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(投稿:by 僻地の産科医)
医療事故届け出高水準 警察に昨年226件
医師らが8割 送検数は2年連続減
日本経済新聞 2009/04/17 朝刊
二〇〇八年中に全国の警察が届け出を受けた医療事故は二百二十六件だったことが十六日、警察庁のまとめで分かった。前年より二十件(八・一%)減少したものの、〇〇年に急増して以降、高い水準が続いている。一方、同年中に警察が業務上過失致死容疑などで送検した医療事故は七十九件。前年比十三件(一四・一%)減で、五年ぶりに八十件を下回った。
昨年中の届け出の内訳は、医師や医療機関など「医療関係者から」が前年比四・一%減の百八十六件で、全体の八割を占めている。被害者や遺族など「被害関係者から」は同十一件減の三十二件、報道などによる「その他」は八件だった。
医師法は「異状死」を警察へ届けるよう医師に義務づけているが、明確な定義は示されず、判断は医療現場に委ねられていた。統計がある一九九七年から九九年まで、届け出件数は年間二十―四十件台だった。
ところが九九年、東京都立広尾病院で看護師が誤って患者に消毒液を注入する死亡事故が発生。事故を当初、警察に届けていなかった院長が医師法違反で書類送検され、有罪が確定した。これを受ける形で、医療関係者からの届け出は九九年の二十件から翌年には四倍の八十件まで急増。届け出全体も四十一件から百二十四件へと増えた。
〇六年には、福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡した事故で、同県警が医師を業務上過失致死容疑と届け出をしなかった医師法違反容疑で逮捕した(ともに無罪が確定)。届け出件数は〇五年から減少に転じていたが、この事件の翌〇七年に再び急増している。
一方、警察が医療関係者を送検するケースは、届け出急増と比例するように増加。〇六年には九十八件に上った。しかし、〇七年からは二年連続で減少に転じており、医療事故に詳しい専門家からは「大野病院事件をきっかけに高まった捜査批判や、医療裁判で相次ぐ無罪判決が影響している」との指摘も出ている。
「ルール」の確立急げ 混乱続く「医療と司法」
日本経済新聞 2009/04/17 朝刊
医療関係者からの届け出件数は刑事事件の動向に左右され、警察の立件には世論や判決の影響がうかがえる。警察庁の医療事故統計から見て取れるのは、ルールが確立されないまま混乱が続く「医療と司法」の現状だ。
広尾病院事件の例をみれば、それまでの医療界には消毒薬の誤注入で患者が死亡するような事故も「異状死」ではないとする判断があったことになる。事件後急増した届け出の多くは、警察が医療事故を立件する可能性がなければ表面化しなかったと思われる。
一方、警察・検察はこの十年、届け出急増などに対応して立件の件数を増やしてきた。高度な専門知識が必要で、鑑定する医師によっても判断が分かれる医療事故の見極めは難しく、東京女子医大女児死亡事故の二審でも医師の無罪判決が確定したばかり。大野病院事件では勤務医を逮捕して取り調べた強引な捜査手法自体、疑問視されている。
原因究明と再発防止を図る有効な枠組みがないため警察が本来の適切な範囲を超えて介入することとなり、医療機関、患者側の双方とも納得できない結果に陥る――これが現在の医療事故の構図である。厚生労働省は航空・鉄道事故調査委員会の医療版となる「医療安全調査委員会」の創設を目指している。だが、委員会から警察への通報について医療側の一部が反発し、議論は迷走している。
医療事故の事件化は抑制的であるべきだが、捜査対象となったからこそ本当の死因やカルテの改ざんなどが明らかになったケースも目立つ。「真相を知るための最後の駆け込み寺は警察という状況は変わらない」とする遺族らの声を受け止め、同委員会の早期設置などルールの確立を急がなければならない。
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