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(投稿:by 僻地の産科医)
[シリーズ感染症]支援が必要なのは陽性者だけじゃない
生島嗣・HIV相談員
朝日新聞 2009/04/14
http://www.asahi.com/health/essay/TKY200904140048.html
プライマリケア医に求められる
性感染症予防としての性教育
東邦大学医学部看護学科
家族・生殖看護学研究室准教授
野々山未希子
(Medical ASAH1 2009 April p68-71)
近年、若年者の性行動に関して、性交開始年齢の低下や性行動の多様化、人工妊娠中絶幸と性感染症罹忠幸の高さなどが問題とされている。『「若者の性」白書一第6回青少年の性行動全国調査報告』川本性教育協会、2005年度調査)によると、性交経験率は中学
生男女が約4%、高校生男女が20%台、大学生男女は約60%であった。また、2006年度の日本性教育協会「青少年・少女の性行動調査報告」でも、中学生の性交経験率は男子3.6%、女子生2%、高校生男子26.6%、女子30.3%、大学生男子63.0%、女子62.2%である。その他の調査結果を見ても、おおむね似たような数値が示されている。
このような状況の中で、プライマリケア医がどのように性感染症予防教育の役割を果たしていけるのかを考えてみる。
望まない妊娠より性感染症のリスクが大
各性感染症罹患者数・率を見ると、性器クラミジア感染症や淋菌感染症など02年から04年をピークにやや減少傾向を示している疾患もあるものの、依然増加を続けている疾患もある。とりわけ10~20代にかけての年齢層での感染率は高い。
また、同じく性行為の結果である人工妊娠中絶では、07年に年齢階級別女子人口1000人に対して総数9.3、最も高い年齢層は20~24歳の17.8である。 20歳未満は7.8、15歳未満に限っても1.6である。すなわち、1年間に二次性徴が開始していない女子も含めた小中学生1000人中1.6人が中絶していることになる。
若年女性は子宮頚部の先端から外側にかけて扁平円柱上皮接合部(squamocolumnar jundion;SCJ)が広がっているため病原体を受け止めやすく、妊娠よりも性感染症に罹患する確率のほうがはるかに高い。性感染症は自覚症状がないため受診・診断されていない潜伏感染者が多いが、10代男女の性感染症保有率が低くはないことは容易に想像できる。
責任は『おとな』にある
若年層の性感染症保有者数の増加は、将来、わが国全体の性感染症病原体保有者が増加することを示している。性感染症を減らすためには、性的に活発な年齢層への教育が重要である。筆者は、若年層の性行動に問題があるとしても、その責任は彼らだけにあるのではないと考える。すなわち、彼らを育てた親、教師、社会など周囲の「おとな」に問題があると見ている。
見回してみれば、子どもたちが容易に目にできる場所にアダルト雑誌やビデオが溢れている。性行動を煽り立てる間違った性清報が未成年者を対象とした漫画や雑誌、テレビ、インターネットにも氾濫している。「援助交際」などと呼ばれて小中学生が性風俗の対象とされ、子どもを相手に金で欲望を満たそうとする「おとな」があとを絶たない。
さらに「医療」の名の下に中高校生に包茎手術や豊胸手術を勧める産業まで広がっている。
すなわち子どもに社会規範を教えるべき「おとな」が、しばしばその役割を果たすどころか、反対に子ども達を「性商品化」する加害者となっているのである。
予防意識がコンドームの使用状況に反映
若者に性感染症が拡大していることは、予防行動を伴わない「無防備な性行動」が拡大していることを示している。筆者らが15~24歳男女619人を対象に実施した調査では、性交経験者が67.0%であり、そのうち最低初交年齢は8歳、特定のパートナー以外との性交経験者が39.8%、コンドームを「いつも使用している」のは30.9%だけであった。意識調査で「セックスの時に性感染症が気になる」と回答している者の多くがコンドームを使用していない状況があり、「妊娠も性感染症も、自分は大丈夫」との甘さが見られた。
