(関連目次)→産科医療の現実 地方医療の崩壊 実例報告
(投稿:by 僻地の産科医)
交通アクセスの悪い地域での施設集約化に伴う
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新しい地域連携システムの構築.
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岩手県立大船渡病院
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(岩手県立釜石病院兼務)
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小笠原敏浩
(日本周産期新生児医学会雑誌 2008年12月号 第44巻4号 p817-821)
はじめに
岩手県のように山岳地形で面積が広く交通アクセスの悪い地域では都心部に比較して利便性が悪く,健診通院・出産場所への移動・搬送も非常に不便である.産婦人科医療過疎地域である右手県南府庁地域をフィールドとして試行している交通アクセスの悪い地域で,ITの有効所用と助産師のワークフォースを利用した地域連携システムとITを利用した妊婦健診システム構築について証言する.
フィールドの背景
1)極端な産婦人科医師不足
平成2年度から平成18年度までの産婦人科医師数は平成6年度のピーク132人から平成16年度89人へ減少しており,平成18年度は1人増加に留まっている.そのため,産婦人科施設は平成14年より閉鎖が相次いだ.
2)厳しい地形気象条件
岩手県は15,278km2の面積を有し,神奈川県,東京都,千葉県,埼玉県をあわ廿た面積より広い.面積が広いだけでなく北上高地が南北に走り地形の壁を形成しており,妊婦は病院への通院に標高1,000メートルの峠を四輪駆動車で片道1時間以上かけての通院を余儀なくされている.
また,寒冷地気候のため,冬は更に交通アクセスが悪くなる.そして,産婦人科医の減少により分娩を扱う医療機関が減少するだけでなく,妊婦健診を受けることもままならない.われわれのフィールドである岩手県南沿岸地域は,大船渡市,釜石市,陸前高田市,大槌町,住田町,遠野市を合めて2,358km2で,東京都より広い面積を4人の産婦人科医師でカバーしている(図1).
方法および検討項目
前述した厳しい条件の岩手県南沿岸フィールドで新しい2つのシステムを構築し検討した.1つは新しい地域連携システムの構築であり,もう1つにITを利用した妊婦健診システムである.
1.新しい地域連携システムの構築
平成19年9月から岩手県沿岸南部で地域周産母子医療センターと地域統合病院産婦人科を集約化拠点化し,ITと助産師のツークフォースを利用した連携システムを構築する.この地域は前述したように東京都より広い面積を有し,出産できる開業医や助産所がなく,妊婦は県立大船渡病院・県立釜石病院の2病院で出産するしか選択肢がない.
地域周産母子医療センター(県立大船渡病院479床)ではハイリスク妊娠分娩を取り扱い,地域統合病院(県立釜石病院272床)ではローリスク妊娠に対して助産師外来と院内助産システムで管理した.妊婦情報・健診情報は専用線でリアルタイムに共有し,各カテゴリーをファイルメーカーサーバーで管理した.
また,マンパワー共有として産婦人科医師を地域周産母子医療センターから地域紹介病院へ派遣し,日常外来診療と緊急時の対処に備えた.
2.ITを利用した妊婦健診システム
遠野市立助産院(分娩は取り扱わない)と県立釜石病院・県立大船渡病院間で遠隔妊婦健診を施行する.遠野市在住の妊婦で県立釜石病院・県立大船渡病院で妊婦健診を受けている妊婦を対象とした.遠野市助産院側は助産師が妊婦健診を行い,胎児心拍数情報を県立釜石病院・県立大船渡病院医師へ送る.健診情報はウェブ周産期カルテでリアルタイムに具有できる.また,時間の余裕がある場合はウェブ映倫コミュニケーションで面談する.本研究は,経済産業省事業「地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業」である.
1)Dopa技術を用いたモバイル胎児心拍伝送装置
モバイル胎児心拍伝送装置は小川軽量のモバイル胎児心拍数検出装置と受信側の装置からなる.市町村の保健センターで検出された胎児心拍数情報は通信ネットワークDopaを介してサーバーに送られ,医師はインターネット網を介して常時データを受け取ることができる.
2)ウェブ周産期電子カルテ
産婦人科医師・助産師がどこでもコンピュータを利用し,ウェブ(インターネット)で情報を共有できる.
3)ウェブ映倫コミュニケーション技術を利用した妊婦遠隔診療
映像コミュニケーションは送信側・受信側ともにインターネットブラウサを利用し,30万画像ウェブカメラとヘッドセットで通信を行う.医師一助産師,医師一妊婦での会話が可能.セキュリティは映像と音声は独自プロトコルで通信しており,テキストやファイル共有などはSSLで通信する.
結果
1.新しい地域連携システムの構築
1)地域周産母子医療センター(県立大船渡病院)病院
集約化拠点化により,センター病院の分娩数は集約前(平均43±7.7件/月)から集約後(平均52.3±8.2件/月)で1ヵ月9件の増加に留まったが,帝王切開は集約前(平均9.8±4.3件/月)集荷後(平均17.3±4.6件/月)で1ヵ月8件増加した.
2)地域統合病院(県立釜石病院)
集約化拠点化により,分娩数(9ヵ月間)は211件(院内助産185件)で平均23.4±6.2件(院内助産20.6±5.3件)であった(図6).
院内助産システムのアウトカムを表1に示した. Apgar score(1分値)8.1±O.6,Apgar score(5分値)9±O.4,臍動脈血pH7.28±O.1,臍動脈血BE-6±3.9で概ね良好であった.しかし,産婦人科医師による産婦人科外来も運営しているために院内助産師システム以外からの搬送が117例(月平均13例)あり,常位胎盤早期剥離のような重症の症例も含まれている.婦人科疾患は29例である(表2).
