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(投稿:by 僻地の産科医)
臨床婦人科産科 2009年01月号( Vol.63 No.1)より
今月の臨床 産科出血−診断・治療のポイント
結構、妊娠中、これって素朴な疑問なんですよねo(^-^)o ..。*♡
なにかのお役に立つかもしれません。
では、どうぞ ..。*♡
妊娠中の睡眠時の母体体位
武久レデイースクリニック
武久 徹
(臨婦産・63巻1号・2009年1月 p86-87)
説明と同意事煩が年々多くなること,妊娠や分娩をショーのように扱う風潮,さらにインターネットなどで容易に目にすることができる証拠に基づかない概念の氾濫などが産科医への質問となる.限られた時間のなかで,安全な結果を提供しようと努力している産科医には,あまり愉快な時間ではない.
重要とは思えない妊婦の質問のなかに睡眠時の姿勢の問題がある.最近,カナダの医師が,この問題に関する文献的考察を行っている.今回は,それを紹介する.
一晩中同じ姿勢のままで睡眠すると圧迫されて痛いので自然に姿勢を変えているが,多くの妊婦が「妊婦は左側臥位で寝るほう加よいのか]と質問する.妊娠子宮は下大静脈を圧迫する可能性があり,程度は軽いが大動脈も圧迫され,心臓への血液還流が減少し心拍出量が減少する結果になる.稀には失神する可能性もある.
妊婦の睡眠時の体位を調べるために,インターネットで検索すると(Googleで“pregnancy”,“lying”,“1eft”のキーワードを入れて検索),29のサイトでは左側臥位を勧めていた.ある程度の時間は仰臥位または右側臥位も受け入れられる.左側臥位で寝る必要はないというサイトが1つだけある.また,カナダ産婦人科学会も米国産婦人科学会も妊婦の寝るときの姿勢に関する推奨は何も行っていない.さらに コックランデータベースも産科学の三人教科書もこの問題は取り上げていない.
かなり古い研究であるが,Kerrらは,妊娠子宮は特に下大静脈が圧迫され閉塞すると示唆している(BMJ 1 : 532, 1964).またBieniartzらは,大動脈が圧迫され閉塞すると示唆している(AJOG 95 : 795, 1966 AJOG 102 : 1106, 1968).しかし最近の研究では,健常な妊婦では,いかなる体位であっても心拍出量や脈拍数に対する影響に有意差はないと報告している(Anesth Analg 97 : 256,2003).
妊娠36~38週の10人の正常血圧妊婦を対象にした研究では,左側臥位と比較すると,仰臥位では心拍出量は平均9%減少,立位では心拍出量は18%減少,心拍数は30%増加,左心室1回仕事量指数(心臓が1回収縮した際の仕事を表す指標で,体表面積で補正したもの.1回抽出量に動脈圧を乗じた値を体表面積で除しか値に等しい.正常では40g・を超えない)が21%減少すると報告している(AJOG 164 : 883, 199D.したがって,仰臥位のほうが利点があるという結果であった.
妊娠中の仰臥位と左側臥位が子宮胎盤血流に与える影響を調べた研究がある.研究対象は正常血圧妊婦12名,高血圧妊婦10名であった.絨毛間腔血流が仰臥位で有意に減少したが,子宮筋血流は同じであった(Obstet Gynecol 77 : 201, 1991).この結果から,子宮胎盤循環の自己調節システムは胎盤以外の要素で制御されていることが示唆される.母体に何も影響がないということから,このような変化には臨床的にはあまり重要な意昧はないということになる.
EHingtonらは,健常妊婦25人の母体血圧と心拍数,胎児心拍数,そして臍帯動脈血流波形を測定した.妊婦体位は仰臥位,右側臥位,左側臥位(5度または10度傾けた状態)で測定した.各グループで有意差はなかったが,仰臥位の女性1名と左側臥位(5度傾斜)女性1名で低血圧とそれに伴う症状がみられた.研究者達は,妊娠20週以降で手術をする場合や経膣分娩時は左側臥位が望ましいと勧めている(Obstet Gynecol 55 : 203, 1980).
Chenらは妊娠後期の仰臥位の影響を調べた.その結果,32名中2名は失神直前症状がみられた.引用された5つの研究では,109名中4名だけに仰臥位による大動脈,大静脈閉塞が原因の失神寸前症状が認められた.どの妊婦に症状が出るかを予知する研究はなかった(Anaesthesia 54 : 215,1999).さらに このような症状はすべて体位を是正すると回復した.
より大規模な研究(573例)では,NST中の大動脈,大静脈圧迫の影響が調べられた.仰臥位の妊婦で失神寸前の症状が2%発生したが,胎児心拍数パターン(一過性徐脈や異常NST所見)に影響はなかった(JOGNN 26 : 551, 1997).52人の妊婦と非妊婦を比較した研究では,ほとんどの妊婦は左側臥位(77%)を採用していると報告した(非妊婦では26%).右側臥位の頻度は21%(非妊婦では32%)であった.そして,仰臥位を選択した妊婦は1名(2%)のみであった(非妊婦では39%)(Anaesthesia 49 : 249, 1994).
〈結論〉
睡眠時や横になるときに左側臥位を勧めるのは,ほとんどの妊婦にとって実用的ではないし、不適切である.その代わり,少数の妊婦であるが,仰臥位になると気分が悪くなることがあることを説明すべきである.妊娠後期で妊婦が寝心地のよい体位を見出すことは簡単ではないので,医師は非実用的でないアドヴァイスをするべきではない.
参考資料
Farine D&Seaward PG.JOGC 29 : 841,2007
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