(関連目次)→医療政策 目次 臨床研修制度の問題点
(投稿:by 僻地の産科医)
医師の計画配置と公共の福祉
新井裕充
キャリアブレイン 2009年2月20日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/20711.html
「わたしも、十分疲れてまいりましたので」―。新人医師の研修制度の見直しに向けた検討会で、高久史麿座長(自治医科大学長)は、終わりの見えない議論を打ち切った。医学部教授の権威を背景にした「医局支配」にメスを入れた「新医師臨床研修制度」を守ろうとする厚生労働省と、研修期間の短縮により大学病院の復活を期す文部科学省の思惑が見え隠れした検討会の最終回で舛添要一厚労相は、「最大の問題は国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」とクギを刺しながらも、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」を口にした。
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厚労、文科両省は2月18日、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」の第6回会合を開催し、両省が示した最終報告に大筋で合意した。
会場となった文科省3階の特別会議室前の通路には、開会前から傍聴希望者が長い列をつくった。多くの報道関係者も詰め掛け、関心の高さをうかがわせた。
議論が紛糾した前回会合では、高久座長が「いろんな問題が出て、わたしも自信がなくなりまして」と苦笑いしながら、「次回は休憩をはさみながら、サンドイッチでも用意していただいて」と述べて議論を打ち切った。しかし、今回はそれが杞憂(きゆう)だったかのように、和やかな雰囲気で議事が進行した。
途中、嘉山孝正委員(山形大医学部長)が示したデータに対し、福井次夫委員(聖路加国際病院長)が「先生、それは間違ってる!」と語気を強める場面もあったが、これが最後のぶつかり合いとなった。終盤、臨床研修制度の基本理念について、福井委員が「基本的な診療能力の修得」を「幅広い基本的な診療能力の修得」に修正することを要望したところで、再び“総論”に戻ることを危惧(きぐ)したのか、高久座長が議論を打ち切った。
厚労省担当者の「大きな方向性はこれでよろしいか」との確認に対し、大きくうなずく委員はなく、全員沈黙のまま「大筋了承」となった。
大学病院の復活を期す文科省と、現在の臨床研修制度を守ろうとする厚労省との対立を背景に繰り広げられた権益争いが、勝者が見えない“痛み分け”の決着となったからだろう。
■「公共の福祉」による制限、国民的な議論を
最終報告では、必修科目を現在の7科目から3科目に減らして研修期間の短縮を図り、研修医の“労働力”を早期に活用できるようにした。また、大都市部に研修医が流れることを制限するため、都道府県や病院ごとに研修医の定員に上限を設け、医師の地域偏在の是正を目指すことを盛り込んだ。
最終報告によると、現在2年の研修期間を実質的に1年に短縮するような運用も可能になる。このため、1年で大学に研修医を戻したい文科省側の意向が反映されたという見方もできる。
しかし、1か月以上の「地域医療研修」を2年目に義務付けるとともに、「選択必修」を2科目とした。1年目の研修は、必修科目の「内科6か月」と「救急3か月」で9か月を占める。この2科目を除いた3か月では、多くの疾患について症例レポートを提出する現在の「到達目標」を1年間で達成するのは難しいとの声もある。
さらに、研修医の募集定員の上限は厚労省の医道審議会で決められるため、厚労省が研修医の配置に関する権限を握り、「医師の計画配置」に向けて大きな一歩を踏み出したという見方もできる。臨床研修制度の見直しに当たって繰り広げられた研修医の配置権限、さらには医師の人事権をめぐる文科省と厚労省との“縄張り争い”は、厚労省が土俵際で踏ん張った形だ。
舛添厚労相は会合の席上、「医師をどのように育てるかという大きな理念の中に(研修制度を)位置付けてほしい」と求めた上で、「最大の問題は、国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」と述べ、今回の見直しが医師の計画的な配置に向かうことをけん制した。
その一方で、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」による制限があり得ることを指摘し、「例えば、地域の納税者が出す奨学金であるならば、地域に還元するという論理も成り立つ。自由な社会で統制はできるだけ避けたいが、どこまで国民が納得できるか。最終的には、国民のコンセンサスが必要になる。医師の養成がいかに大切か、最後は国民的な議論につなげてほしい」と述べた。
■「医師派遣機能」の主導権争いへ
これまでの議論では、「臨床研修制度が医療崩壊の原因」などと主張する嘉山委員や小川彰委員(岩手医科大学長)らの「臨床研修制度反対派」が優勢であるように見えた。
前回会合で両省が示した「まとめの骨子」の冒頭では、「課題」として、「大学病院が担ってきた医師派遣機能が低下し、地域の医師不足を招いた」「研修医の都市部集中が助長されている」など、6つの問題点を指摘した。「課題」を踏まえた「基本的な考え方」では、「従来、大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」などを挙げている。
