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(投稿:by 僻地の産科医)
相次ぐ妊婦の受け入れ不能
-2008年重大ニュース(10)-
「救急医療“崩壊”」
キャリアブレイン 2008年12月31日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/19863.html
2008年は、救急医療現場のさらなる窮状が浮き彫りになった。ベッド満床による受け入れ不能、医師不足、過重労働など、現場を取り巻く問題は枚挙にいとまがないが、中でも今年最も国内を震撼(しんかん)させたのは、今年秋に相次いだ妊婦の救急受け入れ不能の問題だろう。周産期救急医療を改善するため、厚生労働省は新しく会合を設置して協議を始め、文部科学省は大学病院の整備計画を打ち出すなどの対策に乗り出した。救急医療現場の今後の在り方をめぐっては、大規模集約型か、ネットワーク型かという議論も尽きない。現在の“医療崩壊”が最も顕著に表れているとされる救急医療。現場を守ろうとする一般国民との協働も少しずつ始まっている。“綱渡り”の努力で保たれている医療現場を守っていくため、医療者と一般国民は今後、どう手を携えていけるだろうか。
■浮き彫りになった周産期救急の脆弱さ
10月末、東京都内で脳出血を起こした妊婦が都立墨東病院(墨田区)を含む8つの病院から受け入れを断られ、最終的に受け入れられた墨東病院で死亡した。三次医療圏に9つの総合周産期母子医療センターを持ち、埼玉県や神奈川県など周辺地域からも妊婦の救急搬送を受け入れている東京で起こったこの問題は、多くの国民や医療関係者に衝撃を与えた。
この問題を受けて、現場を視察した舛添要一厚生労働相は、「原因は医師不足」との見解を示した。当時の墨東病院は医師不足のために、研修医が1人で当直することもあり、ハイリスク妊婦の受け入れを制限している状態だった。妊産婦の救命の「最後のとりで」といわれる総合周産期母子医療センターだが、夜間・土日の当直体制が「医師1人」である施設が、75か所中84%を占め、「医師2人以上」は16%にとどまる。また、救急搬送を受け入れられない理由として、「NICU(新生児集中治療管理室)満床」を挙げる施設が70か所中93%にも上るなど、周産期救急の現場の逼迫(ひっぱく)ぶりが明らかになった(08年10月、厚労省調べ)。
こうした問題を受け、日本産科婦人科学会は、周産期医療と救急医療の連携体制や、妊婦の救急受け入れ態勢を強化できるような行政の支援を求める緊急提言を厚労相に提出。厚労省は急きょ、「周産期医療と救急医療の連携に関する懇談会」を開催した。懇談会は来年1月にも報告書を取りまとめる予定で、NICUを現在の1.5倍にまで増床することや、周産期母子医療センターの体制強化、緊急対応する医師への個別手当の支給などの方策が打ち出される見通しだ。一方、民主党の周産期医療ワーキングチームも、厚労省案の対案となる報告書をまとめた。NICUを現在の1.5倍に増床することや、現行の出産一時金に加えて出産1 人当たり20 万円の出産時助成金を交付すること、労働基準法の順守や、医療計画自体の抜本的見直しなどが柱として盛り込まれている。また、周産期医療に約2500億円の予算を付けるとしており、それぞれの対策で具体的な予算額を示していることが特徴だ。民主党は政権交代後に医療費を1.9兆円増額(介護費を含む)するとしており、報告書の内容は、実質的に次期総選挙の公約になるものだ。
厚労省側は来年度予算案で、総合周産期母子医療センターへの母体搬送コーディネーターの設置や、地域周産期母子医療センターの財政支援に、12億5200万円を計上している。
このほか、文科省はNICUが未整備の9国立大学病院に、来年度から4年間に最低各6床のNICU病床を設置するなどとした全国の大学病院の周産期医療体制整備計画方針を打ち出している。
周産期救急医療に関しては、東京都で、脳卒中や心疾患など救急対応が必要なハイリスク妊婦をベッドが満床であっても必ず受け入れるとする「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)の設置の検討が始まっており、国内の周産期医療関係者の間で議論を呼んでいる。ただ、現場からは「どこまで救命するのか」といった議論が抜けたまま、屋上屋を重ねる対策になるとして、危ぶむ声も上がっている。
■集約型か、ネットワーク型か
また、救急医療の提供体制についての議論も活発化した。07年に救急搬送で運ばれたのは491万8479人で、10年前に比べて約155万人増加した(消防庁調べ)。特に、高齢化に伴って高齢者の搬送が年々増えている。06年は、搬送された人の中で高齢者が占める割合は45.1%と約半数。高齢者の11.6人に1人が搬送されている。