また、筆者が性交経験のある10代女性を対象に実施した調査では、最低初交年齢12歳、援助交際や風俗店勤務経験者が6.3%、コンドームを「いつも正しく使用している」のは8.8%であり、その結果クラミジア陽性率が38.8%、ハイリスク型HPV陽性率が31.3%、淋菌感染症陽性率が2.5%、3種類のうち一つ以上の病原体保有者は55.0%であった。
コンドームを正しく使用している者が少なかったが、「相手が嫌がる」「妊娠したら中絶すればいい」「性感染症は前にもかかったけど症状がなかったから怖くない」「オーラルセックスで病気がうつると思わなかった」など、予防に関する知識・認識が低かった。
これらの結果から分かるように性感染症の拡大には、感染経路や疾患が体に及ぼす影響に関する知識の少なさ、性感染症や予防に対する認識の甘さが関係している,医学的な知識の提供は医師の専門領域であり、多くの医師が性感染症予防教育を行ってくれることを期待したい。
教育の責任はすべての『おとな』に
これまで、とくに性感染症予防教育を意識したことのなかったプライマリケア医には、「性感染症の専門家が行うこと」「講演などの場で話されること」「教育関係者の役割」といったイメージがあるのではないかと思う。しかし、性感染症に罹患した人たちの立場で考えてみていただきたい。
「セックス開始前に性感染症予防方法を教えられたか」
「性感染症予防の必要性を理解できる教育を受けたか」
「もしかしたら、と思った時に相談する人・場所はあるか」
「若者が受診できる性感染症の早期発見・早期治療の体制はあるのか」
これらの疑問に対し、今の日本の社会は自信を持って「すべてイエス」と答えられるだろうか。「すべてノー」に近い状況ではないだろうか。現代の若者の性行動に問題があると考えるのなら、「親」も「学校の先生」も「プライマリケア医や看護師」も「近所のおじさん・おばさん」も、すべての「おとな」には教育する責任があると言えるのではないだろうか。
感染の成立には三つの条件が
かつて「不特定多数との性行動か感染リスクを高める」という間違った情報が流れていた。これを正しく言い換えるなら「無防備な性行動か感染リスクを高める」である。病原体保有のない100人とのセックスでは性感染症の感染率O%だが、性器クラミジア保有者との無防備なセックスでは感染率50%程度である。感染予防のためには感染経路と、経路の遮断方法を知り、感染防止行動を実行することが重要である。そのため教育する側には、疾患や感染経路の正確な知識を伝えるだけではなく、感染を放置することが本人にとっていかに不利益な結果になるかという感染予防の必要性を伝えることが求められる。
性感染症の感染成立の条件は以下の3点がそろっていることである。
(1)どちらかが性感染症に罹患していること
(2)粘膜と粘膜、粘膜と体液の接触があること
(3)接触面にバリアーがないこと
性感染症はセックス(粘膜と粘膜・体液の接触)により感染するが、性器と性器の結合だけがセックスではない。キス、ペッティング、オーラルセックスなど、様々な性的行為が感染リスクとなる。したがって、毛ジラミのような一部の疾患を除けば、粘膜と粘膜・体液の接触の直接接触を防御することで感染が防止できる。
認識すべき予防具の限界
感染予防の基本は男性用コンドーム、女性用コンドーム、オーラルセックス用ラバーを必要に応じて適切に使用することである。それぞれの予防具の限界を以下に示す。
男性用コンドーム
挿入する側は陰茎のみ防御できるが、陰嚢や肛門周囲などに感染する可能性がある。挿入される側は、精液からの感染のみ防御できるが、会陰部や肛門周囲などの感染は防止できない。アナルセックスでは脱落しやすい。
女性用コンドーム
男性用コンドームがカバーする場所に加えて、外陰部・肛門周囲2cm程度は防御でき、アナルセックスでも脱落しにくいが、男性用コンドームに比べて価格が高い。
オーラルセックス用ラバー
食品用ラップでの代用も可能で、外陰部・肛門周囲を広く防御できるが、セックスの雰囲気を損ねる可能性はコンドームよりも高い。
このような限界を理解したうえで、より確実な感染防御を心がけることが重要である。男性用コンドーム使用の注意点を表1に示している。セックスをする前にこれだは知っておいてほしい基本的知識である。
