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(投稿:by 僻地の産科医)
「産科崩壊へ抵抗」
広報委員長・加来隆一
(産婦人科医報 第61巻第2号 No.706 p12)
分娩を扱っている施設が急速に減少中です。
東京都の多摩地域も例外でなく、昨年は市内で唯一の総合病院が突然、分娩をやめました。テレビニュースなどでも取り上げられましたが、休止の方法が唐突過ぎただけで、東京でも分娩取り扱いをやめた病院は珍しくありません。ついに市内(人口19万弱)に分娩を扱う施設は私の診療所ともう1つの診療所のみになってしまいました。
年末に東京都の母体搬送の問題がマスコミで取り上げられましたが、実際に担当の総合周産期センターに連絡しても1回で受け入れ可能なことは稀です。いくつかのセンターに連絡してかろうじて搬送となります。この間、膨大に貴重な時間が失われます。要するに産科、小児科の医師不足とシステムそのものに欠陥があるのです。
そのような厳しい産科の状況の中で、市内に2つしかなくなった診療所がどうあればよいのか、真剣に考え続けました。小さな砦だと思っていましたが、いつの間にか最前線に出ています。ならば砦といえども重武装が必要です。
診療所ですが兵隊の常勤医師は産科医、麻酔科医など複数おり、少々のお産の増加には対処できます。士気も旺盛です。問題は母体救急の搬送先が限られてきたことです。数年前には月に80近くお産をしたこともありますが、現状のように搬送先が少なくなると分娩数を調整しながら地域を守るしかないと思っていました。
しかし今年から新たな援軍の医師が加わりました。周産期センターや日赤病院、市立病院など多忙な病院から逃亡した(?)連中がいます。医師だけでなく、助産師や看護師も分娩をやめた病院や診療所から吐き出されたスタッフがたくさんいます。
さて診療所としてはマンパワーがさらに充実したところで、地域の分娩を扱う診療所のあり方を模索しました。結論は今の診療所を若い医師に継承させ、この地域により長い期間、存続させます。そして近くに自分が新しく外来のみの診療所を開設することにしました。分娩は従来の診療所で行い、診察は各々の診療所でできるという2つの砦同士の濃厚な連携形態です。いわば診療所連合です。
ここ数年来、お産をやめた病院や診療所の妊婦さんたちが右往左往し来院してきた姿を幾度も見ました。そして「こうあってはならない」と常々考えてきました。そのような思いから地域を守ってきた数少ない分娩型の診療所を存続させることが自分のひとつの使命だと感じていました。建物や医療機器が余り古くなっている場合には、無理があります。
各地域に周産期センターを配置し集約化すれば、問題は解決するかのような声が聞かれた時期もありました。しかしながらセンターでさえ人手不足の著しい現在、この苦境を乗り越えるためには、地域に根ざした診療所を上手に活用することが不可欠ではないでしょうか。地域の人々やしっかり働いてくれたスタッフたちにとっても、継続していく分娩施設の存在は極めて意味があると思います。
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