年々搬送患者が増える中で、救急患者を一つの救急医療機関に集約する「ER型」救急体制の提案もある。国内では「ER型」救急医療機関は100か所程度あるとされるが、決まった定義はなく、それぞれが地域の実情に応じたシステムを展開している。
厚労省の救急医療に関する会議でも、ER型が提案された。現場からは、医師不足の現状などから国内全体に広げるのは難しいとする意見もあれば、医療資源が不足する地域では、人材や医療機材などを一か所に集中して患者をそこに集める方が効率的とする意見などもある。会議では、救急医療の拠点となる病院の在り方が厚労省側から提案され、いったんはER型救急のモデル事業を実施するとしたが、最終的には今後の検討課題にとどめた。
舛添厚労相が主導した「安心と希望の医療確保ビジョン」会議でも、同様の議論があった。ヒアリングでは、現状の地域医療は各医療機関が構築してきたネットワークによって、かろうじて保たれている“綱渡り”の状況だとする意見が出された。
6月にまとまった同会議の報告書では、地域医療の推進を3本柱の一つに掲げており、特に救急医療の改善を課題に挙げている。既にそれぞれの地域が構築しているネットワークを崩さないことを前提に、地域全体でトリアージを進める必要性を指摘している。このほか、救急医療情報システムのリアルタイム更新、救急患者受け入れコーディネーターの配置、夜間などの救急利用の適正化の必要性も挙げた。
これらを受け、来年度予算案では、救急医や小児救急患者の診療を行う医療機関への支援などの救急医療改善の推進策に、171億9700万円を計上している。
■消防法改正し、救急搬送検証の場を―消防庁
このほか、救急医療機関の受け入れ不能による救急隊の照会件数の多さも目立った。昨年に搬送された傷病者のうち、重症以上の傷病者は53万671人(11%)、産科・周産期傷病者は4万6978人(1%)、小児傷病者は38万6221人(7.9%)で、15万7880人(3.2%)が救命救急センターに運ばれた。これについて、救急隊から医療機関への照会件数を見ると、4回以上問い合わせたのが、重症以上では1万4387件、産科・周産期では1084件、小児では8618件、救命救急センターでは6990件だった。
消防庁は、「二次以下の救急医療機関で受け入れられなかった患者が三次救急の受け入れ要請につながり、三次救急がベッド満床や患者対応などを理由に受け入れられない実態がある」と分析しており、「ベッド満床」と「処置困難」について、さらに詳細に分析するための調査を始める予定だ。
このほか、消防庁では消防法を改正し、これまで法的な位置付けが不明瞭で活動に地域差があると指摘されていた、メディカルコントロール協議会のてこ入れを図る。救急搬送の受け入れなどについて協議する場として同協議会を位置付け、地域の実情に応じた救急搬送基準を策定する場とすることも検討している。また、患者の緊急度や重症度で患者を選別するトリアージプロトコルも昨年度に決まっており、実用化に向けた検証を先ごろ終えたところだ。
■救急基本法制定を―救急医学会
また、日本救急医学会は12月10日、救急医療に従事する人材や医療機関の確保などを盛り込んだ救急医療基本法(仮称)の制定を求める「救急医療を再構築するための提言」を厚労相に提出した。急性期医療を中心とする救急医療の整備などを国の責務とし、国や自治体、医療機関や一般国民など、それぞれの役割の明確化や、具体的な期限、数値目標の設定を求めている。同学会は、約10年前から基本法の制定を求めているものの実現には至っておらず、救急医療に対する国民の関心の高まりを受けて提言を行った。
■一般国民の活動も
一般国民の活動としては、過重労働に疲弊する医療現場を守ろうと、「コンビニ受診を控えよう」などのスローガンを掲げる兵庫県丹波市の「県立柏原病院の小児科を守る会」が注目を集めた。東京でも、医療機関への適切な掛かり方が分からない母親の不安を取り除こうと、小児科医などから話を聞く「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」の会の活動も進んでいる。少しずつではあるが、医療者と一般国民との協働も始まりつつある。
山積する問題に疲弊する救急医療の現場。現場から改善を求める声が大きく上がる一方で、行政の中でもパワーゲームがやまず、今後の先行きは見えてこない。
現場、行政、そして国民。“崩壊”が進む救急医療現場を守るため、来年、われわれにできることは何だろうか―。
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