繰り返しになるが、性感染症予防の基本は次の4点である。
(1)病原体は精液や腔からの分泌液の中だけではなく、外性器や肛門周囲、□の中にも存在している
(2)膣性交だけではなく、アナルセックスやオーラルセックスでも感染する
(3)確実な感染防止のためには、コンドームやオーラルセックス用ラバーを正しく使用することが重要である
(4)すべての体液と粘膜の直接接触を避ける
「近所」の医師に寄せられる期待
表2は、小・中・高・養護学校の保健主事および養護教諭を対象とした性教育に関する調査から、教員が医療者に教育してほしいと希望した内容をまとめたものである。性行為と妊娠・性感染症に関する医学的な知識の提供を希望する声が多かったことは、児童・生徒への対応の中で、これらの問題が増えている現状が表れている。校医、家庭医をはじめ、学校や家庭の「近所」の医師にも期待が寄せられている。さらに普段からの医療機関・医師と学校との連携を求める声も多い。
表3には、講演以外のかかわりとして医療関係者に希望する内容をまとめている。教師だけではなく、児童・生徒とその保護者からの相談対応、安心して受診させられる医療機関、性教育のサポートなどが専門家に期待されている。
学校教育へのサポートも重要ではあるが、臨床現場にいる医師には、さらなる性教育・性感染症予防教育を期待したい。性感染症予防教育には、主に
①性交開始前の人々や性感染症に感染していない人々への予防教育
②性感染症に感染したことのある人々が次の疾患に感染しないための教育
③現在性感染症に罹患している人々が他人に感染させないための教育がある。
①であれば、例えばワクチン接種や風邪などで受診の機会の多い小児科・内科、アトピーやとびひ(伝染性膿痂疹)などで子どもが受診する皮膚科、外傷など日常生活と関連している外科、月経障害などで受診する産婦人科、うつ病や引きこもり、食思不振症などで受診しやすい精神科・神経科など、二次性徴を迎えて性的関心が高く、メディア情報に引きずられやすい不安定な年齢層が受診する診療科はいくらでもある。いきなり教育をしようと力まなくてもよい。待合室にパンフレットを置くだけでも、関心・不安のある若者が待ち帰ることもでき、さらには「何かの時にこの医師には相談できる」というメッセージを発信することにもなる。
②③であれば、主に皮膚科・産婦人科・泌尿器科・性病科などが該当する。感染を疑って検査を受けた患者が陰性であったとしても、「たまたま感染していないだけで、リスクのある行為を行っている」のであり、次のセックスで感染しない保証はない。不安になったその時こそ、教育のチャンスである。感染症が見つかり治療した場合でも、「簡単に治る」ことだけ印象付けると、その患者は何度でも戻ってくる。薬剤耐性のことも含めて、治療中断や頻回の感染による不利益・将来的な影響を伝え、感染防御への行動変容につなげたい。
そして、他人に感染させないことは「セックスを続ける条件」であることを理解させなくてはならない。若者を対象とした調査では、「痛くも痒くもない病原体」をうつすことへの罪悪感・抵抗感は低い。症状がないことが、今後の身体的影響の低さには関係しないことを理解させ、治るまでセックスを中断すること、および、治らない疾患なら他人にうつさない責任があることを教育すべきであろう。
受診者を責めずに認める
検査目的であれ、治療目的であれ、多少なりとも不安や不快な症状を抱えて受診した時や、たまたまセックスヘの興味・関心や疑問を持っている年齢層に出会った時こそ、性感染症予防教育の大きなチャンスである。間違っても検査を受けにきた相手や相談をしにきた相手を責めることなく、受診・相談という行動をとったことを認め、信頼関係を築くことが大切である。初対面で責められたら、その相手からの教育は心に届かない。
「おとな」は誰でも性教育を行う責任がある。ましてや医療の専門家である医師には、性感染症予防という性教育を行う責任がある。
そう思って、目の前にいる若者へ情報提供・教育・相談対応を行って欲しい。
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