分娩時緊急症例は17例で,異常胎児心拍パターン3例,微弱陣痛5例,単産例刻,緊急帝王切開は2例あった.統診未受診飛び込み症例は2例である(表3).
2.ITを利用した妊婦健診システム
1)遠隔妊婦統計利用状況
平成18年10月から平成20年3月までに県立釜石病院一遠野市での遠隔往診利用人数卵人で延べ利用回数138回であった.利用目的は,遠隔妊婦往診108回,陣痛観察25回,予定日超過観察引用である.
実施場所は,保健福祉の里134回,妊婦自宅4回であった(表4).
2)利用者の46名のアンケート調査
遠隔健診を受けて良かった46名(100%),次回も受けたい45人(97.8%)であり利用者のニーズがあると推定される.
その他の項目では,安心感がある45名(97.8%),リラックスして健診が受けられた43人(93.4%)であった(図2).
3 遠隔健診試症例のアウトカム
遠隔健診試症例48例のアウトカムも良好であった(表5)
考察
全国的にも産婦人科医師不足が深刻であり,員近になって厚生労働省も地域医療崩壊への施策を検討し始めた.しかし,その対策の効果が期待できるのは早くても8年後である.この間,我々は何もせずに成り行きを批判するのではなく,地域を守り,できることを実践していかなければ崩壊は加速してしまう.
特に,岩手県のように面積が広く交通アクセスの悪い地域では,地域単位で周産期医療システムを構築することが必要になる(図3).それには地域周産母子医療センターと地域統合病院の機能分担が必要であり,それに付随する地域救急搬送システムも不可欠である.我々のフィールドである岩手県南沿岸地域は,東京都より広い地域で出産を4人の医師がカバーしており,出産のできる開業医や助産院がなく県立釜石病院と県立大船渡病院でしか出産ができない.平成19年4月に地域周産母子医療センターである岩手県立大船渡病院の常勤医師2人の突然リタイアにより,医師供給がない状態から,機能分担と連携を強化することで住民に継続して産婦人科医療を提供するシステムを摸索し始めた.
2つの広い地域(東京都の面積より広い)を4人の医師でカバーするには機能分担と連携が重要となる.地域統合病院(県立玉石病院)ではローリスク妊娠,地域周産母子医療センター(県立大船渡病院)ではハイリスク妊娠を管理する機能分担を行った.また,搬送を円滑に行うために妊婦情報は専用線でファイルメーカーサーバーにてリアルタイムで共有した.この情報共有により緊急搬送の際にも情報伝達がスムーズに行われる.ITによる情報共有のはかにマンパワーの共有も重要であり,地域同座母子医療センターから地域総合病院ヘローテーションで産婦人科医1名派遣し,緊急時の対処・紹介・緊急搬送の情報伝達・連携もスムーズに行われる(図4).
地域周産母子医療センターでは,産科施設集約後の1ヵ月の分娩数の増加は9件に留まっている.これは県立釜石病院での院内助産システムで月23件の分娩を取り扱っているためそれほど増加していないが,帝王切開数が1カ月8件増加しており手術数の増加につながっている.県立釜石病院での院内助産システムのアウトカムは良好であり,今後も長期的な追跡を行う予定である.しかし,院内助産システムでの分娩だけを扱っていても紹介症例や飛び込み症例にも対応しなければならない.また,健診未受診妊婦も飛び込み受診している.その結果,搬送件数が月13件であり,しかも常位胎盤早期剥離のような重症痙例も會まれており,リスク管理や緊急時の迅速な搬送休制の確立が必要である.そこで緊急時のエマージェンシープログラムを作成し緊急訓練も実施している.
ITを利用した妊婦往診システムで使用したモバイルCTGモニタは平成18年度~20年度経済産業省プロジェクト「地域医療情報連携システムの標準化及び実証事業」で開発された.香川県,東京都,千葉県,岩手県の4県でそれぞれ電子カルテおよび在宅モバイル検査装置のネットワーク構築と連携を行い,それを基幹として,各県の特徴に応じた地域周産期医療ネットワークを構築する目的で行われている.
また,われわれは3年前から妊婦の自宅や最寄りの保健センター等で,妊婦往診や診療を受けることのできるモバイルCTGモニタによる切迫早産の妊婦管理を行っている.
実際に切迫早産の妊婦7例を対象に行った実験では,2例に電話指示で自宅安静を指示し,1例に病院受診を指示した.このシステムを利用することにより離れた場所でも妊婦健診や妊婦管理を行うことができる.
今回の岩手モデルでは68人の妊婦に対して延べ回数138回の妊婦遠隔診療を行った.
胎児心拍数伝送システムなどの技術的な問題はクリアされ,良好に運用されている.
また,利用した妊婦のアウトカムも良好であり,利用者の報告からそのニーズは高いと言える.今後もシステムを拡大し,更に症例を増やして検討したいと考えている.
まとめ
岩手県のように産婦人科医師過疎地域・交通アクセスの悪い地域では,ローリスク妊婦を取り扱う施設とハイリスク妊婦を取り扱う施設の機能分担を明確にして,地域病院では助産師による助産師外来・院内助産システムを運営し,センター病院ではハイリスク分娩に対応できるように産婦人科医師を巣申し,お互いに連携するシステムを構築すべきである.
また,胎児心拍数伝送システムが産科医療過疎地である県内に普及すれば,産婦人科休診の市町村でも妊婦診療が受けることができ,妊婦の不安の減少,サービスの向上につながり,遠くからの病院への通院のリスクも減少することができる.
将来的には,統合病院へのマンパワーの提供・ITによる情報共有・救急搬送システムが新しい地域連携機能分担システムの構築に必要となる.
今後の課題として,安全性の長期的な検証と費用効果(病院の収支)の検討が必要と思われる.
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