立しているものの,想定する流行の大きさや,致死率によって大きく異なる.また,罹患者,死亡者の年齢分布,重症化率や後遺症,罹患期間等々,実際に発生しないと分からない点も多いが,以下ではざっくりと推計をしてみよう.
まず前述の政府のガイドラインにある感染者数3,200万人,死亡者数64万人であれば,欠勤や家事,育児,学業等が1週間中断される損失が4.15兆円,平均的な死亡年齢を50歳として死亡による損失が172.80兆円,合計すると176.95兆円の経済的損失が発生する.
これは日本の国家予算82.91兆円(2008年度一般会計)の2倍以上であり,GDP[562.83兆円(2000年価格)2007年度]の30%に相当する.
先にラフに計算した罹患率50‰致死率2%では331.78兆円の経済的損失が発生する.これはGDPの約60%に達する.
ここで留意しなければならないのは,死亡による損失は,それが不可逆的であるために将来にわたってのしかかるということである.その意味で,パンデミック発生時の目に見える損失は欠勤による損失だけとなり,先の計算では4~8兆円のみであり,新型インフルエンザの経済的損失のごく一部でしかない.それでも4~8兆円は巨額で,目塞予算の5~10‰GDPが1~2%減少する.死亡による経済的な損失は単に数字以上の意味をもつかもしれない.
VI.新型インフルエンザ対策
こうした甚大な被害が予想されているので,もちろん万全の対策も講じられている.と言いたいところであるが,日本での対策は諸外国に比べても遅れているというのが現状であろう.
たとえば,ガイドラインではパンデミック時には発熱外来を設置しそこで発熱患者を集約させることによって,一般の医療機関への感染拡大を遅らせるという方針が打ち出されている.しかしながら,それには発熱外来に医師を派遣してもらわなければならないので,医師会の協力が不可欠であるものの,医師会の協力が得られるようなプランを提示できている自治体はごくわずかである.もちろん発熱外来が設置されずに新型インフルエンザの患者が直接かかりつけの医療機関を受診し,そこで感染が拡大するというのは最悪のシナリオであり,発熱外来の設置が医療機関を守り,ひいては感染拡大を抑制すると期待されている.
しかしながら,各地の医師会の協力が得られにくいのは,出向時の休業補償,危険手当など具体的な条件を提示できないところにあると思われる.確かに新型インフルエンザの被害予想に関して,各地の自治体と医師会の間にギャップがあるというのも事実だと思われる.それを埋める作業が必要であることはいうまでもないが,この冬にも発生するかもしれない新型インフルエンザ対策としては,そうした出向時の休業補償や危険手当など当面の障害を取り除くべく,財政的な部分も含めて支援を行う必要があると思われる.そうすることによって,先の被害予測が,絵空事で終わってしまうことを願ってやまない
文献
1)大日康史,菅原民枝:インフルエンザ講座29 全国版新型インフルエンザ流行シミュレーション.インフルエンザ2008 ; 9 : 240-245.
付記:
本稿は,作成時(2008年8月20日)現在での見通しについてまとめたもので,その後の知見の蓄積,状況の変化,政策や見解の改訂は反映されていない.本稿はあくまでも筆者の個人的見解で,国あるいは国立感染症研究所の見解ではない.
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