今回、両省が示した最終報告は、「課題」が「様々な状況」に修正され、臨床研修制度の導入によるメリットが前面に押し出された記載に変更されている。「基本的な考え方」の「大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」も大きく修正され、「大学病院等による医師派遣機能を、地域の関係者の意向が十分反映された開かれたシステムとして再構築する」とされた。
さらに、「おわりに」の項が新たに追加され、「医師不足問題への対応は、臨床研修制度の見直しだけでは不十分である」とした上で、「関連する対策の一層の強化を強く望む」とする“ブラックボックス”を残した。今後の焦点は、医師の派遣機能の主導権をどのような機関が持つかに移るだろう。
この日、日本医師会は検討会の開会前に定例の記者会見を開き、新医師臨床研修制度の見直しの提言などを盛り込んだ「グランドデザイン2009」を公表。研修医が出身大学のある都道府県の「地域医療研修ネットワーク」に所属し、地域の大学病院や研修病院で基本的な診療能力を身に付ける仕組みを打ち出した。
日医が示した「イメージ図」では、一番上に「都道府県医師会」が位置付けられ、大学病院は「地域医療研修ネットワーク」の“一員”にすぎない形で描かれている。これでまた、新たな“縄張り争い”の火種が増えたのだろうか。
研修医を地域に適正に配分するシステムをどのように構築するかは、今後の医療提供体制を考える上での“試金石”になる。果たして国民は、どのような医師を求めているかー。
急速に高齢化が進む中、在宅医療を支える医師を増やす必要がある。一方、地方の病院で産科が閉鎖したり、救急患者の受け入れが困難な事例が多発したりしている。医師養成の在り方に関する考えは、内科系医師と外科系医師など診療科ごとに違う。
このため今後は、地域ごとに発生する疾病を「ICD10」(国際疾病分類)に基づいて正確に調査した上で、医師の地域偏在への対策を考えることが必要になるだろう。また、診療科ごとの偏在は、訴訟リスクなどが少なく開業しやすい診療科に医師が流れることが一因であるため、「医師不足は勤務医不足」との認識に基づいて、自由な開業に何らかの制限を加えることも今後の方向性として考えられる。ただ、これは「医師の計画配置」よりも難航することが予想される。
臨床研修制度 医師不足は解消されぬ
北海道新聞 2009年2月21日
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/148451.html
新卒医師の臨床研修制度について、厚生労働省と文部科学省の合同検討会が見直し案をまとめた。
今の制度は、各地で起きている医師不足の一因と言われ、見直しは当然、必要だろう。だが今回の案が、直ちに医師不足の解消につながるとは思えない。 臨床研修はかつて大学の医局を中心に行われていたが、二〇〇四年に始まった現行制度で、新卒医師が自由に研修先を選べるようになった。東京をはじめとする都会の民間病院を選ぶ研修医が多く、大学医局は人手不足に陥った。このため、医局が各地に派遣していた医師を引き揚げるようになったことが、地方での医師不足につながっている。 見直し案では、都道府県ごとや病院ごとの研修医の定員を定め、大学の定員を優遇するとした。
今、研修先として大学病院を避ける医師が多いのは、経験できる症例数が民間病院に比べて少ないうえ、雑用が多かったり、処遇が民間より低かったりするためだ。この根本的な原因が解消されなければ、大学病院を志望する研修医は増えないだろう。魅力的な研修プログラムを組む努力も、大学側に必要ではないか。
見直し案のもう一つの柱は、必修診療科の削減だ。
現在二年間で学ぶ七つの必修科を三科に減らし、残りを選択科にする。余裕のできた期間で、志望する専門科の研修に重点を置けるようにする。これにより、研修中でも即戦力となる医師を養成するという。
そもそも現行制度ができたのは、かつての医局での研修が専門領域に偏っていたためだ。幅広い知識を備えた医師を養成するという方向性自体は間違ってはいない。とりわけ、地域医療では初期診療や、いくつもの疾病に対応できる総合診療を担う医師が欠かせない。見直し案がこうした医師の養成につながるか疑問が残る。
医師不足がいっそう顕著な産婦人科と小児科を必修から外したことにも、首をかしげる。研修で興味を持ち、これらの診療科を志す若い医師がいるはずだ。
医師不足が進んだのは、臨床研修制度だけが理由ではない。
政府は一九八〇年代前半から医師の抑制策を進め、昨年やっと増員へ方針を転換したばかりだ。医学部の定員増に伴い、教員や施設の拡充が欠かせなくなる。 長時間労働など過酷な勤務に嫌気がさし、開業に転じる勤務医も少なくない。待遇改善が必要だ。
医師不足の解消には、こうした複合的な要因を一つひとつ取り除いていかねばならない。
「公共の福祉」の使い方が違うと思う.公共の福祉は,個人と個人の人権が衝突する場合に使うことができるのであって,今回のような場合の,個人の職業選択や居住の自由を制約する根拠としては主張できないはずです.
投稿情報: ardor | 2009年2 月22日 (日) 21:29