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(投稿:by 僻地の産科医)
裁判員制度の実施について
会長特別補佐今村定臣
(日産婦医会報 平成20年12月1日 No.704号 p6)
1.はじめに
平成21年5月21日からいわゆる「裁判員制度」が実施される。これは「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下「裁判員法」)にもとづき、国民の司法参加を進める目的で、一部の刑事事件の第一審裁判において、国民の中から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに事件を判断する制度である。
国民の司法参加を前提とする本制度に対しては、日夜、診療に従事する医師、医療従事者の立場から、自らの業務に支障が及ばないか等の懸念があることも当然である。本稿は、実施間近の裁判員制度について、制度の概要と、医師、医療従事者への影響等の問題点を中心に整理し、適切な対応の一助となることを企図するものである。
2.裁判員制度の概要
裁判員制度は、刑事事件の中でも、強盗致傷、殺人、現住建造物等放火、強姦致死など、比較的重大な犯罪について、被告人が有罪か無罪か、有罪の場合どれくらいの刑が妥当か(量刑)を、裁判員が裁判官とともに審理し判断するものである。法廷は、「3人の裁判官+6人の裁判員」または「1人の裁判官+4人の裁判員」によって構成され、さらに1~2人の「補充裁判員」が選任されることもある。
裁判員の仕事は、裁判官と一緒に刑事裁判の審理に出席し、証拠調べや弁論に立ち会ったうえで、評議をし判決に立ち会う。これらにおおむね3~5日程度、1日あたりでは5~6時間程度かかるが、裁判所では裁判員への負担が重くならないよう、あらかじめ争点を整理しておくなど、効率的な審理を工夫しているという。
3.裁判員の選任の方法
裁判員の選任は、各裁判所(法廷)が独自に行い、申し出られた辞退事由の可否についても、裁判官が独自に判断することになっている。最初に各年ごとに衆議院選挙の有権者から年間を通じての候補者名簿が地域ごとに作成され、その中から事件ごとに実際の裁判員が選ばれる。その仕組みはおおむね次の三段階から成る。
まず、毎年秋から12月にかけて、翌年1年間を通じて用いられる「裁判員候補者名簿」が無作為抽出により作成され、全国で30~40万人と推定される登載者に、通知と「調査票」が送付される。ここで、例えば海外留学など、翌年1年を通じて裁判員として参加することができない事情がある場合には、調査票にその旨を記入して返送する。
次に、実際の裁判が行われる約6週間前に、各裁判ごとに50~100人の「裁判員候補者」が選ばれ、それぞれに通知と「質問票」が送付される。この時点で、裁判の当日に手術予定があるなど、裁判員として参加できない事情が明らかな場合には、その旨を記入して返送する。
最後に、裁判当日に候補者が裁判所に呼び出され、そこで裁判長から質問を受け、最終的に4名ないし6名の裁判員と1~2名の補充裁判員が選ばれることになる。
4.産婦人科医療と裁判員制度
「医師」や「医療従事者」であることが、直ちに裁判員を免除される事由とはされていないが、真にやむを得ない事情があれば、そのことを裁判所に説明することによって、辞退することは可能である。
すなわち、裁判員法では、「その従事する事業における重要な用務であって自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがある」場合を辞退事由の1つとして挙げている。
したがって、海外留学や他に診療を替われる医師がいないなど、年間を通じて裁判員となることができない事情の他、数週間先までの手術予定が組まれていたり、また、前日や当日であれば、重症患者、急患への対応など、それぞれの事情に応じて適切な時期に辞退を申し出ることが可能である。産婦人科医療では、分娩を間近に控えた妊婦や分娩直後で容態が安定しない褥婦の診察を担当しているといった事情があれば、辞退を申し出ることはやむを得ないであろう。
なお、辞退の申出に際しては、理由を説明できる資料の提出を求められることもあるが、証明書などの厳密な書面の提出が想定されているわけではないとのことである。
5.おわりに
裁判所によれば、国民1人が裁判員候補者にあたる割合は400~800人に1人、実際に裁判員、補充裁判員に選任される割合は約5,000人に1人とのことである。
国民による積極的な司法参加が求められる裁判員制度は、わが国の文化に着実に根付くことが期待されている。その前提として、真にやむを得ない事情があるものについては、正々堂々と辞退を申し出られる仕組みと環境が不可欠なことを強調しておきたい。
【参考ニュース】
裁判員 7割が『やりたくない』 候補者アンケート
東京新聞 2008年12月27日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008122702000089.html
来年五月開始の裁判員制度について、東京新聞は来年の裁判員候補者になった人たちにアンケートを実施した。裁判員をやりたくない人が約七割を占めたが、やりたくない人の中で、辞退したい場合などに裁判所に出す「調査票」を返送した人は四割。嫌だけれど受け入れざるを得ない-という候補者の姿が浮かぶ。調査は東海、関東、北陸地方に住む裁判員候補者五十三人を対象に二十二-二十五日に実施。電話や電子メールで回答を得た。調査票を返送した候補者は十六人(30%)。最高裁が十九日に発表した全国の返送率40%をやや下回った。
裁判員を「やりたくない」と答えたのは三十五人で、「やりたい」(十八人)のほぼ二倍だった。理由として「素人がやっていいのか」「量刑を決めたくない」などが挙がった。
やりたくない人のうち、調査票を返送したのは四割に当たる十四人。出産や親族の介護など辞退理由がなく、受け入れざるを得ないとの判断があるとみられる。六十三歳の女性は「誰かがやらなきゃいけないとあきらめている」と話した。不安の有無では、四十一人(77%)が「不安だ」と回答。「専門知識がなく、何をすればいいか分からない」と漠然とした不安を感じている人が多く、「冤罪(えんざい)を生むかも」(三十四歳男性)などの回答もあった。
裁判員になった場合に、家事や仕事の調整が取れると答えたのは三十四人(64%)。会社勤めなら有給休暇を取るなど、受け入れ態勢は浸透しつつあるようだ。裁判員制度の必要性を問うと「不要」が二十二人(42%)。「必要」と答えたのは十三人(25%)にとどまった。不要論は「プロの裁判官に任せておけばいい」との意見が中心。必要だとする人は「より多くの人の意見を聞いて判決を出すべきだ」などとした。
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